「ねー銀ちゃん、これ預かってきたんだけど。・・・って、ちょっとなにこの部屋」
仕事帰りに寄った夕方の万事屋では、いつものよーにダメ人間生活を満喫してる「自称」社長がソファに寝そべってダラダラしてた。
ああもう、また散らかしちゃって。今は神楽ちゃんと住んでるからそれなりに気を使ってるみたいだけど、銀ちゃんて一人になると呆れるくらいだらしない。
お掃除や整理整頓が出来ないタイプじゃないんだけど、毎日こまめに部屋を片付けるってタイプでもない。
思う存分散らかしてから片付けるタイプの人なんだよね。
まぁ、普段のめんどくさがりな銀ちゃんを見てれば誰でも判っちゃうことだけど。
寝室のすみっこにどどーんと積まれた一年ぶんのジャンプタワーも、それを証明してる気がするよ。
「あれっ、今日はいつもより早ぇーじゃん。んだよそんなに銀さんに会いたかったの、ったくかわいーよなぁちゃんはぁぁっ」
なんて寝惚けたことを言いながらさっそく抱きついてくるマダオの顔は、肘で冷たく押し返してあげる。
差し入れ用に買ってきたお惣菜の袋と通勤バッグを置いてから、テーブルにポイ投げされてたカップラーメンの容器とティッシュをゴミ箱に。
床に置いたままのドッグフードの箱は棚に戻して、同じく床に散乱してる新聞を畳んで。
たぶん昼から置きっ放しだったはずのお箸やコップは台所に。大きな仕事机に転がった空のいちご牛乳パックも、ゴミ箱にぽいっ。
引き出しからはみ出してた巨乳なお姉さんが表紙の雑誌も、ついでにぽいっ
(ああぁ!って背後から痛々しい悲鳴が上がったけどそんなの気にしない、聞こえない)。
それからやっと銀ちゃんの前に戻って、着物の胸元に指をすいっと差し込む。
はい、って目の前に突き出したのは、取引先の人から頼まれた預かり物。新品で表面がつやつやしてる黒い携帯電話だ。
開いたジャンプから目元を覗かせた銀ちゃんが、何を思ったのかだらしなく間延びさせた顔で笑う。
ジャンプはテーブルにぽいっと放って、にやにやへらへらし始めた。
「え、何これ、俺にくれんの」
「だから違うってば、これは預ってきたの」
「つーかエロくね、胸に挟んで持ってくるとかぁ」
「・・・銀ちゃんてさ、寺子屋で通信簿に「人の話を聞きましょう」って書かれちゃうタイプの子だったでしょ」
にやつきながら目の前に持ち上げたそれをひととおり眺め終えると、だるそうな動きでのっそり起きる。
半分開いたスペースをにやついた目が指してるから、そこに座れ、ってことなんだろうな。
テーブルに足を投げ出した銀ちゃんの隣に腰を下ろしたら、くんくん、くん。
「なんかこれお前の匂いすんだけど」って、まるで犬みたいに携帯の匂いなんか嗅ぎ始めた。
「銀ちゃんキモい、やめて」って手を伸ばして携帯を取り上げようとしたんだけど、リーチに差がありすぎて届かない。
隙を見て掴もうとしても、そのたびにがっちりした腕と肩が邪魔してくるし。
それじゃあ脇の間から手を入れようと頑張ってみても、二の腕でぐいぐい押し返されて巧みにガードされちゃうし。
「ちょ、返せっ。匂い嗅ぐな、くんくんするなド変態」
「やーだねー、一度貰ったもんはもう俺のもんですー」
うう、銀ちゃんてば意地悪だ。普段のぐーたらな態度は何なのって思っちゃうくらいに、こういう時はすばしっこいんだから。
たまに指先が携帯を掠めてはいるんだけど、掴めない。今なら掴めそう、ってかんじの時に手を伸ばすと、決まって大きく空振りしちゃうし。
あ、また空振った。
・・・何これ、ムカつく。もしかしてあたし、完全に遊ばれてない?
いや遊ばれてるよね。わざとだよねこれ。
銀ちゃんとあたしじゃ反射神経も運動神経もケタ違い、本気出されたらきっと全然相手にならないはずだもん。
それでもムキになって銀ちゃんの肩を押しながら、掴めそうで掴めない携帯を追いかける。
取れるもんなら取ってみろや、って言わんばかりに目の前で揺れてる携帯をどーにか掴もうと悪戦苦闘してたら、最後に思いきり肩透かしを食らった。
テーブルまでだらしなく伸ばした脚の上に、「うぷっ」て顔をぶつけて倒れ込んじゃった。
恨めしくってほっぺたをぷぅっと膨らませた顔で、真上でプラプラ揺れてるものをじとっと睨む。
ひょこ、って白っぽい天パ頭を揺らしてあたしを覗き込んできた薄笑い顔は、「んだよ、もっと遊んでくんねーの」なんてしれっとした態度でからかってくる。
何これ、やっぱりムカつく。これじゃあたしのほうが犬みたい。ご主人さまが買ってきた犬用おもちゃでもてあそばれてる犬みたいじゃん。
「けどよーお前いーのかよこれぇ、ケータイって高けーんじゃねーの」
「人の話はちゃんと聞こうよ銀ちゃん、それは預り物だって言ったでしょ」
「や、がくれるなら何でも嬉しーけどぉ。こーいうもんには興味ねーんだよなぁ俺」
「だからあたしが買ったんじゃないってば、取引先から預かってきたの。佐々木さんがね、坂田さんにプレゼントですって言ってたよ」
「へ。佐々木ぃ?」
「そう、メガネかけてて背が高い佐々木さんだよ。この前大量にドーナツ貰ったでしょ、あれも佐々木さんがくれたんだよ」
「メガネの佐々木ぃ?ピンとこねーなぁ、どこの佐々木だよ」
「だから見廻組の佐々木さんだよ。銀ちゃんお友達なんでしょ、ちゃんと思い出してあげなよ」
「あーはいはい、見廻組な」
目の前の携帯をぷらぷら、ぷら。
ぴかぴかの新品を揺らしながら寄り目になるほどじーっと見つめた銀ちゃんは、ん?って唸って怪訝そうに眉をひそめる。
と思えばかぁっと目を見開いて、ささぁーっと顔を青ざめさせた。
「ぅがぁぁああああ!」ってうろたえまくった声で絶叫すると、同時にがばっと立ち上がる。
ぶんっっ、って全力投球フォームを振りかぶって、どっっっ。
黒い弾丸みたいに飛んでいった携帯が部屋中を震わせて突き刺さったのは、入口側の白壁だ。
携帯を中心にして放射状にひび割れてる壁から、粉々になった白い屑がぱらぱら落ちる。
銀ちゃんにつられて立ち上がっちゃったあたしも、携帯がめり込んだ壁をぽかんと見つめた。
・・・・・・・・・・・・知らなかったよ、携帯って投げたら壁に刺さるんだ。・・・いや、そーじゃなくて。いやいや違う、そーじゃなくて、
「〜〜〜ちょっ、銀ちゃん!?あーもうどーすんのこの穴!
知らないからね、この前窓壊したときみたいにお登勢さんに叱られても一緒に謝ってあげないからね!?」
「違げーってあれは俺じゃねーって!頭がアフロで極端に無口なポリ公が人ん家でクソするために壊したんだって!
っそそそそそそれよりもちゃんっっ、そーいやあれな!?お前の会社の得意先って警察関係多いんだよな!?」
「そーだよ、警察関係っていうかお役所関係全般だって言ったでしょっ。今日は見廻組で打ち合わせだったの!」
壊れた壁のほうへ走りながら言い返したら、ガチガチに強張った汗だくの顔から、つーっ、と雫が流れ落ちる。
止まる間もなくだらだらだらだら、滝みたいに流れ続ける。
ぎぎぎぎぎ、ぎっ、って音がしそーなぎこちない動きで首を回してこっちを向いたから「どーしたの、具合悪いの」
って尋ねてみたら、銀ちゃんてばやけに深刻そうに頭なんか抱えちゃって、
「っっだよメガネの佐々木っつーからどんだけ地味キャラかと思やぁ、あのインテリメガネかよ!」
「えっ、なに、どーしたの。もしかしてあたし、何かマズいことしちゃった?」
「いやいや違う違う、マズいのはじゃねーよ、あのメガネだよ!〜〜〜っっておいおいどーするよやっっっべえよあのドーナツ、もう神楽が全部食っちまったよ?毒とか入れてねーだろなあの野郎!?」
「はぁ?何言ってんの銀ちゃん」
早くも傷だらけになっちゃった新品の携帯を、ずぼっ。
両手にうんと力を籠めて壁からどーにか引き抜いたそれで、なぜか全身をわなわなさせてソファにうずくまってる人の頭を「ちょっと何なの、意味わかんないんだけど」ってコンコン叩く。
ほんとに銀ちゃんたら、わけわかんないよ。見廻組の佐々木さんといえば、江戸の警察の中でもエリート集団って有名なところの偉い人だよ?
ないない、ありえないって。そーいう人が食べ物に毒入れるとかありえないでしょ。
それにあの佐々木さんて、意外と気さくでいい人だよね。
冷えきった目つきがちょっと怖い見た目に反して、実は話し好きな人っぽかったよね。
「さんは坂田さんとお付き合いなさっているそうですね。実は私、坂田さんとは友人で」なんて、あっちから声掛けてきてくれたし。
この前の打ち合わせの時だって「実は私、最近この店のドーナツにハマってまして」なんて言いながら、お土産のドーナツ用意してくれたし。
ケータイ渡してきた時も「いつでもサブちゃんにメールしてね、とお伝えください」なんてことも言ってたし。
・・・あれっ。そーいえばサブちゃんて誰のこと?
「冗談じゃねーよんなもん誰が受け取るかっつーの!つーことでおねがいちゃんっっ、頼むからコレ野郎に返しといて!」
「えー無理ぃ。向こうは大事なお得意さまだよ、そんなこと出来ないってば。そんなに嫌なら銀ちゃんが返せばいーでしょ」
「いや無理!俺も無理!あれに関わるとロクなことねーんだって!つーかしつけーよ、キモいんだよあの陰険エリート!」
顔面蒼白な銀ちゃんが声を震わせて絶叫、二つ折りタイプのそれをべちっと指で弾いて開く。
あーあーもう乱暴なんだから、いくら新品でも壊れちゃうよ。
「ダメだよそんなに力入れちゃ、修理代けっこう高いんだからね」
「ほら来てんじゃん見ろよこれっっ、これ全部あいつからだぜ!?」
へ?と目を丸くしたあたしの前に、ずいっと携帯が突き出される。
まだぴかぴかな液晶画面にずらりと並ぶメールの差出人は、ぜんぶ「サブちゃん」さんからだ。
ええと、未読件数が―― 目を疑う件数だ。185。
・・・・・・えっ。なにこれ。185?スパムにしたって多すぎるよね?あれっ、また増えた。186になった。
ぽかんと開いたあたしの目が画面に釘付けになってる間も、未読メールがどんどん増える。
・・・187件、188件、189件、190件・・・・・・200、201――・・・・・・・・・・・・
「〜〜〜っ!?・・・な、なにこれっ・・・やばくないこれ・・・・・・!?」
何なの、この「サブちゃん」さん。どう考えてもヤバいよこの人、確実にヤバい人だよね!?
ぞぞぞぞぞーーーっ、と背中を悪寒が駆け抜ける。
こわい、こわいこわいこわい、こわすぎる!
一瞬で血の気が引いちゃったあたしが顔をびくびく引きつらせてる間も続々と着々と数秒ごとに届き続ける新着メール、こわすぎる!
あわてて銀ちゃんに飛びついて携帯を押しつけようとしたんだけど、その瞬間にまた新着メールが・・・・・・!
「いやぁぁぁっまた来たあぁぁ!ゃゃややだっっこわいぃぃ、「サブちゃん」こわいぃぃ!」
「な、お前も判っただろ?あのおっさんはエリート気取ってっけど中身はサイコで危ねー奴なの!」
「えぇ!?このサブちゃんて佐々木さんなの!?えっ、さっ、サイコって」
「そーだよサイコなの危険なの、サイコったってあれとは違うよ、お前がきゃーきゃーはしゃいで見てる深夜アニメのエリートメガネとは違うからね?
どっちも神経質そーな面したメガネキャラだけど、アレはアニメのイケメン優男と違って腹ん中まで腐りきったエリートメガネだからね!」
「そっっ、そーなの!?いや、ていうかギノさんは違うから、サイコなアニメでサイコな人を取り締まる側の人だからっ」
「いやいやアニメの話はどーでもいーって!とにかくあれな、これからはあの男が何持ってきてもぜってー受け取るんじゃねーぞ!」
下手に関わると何されっかわかったもんじゃねーからな!いい、わかった!?
なんてめずらしく大真面目顔した銀ちゃんが、がっちり肩なんか掴んで力説してくる。
でも無理、そんなの無理!向こうは大口のお得意さまだよ、頼まれたら断れないよ・・・!
「うわっ、またメールきた・・・!どどどどーしよう、このケータイっ」
「んなもん放置に決まってんだろ。そのへんにポイっとしとけば定春がエサと間違えて食うんじゃねーの」
「動物愛護団体に訴えられそーなこと言うなっ。・・・ねえ、佐々木さんには悪いけど着信拒否しちゃえば?」
「へ?拒否?えっっ、これ拒否できんの?何それどーやってやんの!」
「どーやってって・・・そっか、銀ちゃんケータイ使わないもんね」
受け取った携帯をちょいちょいちょいっと操作して、「さぶちゃん」さんを拒否指定する。
それからはメールは一通も届かなくなったけど、銀ちゃんはまだ疑わしげだった。
ぬいぐるみ風のうさぎが並んでるやけに可愛らしい待ち受け画面をじとーっと嫌そうに睨んだり、目の前に吊り上げて上下左右から眺めたり。
あげくに「こいつ、盗聴器だの発信機だの仕込まれてんじゃねーだろーなぁ・・・?」
なんて、不審そうにブツブツ言ってる。
あの見廻組の局長さんと、一体どんな因縁があるのかな。このプレゼント(と、その差出人)をとことん警戒しまくってるみたい。
今だって、こんなもん触るのも嫌だ、ってかんじの顔してるもんね。
「ね、銀ちゃん。このケータイもう使わないの」
「使わねーよ、こーいうもんは性に合わねーし」
「・・・ふーん。そっか」
「なに、お前これ使いてーの。ほしいなら持ってっていーけどよー、源外のジジイに中身調べさせてからな。何か仕掛けてあったら危ねーからよー」
「ううん、そーじゃなくて。えっと、何ていうか・・・ちょっともったいないなぁって思ったの。銀ちゃんがケータイ持ってくれたら、あたしはちょっと嬉しいからさ」
ずっと思ってたことを白状するのは少し恥ずかしかったけど、きまり悪さに肩を竦めながら打ち明けてみる。
そしたらふわふわ天パの影に隠れた目が、きょとんと開いて、
「へ、そーなの」
「うん、そーなの。あのね、たいしたことじゃないんだけどね。仕事でイヤなことがあってヘコんだときにね、たまに思うの。
こーいう時に銀ちゃんとちょっと話したり、メール送ったり出来たらいーのになって」
まぁ、わかってるんだけどね。
ただでさえめんどくさがりなうえに、電話とかネットとかSNSとか、その手のコミュニケーションにはさっぱり興味がない銀ちゃんにメールのやりとりなんて期待できない。
ていうかそれ以前に、銀ちゃんがこの携帯を持ち歩いてくれるかどうかがあやしいくらいだ。
それでもこーいうものがあったら、ちょっと心強いかも。
この小さな機械一つで、いつでも銀ちゃんと繋がってるって気分になれそう。
単純な思い込みかもしれないけど、それだけでなんとなく安心できたり、元気になれたりするんじゃないかな。
大きな手の中に握られた黒い携帯をなでなでしながら、そんなことを話してみた。
そしたら、へー、って意外そうに目をぱちくりさせながら携帯を眺めた銀ちゃんが、
「そーいやぁ前にケータイ拾った時によー、似たよーなこと言ってやがったなぁ」
「・・・?似たようなって、誰が」
「神楽だよ。あのバカ朝から晩までメール送りつけやがって煩せーの何の、終いには一通くらい返事寄越せって拗ねちまってよー」
「あはは、そーなんだ。でもあたしも神楽ちゃんの気持ち、ちょっとだけ判るよ。ちょっとしたことでもね、メール貰えると嬉しいんだよ」
女の子ってそーいうものなんだよ、って笑いながら話してみたけど、銀ちゃんにはいまいちわかんない感覚みたいだ。
携帯とあたしを交互にまじまじと眺めて、ふーん、そーいうもんかねぇって唸って、理解出来ない不思議なものでも見つけたよーな顔してる。
それにさ――俺にはこーいうもん必要ねーし、っていつも銀ちゃんは言うけどさ。
ほんとは携帯持っててくれたほうが、あたしだって助かるんだけどな。
たまに銀ちゃんがふらっといなくなっちゃう時だって、余計な心配しなくて済みそうだもん。
・・・なんて言ったら、重いかな。銀ちゃん、気にしちゃうかな。
「んじゃ、やってみる?銀さんとメール」
「えっ。いいの」
「いーってそのくれー、が喜んでくれんならそのくれーやるって。あーそうそう、あれだわ、メアドってやつ送ってくんね」
通勤バッグから顔を覗かせてるスマホを指されて、あたしはバッグに飛びついた。
この前買った秋色チェックのケースで覆われた小さな機械を、あわあわしながら取り出して、
「いいの、ほんとに!ていうか銀ちゃんメールなんて送れるの」
「そこそこな。前にもメル友募集中のサイコなおっさんにケータイ持たされたし」
あん時ぁ酷でー目に遭ったなぁ、なんてうんざり気味な口調で言いながら携帯をぱちん。
やる気のかけらもなさそうなすっとぼけた目を開いた画面に向けながら、片手打ちでぴぴぴぴぴ。
あたしの画面で確認したメアドをすらすら入力すると(赤外線通信、ていう便利なツールがあることは知らないみたいだ)、メール初心者にしては意外なまでの素早さであっというまにメッセージを打って、
「ほい送信、っと」
「えっ、うそ、早っっ」
「まーな銀さん器用だしぃ。つーかそれ、もう届いたんじゃねーの」
「う、うんっ」
数回震えて着信を知らせてきたスマホを指されて、期待に胸を膨らませながらぽちぽち押した。
うわぁ、すっごく嬉しい。顔が自然とにやついちゃうよ。
彼氏からメールが来るなんて、普通に付き合ってる恋人同士ならごく当たり前のことだよね。
だけどあたしにとっては、たった一通のメールだってミラクルだ。
銀ちゃんからメール貰うなんてはじめてだよ。そんなこと一生ないだろーなって諦めてたのに!
「はいはいちゃん、読んで読んでー」
「うん!ちょっと待ってね、えぇと――」
「はいはい待つ待つー。なぁ、もちろん返事してくれるよなぁ?」
何か悪いことでも企んでそうなやらしい顔つきでにたぁっと笑うと、銀ちゃんが肩に腕を回してくる。
呼吸が肌に触れるくらいぴったり横にくっついてきた顔や、肩を抱いた手のあったかい感触にもあたふたしながら、スマホの画面をぽちっと押した。
ぱっ、とメールの文面が現れて、どきどきしながら目を通したら――
「・・・・・・『ちゃんあいしてる、今晩これでえっちな写真撮っていい』・・・?」
「なーいーだろぉ、ちょっとだけ撮らせてくれよー。別に変な注文つけたりしねーよ?いつも通りの自然なを、フォトジェニックなかんじで撮りてーんだよ銀さんはぁ」
「いやここに書いてあるよね、えっちな写真撮りたいって」
「いやいや細けーこたぁ気にすんなって、とにかくあれだよ、俺しか知らねーかわいーのナチュラルな姿を永久保存しときてーのっ」
力の籠った口調で言い切った銀ちゃんが、小さくガッツポーズを作る。
珍しく気合いが入ってるその右腕がぐぐっと携帯を握りしめて、あたしはわりとあからさまな蔑みを浮かべた半目で銀ちゃんを眺めた。
うわぁ、この人ノリノリだ。普段は生気のかけらもないあの目がやけに嬉しそーに、きらきらと生き生きと輝いてるよ。
「撮るっつってもよー、は何も特別なこたぁしなくていーから。普段通りにしててくれたらそれでいーから、後は銀さんが勝手に撮るから!
例えばアレだわ、風呂で身体洗ってやったときの恥ずかしそーな瞬間とかぁ、布団の中で恥ずかしそーにご奉仕してくれる時とかぁ、
あぁん銀ちゃんすごおぉぃ激しいぃ、って鼻血もんのやらしーポーズでよがってるハメ撮り写真とかぁぁ」
「それのどこがナチュラルなあたしの姿なのっっ。何このメールっ、これってただのセクハラじゃん!前半はともかく後半がぜんっっぜん嬉しくないんだけど!?」
「っだよそこまで怒るこたーねーだろぉ、銀さんからのメールが欲しいって素直に打ち明けてくれた彼女に、こっちも素直な男心を打ち明けてみただけじゃん。
に会えなくてさみしー夜に使えるオカズがちょっと欲しーなぁって頼んでるだけじゃん!」
「そーいうのは素直な男心とか言わないの、馬鹿正直なスケベ心って言うのっっ。ていうか正直すぎてムカつくんだけどふざけんなっっ」
えええええぇええええ、って不満そうに叫んだ銀ちゃんを、奪い返した佐々木さんの携帯でべしべし殴る、叩きまくる。
それでも性懲りなくちゅーしようと迫ってくる図々しい天パ頭をむぎゅっと掴んで、跳ねまくってる髪の毛を容赦なくぐいぐい引っ張ってたら、ばたっっ。
何が起きたのかわかんないままソファに仰向けで押し倒されて、すっとぼけた顔がごつんとおでこをくっつけてくる。
えっ、って目を点にして銀ちゃんを見つめた瞬間に、ちゅ、って唇を押しつけられて。
っっ、って絶句したあたしが真っ赤になって暴れたらなぜか手首を握られて、いきなりバンザイさせられた。
両手を纏めて頭の上に縫い止められて、すいっと携帯を抜き取られて、
――ぱしゃっ。
軽いシャッター音に驚いて、えっっ、って絶句しながら真上を見上げる。
・・・うそ。うそでしょ、どーしてそんなに素早いの。
がっちり掴まれた手首をどーにかしたくてじたばたもがいてるうちに、真上に携帯を構えられてた。
しかも、カメラで一枚撮られちゃった。何なのこの手早さは。銀ちゃんて携帯初心者じゃなかったの!?
「〜〜っ!?」
「はーい一枚撮ったぁー。そんじゃモデルさん、次のポーズいってみよーかぁ」
「ははは、離っ」
「ダメです離しませんー。離したらお前邪魔すんだろぉ、可愛いーとこ撮れねーじゃん」
「そんなの撮らなくていっ、〜〜〜っゃ、んぅ、んんんんっ」
うわわわ、ってあわてて振り上げた脚も、上に跨ってきた銀ちゃんの膝でがっちり動きを抑えられる。
何これ、どーして、信じられない。銀ちゃんてどーしてこんなに馬鹿力なんだろう。
あたしは下半身全体で、しかも全力で押し返してるのに、片方の膝だけで封じられるなんて!
そうしてる間に何度もキスが繰り返されて、その合間にもぱしゃ、ぱしゃ、って間近でシャッター音が鳴り響いてた。
「はーいいーねぇ、はいはい視線こっちなー、そーそーそれな、その悔しそーな涙目とかたまんねーわ」
なんて、ふざけた素人カメラマンがぱしゃぱしゃシャッターを切り続ける。ぷくくくく、って真上で笑いを噛み殺してる。
あぁ、あの憎たらしい顔引っ掻いてやりたい。ばか、銀ちゃんのばかっ。
どーしてこんなとこ撮りたがるの?あたしきっと変な顔してるのに・・・!
撮らないでほしいけど、止められない。
両腕は頭の上で拘束されたままだし、塞がれっぱなしな唇の隙間からは、んむむむむっ、って詰まった声しか出せないし!
「・・・んぁー、これで何枚撮ったっけ。どうもピント合わねーんだよなぁ、やっぱちゅーしながらだとムズいわ」
「ん、は・・・・・・っ、ちょっっ、銀ちゃ、ぁ、遊んでるでしょっ、絶対これ、遊んでるでしょっっ」
「あれ、やっぱバレた?まぁまぁいーじゃん、もーちっと付き合えやモデルさん」
そう言いながら目を細めてにんまり笑うと、銀ちゃんはいきなり舌を捻じ込んできた。
手も少しずつ仕草を変えて、だんだん大胆に動き出す。
歯列を舐めてから濡れた中まで入り込んできた舌が、粘膜を撫でて這い回る。
胸から首へ、肩からうなじへ、這い上がりながら撫でてくる手に、身体中の力を奪われていって――
「〜〜〜ゃ、やめっ、ぎ・・・んっ」
「ったく、わかってねーなぁちゃんはぁ。んなきもちよさそーなえっろい声出されちまったら、もっとしたくなんだろぉ」
「っん、ぅそ、っんな、声、出してな・・・・・・っ・・・んぅ、ふ、ぁ・・・・・・っ」
押し返そうとした舌も絡め取られて、くちゅ、くちゅ、ってやらしい音を立てて何度も吸われた。
あたしよりも熱い銀ちゃんの舌が口内を動き回って、舌先で上顎をなぞられるたびに頭の芯が痺れてく。
顔を振って逃げようとしても、あたしの動きは完全に読まれてるみたいだ。
絡みついてくる舌の動きが強くなって、片手でほっぺたを固定されて、強引に銀ちゃんに捻じ伏せられて――
「ん・・・っ!」
「あー、感じちまった?ここ舐められんのが一番きもちいーんだよなぁ、うちのモデルさんは」
「んふ、っ、んんっ、ゃら、ん・・・っ!」
口の中を埋め尽くしたものが、あたしが声を上げて仰け反るところに狙いをつけて何度も弄る。
感じるところを舌先で繰り返しくすぐられたら、逆らう気なんてなくなってきた。
かくん、って肩から一気に力が抜ける。きつく掴まれてももぞもぞ動いて抵抗してた両腕が、ソファの座面にだらりと落ちる。
(銀ちゃん、くるしい。)
唇の隙間から途切れ途切れにか細い声を漏らしても、顔を振っても止めてもらえない。
ぐちゅ、ぐちゅ、っていやらしい水音を上げながら舌を揉まれて、息がつけなくて呼吸が乱れる。
口端からつうっと温いものがこぼれおちる。ん、んんっ、って漏れる声が甘く上擦る。
・・・ああ、どうしてこんなになっちゃうんだろう。ただキスしてるだけなのに、身体中が甘く疼いてじぃんと痺れちゃって――
「・・・・・・はぅ、ん・・・・・・っ・・・ぅ、んふ・・・っ」
「・・・ん、そろそろかぁ」
意味がわかんない独り言を口の奥でつぶやくと、銀ちゃんはあたしの腕を放す。
ぬるぬると動き回ってた舌も口の中から抜けていって、やっと息苦しさから解放された。
はぁ、って色っぽくて深い吐息をこぼした唇が、とろりと濡れて光ってる。
ゆっくりあたしから離れていく銀ちゃんをぼうっとした目で追ってたら、ちいさな液晶画面が目の前を塞いだ。
そこに鮮明に映ってる、瞼がうっすら赤く染まった涙目の顔と目が合う。よく知ってる顔。あたしの顔だ。
だけど――毎日鏡で見てるけど、こんな目つきの自分は知らない。思わず息を呑んじゃった。なに、これ。誰なの。
見たこともないくらいに蕩けてる。目元だけじゃなくてほっぺたや首筋までぽうっと薄赤く色づいちゃって、伏せ気味にした視線が物欲しそう。
唾液で濡れた唇はグロスをたっぷり塗ってるみたいにも見えるけど、グロスよりもっと生々しい。
だらしなく半開きになった唇は、苦しそうに喘いでる。そこから覗いた舌先の赤さが、まるで男の人を誘おうとしてるみたいにいやらしく動いて――
――ぱしゃっ。
「・・・ははっ、えっろい顔」
軽い耳障りのシャッター音が、二人きりの部屋に響く。
携帯の影から細めた目元をひょいと覗かせた銀ちゃんが、口端を得意げに吊り上げた。
「お前さぁ、初めて見たんじゃねーの。こーいう時の自分がどんな顔してっか」
「・・・っ」
「見ろよこれ、毎回これだぜ。んな色っぽい目つきで見られちまったら、どんな男でもたまんねーって」
そう言いながらもう一回、シャッターを切る。
ぱしゃっ。
いかにも面白がってそうなかんじの意地悪な目が、薄笑いでこっちを見てる。
うっすら影を帯びて灰色に変わった前髪の下で、にんまりにやにや笑ってる。だけどその目が、なんだか似てる。
携帯の画面に映ってたあたしと、どこか似た目。
銀ちゃんがあたしに触りたがるときの、熱を帯びた妖しい目。あたしをもっと蕩けさせようとしてるときの目。
いけないことをしたがってる時の、物欲しそうな男の人の目で――
「・・・〜〜っ。銀ちゃんだって。人のこと言えない顔、してるじゃん・・・っ」
「そーだよー、かわいー彼女がエロい顔して誘ってくっから銀さんもぉ我慢できねーよ、限界なんだよー」
「さ、誘ってなんて、ないしっ」
「大丈夫だって、際どいとこはあんま写さねーから。最初に何枚か撮らせてくれたら、お礼にたっぷり可愛がってやっから」
言い含めようとしてくる甘い声音にどきっとしちゃって、あたしはほんのちょっと身じろぎした。
こうして間近から見られてるだけで、身体の奥が熱くなる。恥ずかしいから視線を逸らしたいのに、逸らせない。
逃げようと思えば逃げられるはずなんだけど、動けない。まるで、銀ちゃんの視線に身体ごと囚われちゃってるみたいに。
・・・ああ、だめかも。どうして毎回押し切られちゃうんだろう。
他の人にされたら拒んじゃうはずのこんなことも、銀ちゃんにされちゃうと断れない。
――好きな人だから。銀ちゃんは特別な人だから。
それを銀ちゃんにしっかり覚え込まされてきた身体は、銀ちゃんにだけは何をされても許そうとする。何をされても喜んじゃう。
だからちょっと顔を近づけられただけで、心臓が壊れそうなくらいどきどきするんだ――
「・・・ー。ちゃーん、返事してー。もー待てねぇって、なぁ」
「・・・・・・っ」
「な、撮らせて。いーだろ」
長い指の先があたしの唇をふにっと押して、早く、って急かすようにしてやわらかいそこをつんつんしてくる。
じっとまっすぐに見つめてくれる瞳には焦れたような色が昇ってて、その色の激しさに気づいたらもっと胸が高鳴ってきた。
このどきどきは、たぶん、銀ちゃんがあたしを見てくれて嬉しいって、心の奥まで震えてるから。そして、それと――
――ぅぅ。やだな。
もうひとつの理由。これは、恥ずかしいからあんまり認めたくないんだけど。
・・・そう。ほんとは自分でもわかってるんだ。
あたしの思い通りにならないあたしの身体と心が、銀ちゃんを欲しがってるからだって。このキスの先にあることを期待して、すごくどきどきしてるからだって――
うぅ、って濡れた唇を噛む。恥ずかしくてたまらないからそっぽを向いて、足を擦り合わせてもじもじしながら口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・たら、どーするの?」
「へ?」
「・・・だ。だめって言ったら、・・・・・・銀ちゃん、どーするの・・・?」
ごにょごにょ小声でつぶやく間に、耳までかぁっと火照ってく。
だってこんな・・・見え透いてるよね。口ではダメだなんて言ってるけど、これじゃ逆に誘ってるみたいだ。
言うこときいてほしいならもっとキスして、って、おねだりしてるのと同じだよ。
はは、って肩を揺らしながら銀ちゃんが笑う。
「そーいう時はこーやってご機嫌取りすんじゃねーの」なんて言いながらほっぺたを包んで、親指でふにふに押しながら撫でてくれた。
髪や肩にもゆっくり手を這わせて、優しくなでなでしてくれる。おでこから髪を撫で上げて、そこにもちゅっとキスしてくれた。
腰のくびれにもゆっくり手が回ってくる。あたしがどこをどうされたら気持ちよくて身体中ふにゃふにゃになっちゃうか、誰より知り尽くしてる銀ちゃんだ。
どこをどう触られても気持ちよくて、うっとりして目を閉じちゃった。
ざわざわ、ごそごそ。
衣擦れの音を鳴らしながら、背中から帯が解かれていく。しゅる、って布と布が素早く擦れた音が鳴る。
薄く目を開けてみたら、軽く握った銀ちゃんの拳にあたしの帯締めが巻きついてる。
その手には携帯も握られてて、ぼんやりそれを見ていたら銀ちゃんは顔を近づけてきて。
目尻の涙を熱い唇でちゅうって吸い取る。そこをぺろって舐められたと思ったら、肩を覆ってる着物の布地をぐいっと大胆に肌蹴させられた。
肌が露わになったそこにも、ちゅ、って強めに吸いつかれる。それだけで身体が痺れて、ぞくぞくって震えて。
帯を外されて緩んでる着物の中まで触られたらもっと痺れて、手脚から力が抜けていく。
ソファに抑えつけられた腰を捩っても、ブラの上から丸く撫でてくる手の動きからは逃げられない。
照明の光できらきら光ってる銀色の癖っ毛に縋りついて、はぁ、はぁ、って呼吸を乱しながら銀ちゃんを呼んだ。
「銀ちゃ・・・っ、ゃ、もっ、ここじゃ・・・だめ・・・っ」
「それそれ、それな。のそーいう顔が撮りてーんだわ。なぁ、いーだろ。俺のかわいーモデルさんが気持ちよさそーにしてるとこ、もっと撮らせて」
「だっ・・・誰にも見せちゃ、やだからね・・・?みみみ見せたら、こっ、ころすっ」
「たりめーだろぉ、誰にも見せねーって。門外不出で銀さん秘蔵の、一生もんの宝物にすっから。な?」
「・・・・・・・・・・・・ぅん・・・・・・ぃ・・・いいよ、それなら・・・」
すっかりされるままになってるあたしが真っ赤になって頷けば、銀ちゃんはにんまりと満足そうに目を細めた。もう一度顔を寄せてくる。
熱い柔らかさを押しつけて唇を塞ごうとしてきた、その時だ。
――プルルルル、って携帯が大きく鳴り出した。 ん、って呻いた銀ちゃんの唇が動きを止める。
・・・・・・えっ、電話?誰から?
佐々木さんからの電話は拒否ってるし、他にこの番号を知ってる人なんていないはず。
てことは、間違い電話かな。それとも何かの勧誘とか。
「・・・ちぇっ。っっだよ誰だよぉ、いーとこで邪魔しやがって」
着信音は鳴り続けてる。
面白くなさそうにボヤいた銀ちゃんが、ちょっとだけ顔を上に上げた。
腕立て伏せの途中みたいな、あたしがやったら腕や腹筋がぷるぷるしそーな姿勢をなんてことなさそうにキープしながら、携帯のボタンをぴっと押す。
そのまま携帯を耳に当てて肩で挟み込んでから、
「はいはい、誰。誰だよあんた」
『ああどうも坂田さん、ご無沙汰してます佐々木です。お楽しみのところを絶妙のタイミングで邪魔してしまいすみません』
携帯から流れ出たのは、あまりに淡々としすぎててなんだか胡散臭く聞こえる声。
そう、つまり、あたしにこの携帯を預けてきた佐々木さんだ。その声が終わらないうちに血相変えた銀ちゃんががばって立って、だんっっ、ってテーブルを蹴りつけて、
「はぁぁ!?ちょ、待て、どっから見てんだてめぇ!」
『盗み見なんてしてませんよ、私のようなエリートが貧乏庶民の家を盗撮するわけないでしょう。ところで坂田さん、テーブルの下を見てもらえますか。
そうそうそこです、いけませんねえ、昨夜あなたが見ていたアダルトビデオが置きっ放しですよ』
ふふふ、ってやけに乾いた笑い声が携帯のスピーカーからかすかに聴こえる。
おそるおそる下を覗いたら・・・ある。あった。
口にするのも憚られるよーないかがわしいタイトルの、しかも「これって一体どこで出回ってるの?」って思っちゃう、昔懐かしいビデオテープが!
『ああ、すみません部下の信女さんに呼ばれました、エリートは貧乏庶民のあなたと違って常に多忙なもので。では坂田さん、失礼します』
かなりストレートな皮肉なのに口調はひたすらに胡散臭い、おかげで皮肉が皮肉に聞こえないなんだかおかしな挨拶を最後に、通話はぷちっと切れちゃった。
「どこ、どこだよカメラ!ぜってー盗撮してんだろあっっの変態エリート!!」
唖然として言葉もないあたしの着物をものすごい速さで着せ直すと、銀ちゃんは部屋中を走り回る。
部屋の四隅をぐるぐる回ってあちこちにしゃがんで、いつにない真剣さでカメラ探しのチェックを始めた。
とはいえ――盗撮用のカメラって、小さくて発見するのがむずかしいっていうよね。きっと簡単には見つからないよね、どうしよう。
そんなことを心配しながら見てたんだけど、
・・・さすが銀ちゃん、感心しちゃうよ。この前テレビで見た麻薬捜査犬並みの鼻の効きかただよ。
ソファの足元に貼りついてたボールペンみたいな小型カメラを、あっというまに発見しちゃった。
べりっと剥がしたそれを高々と振り上げて「あったぁぁぁ!」って怒鳴ると、素手でばきっと折り曲げる。
と思ったら床にべちっと投げつけて、蹴る蹴る蹴る、半ばヤケクソ気味に蹴りまくる。
いや、いくら何でもそこまで破壊する必要なさそーなんだけど・・・でも、まぁいいか。あれだけ徹底的に壊しておけば、もう二度と使えなさそーだし。
「よかったぁ、これで撮られなくて済むよ・・・」
ひとまずほっとしたあたしは、今にもずり落ちそうな帯を胸のところで押さえながら溜め息をついた。
よかった、これでもう大丈夫だよね、なんてすっかり安心してたんだけど・・・残念なことにそうじゃなかった。騒ぎはそれだけじゃ終わらなかった。
とっくに壊れたカメラに八つ当たりしてガツガツ蹴ってる銀ちゃんを止めようとしたその瞬間、さっきとは違うメアドからメールが届いて――
げっ、と銀ちゃんが厭そうに眉をしかめる。あたしもごくりと息を呑んで、白い着物の腕に縋りついて、
「ぎ、銀ちゃん、ねぇ、すっごく怖いけどメール確認しよ?どんなメールか見るだけ見ておこうよ、見ないともっと怖いことになりそーじゃん・・・!」
「ダメだって開けたら!それ絶対うっぜぇメールだから、見たらしょこたん並みのかまってオーラでつきまとってくっから!」
なんて訳のわかんないこと叫んで止められたけど、何なの、どーいうことなのその喩え。
人の私生活覗き見してる危ないサイコおじさんと同類扱いするなんて、しょこたんに対して失礼じゃないのそれ
・・・って違う違う、そんなこと考えてる場合じゃないよ。
あーだこーだと喚きまくってる銀ちゃんをどーにかこーにか宥めすかして、二人で肩を寄せ合っておそるおそる文面を開けたら、
「えぇと・・・『着信拒否なんて銀たん酷いお、悲しいお☆
今度万事屋さんに会いに行こうっと、お土産にドーナツ持っていくから待っててね サブちゃんより』」
「・・・・・・!!!???」
「・・・・・・あのさ銀ちゃん、ほんとに来たら怖いから一通くらいメール返してあげたら」
「ギザウザすうううぅぅぅぅ!!!」
口も手もわなわな震えまくってる銀ちゃんが携帯を左右にぐんっと引っ張って、
ばきばきいいいっっ。
真っ二つに引き裂かれちゃった新品の携帯はそれっきり動かなくなったけど、次の日には同じモデルの携帯が飛脚便で届いて。
その日からしばらく電話恐怖症に陥っちゃった銀ちゃんは、万事屋の古い黒電話が鳴っただけでガクブル状態で怯えちゃって新八くんたちに不思議がられてたんだって。