あたしが生徒じゃなかったら、そんなにゆううつそうな顔しなくても済んだのにね。

そう言って笑ったの浅く引きつったこめかみに、俺は三つ目のキスを落とした。

何か塗っているわけでもないだろう。
なのに、この子の肌はどこを舐めても甘い。それともこれは俺だけが感じる甘さなのか。
香水でもつけているかのように、香る身体を持つ女。タイトルなんて忘れてしまったが、そんなヒロインが出てくる小説を読んだことがある。 いわば嗅覚に訴える女だ。をそれに例えるなら、味覚に訴えかける身体を持つ女、ということになる。
そんなこと、あるもんなんだろうか。だがそんな女に、それも毎日顔を合わせる担任クラスの生徒に、甘党の俺が惹かれるのは必然だったのかもしれない。
この肌に吸いつき、甘さを味わうたびに繰り返している。終わりの見えそうにない、言い訳混じりで馬鹿な自答だ。


薄く皮膚を張った甘いこめかみを離れて、呆けたように先生、先生、と何度も繰り返す薄桃色のふっくらした唇を、軽く音をたてて吸ってやる。
一度離して、その唇をじっと眺める。何か言いたげに、薄く開いた。
耳の下に親指をかけ、細い首からうなじに他の指を巻き付けるようにして抑えながら。俺は唇に移っていた桜の甘さを、もう一度舐めて味わった。

ごく薄く塗った蜂蜜。楓糖。舌先で溶けて消える綿飴。齧りついた梨からこぼれる果汁。
この少女の肌の、独特で微かな甘さを何に例えるべきなのか。
そんなことは、作家でもクリエイターでもない、しがない高校の国語教師にはどうでもいいことだ。 女を例える修辞もレトリックも、それが本の中なら生きてくるが、実生活においての意味はない。 頭に入れておいたところで、生身の女を前に役に立つことはひとつもないからだ。

今まではそう思っていたし、たぶんこれからもそうだろう。だがまあ、一度くらいなら試してみてもいい。
一度だけ試すなら彼女だ。甘い肌の女。人のネクタイを勝手に外して放り投げて、 厚く縁取られた睫毛の奥から、眼鏡を外した俺をぼうっとした目で見上げている。彼女に向けるべきだろう。
詩的で濃くて歯の浮くような気障ったらしい引用を、 暇だった大学時代に創り上げた脳内の古ぼけた書架から、埃を被ったままにむざむざと引っ張り出してみようか。 撤回。やめておこう。埃まみれの教養を女子高生に披露するほど無残なことはない。
それに埃を頭に舞わせる余裕を持っていられるのは、どうせ今のうちだけだ。今から俺は、壊れるんだから。


今、ここにあるもの。触れているものが、俺の理性をすでに破壊している。 男としては別だが、教師としては案外身ぎれいに固く保たれていたはずの理性を、身体から無理やりに引き剥がして全壊させた。
だらしなく薄桃色の唇を開き、裸足になった白い爪先で俺の固く熱くなった部分をからかうように押してくる。 下腹部まで捲れた制服のスカート。その下から現れた、火照った肌の色を透かす白い下着の中へと、 手を引いて誘おうとしている。
鍵を掛けて灯りも落とした、薄暗い保健室の最奥にある医療用パイプベッドの上。
その端に腰かけ、シーツに肘を付けて上半身をわずかに起こしている。陶然と俺を見上げるに。今から俺は、壊される。


半開きの薄桃色の奥に隠れた、ちいさく揃った白い歯列と艶めかしく濡れた紅い舌。そこを目指して顔を寄せる。
指を広げて抑えていた頭の後ろを、皺もなく無機的な白さのシーツに倒す。
保健室のシーツは漂白剤の匂いがするよなあ、なんて思いながら、押しこんだ舌で口内を掻き回していく。

「ふぁ、・・・んっ、」

声が漏れたのは唇を離したからだ。透けて伝う銀糸をもう一度辿り直して、の唇を舌先で音をたてて舐める。
くすぐったそうに、ちょっと迷惑そうに眉をひそめて目を見開いたは、まだあどけなさの残る表情で俺をじいっと見つめた。
はあっ、とせつなそうな息遣いを零した半開きの唇の奥で、濡れた紅が蠢いた。早く、欲しい、と急かしている。

「もっと?」

俺が短く訊くと、ん、と弱く頷いてはまた目を閉じる。再び俺は唇を塞いだ。
紅く薄い舌に絡みつけて、奥を舌先でなぞるようにして撫でながら。彼女の身体にある、もうひとつの濡れて熱い場所を想像する。
の受験前を最後にして一か月ぶりの行為だ。そこへ触れる瞬間が待ち遠しかった。早くそこへ辿りつきたい。

ふぁ、あ、と曇って湿ったの声が、塞いだ唇の隙間から洩れてくる。
一か月ぶりに聞く嬌声はうわずって高ぶりを隠そうとしない。たぶん考えてることは同じだろう。 この子も俺の手がそこへ伸びていくのをもどかしく待っているなとは思いながらも。手を伸ばすことはしない。

甘い肌のすべらかな感触は唇を伝って、さっきからじわじわと下半身の疼きを誘い始めていたし、 衣服を通してとはいえ、直接的に爪先で押したり弄ったりの攻撃に訴えられてはかなわない。淡い情動なんてもう出る幕を失くしていた。
セーラー服のスカーフを解くのは愉しい行為のひとつに違いなかったが、淡い情動に繋がる愉しみにかける手間を、今の俺は無視したいところだ。 それでもまだ、あらわになった下腹部には触れずにいる。だらりと延ばされた太腿を掴み、揃え直して、上に馬乗りして抑え込んでおく。

白い上着の裾から手を差し込んで、ブラの上から片胸をぎゅっと掴んでみる。
あ、とが俺の口内で高く呻いた。
もう片手を背中に押し込んで、二列に並んだホックを手探りで外す。ふわっと解けたブラを上へずらして、解放されて揺れる膨らみを大きく掴む。 抱いた背中が、びくっと引きつった。指と指の間に尖った先を挟んで、転がすようにして捩じってやると、それだけで水を失った非力な魚のようにびくびくと跳ねる。

塞いでいた唇を放して、首筋へ。
唇を下へ滑らせながらきつく吸いついて、印を刻む。赤く濁った跡を残していく。
さらに下へと降りて、尖った先を弄ぶように舐めて。舌先で弾いて、甘く噛んでを繰り返す。
そこでも甘さに浸されて、苦笑した。どうしてこいつは、俺の弱味を握ったりツボを抑えるのが上手いのか。
尖った先は、吸われるごとに感度を高める。深く食い込む指に揉まれることに喘ぎながら、 は俺の広げた手に華奢な自分の手を重ねてくる。
あのね、と教室では出さない甘えた口調で前置きして、声を震えさせながら続けた。

「せんせ・・に・・・さわられるの、・・・すき・・・っ」
「あっそ。は触られるだけでいいの」
「いい・・・・いいよ。でも。もっと」
「もっと、何」
「もっと、すき」

下半身に、揃えて抑え込んだの足から、ぶるっ、と寒さに震えたような揺れが伝わってくる。
んっ、と眉間を狭めるほどに目をきつく閉じた彼女は、重ねていた手を上から縋るようにぎゅっと握ってきた。 握った手首を導いて、自分の太腿に触れさせる。着地した俺の指先がそこを軽く掴むと、嫌がるような仕草で腰を捩じってみせる。
嫌がっているように見えるのは仕草だけだ。それは俺も、経験上知っていた。 あけすけなほどに求めてくる彼女が、心の奥ではぬぐい切れずにいる恥ずかしさを、そうして無意識に見せていることも。
下へずれかかった白い下着は、照明を落とした薄暗がりの中でも目につく。熱い箇所は、しっとりと生地を透かすほどに濡れている。

はいつも、俺以上に焦れて先を急いでばかりいる。
奔放な性格の本人以上に我慢の効かない、我儘で可愛い身体を、いつももてあましている。 それを受け止めて鎮めてやれるのが俺だけだと、信じて疑うことがない。
最初から貪欲で積極的。なによりも、一歩引いて醒めた目でしか生徒を見ないこの俺が、 大丈夫かこの子はと本気で心配するくらいに俺に対して夢中だった。
結局俺は生徒の言いなりにこうして無人の保健室に引き込まれ、それでも最初は職業倫理をふりかざして拒んでいたものの、 か弱い声で「先生、好き」と囁かれ抱きつかれ、押しつけられた柔らかな胸に翻弄されているうちに。壊れてしまった。
理性を飛ばして自分から組み敷いて、担任している生徒を犯す、それを何度も繰り返す、という笑えない贖罪を背負わされてしまった。
まあ、それもこの子が卒業する今となっては笑い話に近いし、半年後には完全に笑い飛ばせているはずの話でしかないのだが。 をこうしてしまって以来、その日を俺は待ちわびていた。

腰を上げ、小刻みに揺れる太腿に手を移す。その堅く閉じられた内側をすうっと撫で上げた。

「おーい。もっと好きって、何が」
「・・・・あ、・・・・や、ぁん」

空いた手で太腿を掴んで高く上げて、思いきり開かせたら、さすがに恥ずかしそうに首を竦めて、きゅっと唇を噛む。 辿り着いた白い生地は、しっとりと隙間無くの肌に張り付いていた。
中指の腹でその濡れた中心をゆっくりと、じわじわと焦らして押しながら、他の指先で軽くピアノの鍵盤でも叩くようにぽんぽん、と周囲を触れてみる。 耳元に顔を寄せる。触れるまでもなく判っていたことだが、俺はわざと冷静に、醒めた声で口にした。

「ここ。すげえ。洪水みてえ」
「ん・・・・っ、だって・・・」
さあ。俺がしなかった間。どーしてたの」
「・・・せ、んせ、が、受験ん、おわ・・・まで・・・我慢・・・って」
「我慢。出来てなくね?・・・なあ。自分でしてたんだろ」

ぎゅっと指先に力を込めて、下着の上から奥へ割り込んでみる。
あん、と声を震わせながらかぶりを振ったの足が、太腿から爪先まで、びくん、と震えを伝えて跳ねる。

「ここまで濡れたら、もォいいよな。要らないよな?俺の指」

そう訊きながら、指は下着を避けた中へ滑らせる。 突き立てた中指を、ぐっしょりと濡れた中へ一度に根元まで送りこむ。

「や、あぁ、ぁん」
「なに、どっち。要るの、要らないの」

半開きの唇で答える前に、身体が直に応えてくる。要るらしい。肌よりも火照ったその中は俺をきゅっと捉えて、一瞬で内壁を狭めた。 透き通った蜜をじわりと溢れさせる。
親指で膨らんだ先を弄ってやると、さらに狭まる。くちゅくちゅと濡れた音を奏でながら人差し指を送り込み、赤く染まったの耳たぶに目を向ける。
膨らみも、染まりかたも。親指を押しつけて刺激を与えているところに似て見えた。

「・・・・耳までエロいねぇ、お前は」
「え、・・・・な、ぁっ」

笑いながら触れるだけのキスをして、それから唇で耳を塞ぐ。ここも弱いと知っているからだ。
低く囁いたのは、教卓を前にしては口に出来ない淫らな言葉。俺の声と劣情に耳を埋められた彼女は びくっと胸を震わせて、ひ、あっ、と身をよじらせた。

もっと声が聞きたい。掠れてせつなげな声が、極まって泣き声に変わる瞬間を。
そう思ったら、の中を這う指よりも早く受け入れてほしかった部分が、急かすように痛覚を伴う一歩手前のレベルで疼く。 っっ、とたまらずに呻いた声と、漏れた吐息がの耳を襲った。
入れていた指の先が彼女の中を、偶然にが一番感じるあたりを強く弾いて奥へ伸びる。深く突いた。
身を大きく捩って涙を浮かべたが、いやあ、あっ、と高く細く喘ぐ。 ぶるっ、と弓なりに背筋を震わせて、裸足の白い爪先がピン、と反って踊った。あっけなく達してしまった。




「・・・。」

首筋を仰け反らせたままで動かない彼女に、呼びかけてみる。

。起きろー。起きねーと、勝手にやっちまうけど。いーの」


もう一度耳元で、わざと小声で呼んでみたが。反応は無い。
火照って汗ばんだ肢体は俺の下で奔放に投げ出されている。長い睫毛は伏せられて、頬は赤く染まっている。 髪を乱して達してしまったままの蕩けた横顔は色っぽくもあるが、どこか無垢で、侵すべきではない神聖なものにも見えた。
しかしそれを穢してメチャメチャにしてしまいたくなるのが、男のどうしようもなさというもので。 当然俺も、どうしようもなく男であることを制しようがない。かろうじて抑えていたあの部分が、ずきっと疼いた。


「・・・・・・・・んだよ。可愛すぎんだろ、お前」

だらしなく広げられたままの太腿を通して、帰りには役に立ちそうもないほどに濡れた彼女の下着を抜き取った。
セーラー服から半分覗いていた胸を露わにして、外すのを先伸ばしにしていたスカーフを解く。 スナップのボタンをパチパチと外し、頭を通してセーラー服とブラを一緒に剥ぎ取って。スカートも引き抜いて脱がせた。

一糸も身につけていない、ぐったりした身体を片腕で抱きしめる。汗ばんだおでこや赤く染まった頬ににキスを落としながら、 少女らしい表情とは逆に女の香を放つ、大胆に開かせた脚の間に下半身を割り込ませる。
彼女は脱がせたくても自分を脱がせる時間が惜しかった俺は、すぐにベルトを緩めて固く張っていたものを掴み、 無防備に広げられた入口へと宛がう。

先端だけをめり込ませて押し進んでやると、死んだように無反応だったの背中が、息を吹き返した人のように揺れて反った。
苦しげに歪めた表情は、教室で眺めるあどけない女子高生のものとは違う。
色づいた声を震わせて喘ぐ、受け入れたものに感じ、乱れて、涙を滲ませている。すっかり女だ。


「っ、ひぁっ、あ、ぁんっ」
「・・・・っっ、・・・・っ」

呼びながら何も考えずに、俺は自分の身体のしたがるままに任せて奥まで突き進んだ。
指二本分にしか広がっていなかった狭くて熱い内壁を割り込んで、蜜が溢れだす奥へと辿り着く。悲鳴が上がった。 ぐちゅっ、と大きく粘った水音を鳴らして、俺はに飲み込まれる。泣き声で喘ぐは、俺の首を抱きしめて離さなかった。

の中。感覚のすべてがそこへ雪崩れ込んで集中していて、他はぼんやりとしか見えず、感じなくなる。
彼女もそうなんだろうか、と残っていた理性の残骸をなんとか掴まえて、目を開け、見下ろすと、 眉を八の字に曲げた辛そうな顔で、子供のように泣いている。泣きじゃくっていた。

「っ、ひ、・・ぁんっ、せん、せぇ・・・・」

、と耳の奥まで声で埋めるように唇をくっつけて、宥めるように囁きかける。
ゆっくりと舐めて、歯型がつきそうなくらいに齧りついた耳たぶは。甘い。

今俺の腕が抱きしめている、汗を滴らせたなめらかな背中も。 気を抜けばすぐに果ててしまいそうになるのをこらえようと、鷲掴みにして縋りついた柔らかな膨らみも。奥深くに隠された濡れて光る粘膜も。この子の肌は、どこも同じ味をしている。 その味が暴発しそうな身体には堪えられない眩暈を起こす。味覚が、感覚が、全身が痺れるほどに甘く感じる。
俺の頭の中では妙な想像が、朦朧とした頭の隅で歪んだ像を結んで描かれていた。

抗いきれない媚薬を嗅がされ、檻で飼われることに馴らされていく虜囚の姿。もちろんの姿じゃない。俺だ。


「すき。もっと、すき」
「もっと、何」

辛そうにきつく閉じられていた瞼が、薄く開く。
涙に滲んで潤んだ瞳は、ぼんやりと俺に視点を向けて。またぎゅっと閉じられた。 の中がゆっくりと動いていた俺を締めつけて痙攣を起こす。 小刻みに震える薄桃色の唇から、あぁっ、と上擦った悲鳴が絞り出された。
濡れて紅潮した表情の色っぽさに、目を奪われて。俺は、ヤバい、と苦しさに喘ぎながら呻く。
切れそうなくらいに唇を噛みしめながら、張りつめてしまった自分を俺はもう抑えることなど出来なくなっている。
さっき繋がったばかりなのに、もう限界か。こんなに早く、あっけなく。

「せ、んせ・・・・、すきっ」
「ん。っ、」

お前、可愛すぎ。ダメだろそれは。
泣き顔と告白に一撃でとどめを刺された言い訳に、喉から出かかった言葉。それらはすべて、こらえきれず荒くなった呼吸に一瞬で押し流された。
俺の狭小な想像上にしかいないはずの虜囚の姿も、想像の海の外へ押し出され。どこかへ流され崩れ去った。
身体に残っていたすべてを。縋りついていた理性の残骸もろとも手放して、泣きじゃくるの唇を塞いで、強く抱きしめて雪崩れ込む。
身体を硬直させて昇りつめて、乱れた声で叫んだ彼女の中に、俺は数回激しく打ち付けただけですべてを注ぎ込んだ。







「・・・・・俺も、好き」

かすれた声で漏らしたのは、たぶん聞こえていないと踏んだからだ。
枕へ向けて投げ出されているのちいさな手を握り、ぐったりと力の抜けた手の甲に唇を落とす。

普通に女と身体を交わらせるのなら隣立しそうにもないものが、 あどけなく横たわる少女との情事を終えた俺の中では、いつも並び立っている。
張りつめ強張っていた半身が、気だるさをちらつかせながらもすっきりと軽くなった解放感。
混ざり合って濁った粘液をとろりと溢れさせたまま、眉間を深めて果てている。 のいたいけな裸体を見るに堪えない、罪悪感。二つの感情が、いつも対になって顔を出す。


ごめんな、と赤く染まった頬を撫でながらつぶやく。
彼女の胸に倒れ込み、浅く息を切らしながら心臓の落ち着きを待った。
こめかみに滲んでいた汗が、額を横へ伝っていく。 俺の頭に押しつぶされた彼女の膨らみへと伝って、水滴が流れ落ちていく。横目で何を見るともなく眺めた。


愛情の湧き方なんてこれと同じかもしれない。
愛しく思った瞬間に生まれた、一粒の水滴から始まる物語だ。ひたひたと溜まった愛情の水滴は流れを作る。 細く浅く、砂のような淡くすり抜けていく思いを削っては呑み込み、いつしかそれが水路を作って、 開け放たれた外海へ向かって流れていって。奔流を受け入れた海と混ざり合う。

ごく単純に突き詰めれば、誰かと恋をして結ばれる、というのはそれだけのことだ。 俺のそれに問題があるとしたら、自分が教師で愛情を注ぐ海が担任の女子高生だったということ。 で、それこそが最大で唯一の問題でもあるわけなんだが。

それにしてもなんというか、不思議なもんだなとは思う。 淫行に問われる立場に俺が裏では悩んで思考を濁らせているからといって、へ向けている愛しさに濁りは生まれない。 水流はいっこうに枯れることを知らずに、押し寄せる。この子が愛しい、可愛い、抱きたい、と、 幾つも新しいせせらぎを作っては歌う。
濁らず澱まず走っていく。想いはいつも清く浄化されている。 などと、が聞いたら爆笑するのは間違いなしな、似合いもしない恋愛論を頭の中で繰り広げていたら。 首に細い腕が回されて、ぎゅっと抱き締められた。

その腕を解いて上半身を起こして、身体を隣へ滑らせる。
せんせ、と甘えた声で呼びかけてくるのしっとりした前髪を指で梳きながら、問いかけた。

「欲しいモン。決まった?」
「え?・・・ああ・・・・」

欲しいモン、とはお返しだ。受験生だというのに「ママにばれないように夜中に作ったの」と打ち明けて、 バレンタインにこっそり手渡された手作りのチョコレートに。欲しいもんあったら考えといて、と短くメールを入れておいた。

はうん、と頷いた。というよりは、首を傾げた、といったほうが近いどっちつかずな動きをした。

「何。俺さあ。今あんま金ねーんだけど」

今ってゆーか、いつも、でしょ。そう言いながらも起き上がる。
脚元から皺だらけになった白いシーツを手繰り寄せて、胸から膝までを覆い隠した。 だるそうに薄目を開けながら俺を見て微笑む。睫毛にはまだ涙が光っている。
今度ははっきりと、頬にかかる髪をさらさらと揺らしながら首を大きく振った。

「いらない。あたしはね、先生にあげたかったから作ったけど。お返しはいいの」
「遠慮してんの?まあ、アレだよ、無いっちゃないけど。あるっちゃあるっつーか」

俺はここ数日白衣のポケットに入れっぱなしにしていた、金欠の理由を探して手を突っ込んだ。
晩飯に付けるビールを二本から一本に減らすしかなくなった程度に金は無いが、彼女に返す用意は、あるにはあった。 底に沈んでいた、男の指には小さすぎて嵌まらない冷たい銀色の輪を指に絡めて、俺はこのタイミングで出していいものか どうかと、クルクルと転がしながら指先でそれを弄る。

渡せるかどうかは別として。用意だけはしてある。 これを彼女が欲しがるかどうかは別として。男としての、まあ、つまりはケジメというやつだ。


「さっき貰ったよ」

がぽつりと奇妙なことを漏らした。
ポケットの中の指を止めて怪訝そうな顔をする俺と目が合うと、深くうつむいて顔を逸らす。
手が胸元のシーツを掴んできゅっと縮む。 薄紅色に冷めかかっていた頬は、ふたたび赤みを帯びて染まっていった。

「聞こえたもん・・・・・可愛いすぎ、って。」
「・・・・・悪魔かオメーは」

頭をポカッと強めに小突いてやると、いたあい、と首を竦めたはまた涙目になる。
思い出した。いや、忘れてはいなかったが相手が少女と思って油断していた。 こいつら女は、誰もが生まれながらの女優なのだという原点を。

気恥ずかしさを紛らわせるためにグシャグシャと髪を掻き回しながら、俺は恨めしげに彼女を睨んだ。
裸でも衣服を身につけていても十八には見えない、小柄で華奢なの身体。 うっすらと浮いた鎖骨のあたりに目を向けて、そこから細い肩へ。白布に包まれた胸元へと目を移す。 白い素肌にはいたるところに点々と、暗い紫色を帯びた緋色の痕が散っている。

じっと彼女を眺めているうちに、重くて鬱屈な気分がこめかみのあたりを襲ってくる。 お馴染みの罪悪感だ。
どうにも目を背けようのない、濁った自嘲がこみあげてくる。くっ、と抑えた声の笑いが喉からこぼれた。


「いや?・・・悪魔は俺かぁ。生徒に、んなことしてんだもんな」

うなだれた頭を引っ掻き回すようにして掻き毟りながら、から少し身体を離した。

すると俺を追うようには前へ膝を進めてきて、白衣の腕に縋りついてきた。
胸を覆っていたシーツが解けて、腰のあたりまではらりと落ちる。

「そんな顔させて。ごめんね」

小さくて苦しげな声では謝った。静まり返った放課後の校舎でなければ、耳に届きそうにない声だ。


「先生はね。自分でおもっている以上にちゃんと先生だから。
 だから、・・・・そういう先生を苦しめてるんだよね、あたし」

ごめんね。もう一度同じように苦しげな声でつぶやくと、顔を上げる。
上げた瞬間には泣きそうな色に染まった硬い表情をしていたが、俺をじいっと見上げているうちに目が潤んでくる。それにつれて表情も和らいできた。

「でも。自分は苦しいのに、我慢して。こうやって、ゆううつそうな顔しても。優しくしてくれる。」

見ているこっちまで蕩けるような熱を湛えた瞳が、嬉しそうに細められる。
あらわになった膨らみが、袖に強く圧しつけられて弾んだ。 ベッドのスプリングを圧していた俺の手の上に、腰を浮かしたは座り込む。身体の重みと体温と、 しっとりと濡れた感触とが俺の手の甲を覆った。 はあっ、とせつなげな吐息が彼女の唇からこぼれる。

ふんわりと開いた薄桃色の唇を見つめ、俺は無意識のうちにごくりと息を呑んでいた。

「・・・・だから。いいの。今はまだ。卒業するまでは何もいらない。でも、・・・・・」


先生は、欲しいの。
甘えた声でさえずるように鳴く少女は、ようやく立ち直りかけていた俺の平常心をまたしても崩壊させようとしていた。


降参だ。白旗を翻しての全面的降伏ってやつだ。深々と疲れた溜息をつき、 悪魔の称号はやはり彼女に譲るべきだった、と今頃になって気付いても遅い。
気づいた頃には俺の腕が、の肩ををふたたびベッドへと押し倒し。唇を奪っていた。


中毒患者、とか禁断症状とかジャンキーとか、末期症状とか。穏やかならざる単語ばかりが頭を埋め始める。

壊れたままの俺の理性を再生する術は、どこを探せば転がっているのか。
それとも崩壊した理性の柱を建て直して修復工事を試みたり、 最悪ボロボロの破片を拾い集めて、バンドエイドで貼り繋ぐことになるんだろうか。
面倒だな。
世の中の面倒という面倒はすべて、あらゆる手段を弄してでも避けて通りたいクチなんだが。


だがまあ、とりあえずはいいだろう。
今は摂取過剰な媚薬の甘さに。この肌の甘さに身を投げてみよう。
に壊され、こうして理性の残骸に囲まれた中を朦朧と漂うのは、そう永い間のことでもないはずだ。
この子を今ほどの罪悪感もなく抱けるようになり。
晴れて卒業を迎えて「彼女」として連れ歩けるようになる季節は、すぐそこにある。


冬の名残りはまだうろついている。
の裸足の足先を冷やす程度にちろちろと、 定員オーバーな二人分の振動に弾んで揺れるベッドの足元を彷徨っている。
だが、それさえやり過ごしてしまえば。春はもう、目の前に広がっているのだという事実に安堵して。
俺は縋りついていた理性の残骸から、ゆっくりと力を抜いて手を放した。







o v e r d o s e

text by riliri Caramelization 2009/03/14/
せんせの名前呼ぶの忘れました…