「おっ、何だよそれ。もしかして差し入れ?食い物?食い物なの!?」

食べ盛りな一人と一匹を抱えてるおかげでエンゲル係数が相撲部屋並みな万事屋の家計は、今月もあいかわらず火の車みたいだ。 居間兼客間の青いソファにだらーっと寝転んで死んだよーな目でテレビを眺めてた銀ちゃんは、あたしが持ってる大きな紙箱を目にしたとたんにぱぁっと表情を輝かせた。

「すげー量じゃん!えっ、何入ってんの?ピザ?もしかしてピザ?」
「ピザじゃないけど食べ物だよ。取引先で貰ったんだけど食べきれないから、みんなにも食べてもらおうと思って」
「やったマジで!」

宅配ピザが入ってそうな、薄くて大きい紙箱は5つ。めったにない大量の食料差し入れがよっぽど嬉しかったのかも。 さっきまでのだるそうなかんじが嘘みたいな勢いで、銀ちゃんはがばっと跳ね起きた。 どどどどど、って床を鳴らして一直線に駆けてくる姿ときたら、顔がゆるゆるで締まりがない。 あーあ、この様子だと今日もお仕事なくて暇だったんだろーな。 あたしが来る直前まで眠ってたのか、口の端にはよだれの跡が。 ほっぺたにはソファの跡ついてるし、ただでさえ跳ねやすい天パ頭は、天辺についた変な寝癖がふわふわひょこひょこそよいでるし。

「銀ちゃんいろいろ緩みすぎ。ていうかその顔やだ、やめて。お腹ぺこぺこな犬がハァハァしながら餌目指して走ってくるみたいだよ」
「そりゃあ顔も緩むって!今朝神楽の奴が残り少ねー米ほとんど食っちまってよー、明日っからドッグフード生活覚悟だったんだぜ」
「あはは、やっぱりね。最近お仕事少なそうだったから、みんなお腹空かせてるんじゃないかって思ってたんだ」
「んだよ心配してくれてたの、やっさしーよなぁ俺の彼女!ちゃんあいしてるうっっ」

なんて叫んで腕を広げながら迫ってくるゆるゆるな笑顔、今にもよだれがつーって垂れそう。 飛びつかれる寸前に「やめて、キモい」って裏拳でガツンとキメてあげたら、「ぅごおおぉっっ」と野太い悲鳴が上がる。 赤くなった鼻を押さえた銀ちゃんは床でじたばた転げ回って、「ははは鼻潰れるぅ、鼻血出るぅっっ」って涙声で呻いてた。 ダンゴ虫みたいに丸くなって足元でひーひー言ってる情けない彼氏を、醒めきった目でじとーっと眺める。
ほんと銀ちゃんて懲りないなぁ。何かっていうと所構わず抱きついてくるけど、いったい何回撃退されたら気が済むんだろ。

「〜〜〜っっ、ちゃあぁぁぁん?違うよ、銀さんツンデレ好きだけどこーいうツンはいらないよ? 彼氏の扱いじゃないよこれ、夜道で襲いかかってきた痴漢の撃退法だよ!?」
「あれっ、よくわかったね銀ちゃん。 この前お妙さんに護身術教えてもらったんだけどね、いつでも実践できるよーに練習してくださいねって言われてさ」
「だからって俺を練習台にすんのやめてくんない!?」
「だって銀ちゃん馬鹿力だから。抱きつかれたら潰れちゃうじゃん、箱が」

それに――新八くん神楽ちゃんは留守みたいだからいいけど、もし誰かに見られたら恥ずかしいじゃん。 この家ってほとんど鍵が開けっぱなしな上に、人の出入りだって多いもんね。 一声掛けたらすぐに中まで入ってくる人も結構いるから、常に人に見られる危険に晒されてるようなものだよ。 先週だって、たまさんがいきなり玄関扉吹き飛ばして家賃回収に乗り込んできたじゃん。 運悪く押し倒されて着物も半分脱がされてぱんつまで脱がされそーになってたあたしは、心臓止まっちゃいそうなくらいびっくりしたんだよ? しかもその直後にたまさんが内蔵してるHDD録画機能をONしちゃって、「銀時さまさま、どうぞ私のことはお気になさらずにそのまま交尾をお続け下さい」 なんて言われちゃって、なのに銀ちゃんはそんなたまさんを止めるどころか「いーけどその映像俺にも寄越せよ」なんて言いながら人のぱんつ鷲掴みして下ろそーとするから死ぬほど恥ずかしい思いをさせられたんだよ!?
・・・ほんと、意味がわかんないよ。 銀ちゃんてどーしてああいう時もけろっとしていられるんだろ。 もちろん自家製AVなんて絶対撮られるわけにいかないから、その場で銀ちゃんの股間蹴り上げてやったし、 人間の生殖行動に興味津々で撮影データを保存したがってたたまさんには、高級オイル一缶と泣き落としで破廉恥映像を完全消去してしてもらったけど。
思い返しただけで赤面しちゃう騒動の数々のせいで顔をじわじわ赤くしながら、箱のひとつをテーブルに置く。 かぼちゃと女の子の魔女が描かれたハロウィン仕様な蓋を開けると、きれいに並んだドーナツが9個。 どれも凝ったかんじっていうか、見た目も可愛くておいしそうだ。 オレンジ色のかぼちゃのお化け、ジャック・オ・ランタンみたいな形のパンプキンドーナツ。 紫芋のチップが混ざったオールドファッション。見た目もモンブランみたいで秋っぽい、粉砂糖で白くお化粧されたマロンドーナツ。 それからええと・・・これっていちご味なのかなぁ。赤いグレーズでコーティングされたリングドーナツは、トッピングのゼリーの星がきらきらしてる。 こーいうのって見てるだけで楽しくなっちゃうよね。しばらくこのまま観賞しようかな。そうだ、写真も撮ろうっと。 うちのお母さんこーいうの好きだから、送ってあげたら喜ぶよね。 なんて色々考えながらうきうき気分で着物の袂からケータイを出そうとしたら、
・・・・・・さすが銀ちゃん、意地汚いなぁ。もう両手にドーナツ鷲掴みしてがつがつもぐもぐ食べ始めてるし。

「ちょっと銀ちゃん、全部食べちゃだめだからね?新八くんたちのぶんも残してよね」
「無理ぃー、無理だよちゃん。これ超うめーよ、銀さんお口が止まんねーよ」

これどこで売ってんの、どこの店。
なんて早くも三個目に手を伸ばしながらもごもご尋ねてきた銀ちゃんの口の周りは、マロンドーナツの粉砂糖と生クリームで真っ白だ。 しょーがないなぁ、って苦笑いしながら見ていたら、ほら、って食べかけを差し出された。 大きな手が突き出してきたドーナツに顔を寄せて、あーん、ぱくっ。 もぐもぐしてからもうひとくち貰って、うわぁ、と感嘆の溜め息を漏らす。 ふあぁ何これ、すっごくおいしいなぁ。 これは銀ちゃんも止まらなくなるはずだよね。 トッピングのマロンクリームが濃厚で生クリームがミルキーで、ドーナツ生地はケーキみたいにふわふわしっとり。 食べ慣れてる某チェーン店のお味よりもワンランク上っていうか高級そう。 すると銀ちゃんが可笑しそうに目元を細めた。 「もっと食う?」って尋ねられて、うんうん、ってめいっぱいこくこく頷く。 「ほい、口開けろー。あーん、てしてみ」って言われたから、最後の大きめなひとかけらを開けた口の中に入れてもらって、ぱくん。 口いっぱいに頬張ってもぐもぐしてたら、急に銀ちゃんが寄ってくる。

「お前、旨めーもん食ってるときはしあわせそーだよなぁ」

なんて言いながら、ちゅ、と口端に唇をくっけてきた。 かと思えばあったかい感触がふわりと触れて、ぺろ、ってそこを舐められて。 ぅぐっ、とむせ返ってほっぺたを膨らませたあたしが驚いて腰を引こうとしたら、とん、と肩を小突かれて、ぐらりと身体が傾いて――

「っっ!」
「あ、悪りー。どっか打った?痛かった?」
「・・・・・・うぅん、痛くない。ない、けど、えっ、ちょ、っっ」

唇をぱくぱくさせながら、唖然とした顔で銀ちゃんを見上げる。 痛くはない。どこも平気。軽く突かれただけだから、どこも痛くなんてなかったけど・・・
ほんの一瞬で視界ががらりと変わってる。いったい、何がどうなったんだろう。気がつけばあたしの身体はころんとテーブルに転がってた。 真横に見えるのはドーナツの箱。真上に映ってるのは天井だ。そこにひょこんと、寝癖が跳ねまくった銀色の髪が被さってくる。 びっくりして目をぱちくりさせてる間に、銀ちゃんはあたしの頭を挟んで左右に腕を突く。 とぼけた目つきであたしを眺めると、にやついてる唇にとろりと残った生クリームをぺろりと舐めて、

もクリームついてる。ここ」
「え、――っ」

ちょん、ちょん、て唇の端をつつかれたから何となくそっちを見ようとすると、突然、目の前が真っ暗になる。
開きかけてきた唇を、ふにっとくっついてきたやわらかいもので塞がれる。止める間もなく、熱い舌がぬるりと割り込んでくる。 くちゅ、って音を鳴らして絡みついてきて、お腹や腰もなでなでされて――びっくりしすぎて目も閉じられないまま、あたしは口の中で甲高く叫んだ。

「〜〜〜んぅぅぅぅううぅ!?っ、ぎっ、んっ、んんんっっ!」

まただ、まただよ!ああもう、玄関に鍵かかってないのに!もし誰か来ちゃったらどーするの!?
お尻をなでなでしてた図々しい手が、逃げようとした身体を抑えつけてくる。 それでも腰を左右に捩って往生際悪く身じろぎしたら、お腹の上にどすんと腰を落とされた。 背中に当たるテーブルが硬い。寝癖だらけの白っぽい頭が影を作った視界が狭い。 ああどうしよう、こんなところで。これ、何をどうやってもだめなパターンだ。 やだやだだめだめ、ってぶんぶん頭を振りまくっても銀ちゃんの唇は離れないし舌は口の中をぐちゅぐちゅ掻き回すし、やらしい動きであちこちねっとり舐め回すし。 そのうち息が切れて呼吸が苦しくなってくるし、感じちゃうところを舐められるたびに身体がびくびく震えちゃって、そのたびに後ろ頭がテーブルにごつごつぶつかって痛いし! ああ誰か、誰か助けて。いつでもどこでもお構いなしに発情するケダモノ彼氏を止めてくださ――、

・・・・・・いや、いやいやいや、違う違う。
そうじゃないよ、やっぱり来ないで!こんなとこ見られたら恥ずかしくって血が沸騰して死んじゃうから誰も来ないで!


「・・・・・・?んだよ、どーした。お前熱でもあんの?さっきから顔色おかしーんだけど」

動揺しちゃってわけがわからなくなったあたしが一人で顔を赤くしたり青くしたりしてる間に、銀ちゃんはちょっとだけ顔を離した。
「あーあーしょーがねーなぁ、せっかくきれーに舐めてやったのにお口がクリームだらけじゃん。お子ちゃまだよなぁちゃんはぁ」
なんてわざとらしく呆れたような顔して文句つけてくるけど、・・・それって銀ちゃんの口に付いてたやつをうつされたからだよね? ていうか唇に付いたクリームを、口の中まで舌突っ込んで舐める必要ある?ないよね、ないよ! なにこれ。ずるくない。おかしくない?お子ちゃまはあたしだけじゃないじゃん、銀ちゃんだってお口がクリームだらけだったじゃんっっっ。
――なんてことを言ってやりたい。でも言えない。銀ちゃんがぜんぜん離れてくれないから。 やっと舌を抜いてくれたかと思えば、すぐに角度を変えて押し込んでくる。その間、たった1秒。 普段はだらだらしてばっかのくせに、どーしてこんな時だけ素早いんだろ。これじゃあ文句を言うどころじゃない。 水面に顔を出した金魚みたいに、ぷはぁっっ、って呼吸するのが精一杯だよ・・・!

「んぅ、ゃ、も、いいってば、なっ、なんで、っっ」
「ん?があんまりうまそーに食ってっから、俺のドーナツ少し返してもらおーと思って」
「っな、なにそれっ。ゃ、も、まだ他にいっぱいあ・・・・・・っ・・・んぅ、ふ・・・っ」

顔の横に突いてた銀ちゃんの手が、腰の下までするするっと回ってきた。 骨太で重たい銀ちゃんに押し潰されて身じろぎするのがやっとなあたしの身体を、がっちり引き締まった両腕がぎゅうって強く抱きしめてくる。
ちゅ、ちゅ、ちゅ。
抱きしめられたせいでじわじわ火照ってきたほっぺたに、恥ずかしくなるくらい甘ったるいキスを幾つも繰り返し落とされる。 バニラの匂いが染みた舌先で耳の端をつうっとなぞって、口の中に含んでちゅうっと吸う。 ・・・そんなところにクリームなんてついてないはずなのに。

「ぎん、ちゃんっ・・・んで、そんな、とこ・・・っ」
「耳もクリームまみれになってんの。すげーべたべたになってっから、ここ」
「ぅ、うそっ、――っ、ちょっ、ゃ、もう、・・・っ」

うぅ、やだ。耳元を隠した髪を掻き分けた手でそうっと肌を撫でられたら、くすぐったくて身体が勝手に震えちゃう。
熱くなってきた耳たぶを、優しく何度も啄まれる。 やわらかく触れられるのが気持ちよくて、ふぁ…、って鼻にかかった声が漏れたら、銀ちゃんの動きが一瞬だけ止まる。 すぐにまたキスされたけど、そこから身体を押さえてくる腕の力がなぜか急に強くなった。
くちゅ、くちゅ、くちゅ。耳の奥まで濡れた音を送り込みながら舐め回す舌の動きにも、だんだん熱が籠ってくる。 男の人の硬い太腿が、ざわざわした衣擦れの音を鳴らしながら着物越しに絡みついてくる。 あたしの腰や脚まで抑えつけて拘束して、自分の下に閉じ込めようとしてる。 最初はお遊びで押し倒してみましたってかんじだったのに――銀ちゃんてば、どんどんその気になっちゃってるみたい。 始めたころはあたしをからかうために舐めてるだけみたいだった舌の動きは、今は敏感なところばかりを狙いすまして器用に動き回ってる。 おかげで舐められるたびにぞくっとして、口をきつく引き結んで我慢しないと変な声が出ちゃいそうだ。
ぎゅっと瞑った目の奥に、熱い潤みが溜まってく。
そのうちに耳の中まで舌がぐちゅって潜ってきたら、もう何も考えられなくなっちゃって。 銀ちゃんが動くたびに隣でがさがさいってたドーナツの箱がばさっと床に落ちちゃっても、気にする余裕なんて少しもなかった。 狭いテーブルの上で髪を振り乱して、はぁ、はぁ、って荒い呼吸を零しながら、夢中で白い着物の衿にしがみついて――

「ひ、ゃ、そこ、やだ、ぎ、ちゃ・・・っ」
「じっとしてろって。奥まで入っちまってっからクリームが。ぜんぶきれーに舐めてやるから」
「ぅ、うそ、そんなとこ・・・・・・ゃっ、ぁ、やだ、やだぁ」
「嫌ならもっと嫌そうな顔しろって。んだよそのエロい顔。とろーんと目ぇ潤ませちまってよー」
「〜〜って、だって、銀ちゃ、がっ」

あたしの倍は分厚い肩をむぎゅっと掴んで必死に押したら、その手を軽く掴まれる。 何をするのかと思ったら、銀ちゃんはそのままあたしの指先を唇に含んでしまった。
ふに、って軽く齧られて、湿った熱い感触にねっとり撫で回されて、ちゅう、って爪先を吸い上げられる。 そのまま顔を上げた銀ちゃんに上目遣いの妖しい視線を送られたら、ぞくっ、て背中に震えが走った。 あわてて指を引き抜いたら、銀ちゃんはまた耳元に顔を寄せてきて、

「――な、もっと舐めていい」
「〜〜だめっ、もう無理っっ。そ、それより銀ちゃんドーナツ食べよ、おいしいよ、ねっ!?」
「あぁドーナツな。いや後でいーわ。それよりの耳のほうが旨めーし、いー匂いするし」
「っぁ、ゃあ・・・ふえぇ・・・舐めな、で・・・っ」
「つーかどこ舐めてもいー匂いするし、なんか甘ったりぃし。・・・っとに何なの。何で出来てんの、お前の身体」

なぁ、教えて。
吐息みたいなやわらかい声をぼそりと奥に注がれて、ぶるりと身体が震え上がる。銀ちゃんの黒い服の袖口をぎゅうって握って、んんっ、って、唇を噛みしめる。
ううぅ、ばか。銀ちゃんのばか。うっとりした声でそんなこと言うな。 そんな声聞かされたらもっと身体中がぞくぞくしちゃって、なんだか泣きたくなってきた。 なのに調子に乗った銀ちゃんが、首筋までぺろぺろ舐めてくすぐってくる。 身体がきゅうって痺れ上がって、頭の中まで血の気が回ってほっぺたが一気に熱くなる。 洋酒が混ざったマロンクリームの甘い匂いが、首筋に移ってふわりと香る。肌を滑るざらついた感触が、身体中をうずうずさせてる。

「ん・・・は・・・・・・ぁ・・っ」
「声震えてんじゃん。なぁ、きもちいいの」
「ばかぁ、ち、ちがぅも・・・・・・っ」

ひそめた声で尋ねられたけど、意地になって何度もかぶりを振った。
ほんとは銀ちゃんの言う通りだ。もう身体がいうことをきいてくれない。 銀ちゃんの手や唇が動くたびに、じわじわしたじれったい気持ちよさが湧いてくる。 火照ってきた全身を、やんわり締めつけられてるみたいな気持ちよさが――
ちゅ、ちゅ、って吸いつかれるたびに足先まで強張らせてこらえてる間に、いたずらはもっとエスカレートした。
抱きつかれてるうちにだんだん乱れてきた衿元に沿って、熱い唇が滑ってくる。 ぐちゅ、って押しつけた舌先をつうっと肌に這わされて、ぐい、って着物の衿を押し下げられた胸の谷間に吸いつかれて、

「・・・・・・っあ・・・っ!」

やだ、だめ、こらえきれない。
甲高くて鼻にかかった甘ったるい声が、思わず開いた唇から飛び出る。 ブラのカップがもう少しで見えそうなやわらかいところを痕が残りそうな強さで甘噛みされたら、頭や爪先まで弱い痺れが走り抜ける。 全身に広がっていくもどかしい気持ちよさをこらえきれない。 ふわふわした癖っ毛の頭に両腕でぎゅっと縋りついて、ぶるっ、て背筋を跳ね上がらせてしまった――
すると少し気が済んだのか、銀ちゃんはひょいっと顔を上げた。
「ごちそーさん」なんて言いながら、ちゅっ。短いキスを唇に落とすと上半身を起こして、口端を上げてにやぁっと笑う。 テーブルに落ちてた食べかけのドーナツをけろっとした顔で食べ始めたけど、腰はあたしの上に跨ったまま。 しかも、妙に嬉しそうなやらしい視線がずーっとこっちを窺ってる。
・・・あれって絶対わざとだよね。なんだか餌にでもなった気分だ。
肉食獣に捕獲されちゃっていつ食べられるんだろってヒヤヒヤしてるうさぎって、きっとこんな気分に違いないよ・・・!

も食う?ああ、また食わせてやろーか」
「ぃ・・・いらない。もういい。・・・・・・ぅ・・・ぁ、あの、も、もういいでしょ、どいてってば・・・!」

恨めしくって情けない涙目で睨みつけてみたけど、ちっとも効き目はなさそうだ。
なにその余裕な表情。なんだかちょっと得意げっていうか、「勝った」って顔に書いてあるし! 何それ、にやにやほくそ笑んじゃって。見るな、こっち見るな銀ちゃんのばか! あたしは火が出そーなくらい熱い顔を上から見下ろされるのが恥ずかしくって、どんな顔したらいいのかもわかんないのに。 どのタイミングで起き上がったらいいのかも、どのタイミングで銀ちゃんの股間を蹴り上げてやったらいいのかもわかんないのに!

「ぅううう〜〜〜、ばかぁ、銀ちゃんのばかぁぁっ。ぉ、覚えてなよっ、いつかぎゃふんと言わせてやるぅ!」
「あーはいはい、ぎゃふんぎゃふんぎゃふん」
「〜〜〜っっし、しねばいいのに!しねばいいのにいぃぃ!」
「つーかよー、俺を負かすとか当分無理じゃね。キスくれーでおろおろしちまうお子ちゃまが銀さんに勝つのはまだまだ早えーって」
「ぎ、銀ちゃんだってお子ちゃまじゃん!ついてるじゃん口にクリームとかお砂糖とか、いっぱい!」
「えーマジで、へー、知らなかったわ。じゃあ取ってくんね」
「へ?」

何か企んでそーな目元を細めてにたぁっと笑ったふてぶてしい顔を、ぽかんと見上げる。
ドーナツの残りを口の中にぽいっと放ると、もごもご、ごっっくん。 三個めを全部食べ終えた銀ちゃんは、親指の先に付いた赤いグレーズをちろっと眺める。 それからあたしの口の中にその指をいきなり、むぎゅっと、ずぼっと――・・・!

「っっぅう、ふ、む、んぐぐぅ!」
「だからこれな、こーいうこと。俺もさっきしてやっただろぉ。今度はのかわいーお口とやらけー舌で銀さんをぺろぺろしてほしーんだけど」
「っっひ、ひないぃ!そんらことひないからぁぁっ」
「んだよケチ。いーじゃんこのくれー。他に誰もいねーんだし、ちょっとくれーいちゃいちゃしてくれたってよー」
「だ、だって神楽ちゃん帰ってくるかもしれないし・・・!そ、それに、また誰か来るかもしれないでしょ、ほらっ、たまさんとか!」
「いやいや誰も来ねーって。家賃は先週払ったし、神楽もまだまだ帰ってこねーしぃ」

米も買えねーくれー金欠だってのに、依頼の一つも来やがらねーし。
あーあ、とげんなりした顔で溜め息ついた銀ちゃんが、あぁ、と何か思いついたみたいな顔になる。
いつも離れ気味でだらだらに緩んでる眉間をなぜかきりっと引き締めて、やけに真剣な顔つきであたしの唇をちょいちょいつついて、

「だよなぁ、どーせ誰も来ねーよなぁ。そんならもう布団敷いちまう? ここでちゅーちゅーしてもらうのもいーけどよー、寝床の中でやらしく乱れたちゃんが銀さんの銀さんをちゅーちゅーぺろぺろしてくれてもいーんだけどぉ」
「無駄にカッコつけた顔で最低なこと言うなあぁぁ!!!」

なんて外まで響きそうな大声上げて抵抗したのも虚しく、そのままずるずる寝室に引きずられていって――


――結局残りのドーナツは、ひとつもあたしたちの口には入らなかった。
お布団から三時間も出してもらえなくてぐったりしてたあたしを銀ちゃんが家まで送ってる間に、お友達と遊んでた神楽ちゃんが万事屋に帰ってきたからだ。
酢昆布とご飯が大好物だけど甘いものにも目がない育ち盛りの14歳は、居間に山積みされたドーナツ5箱をすぐさま発見。 銀ちゃんが家に戻った頃にはお腹をぷっくり膨らませた女の子が幸せそうにくーくーすやすや眠ってて、育ち盛りな一人と一匹を抱えた家主さんは翌日から泣く泣くドッグフードを齧る生活が続いたんだって。



ドーナッツは最後の一口がおいしいの

*text riliri Caramelization
for roomNo.20141010
2014/09/28/
2014銀誕その1 タイトルは傾城篇での信女たんのお言葉。