「っ・・・!あぁ、いい、最高・・・っ。なぁ、もっとめちゃくちゃにしていい、っっ」
「〜〜〜っっ!ぎっっ、っひ、ふぁあ、ゃ、こわ・・・っ、ぁっ、あっ、ぎっっ、〜〜っ!」
銀ちゃん、銀ちゃん。こわいよ。おかしくなっちゃう。おかしくなっちゃう――
意識を保てそうにないくらい強烈で深い快楽が、荒々しく突かれるたびに洪水みたいに溢れ出る生ぬるい蜜が、銀ちゃんが夢中で抜き挿しを続ける熱い中を一杯にしてる。
どこか遠くへ浚われてしまいそうな感覚に怯えてぐすぐす泣きじゃくりながら、肩口を覆ってた白い着物で震える唇をぎゅっと塞いだ。
今にも飛び出しそうな甲高い声を噛みしめて、目まで瞑って必死にこらえる。
だけどそんなせめてもの抵抗も、繋がったところの手前に伸びてきた銀ちゃんの指で崩されてしまった。
粘液にまみれたちいさな粒を器用に暴いた長い指が、身体のどこより敏感なそこをくちゅくちゅと強めに掻き回す。
とろりと濡れた指先が蠢く感覚にがくがく腰を震わせながら、あたしは狂ったみたいに泣きわめいた。
「っく、ふぇ、っっう、っく、あぁ、ああぁあんっ、あ、あ、ああっ、あぁああ〜〜〜っ」
「――ぁあ、やべぇ・・・・・・すげぇ、いぃ、、イきそ・・・っ」
「っう、っく、うっっく、ひぁ、もち、い、のぉ、らめぇ、もっ、おかしく、なっちゃぅぅっ、あぁ、めぇ、らめぇぇ・・・!」
こんなに近くにいるのに――あたしの身体の奥まで入り込んじゃってるのに、銀ちゃんにはあたしの声なんてちっとも聞こえてなさそうだ。
ぱんっ、ぱんっっ、ぱんっっ。
どろどろに濡れたお尻に激しい抜き挿しをぶつけられて、暗い部屋に高い破裂音が絶え間なく響く。
その音と交互に漏らされる獣みたいに荒れた息遣いが、見えない背後から迫ってくる。
目で確かめられない後ろからの行為は、不規則なうえに予想がつかないリズムであたしを好きなように犯し続ける。
いつ突き入れられるかも、いつ引き抜かれるかもわからないから、ただ銀ちゃんの動きに翻弄されて思いのままに啼かされ続けた。
力がちっとも入らない腰が衝撃で押されて離れていくと、銀ちゃんはくびれを鷲掴みにしてあたしを自分のほうへ引き寄せる。
その勢いのままにずぶりと突かれて、もっと脚開け、って言わんばかりに、ベッドへ落ちそうになってた左の脚を膝裏から高く持ち上げられた。
足をはしたなく開かされたままで力任せに引きずられていって、ぱんっ、ぱんって濡れた音を上げながら熱いもので貪られる。
――何度もそれを繰り返されるうちに、頭の中がまっしろになる。
律動に合わせて小刻みに揺れてた胸の膨らみを、ぎゅうって痛いくらいに鷲掴みされる。
つんと尖った薄赤い蕾を指先で強めにくにゅくにゅされて、左脚を抱え上げてる腕が伸びて、蜜に溺れた敏感な芽まで捏ねられて。
ああぁっっ、って泣き叫んだあたしの身体は、唐突に快感の頂点まで押し上げられた。
全身がふわりと浮き上がるようなあの不思議な感覚が襲ってきて、手足の先まで強すぎる痺れが駆け抜けていく――
「あ、あ、あっ、ぎっ、ぎんちゃあ、っひ、ああぁんっ」
「んっっ、もっと呼んで、っ、〜〜ぁあ、イく・・・っ」
「あ、あ、ぁあっ、あっっ、ぎっっ、ぁあぁああ・・・〜〜〜っ!」
喉を震わせて叫んだ身体が、凄まじい快楽に呑まれて波打つ。その瞬間に、最奥まで捻じ込まれたものがぶるりと震えて熱を放った。
あぁんっ、って仰け反って逃げようとしたら、硬い両腕にがしっと腰を羽交い絞めされる。
夢中でぎゅうって抱きしめてくる男の人の力に敵うわけもなくて、絶頂に痺れきってるあたしの身体は身じろぎ程度にも動けなくなった。
お腹の裏側のやわらかいどこかに膨張しきった先を押しつけられて、ぐちゅっっ、て深く抉られる。
灼熱みたいに熱いものを、どぷどぷ、どぷ、って注がれた。
一滴残らず注ぎ切ろうとしてるみたい。
銀ちゃんは前後に大きく揺さぶってはあたしの奥に押しつけて、何度も達して敏感になったそこに熱いものを浴びせかけた。
鋭く深く打ちつけられて、そのたびに襲ってくる鈍い衝撃で涙が溢れる。
びくびく痙攣する内壁を引きずるようにして勢いよく抜かれて――ずるりと銀ちゃんが抜け出るたびに、しずくがお布団まで弾け散る。
恍惚としちゃうような気持ちよさが、背筋を這い上がって首筋を抜けて、頭の天辺まで痺れ上がらせる。
身体を芯から焼くような熱さが、止める間もなくお腹の底まで広がっていく。
あたしのしらない深いところまで迸っていく。
なのに銀ちゃんは吐き出したものをもっと奥まで流し込もうとするみたいに、まだ硬いままの先端をぐちゅぐちゅと強く擦りつけてくる。
達したばかりで疼いてる身体はそんな銀ちゃんの仕草でもう一度絶頂まで昇らされてしまって、あたしは自分を掻き抱いた腕の中でせつない余韻に啜り泣き続けた。
涙で溶けた瞳がぼんやり映した寝室の天井は、窓の向こうから差し込んでくる夜明け前の青い光に染まりかけてた。
――それからどうなったかっていうと――あまりよく覚えてない。
銀ちゃんのせいでくたくたになって明け方にほぼ気絶状態で寝落ちするっていう、ハードかついかがわしい始まり方で迎えた病人生活三日目。
体力ゲージがマイナス100くらいまで激減しちゃってたあたしは眠ったり目を覚ましたりの繰り返しで、夕方近くまで意識がはっきりしなかった。
傍目には目も開いてるしふつうに話せてたらしいんだけど、頭の中はまだ夢の国でふわふわふらふらお散歩中だったみたいだ。
おかげで何も思い出せない。こわいくらいに覚えてない。
特に、朝から昼過ぎあたりの記憶がない。
――とはいえ全部が全部ってわけでもなくて、口が裂けても人には言えないごく一部の出来事を除いた記憶が…、なんだけど。
それ以外については、全くないって言っていいと思う。
まるでそこだけ記憶喪失になってたみたいに、頭の中のメモリー回路には空白の時間帯が出来上がってた。
例えば、どんなふうにかっていうと――あたしは今朝、銀ちゃんが耳に当ててくれた携帯で「熱が下がらないので今日もお休みさせて下さい」って会社に欠勤の連絡をしたらしい。
「ほい、あーん」って口までスプーンを運んでもらって、お粥をぱくぱく食べたらしい。
心配して様子を見に来てくれた新八くんと神楽ちゃんに「わざわざ来てくれてありがとう」って、二人が座ったところとはまるっきり逆の方を向いてお礼を言ったらしい。
新八くんからお見舞いの品のみかんと林檎を受け取ると「わぁ、おいしそうなバナナだね〜」って魂が抜けたよーな表情で笑いながら林檎を丸ごと銀ちゃんの口に無理やり突っ込もうとしたらしい。
そんなあたしの様子に愕然とした神楽ちゃんが「おい吐けこのエロ天パ、がこんなになるまでお前いったい何したアルか!!」って激怒、銀ちゃんの顔が風船みたいに腫れ上がるまでボッコボコに制裁したらしいんだけど、そんな煩い騒ぎの中でも貰ったみかんを食べながらへらへら笑って見てたらしい。
・・・なのにどれも、これっぽっちも覚えていない。怖いくらいに記憶が一切残ってない。
朝はどうしてたっけ、昼間は何があったんだっけ。
うんうん唸って頭を抱えてなんとか思い出そうとするんだけど、新八くんと神楽ちゃんに会ったことすら記憶にない。
だってずっと頭の中が霞がかってぼんやりしてたし、とにかく眠くて仕方がなかった。
うとうとしてるうちに熱も下がって風邪は治りつつあるみたいだけど、ようやく眠気が醒めた頃にはすっかり日が暮れかかってて。
カーテンが開きっ放しな窓の外では洗濯されたシーツやパジャマや銀ちゃんの着物がはためいていて、その洗濯物の波の向こうには夕焼けのオレンジ色に染まる公園が。
まるでちょっとしたタイムトリップ現象だ。
病人の世話に励むふりをしながら隙あらば胸やお尻をお触りしようとするセクハラ看護人に今朝からのことを話してもらったけど、実感が湧いてこないことばかりだし。
あまりに実感がなさすぎるから、どんな話を聞かされても「あやしいなぁ…これってもしかして、全部でたらめな作り話じゃないの?」なんて、銀ちゃんに疑いの目を向けちゃいたくなるくらいだし。
「――でよー、いつにする」
――なんてことを考えながら、甘めなおだしの味がたっぷり染みた煮込みうどんをゆっくりちゅるちゅる啜ってた時だ。
あつあつで美味しい晩ごはんをとっくに食べ終わっちゃった銀ちゃんは、デザートのアイスにスプーンをざくざく突き立てながら尋ねてきた。
夏に買って冷凍庫に入れっ放しにしてた、いちご味のかき氷。
真ん中に申し訳程度に入ってるバニラアイスにあたしが視線を向けてるのに気付くと、ん、ってつぶやいた銀ちゃんがとぼけきった視線をカップに落とす。
そこをさくっと掬ったスプーンをこっちへひょいっと突き出してきて、
「お前も食う?」
「いらない。こんなに寒いのによくかき氷なんて食べれるね」
「いや暑いだろ、めちゃくちゃあっちーだろこの部屋ぁ。なぁなぁ暖房の温度下げていい」
「だめー。まだ背中ぞくぞくするもん」
「だからってここまで熱くすることなくね?んだよ25度ってよー、座ってるだけで汗とまんねーんだけど」
テーブルに置かれたヒーターのリモコンの設定温度を横目で恨めしそうに眺めながら、銀ちゃんは黒い服の衿を掴んでぱたぱた扇ぐ。
かき氷まで食べてるのに、それでも暑くてたまらないみたい。
なんだか表情がげっそりしてきたし、10秒置きくらいで額からたらたら流れてくる汗を、首に掛けたタオルでひたすらごしごし拭ってる。
なのに、どーしてなんだろ。こんなに暑そうなのに、なぜか寝室から出て行こうとしないんだよね。
隣のリビングならヒーターの熱風は届かないし、暑がりな銀ちゃんにとってはずっと快適なはずなのに。
「ね、そんなに暑いならリビング行けば。窓開けてゆっくり涼んでいーよ」
「いーんだよここで、銀さんおめーと違って元気だし。それよか早く飯食っちまえば。あったけーうちに食ったほうが身体もあったまんだろ」
「ううぅ・・・だって銀ちゃん大盛りにするから。もうおなかいっぱいだよー」
「えぇーまじで、俺なんてまだ腹六分目くれーだぜ。なんか知らねーけど今日はやたらと腹減っちまってよー」
なぁなぁ食器棚のカップ麺と冷凍庫のピザも食っていい、冷蔵庫のビールも飲んでいい。
うちの買い置き保存食事情を勝手に把握してるとしか思えないことを言いながら、銀ちゃんは腰掛けてるベッドの枕元に――同じくベッド上に座ってるあたしがお布団の中で両脚を伸ばしてるあたりに、どさりと片脚を投げ出した。
片脚だけ胡座を掻いて、もう片脚はちょっと高めな位置へだらんと伸ばしてる格好、って言うのかな。
万事屋の机の前でもよく見かけるすこぶるお行儀のわるいポーズで、カップの中の真っ赤な氷をしゃくしゃく削る、むぐむぐ頬張る。
自分の家にいるときと変わらない態度でだらだらくつろいじゃってる彼氏の姿を、あたしはうどんをちゅるちゅる啜りながら恨めしさたっぷりな目つきで睨んだ。
・・・・・・ほんっと納得いかないよね。
なんなの、この体力差。ていうか、生まれついての生命力の差?
熱出してへろへろな状態で襲われたことと寝不足のダブルパンチで丸一日寝込んで、しかも身体中が筋肉痛でぎくしゃくしてるあたしと違って、一晩中フル稼働でえっちに励んだ後もあたしの看病と家事にフル稼働で励んでた銀ちゃんは、あたしの風邪が伝染ったような気配もないしムカつくくらいに元気そのものだ。
ああ虚しい。納得いかない。理不尽だ。理不尽すぎていっそ残酷なくらいだよ。
共に成長してきた仲間が実は倒さなくちゃいけない敵だった、っていう過酷で理不尽な現実に愕然としてたら幼馴染みの黒髪美少女に「仕方ないでしょ、世界は残酷なんだから」って言われちゃった、巨人化する能力を持った男の子の気持ちがよくわかるよ。
だけど黒髪美少女ちゃんの言う通り、世界は残酷なまでに理不尽だ。
人の身体で一晩中好き放題遊んでもけろっとしてるこの強姦魔にはまだまだたっぷり体力がありあまってるのに、その強姦魔にたびたび襲われて死にそうな目に遭ってる被害者のあたしには泣けてくるほどちんまりした体力しかないんだから。
「…ほんっと不公平だよね、ひどいよね。あーもう納得いかないよ。銀ちゃんなんて巨人に食べられちゃえばいーのに」
「あぁ?んだよ巨人て。あーもしかしてあれ、こないだお前が夢中で読んでた漫画の話?カリアゲのちっせーおっさんが空飛んで巨人倒しまくるあれかぁ?」
「人類最強の戦士をちっせーおっさんとか言うな。銀ちゃんなんて兵長に削がれちゃえばいーのに」
「削ぐってどこを、まさか股間?おいおいィそりゃーねーだろぉ銀さん自慢の立体起動装置削いじゃうの」
「食事中に最低な下ネタ持ち出すなド変態」
ふざざけて股間を隠そうとするすっとぼけた顔のセクハラ看護人をマイナス30℃くらいまで冷えきった蔑みの目で眺めながら、ちゅるちゅる、ちゅるる。
最後のひとくちを啜ってから、甘めな味がよく染みたおあげや野菜をぱくぱく、むぐむぐ。
半熟に仕上がった黄身がおだしの中にとろりと溶け出してる卵の残りも口に運んで、すっかり満足してお箸を置いた。
量が多かったからちょっとお腹がきついけど、今日のごはんもすっごく美味しかった。やっぱり銀ちゃんてお料理上手だよね。
「おいしかったよ、ごちそうさま」って両手を合わせて、お盆に乗った丼を拝む。
おう、って返事してくれた銀ちゃんが手を差し出してくるから、そのままお盆ごと手渡した。
もう熱も下がったし、食器の片付けくらいなら自分でも出来そうなんだけど・・・でも、せっかくだから今日は甘えちゃおうかな。
受け取ったお盆をベッド脇のテーブルに乗せると、銀ちゃんはテーブルからお水のペットボトルを取り上げる。くるくる、くるん。
水色のキャップを捻って外しちゃうと、「これも飲んどけば」って手渡してくれた。
表面にびっしり水滴が滴ってる、透明なボトル。
部屋が暑いせいで室温くらいまでぬるくなったそれを口に運んで、ちょっとずつ、ゆっくりのんびり飲んでたら、真っ赤なかき氷をスプーンでしゃくしゃく削ってた銀ちゃんが何か思い出したみたいな顔つきになって、
「話戻すけどー、どーする、いつ行く」
「・・・?いつって銀ちゃん、何の話」
「だからあれな、いつお前ん家に挨拶行くかって話」
「は?」
は?うちに挨拶?挨拶って、何の挨拶?
「・・・??どーしたの銀ちゃん。何か変なもの食べた?それともあたしの風邪うつっちゃった?」
いきなり突拍子もないこと言い出すから熱でもあるんじゃないかって心配になって、かき氷をむぐむぐ頬張ってる顔に手を伸ばす。
だけど、毛先が捻じれまくった白い前髪越しに伝わってくる体温は平熱そのもの。
「?????」って頭の中を疑問で一杯にしながらめいっぱい首を傾げたら、
「で、どーするよ。いつ行く、お前ん家」
「・・・・・・・・・・・・いやだから、わけわかんないんだけど。なんなのうちに挨拶って、何言ってんの銀ちゃん」
そもそもあたしの家に挨拶って、何のために?
きょとんとした顔で尋ねたら、眠たそうな半目をこっちへ向けてた汗だくの顔が眉をひそめる。
呆れと驚きが混じったような声で「はぁ?」って唸る。
いや、いやいやいや、違うから。ここで「はぁ!?」って言いたいのは銀ちゃんじゃなくてあたしのほうだから。
なのに銀ちゃんたらなぜかどんどん呆れきった表情に変わっていって、スプーンの先であたしの鼻先をびしって指して、
「いやいやだからー、挨拶だって、の親父さんとお袋さんに」
「・・・・・・は?」
「んだよまだ頭ぼーっとしてんの。それともまだ寝惚けてんのかぁ?
だからあれだよあれぇ、嫁入り前の娘にアレしてコレしてデキちまいましたー、ってぇ時はまずその子の親に頭下げに行くもんだろ普通はよー。
菓子折り持って家行って「お父さん娘さんを僕に下さい」って頭下げるあれな」
「はぁあああ!!?――っっけほっっ、〜〜〜けほけほけほっ、けほっ、けほけほっ」
うぷっっ、って呻いて目を白黒させてあわてながら銀ちゃんにペットボトルを押しつける、お布団の上にばたっと突っ伏す。
くるしい、咳がとまらない。びっくりしすぎてお水に噎せたせいだ。
まだ口に残ってた冷たい感触を、んむむむむ、って必死の形相になってどうにか飲み込む。
それでもまだ喉につかえて落ちていこうとしない何かにもう一度思いきり噎せちゃって、けほっっ、けほけほけほけほけほっっ。
両手でむぎゅって口許を押えて背中まで揺らして盛大に噎せまくってたら、目を丸くした銀ちゃんが「おいおい大丈夫かよ」ってパジャマの上から背中をすりすりさすってくれた。
だけどなぜかその顔が驚きに満ちてるっていうか、ものすごーく意外そうな表情で――
「えっきもちわりーの、吐きそーなの。マジかよ昨日の今日だぜ、つわりってこんな早く来るもんなの」
「違ううぅぅぅ!!!〜〜〜つつっっつわりってっっ、ななななっっ何考えてんの銀ちゃっっっけほっっ、けほけほけほっ」
ひっきりなしにけほけほしながら、涙目で見上げて言い返す。
っっててていうか何っっ、なんなの!?
「娘さんを僕に下さい」って、菓子折り持って挨拶って!
そ、それじゃあまるであれみたいだよ、ドラマや映画で見たことあるよ、お付き合い中のカップルが結婚前に赤ちゃんを授かっちゃって神楽ちゃんのパピー似の頭髪薄めで頑固そーなお父さんがちゃぶ台ひっくり返す勢いで激怒して「お前のような男に娘はやらん!」って結婚を反対されて仕方なく二人で泣く泣く手を取り合って誰も知り合いのいない田舎の町で身を潜めるよーにしてひっそり静かに暮らすよーになりましたとさ、みたいな、
「・・・・・・〜〜って、違う違うちがうぅぅぅ!そっ、そんなことになるはずないしっっ。
だいたいうちのお父さんて神楽ちゃんのパピーとは似ても似つかないしちゃぶ台ひっくり返すとかありえないしっっっ」
「はぁ?何でここにハゲ親父が出てくんだよ」
「とにかくやだからねあたしっ、駆け落ちなんて絶対いやあぁぁ!!」
「へ?駆け落ちぃ?俺も駆け落ちは勘弁だけど?」
何がどーなって駆け落ちの話になってんの、って呆れきった半目顔で尋ねてきた銀ちゃんが、何か考え込むような様子で腕を組む。斜め上の天井のあたりを見上げながら、うーんって唸って、
「まぁそうならねーためにも筋通しときてーっつーかよー、デキ婚ったらまずは親に報告しとくべきじゃねーの。な、つーことで早めに挨拶行っとこーぜ。
あーやべーわ緊張するわ、なぁなぁやっぱ俺殴られるよなぁお前の親父に」
「なっっ、ななななっえぇっちょっっうそだだだって、ま、待ってななっ何でそーなるのっっちょっと待って落ち着いてよっ一旦落ち着いてよく考えっ・・・えぇええええええ!!???」
「いや落ち着くのお前な、お前。あんま興奮すんなって、腹ん中のガキがびっくりしちまうだろぉ」
「いないぃぃ!そんな子まだいないからぁぁ!」
「はいはいわかったわかった、わかったから落ち着けって、頭に血ぃ昇ってまた熱出ちまうぞ。
ほらほら肩の力抜いてー、そーそーそれな、そんじゃ一回深呼吸してみよーかぁ」
ぽんぽん肩を叩いてくる銀ちゃんにそう言われてはっと我に返って、こくこく頷いてから深呼吸する。
すー、はー、すーー、はーーー。
何度か同じように繰り返してたら――みしっ、ぎしぎし。
なぜかベッドが揺れ始めて、見ればこっちをめがけてのそのそ這い寄ってきた銀ちゃんが、一人用の小さなベッドを上下にゆらゆらさせながら隣へ居座ろうとしてた。
二人の間に挟まれて潰れかけてたオレンジ色のクッションを、ぽいっ。
邪魔そうに床へ投げてやわらかい障害物を排除すると、一気に間を詰めてくる。え、ちょっ、ってあわてて後ろへ下がろうとしたけどもう遅い。
見てるこっちが目を剥くような素早さで、がしっ。
パジャマの上からがっちりと腰のくびれを掴んできた手がぐいっとあたしを抱き寄せて、
「〜〜〜っっ!?」
「はいはい妊婦さん落ち着いてー、元気な子産むために今から練習しとこーぜー。はいひっひっ、ふー、ひっひっ、ふー!」
「だからそんな子いないってばぁぁぁ!」
お腹をしきりになでなでしながらでれでれに緩みきった笑顔で言い放ったのは、飲み屋さんでべろんべろんに酔っ払ってるおじさんたちが言いそうな古典ギャグだ。
放っておくと胸まで撫でようとするセクハラ看護人の手はべしっと冷たく叩き落として、それでも懲りずにむぎゅーって抱きついたりほっぺたぎゅーぎゅー押しつけてウザいくらいすりすりしてくるのをガン無視しながら、内心ではまだ銀ちゃんの「実家に挨拶」宣言にうろたえまくってるあたしはひたすら深呼吸を繰り返した。
そうこうしてるうちに興奮しきってた頭の中は何とか冷静さを取り戻してきたんだけど、
・・・・・・えっ。ちょっと待って。
何これ。しらなかったよ。びっくりしすぎると脳まで驚いて固まっちゃうんだ。
とりあえずこれまで起こったことを一度頭の中で整理しようと思ったのに、整理するどころか何も浮かんでこない。頭の中がまっしろだ。
「・・・・・・」
「おいおいどーしたよ黙りこくっちまって。んだよそんなにうれしーの、言葉も出ねーくれーうれしーの」
「違うぅぅ!言葉出ないくらい混乱してるのっ、銀ちゃんがいきなり親に会うとか言うから、ぉ、驚いてるのっっ」
「はぁ?っだよそれぇ、こっちが驚くわそれ。そりゃーねーだろぉ、いまさら何に驚いてんだよ」
子供っぽく口まで尖らせて文句を垂れる銀ちゃんの目つき、なんだかすごく恨めしそう。
「だって」ってあたしが反論しようとしたら硬い腕がお腹にいきなり巻きついてきて、
「〜〜っ、ちょっっ!?」
そのまま身体ごと持ち上げられちゃって、びっくりして口をぱくぱくさせる。
お腹をぐっと抱きしめてる、右腕一本の腕力だけ。たったそれだけで、成人女子としてはまあまあ普通な体重のあたしのお尻はふわっと宙に浮き上がった。
背中が後ろへ倒れそうになってあわてふためいてる間に、すとん、て着地させられる。下ろされたのは、お布団の上で胡座を掻いた銀ちゃんの太腿の上だ。
「〜〜えっ、えぇっ、銀ちゃ、えと、待っ」
「だめですもう待てませーん。あのよーちゃん、銀さん今まで何度おめーに嫁に来てくれって頼んだよ。あれぜんぶ忘れちまったわけ?」
「そっ、それは・・・っっ」
忘れられるわけないじゃない、覚えてるにきまってるでしょ。
これ言ったら銀ちゃん調子に乗るから絶対言ったりしないけど、あんなに嬉しかったことを忘れられるわけないじゃん。
言われた日は必ず日記に書いてるし、言われた場所やせりふや回数までしっかり覚えてるくらいなんだよ?
あぁでも今は、それより何より――
・・・・・・ううううう、近い。近い近い近い。
視線も顔も体温も息遣いも、何もかもが近すぎて困っちゃうよ。
心臓がとくとく鳴り出して、銀ちゃんに凭れかかってる左側のこめかみやほっぺた、肩や腰までかぁっと熱い。
あわてて身体を引いて離れようとしたけど、肩を掴んだ手にぐっと力を籠められたら、あたしは面白いくらいに動けなくなった。
えぇっ、とびっくりしすぎて目も口もぽかんと開ききったまぬけな顔で銀ちゃんを見上げる。
何これ、どーいうこと、動けない。掴まれてるのは肩だけなのに・・・!
「おーい聞いてる。どーなんだよ、なぁ」
「・・・っ。わすれてない、よ。おぼえてる・・・けどっ」
「じゃあ昨日のアレは」
・・・・・・覚えてるにきまってるでしょ。たった一日前だよ。それに、すごーくどきどきさせられたんだよ。忘れられるわけないじゃない。
ぅう、ってあたしは身体を小さく竦ませた。
視界を塞ぐみたいにして斜めに首を傾げて迫ってきたのは、いつもどおりの緊張感のかけらもないゆるゆるな表情。
なのに、ふわふわした白っぽい癖っ毛の影から覗き込んできた目は、ぜんぜん、ちっとも笑ってない。
視線には銀ちゃんらしくない真剣さが混じっていて、言い逃れなんてどう頑張ってもさせてくれなさそうな雰囲気だ。
なー、どーなの、って手まで握られて詰め寄られたら、距離の近さに困りきってたあたしにはいよいよ逃げ場がなくなってしまった。
「・・・ぉ。おぼえてる。おぼえてるよ。で、でもっ、驚くよ、驚くにきまってるでしょ!?だってだって、銀ちゃんだよ?」
ふつうの男の人ならまだしも、銀ちゃんだよ?
世間一般の常識的な結婚の慣習、なんてものに誰より縁遠そうな人が、だよ?
どこへ行っても誰が相手でもふてぶてしくて図太しくて面の皮が極厚な恥知らずで見てるこっちが赤面しちゃうくらいお金に汚かったり生き汚かったりして存在そのものが世間の常識から遠いところにいる銀ちゃんが、まさか自分からあたしの親に挨拶しに行くなんて常識的なこと言い出すとは思わないじゃない!
まだまだ混乱から回復できてないあたしは、おろおろとじたばたと身振り手振りまで付けてそんなことを全身で訴えた。
そしたらなぜか銀ちゃんの表情がすーっと消えていって、しまいには両手で顔を覆っちゃって。
しくしくしくしく、丸め気味にした背中にわざとらしい悲壮感まで漂わせながら悲しそーに啜り泣き出して、
「あのよーちゃん、銀さんこう見えてけっこうデリケートだからね?
そーいうこたぁもーすこし遠回しにっつーかオブラートに包んで言ってくれる。できれば毛布か羽毛布団でぐるぐる巻きに包んでくれる」
「銀ちゃんうざい、わざとらしい泣き真似やめて。ていうかうちに挨拶って、気が早すぎっ。まだわかんないじゃんっ」
「何だよ、何が。わかんねーって何が」
「え、それは、だから、ぁの、・・・っ。きの、きのぅ、の・・・・・・っ」
うぅぅ、どうしよ、言いにくいなぁ。
両手でぱっと口許を覆ってもごもご口籠ってたら、銀ちゃんたら「あー?何、昨日の何」って横からじろじろ覗き込んでくる。
斜め上からの不満そうな視線を避けたくて、傍にあったブルーグレーのクッションを抱きしめて顔を隠して、
「ぃいっいくらいっぱい、ししししたからってっ、〜〜に、にんしん、してるとは・・・限らない、でしょっ」
火が出そうなくらい熱くなった顔をクッションにぎゅって押しつけて、噛みまくりながらぽそぽそ、ごにょごにょ。
銀ちゃんのばか。どうしてそんなこと尋ねるの。
――こんなこと口にしたら、嫌でも思い出しちゃうじゃない。
経験豊富な銀ちゃんにとってはたいしたことないんだろーけど、銀ちゃんとしか経験してないあたしにとっては刺激的すぎて思い出しただけで頭に血が昇って失神しそうになるなんやかんやが。
あんなことがあったせいで、今日はあたし、銀ちゃんが横にぴとっとくっついてくるだけで心臓どきどきするくらい意識しちゃってるんだよ。
「いっぱいした」とか「にんしん」とか口にしただけで、昨日の夜の光景が勝手に目の前に浮かんできちゃって困ってるんだよ?
思い出すだけで意味なく叫びたくなるようなあられもない自分の姿とか、してる時の銀ちゃんの汗に濡れた表情とか、あいしてる、って言ってくれたときのぞくぞくしちゃうくらい色っぽい声の響きとか、抱っこされたときに窓に映ってた自分の蕩けきった泣き顔とか、繰り返し抱かれて疲れきってるのに、何度抱かれてもおかしくなっちゃいそうなくらい気持ちよかったこととか、今でも身体の奥に熱くて大きいものに埋められてるようなせつない感覚が残ってることとか、それから、それから・・・!
なんてかんじでどどーっと押し寄せてきた死にたくなるような恥ずかしさは、「〜〜ぅうぅにゃああぅううぅぅぁうぅううっっ」て裏返った変な奇声をクッションにぶつけてどうにか発散。
彼氏とのはれんち行為の記憶で頭がどかーんと爆発しそうになる、っていう馬鹿馬鹿しすぎる生命の危機を何とか乗りきってから、おそるおそるクッションに埋めた顔を上げてみる。
すると、すぐに銀ちゃんと目が合った。
「あーあーもぉ、わかってねーなぁこの子はぁ」って呆れきったかんじでつぶやいた半目顔が、なぜか得意げにふふんって笑う。
ちっ、ちっ、ちっ。顔の前で立てた人差し指をこれまたやけに得意げなかんじで左右に振って、
「おいおい何言ってんのぉ妊娠したに決まってんだろぉ、デキてるに決まってんじゃん。
昨日の俺を見ただろぉ、あの超高速連射式ハイパー立体起動装置の威力をナメてんのお前」
「・・・。ねぇその最っっっっっ低な喩え、恥ずかしくないの」
「今までは不発に終わってきたけどよー、今回は自信あるからね銀さん、今度こそ手応え感じてるからね!
今回こそは百発百中、ばっちり確実に仕込んだからね!」
「仕込むとか言うなぁぁ!!」
「つーかよーこれまでの敗因はあれだな、明らかに回数不足だよなー。いやー頑張ったわ俺、これでの目ぇ盗んでゴムに針で穴開ける苦労もなくなるわー」
「いやそーじゃなくてっ回数不足とかそんなことどーでもい・・・って銀ちゃんそんなことやってたの!!???」
耳を疑うとんでもないことを自慢げな顔で白状されて、こっちはもう開いた口が塞がらない。
あ、穴!?針で穴!!!?
えっちなことをする流れになるたびに銀ちゃんがどこからともなく出してくるアレって、どれも穴開いてたの!?どれもこれもこっそり細工されてたの!?
けろっとした顔で明かされた超問題行為にあたしが目を剥いて驚愕してるっていうのに、銀ちゃんたらまったく、ちっとも、どこにも悪びれた様子がない。
ちょっと、どーなのその態度!?どーして銀ちゃんてそこまでふてぶてしいの!?
こーいう時の男の人ってせめて反省するフリだけでもするもんじゃないの、いやフリだけじゃ困るけど、本気で反省してもらわないと困るんだけど!?
「そっ、そーいえば・・・最近あたしが頼まなくても自分から着けてくれてたよね、ちょ、まさか、あれって全部・・・!!!
〜〜ししっ信じらんないっ、信じらんないぃぃっっ」
「まぁ、ガキが出来たかどーかは抜きにしてもよー。いつ行く、お前ん家」
「〜〜〜いいっ、まだ出来たって決まったわけじゃないし!出来ない限りは来なくていいからっっ」
「いやいやよくねーよそりゃあねーだろぉちゃん、今度こそうちに嫁に来てくれんだろぉ?」
そう言いながら、ぐいっ。
銀ちゃんはあたしの肩を掴んだ。身体の向きをむりやりに変えさせられて、お互いの顔が向い合せに。
ずいっと間近まで迫ってきた汗だくで不満たらたらな表情が、目の前に濃い影を落とす。
男の人の汗の匂いがふわりと香って、とん、っておでことおでこがぶつかる。
うわ、熱い。押しつけられたおでこの熱さにどきっとしたあたしは、ふぇ、っておかしな声を上げてしまった。
胸元が肌蹴け気味な銀ちゃんの身体を、あわてて押し返そうとする。
だけど腰まで回された手のひら一つで身体ごと抱え込まれちゃって、分厚い手のひらの力強い感触が布越しでもはっきり伝わってきて。
その手の感触にどきっとしてたら、ぽん、と軽く背中を押されて。ふらりと身体が前に倒れて、あたしの身体は銀ちゃんの身体に隙間なくぴったり密着してしまった。
「〜〜ちょっ、銀ちゃんっ、な、なに・・・――っ、んん、っ」
言いかけた言葉を遮るように、素早く唇を押しつけられる。
急に唇を覆ったやわらかさに驚いてるうちに、舌まで素早く絡め取られた。
纏わりついてきた濡れた熱に、やわらかい動きで撫で回される。
甘くて上手なそのキスで、口の中が蕩けそうになる。
くちゅ、くちゅ、って音を立てて奥まで何度も舐められるうちに、身体まで蕩けそうになる。
昨日もたくさん教えられた気持ちよさのせいであたしはすぐに何も考えられなくなって、自分から銀ちゃんの黒い服の背中にしがみついてしまった。
パジャマの裾から滑り込んできた手が、腰や背中を直に撫でてる。
肌を優しく這い回ってる手の仕草もたまらなく甘くてきもちよくて、触れ合って熱を感じてるところからへなへなと、自然に力が抜けていく。
・・・・・・これだから銀ちゃんはずるい。
あたしがどんなふうに触れられたら弱いか知り抜いてて、強引なお願いにも逆らえなくなるようなことばかりわざと仕掛けてくるんだから。
「・・・っん、ふ、・・・ゃっ、ゃめ、ぎ、銀ちゃ・・・っっ」
「なーなー、そろそろ決心ついた」
「・・・っ」
「断られたら銀さん泣くよ、号泣するよー。いーの、いい年こいたオッサンに目の前で号泣されても」
「〜〜っ。そ、それより銀ちゃんくっつきすぎっ、暑い暑いって文句いってたくせにっっ」
「んー、まーな。俺は暑ちーけどーよー、お前は寒みーんだろぉ。このまま添い寝してあっためてやるわ、昨日と同じ朝までコースで」
「いやぁああああ!無理いっやゃややめっっ、〜〜ふぇえ!!?」
――むにゅっ。
腰からするーっとやらしい手つきで撫で下ろした手に、お尻を遠慮なく鷲掴みされる。
「ぎゃーっっ!」ってあたしが真っ赤になって耳をつんざく超音波みたいな悲鳴を上げても、銀ちゃんは今にもよだれを垂らしそうな幸せそーな顔で「ぅへへ、やらけー」なんてパジャマの上からすりすりすりすり、お尻のいちばんお肉が付いてるやわらかいところを撫で回してて、
「やだやだやだやめっっ、ちょっっなな何してっ」
「いやぱんつ履いてんのかなぁって。履いてんなら今のうちに脱がしとこーかなって」
「履いてるにきまってるでしょ!?」
何その疑問、意味わかんないんだけど!
ていうかむしろこっちが尋ねたいよ、どーしてあたしが今日に限ってぱんつ履いてないかもって思ったの!!?
「えーまじで。そんなもん俺に脱がされるに決まってんのにわざわざ履いてんの。ちょ、確かめさせろや」
「〜〜〜っっひぁああ!!っっちょっっっやだやだっやめてえぇえっさっそく脱がそーとするな強姦魔っっ」
「ちぇっ、っだよぉその手のひら返しぃ。昨日はお前も乗り気だったじゃん、まんざらでもなさそーだったじゃんっ」
「まっ、まんざらでもって何のことっ」
パジャマのズボンのゴムのところを掴んでずり下ろそうとする手を必死に掴んで、今にも泣き出しそうな情けない涙目で言い返す。
すると銀ちゃんは眉を吊り上げて、いつもだらしないかんじに開いてる口端を大きく下げた。
女の子がやだやだって泣いても無理やり服をひん剥こうとしてる強姦魔のくせに何が不服なんだかしらないけど、あたしの態度にカチンときてるような、なんだか面白くなさそうな顔してる。
かと思えば、瞬きしたら睫毛が擦れ合うような近さにある目がふっと意地悪く細められて、
「へぇ〜〜覚えてねーの、覚えてねーんだぁ昨日のアレ。
すごかったよなぁ昨日のお前ー、あぁん銀ちゃんのすごいのぉいっちゃうぅ、なーんて可愛いー声でよがりまくってよーしこたま俺にナカ出しさせたくせに」
「ぎゃあああああ!!!」
一瞬で顔から火を噴いたあたしは甲高く絶叫、銀ちゃんの胸をばしいぃぃっと殴る。
なのに銀ちゃんたら、あたしの攻撃なんてものともしない。
叩かれてうっすら赤くなった肌をまるで蚊にでも刺されたところを見るようなどうでもよさそうな目つきで見下ろすと、熱湯で茹でられたみたいに赤くなってるあたしのほっぺたを両手で挟んでむにむにしながら、
「えーだったら何だったんだよぉあれ、何であそこまでヤらせたんだよ。
やっと坂田家に嫁に来る気になったからナカ出し解禁したんじゃねーのぉ」
「だっっ、誰も解禁してないし!銀ちゃんが勝手にしただけじゃんっ、ていうか解禁とか言うなぁぁ!」
「えっ、じゃあお前嫁に来る気もねーのに男にナカ出し連発させたの。
ちょっとケツ撫でられただけで真っ赤になっちまうおぼこのくせに実は意外とビッチちゃんなの?
おいおい銀さん悲しいよ、いつからはそんなふしだらな子になっちまったの」
「ちがうぅっあぁああああれはだって銀ちゃんが!〜〜あぁああっもうっっぜんぶ思い出しちゃったじゃんっっ、恥ずかしいから思い出さないよーに頑張ってたのにぃぃ!」
耳や首まで真っ赤に染め上げて分厚い胸をべしべし叩く、手元に転がってたペットボトルでぽかぽか殴る。
わざと憎たらしい顔してへらへら笑って迫ってくる銀ちゃんの顎を、がしっっ。全力で掴んで押し返す。
やだやだもうやだっっ、銀ちゃんのばかぁぁ!
だめだ今度こそ爆発する、今度こそ頭がどかーんって爆発する!どーしてくれるの、あたしまだ病み上がりなのに!まだ身体がぜんぜん本調子じゃないのに!
なのに恥ずかしすぎて全身の血が頭に集中しちゃったよ、頭の中が熱すぎて今にも失神して倒れそうだよ!
ひどいよ銀ちゃん、朝からずっと何も考えてないようなすっとぼけた顔してたけどほんとはあたしの態度で気付いてたんでしょ!?
どーしてここで言っちゃうの!?人が必死に忘れようとしてたことをそんなにはっきりと、しかもデリカシーのかけらもない言い方で!!
なのに銀ちゃんてば何を考えてるのかひたすらにやにやしっ放しで、手のひらを上向きにした右手の指をうにゅうにゅぐにゅぐにゅ、触手っぽくてキモいかんじがどことなくやらしい手つきで動かし始めて、
「え、お前、もしかして俺で遊んでる?
その気もねーのに思わせぶりなことばっかして男振り回して楽しんでるの。ひょっとして俺のこともてあそんでる?銀さん手玉に取られてんの?
おぼこいフリして実はお手玉上手な小悪魔ちゃんなの、ゆうべは俺のタマころころ転がしまくっといて今度は男心まで手玉に取ってもてあそぶつもり」
「誰がそんな卑猥なお手玉転がすかぁぁ!っっぎゃあああっっやめてっ何出そーとしてんの何をっっ」
もぞもぞもぞもぞ、かちゃかちゃかちゃ、じーーーっ。
「いやひょっとしたらコロコロだけじゃなくモミモミとかペロペロも覚えてくれっかなーって」なんて、顎に一発入れてやりたくなるくらいふざけたことをすっとぼけた口調で言いながら銀ちゃんは腰のベルトをかちゃかちゃ外す、ズボンのジッパーまですすーっと下ろす。
男の人の股間の真上っていう女の子にとっては一番触れにくいところでもぞもぞ動いてる大きな手を、がしいいいぃっっ。
位置が位置だから恥ずかしくって真っ赤になりつつも全力で掴んで、危うく始まりそうだった最低なわいせつ行為はどうにか阻止したんだけど、
「んだよやってくんねーのぉ、大人のタマ遊び。
おいおい何だよつれねーなぁ、昨日のお手玉上手な甘えん坊ちゃんはどこ行っちまったんだよー」
「違うぅっっ、昨日は熱のせいで気が弱っちゃってだからつい大胆なことしちゃったっていうか・・・!
〜〜じっっ、じゃなくてそんな子いないから!それぜんぶ銀ちゃんの妄想だからっ、夢だからっっっ」
「えぇー夢なの、じゃあ何だったんだよぉ今朝のあれはよー。
エロかったよなぁお前、泣きながらいやいや言ってんのに俺に足絡めてカラダでおねだりしてくるしよー」
「っっっっっ!!!」
「いやいやあれはエロかったわー、銀さんまじで鼻血吹きそーだったわー。
あーあれもヤバかったよなぁ、脱衣所で脱がせながら壁に押しつけて立ったまま」
「っっぎゃああああああああ!!!」
ぺらぺらとよく回る銀ちゃんの口を両手でむぎゅっと抑えつけて、マンションの壁どころか向いの公園まで突き抜けそーな声で絶叫する。
おかげで銀ちゃんが言いかけてたひわいな説明はなんとか掻き消せたんだけど、
・・・・・・ししししし、信じらんない、信じらんないいぃぃぃぃ!!!
どーしてそんなに軽いかんじでぺらぺら口に出しちゃうの、人が死んでも思い出したくなかった生々しいことを!!
思い出すだけで頭がぼんっと爆発しそうになる、あたしの人生最大の汚点(しかも今朝の出来立てほやほや)を!!!
「ゃやややめてぇぇぇっ銀ちゃんもう黙って!!
〜〜っっだだだだってあぁあ朝のあれはまだ寝惚けてた時でっ、わけわかんないうちに上に乗られてベルトで腕縛られてっ」
「へー腕縛ったの覚えてんだ、寝惚けてたのにそこまでしっかり覚えてんだぁ」
「〜〜〜っっっ!!ちちちがっ覚えてなぃっ覚えてないからぁぁ!そそっそれに脱衣所だってお風呂に入るの手伝うからって騙してむりやりっ」
「その割にきもちよさそーだったじゃん。
あーそうそう身体洗ってやった時もえろかったよなぁ、胸とか後ろからアレしてやったらとろーんとした目で振り返って物欲しそーに抱きつ」
「いやぁああああ!帰って!銀ちゃんもう帰ってえぇぇぇ!!!」
どうにかして間を詰めてちゅーしようと迫ってくるにやけた顔を必死で掴んで、むぎゅ―――っっ。
指にうんと力を籠めて、鼻も目も潰しちゃいそうな勢いで押し返しながら、
「看病してくれてありがとねおかげで元気になりましたっだから今すぐさっさと帰れド変態いいいぃぃっっ」
「いや帰んねーけど。俺今日も泊まってくし」
「はぁ!?」
「ってよー、帰ったってどーせ気になっちまうし。お前さぁ、一人にしたらまた泣くだろぉ」
「泣かないぃぃ!ちちっ違うからもう平気だからっっ、も、もぅあんな、昨日みたいに心細くなって泣いたりしな」
「ふーん、へーえ。心細くて泣いちまったんだぁ」
いかにも驚いてますってかんじの口調をわざとらしく装いながら、にたり、と銀ちゃんが目を細めて笑う。
その表情を目にしたその時、さ―――っ、と背中のほうで音が聞こえた、…ような気がした。
何の音かって、あたしの身体中の血の気が一瞬でさーっと引いていく音だ。
暖房の設定温度25度でぽかぽかぬくぬくあったかいはずの室内にいるのに、背中をぞくぞくとぞわぞわと不気味な寒気が這い上がる。
な。なななな。なにあれ、なんなの今の顔。すっっっごく不吉な笑顔だった。
ドSの本性が剥き出しになった、とんでもなく性悪そうな顔してたよ・・・!!
「ふーん、熱出して一人で寝てんのが心細くてー、そんで戻ってきた銀さんにむぎゅーって抱きついてきたんだぁ。
え、あん時よー、お前びーびー泣きじゃくってたよなぁ、え、なに、そんなに?そんなに俺がいなくて心細かったの、心細くてナカ出しされても許しちゃったの」
「ぎゃぁああああ!!!」
べしいぃぃぃっ!!
力の限りに分厚い胸を叩く叩く叩く、思いきり叩きすぎて手が痛くなるくらい叩きまくる。
なのに叩かれまくってる銀ちゃんのほうはぜんぜん痛そうな顔してないし、ちっとも堪えてそうにない。
堪えるどころかにやけまくっただらしない顔をずいっと寄せてきて「なーなーあれ着てくんね、昨日持ってきた白衣。入院患者に犯される女医さんごっこしよーぜ」ってこしょこしょと嬉しそうに耳打ちされて、一度は血の気が引いたはずのあたしの顔は瞬時に沸騰。
そんなあたしの反応には全くといっていいほどおかまいなし、頭の中が白衣だけ着てあはんうふんしてる女医さん妄想で一杯になってる銀ちゃんはさっそくパジャマのボタンに指を掛けてくる。
結野アナのお天気コーナーで流れてるBGMなんか鼻唄でふんふん歌いながら、ぷちっと衿元のボタンを外す。
愉しげに口ずさんでる唇の端はよく見ればすっかり緩んでるし、どう見てもやる気満々だ。
「が万事屋のお風呂に入ってるのを覗きにいく時と同じ顔ネ」きのう神楽ちゃんにそう評されてた、えっちなことしか頭になくてゆるゆるでれでれになってる目も当てられない顔だ・・・!!
通算何度目かのプロポーズ直後で普通なら幸せいっぱいなはずのあたしは、震える手でペットボトルをぎゅぎゅーっと握る。
悲壮な決意を胸にして、あたしが負けを認めてプロポーズに頷くと100%決め込んでそうな顔してる図々しい彼氏を睨みつけた。
いやだ、ぜったい認めない。認めたくないし認めてあげない。
だってここで認めちゃったら、この先が思いやられるもん!悪い予感しかしないもん!
もし銀ちゃんのお嫁さんになれたとしても、こんな恥ずかしい弱味を握られたままじゃ一生太刀打ちできる気がしないよ!!
「なーなーやろーぜえっちな女医さんごっこー、小道具でメガネもあるからよー。あー、女医がいやならあれにするかぁ?
同僚の教師誘惑してベッドに連れ込む保健室のえっちな先生とかぁ」
「やらないっ、どっちもやらないから!
〜〜っっていうかななっなにそれ何の話っ、びーびー泣きじゃくってって、なにそれあたしそんなことぜんぜん覚えてないし!」
「はぁ?いやいや泣いてただろぉ、俺の胸で号泣しただろぉ昨日の夜中ぁ」
「ゃ、やだなぁ銀ちゃん何言ってんの、ばかじゃないの、ばっっっかじゃないの!
それもどーせ夢なんでしょっ、どれも全部ぜんぶ銀ちゃんの妄想でしょっ!?」
握りしめてたペットボトルを、ぶんっ。頭の上まで振り上げる。
中のお水がちゃぷちゃぷ揺れてる透明なそれをわなわなぶるぶる震わせながら、猛烈な恥ずかしさで涙目になってて全身ぶるぶる震えてるあたしは一気にだーっとまくし立てた。
「ててていぅか銀ちゃんいい加減にしてよっうざいしつこいぃっつつっ次またその話したらなな殴るからっっっそそそのありえない妄想が頭から消えちゃうまでボッッッコボコにするからぁぁぁ!!」
「えぇー妄想ってお前、・・・んだよ、そんなに?そこまで認めたくねーの?
え、そんなに恥ずかしーのあれが。さみしくってびーびー泣いてるとこ見られたのが?」
一瞬きょとんとした銀ちゃんが、そっちかよ、って笑う。
ははっ、って声まで上げて肩を揺らしてくつくつくつくつ、あたしの肩に頭を預けて笑いっ放しな姿は、銀ちゃんにしては珍しくお腹の底から笑ってるっていうか、普段はあんまり見せることがない素の表情で。
そんな姿を思いがけなく見れたことにはどきっとしたし、もちろん嬉しかったけど――
――そうだよそうですよ、恥ずかしいよ!
あのネオンピンクの派手な法被に縋りついて「銀ちゃんいなくてさみしかったのぉ」なんてめそめそ泣いちゃったことが、他の甘え上手な女の子にとってはそれほど大したことじゃなくてもあたしにとっては致命的なの!
昨日一晩銀ちゃんのいいなりになって好き放題されてたことより、ついつい雰囲気に流されて今朝もえっちを許しちゃったことより、常に可愛げがなくて銀ちゃんをボロクソにこき下ろしてる甘え下手なつんつん彼女のあたしにとっては猛烈に恥ずかしい汚点なの!!
「まぁそんなに恥ずかしーんなら夢ってことにしといてやってもいーけどー。
ところでよーちゃん、お前今、このくれー赤くなってんだけど」
なんて笑いをこらえきれてない表情のままで指したのは、テーブルの上ですっかり溶けかけたかき氷のカップだ。
「おいおいどーしたぁ、また熱でも出てんじゃねーの。これ食って少し頭冷やせば」
あたしの赤面の原因なんてわかってるくせにとぼけたことを言いながら、銀ちゃんはところどころにバニラアイスの白が混じった氷の残りをスプーンに掬う。
ほんのわずかに透明なかけらが浮いてるだけの、見るからに甘ったるそうで毒々しいくらい真っ赤なシロップ。
恥ずかしすぎてわなわな震えてるあたしの口許まで、ほらよ、って笑いながら差し出してくる。
まだ何か魂胆を隠し持ってそうな、食えない笑みをじとりと睨む。
それでも「がまた熱出したら銀さん心配で明日の依頼行けそーにねーけど、いーの」なんて言われて、耳まで赤らめてもじもじおろおろした挙句に結局ぱくんとスプーンを咥えちゃったのは、
(――ああ、これこそ人に言えない恥ずかしい汚点より何より、これからのあたしにとっては致命的かも。)
きっとあたしが銀ちゃんのこういう癖になりそうな甘やかし方にいつのまにか毒されてて、身も心もすっかり手懐けられちゃってる証拠かもしれない。
「猛毒いちごシロップ」
title: alkalism http://girl.fem.jp/ism/
text *riliri Caramelization 2016/06/18/
「風邪ひき主人公を銀さんがつきっきりで看病する あまあま銀さん 大人向け」
壱さま、ありがとうございました !!