21世紀の味覚異常者



「どうしよう。」 「俺ぁいつもの。おい、お前も同じでいいか」 「・・・・そうだ。役所に行こう。窓口で相談しなきゃ」 「聞けよ。同じでいいのか、コラ」 「相談しなきゃ・・・! 元カレのDVに悩んでるんですけどどうしたらいいですか、って相談しなきゃ!!」 「親父。いつもの、二つ」 「へいっ。土方スペシャル二」 「イヤあああああっっっっ!!!!一丁っっ!!!一丁でいいから、おじさんっっっ」 愛想のいい笑顔でさりげないS成分を振り撒く店主のおじさんに、 カウンターを挟んで必死にすがりつく。 ここはDV連発の元カレが常連になっている定食屋。 店のおじさんだって商売人。 流行次第で変わる客向きの中、気ままな常連客の心を捕らえようと必死なのはわかる。 でも、あたしだってこのおじさん以上に必死だ。 隣で苦々しい顔をしている味覚異常者と同じ膳を平らげるなんて、偉業と呼んでも誉め足りない。 ・・・いや、訂正。絶対に誉めない。軽蔑はするけど。 「フン。やっぱり聞こえてんじゃねえか」 「聞こえます!!今のあたしは危機回避能力が限界値までアップしてるんだからっっ」 「ふざけんな。その能力とやらを今頃発揮してどうすんだ」 「はぁ!?」 「遅ェんだよ。チッ」 舌打ち。 すごく嫌そうな顔で舌打ちされてしまった。 そして盾のように目の前で頬杖をつかれて、顔を逸らされてしまった。 「・・・・・・・えぇええ!!?」 ・・・なんですか? 何なんですかあなた。その態度はどういうことですか? どうしてあなたがふてくされるんですか。何がそんなに面白くないの? 就職のチャンスを台無しにされたのは、面白くないのはこっちですよ? ふてくされたいのはあなたじゃない。あたしだよ!! 「へいっ、土方スペシャル一丁っ」 叫んだあとは呆れすぎて声も出ない。 マヨがこんもりと盛られた「犬の餌丼」に喰らいつく味覚異常者の姿を、呆然と見つめる。 ・・・ダメだ。ダメだこのひと。 何美味しそうに食べてんの!? 誰?誰よ!?あたしの就職話ブチ壊したのは、誰なの!!!? 「それ絶っっっ対、噛んでないよね?」と聞きたくなる速さで犬の餌を食べ終わる。 満腹感で妙にすっきりした顔になった味覚異常者は「さっさと注文しろ」と あっけにとられるあたしを急かした。 「・・・オイ土方」 「あァ!?」 「あたしの預金通帳、見せてあげようか」 「んなモン見たかねェよ」 「いいから見なさいよ!つーか見ろォ!!」 「いらねェっつってんだろ」 バッグから取り出したそれを開き、あたしは嫌がる土方さんに押し付けた。 「控え控えィ!!畏れ多くもよーく見ろ、とくと見なさいよこの残高の少なさを!! この通帳をなんと心得るってのよ!!!どーだDV男!まいったかァァ!!!」 「・・・シケた印籠だな。 初めて見たぜ。こーんなスカスカの、ゼロの少ねえ貧乏臭い印籠。 つーかお前、あれどうした。 ちったあ残ってんだろ、松平のとっつあんが無理通して上からせしめた退職金がよ」 ページをぱらぱらと捲って眺め、つまらなさそうな顔で閉じる。 土方さんは通帳をつき返してきた。 「こんなビンボー臭ェもんを見せつけてどうする。 お涙頂戴で憐れみ誘って、ここの親父にでも雇ってもらおうってのか」 カウンターの向こうでくすくす笑っていたおじさんが口を挟む。 「そりゃ願ったりな話だ。そろそろ新調しようと思ってたんですよ、看板娘」 「おや、あたしだってそろそろ新調したいもんだね。 こんな油まみれのくたびれた旦那じゃなくて、若くていい男の旦那にねェ」 おじさんの後ろで洗い物をしていたおかみさんが、にやっと笑って振り返る。 なんだかんだいいいつつも、仲のいい二人だ。 こんな両親がいたら、それだけで和やかで明るい家になるだろう。毎日楽しそう。 家庭らしさに縁が無いあたしには、このおじさんたちは理想的な両親に見えてしまう。 ・・・って、違う違う。そーじゃなくて。おじさんたちを眺めてる場合じゃない。 「だからあ!これ見てわかったでしょ?切羽詰ってんの!! 貧乏なのカツカツなの!!もう貯金が底ついちゃってお金が無いの!! 今すぐお仕事見つけないと、ご飯食べられなくなっちゃうじゃん!!」 「だから今、食わせてやろーってんじゃねえか」 「そーじゃなくてえ!!どーして旦那にあんな態度取るの? さっきの話、かなりいい話だったのに!どうしてあんなことするの? 旦那が、あたしが困ってるからって親切で探してくれたんだよ。 お金に汚いって評判のあの万事屋の旦那が、だよ!?タダで探してくれたのにぃ!」 「・・・・親父。茶ぁ頼む」 おじさんがへいっ、と明るく応える。 土方さんはやれやれ、とボヤきながらあたしに向き直った。 頭痛でもしてきたらしい。眉間を指でおさえながら、苛々した顔をしている。 頭が痛いのはこっちのほう。 このひとは、いったい旦那の何がそんなに気に入らないんだろう。 万事屋の旦那は、たしかに見た目はいい加減。・・・いや、言うことも行動も、ちょっといい加減。 だけど、根はそれほどいい加減なひとには思えない。弱い人には優しいし、いざという時には頼りになる。 しかもあの、淋しがりのくせにヒネた総悟が、旦那にはあんなに懐いてる。 そんなひとが悪い人のはずがない。嫌な人のわけがないのに。 土方さんだってそのくらい気づくはずなのに、どうしてここまで嫌うのか。 いくら悪い人じゃないって説明しても、ちっとも態度を和らげてくれないんだから。 「。お前、あの胡散臭えのが親切だと思ってんのか」 「思ってるよ。旦那はね、土方さんやみんなが思ってるようなひとじゃないよ。 口は悪いけど、ほんとはすごく親切だよ?やさしいよ? こないだも、万事屋さんに遊びに行ったもん」 眉間から手を離して、土方さんが顔を上げた。 この鬼にしては珍しいくらい、びっくりした顔になっている。見ていたあたしまで驚いた。 「・・・・・・・はァ!?」 「みんなでカン蹴りして遊んだの。今度、いっしょにネズミーランドに行く約束したし。 先週偶然会ったときも、クビになったって話したらいちご牛乳おごってくれたよ」 「・・・・・待て。今、何て言った。・・・ネズミーランドだァ?」 「うん。神楽ちゃんやお妙姐さんたちと、みんなで行こうって」 「馬っっっ、鹿野郎ォ!!」 鬼の形相の土方さんが、声を張り上げ勢いよく立ち上がる。 腕を高々と振り上げると、あたしの頭に真上から張り手をくらわせた。 スパーーーン、とすっきりした打音が鳴り渡る。 「きゃっ!!!」 痛い!めちゃくちゃ痛い! いや、痛いより怖い!!! これは間違いなくDVだ。別れた元カノの就職を邪魔した上に、外でも暴力三昧。 間違いなくDV警官、三面記事沙汰じゃん、このひと!!! 「とんだ危機回避能力じゃねーか、あァ!!?だからお前は隙だらけだってんだ! なーにが親切だ、なーにがやさしいだァ!?コロっと騙されやがって!!」 お客さんで賑わった店いっぱいに鳴った、鬼の副長の喝が地鳴りを興す。 店中の人が何事かと振り向いた。 そんな気配などものともしない。鬼の怒りはおさまることなく、あたしに向かって一点集中。 DV警官の険しい顔には、今にもブチ切れそうな青筋が。 「何すんのよォこのDV男ォォォ!!!」 「いいかよく聞け。あれに関わるな。ありゃあダメ男だ。しかもそこらの狂犬よりよっぽど危ねェ。 胡散臭えツラの裏にこっそり化け物飼ってたっておかしかねぇんだ。あれァそういう男なんだよ! だってのにてっっめえ、羊よりあっさり追い込まれやがって!!船倉まっしぐらじゃねーかよォォォ!!」 「誰かぁあ、助けてーーー!!元カレが暴力をふるいますぅぅぅ!!! 助けてえェェ!!助けてオマワリさあァァァァん!!!!」 痛さに頭を抑えながら叫ぶあたしに、おじさんが呑気な笑顔でお茶を差し出す。 「オマワリさんなら目の前ですぜ、さん」 「だからァァァ!!そんな顔してどこまでSなんですかおじさん!!?」 「まァまァ二人とも、落ち着いて。土方さんも座ってくださいよ」 お茶を差し出すおじさんの笑顔に気が抜けたらしい。 DV鬼警官は自分で倒した椅子を立て直すと、ふてくされたような顔をした。 「・・・・わかった。要するにだ。飯が食えりゃいいんだな」 「え?」 「お前の食い扶持くれえ、俺が出してやる。・・・その」 ぼそぼそっ、と早口で言って。 なぜか土方さんは口籠もった。 「・・・は?何それ。何が言いたいんですか」 「だァァァ!」 いったい何が言いたいのか。青筋立てて鬼は怒鳴った。 わけもわからず怒鳴られて、あたしは頬を膨らませて土方さんを睨んだ。 すると土方さんも、負けずにぎろっと睨み返す。 けれど、その険しい顔がだんだん緩んできた。 緩んだといっても、地顔からして怖いのだ。 愛想なんてかけらも無い。元のふてくされた顔に戻っただけ。 「・・・・わかんだろォが。ここまで言わせりゃあよ!」 ぴしっ、と啖呵を切るように言い切って、椅子に座る。 険しく真剣な顔であたしに向かうと、 土方さんの右手が、なぜかあたしに向かって伸びてきた。 「・・・・え・・・土方さ」 「黙れ。いーから、聞け」 むっとした口調。怒っているようにしか聞こえない、低い声。 けれど。怖いくらいに真剣な表情は、どこかばつが悪そうにも見えた。 カウンターに置かれたあたしの手の上に。 土方さんの手がそっと重ねられる。 包むように重ねられた手は、ぎゅっとあたしの手を握り締めた。 「。お前は俺が食わせてやる。だからあの男とは会うな」 そう言うと、土方さんはあたしの手を離した。 離したとたんに、その顔がぶすっとした、ふてくされた表情に戻って。 手持ち無沙汰に焦っているかのように、顎のあたりに手をやった。 「・・・おい。・・・聞いてんのか?てめえ」 「・・・うん」 鋭い目線は伏せられて、カウンター前をそわそわと泳いでる。 慌て気味に煙草を取り出すと、ぎこちない手つきで一本銜えた。 カチカチと、ライターの音が跳ねる。 「・・・そーかよ。じゃあ、その。アレだ。・・・今の。返事しろ」 「やだ」 「は・・・・」 「いや!!絶対いや!!死んでもいや!!」 きっぱりと、あたしは大きな声で断言した。 銜えた煙草がぽろっと落ちて、土方さんは目を剥いた。 「・・・・死んでも、だァ!?て、てんめェ!俺のどこが」 「いやに決まってるでしょ!?だって土方さんの奢りって絶対ここだもん!絶対アレだもん! いつも勝手にあたしのぶんまでアレ注文しようとするじゃない! 毎日アレ食べろってゆーのォ!?いったいどんなSMプレイだよ、この変態DV警官っ!! もおっ、信じらんないっ!!絶対いや!!ぜったいぜったいいやだからね!? 毎日ご飯が犬の餌丼なんて、ぜえええっっったぁい、いやあぁああああああ!!!!」 手に握っていた預金通帳を、バシバシとカウンターに叩きつける。 最初は青筋が切れかかっていた土方さんは、なぜか途中で肩を落とした。 そして、一気に疲れを背負い込んだような、悲壮感漂う顔で黙り込んだ。 「・・・・違げぇってんだ。この早とちりが・・・」 カウンターに落とした煙草を、重い溜息をつきながら拾い上げる。 煙草に火が点き、盛大な煙が吐き出された。 「・・・・覚えてろよ、このアマァァァ・・・・」 「はァ?このアマとは何よ!!やろうってのォ!?善良な一般市民とやろうっての!!? やるのかよ、やるんですかァ、味覚異常で変態SMプレイ好きのDVオマワリさああーーーーん!!!」 あたしはまた、バンバンとカウンターを連打した。 店主のおじさんが、土方さんを気遣うように灰皿をすっと差し出した。 「場が悪いやねェ土方さん。 そういう大事なことを口走るんならさあ、こんなすすけた店じゃあいけねえや。 もっとこォ、若い女の子の好きそうな場所で言ってやんねえと。なァ、母ちゃんよォ」 「いい男なのにねぇ。 ほんっと女心ってもんに疎いのよねえこの旦那ったら。あー勿体無い」 「・・・親父ぃ。アレ、もう一杯。・・・いや、こいつの分も」 「へいっ、土方スペシャル二丁ォ!!」 「いやああああああぁぁ!!!!!!

「 21世紀の味覚異常者 」 text by riliri Caramelization 2008/07/30/ -----------------------------------------------------------------------------------        next