二学期の終わりに恋人が出来た。
告白したのは大学の推薦入学が決まった日の夜。相手は高校に入ってからずっと好きだった人。
同じ学校に通っていても、毎日教室で会っていても、二人で居るときのことは誰にも言えない。そういう人だ。
友達にも家族にも言えない。あたしが卒業するまでは誰にも言えない。それでもお前、平気なのか。
そんなようなことを、あの日、なんとなく突き放したかんじの口調で念を押された。
(いーの。そーいうの我慢出来んの、お前。)
最後にそう尋ねられて、あたしは言葉に詰まってしまった。
口では問い質して反応を窺うようなことをしたくせに、その時の先生は返事を待ってくれなかった。
「やっぱり我慢出来ない」って言っても絶対に引いてくれなさそうな少し怖い顔で近づいてきて、
戸惑っていたあたしの唇を温かくてかさついた感触で塞いでしまった。触れる寸前で「ごめん」と
漏らした先生の声。喉に憂鬱さが支えているみたいに暗く籠っていた掠れ声が、――ちっとも先生らしくないあの声が、
今も耳から離れない。
今もあたしは、先生のあの「ごめん」の意味を知らないままだ。
JULIETTE
「――あら、今週も自習?本当に勉強熱心ねさんは」
国語科準備室の入口前で、一年の頃に教わった先生とすれ違う。
坂田先生ならいるわよ、どうぞ。
一度閉めかけた扉を開けて貰ったから、ありがとうございますと会釈して笑った。
軽く笑い返してくれる先生の目は、しっかりして何も問題がない生徒を見るときの目。すっかり安心しているときの目だ。
先生たちが貼ってくれた優等生のレッテルはたまにあたしを窮屈にするけれど、こんな時にはとても便利だ。
自由登校に切り替わって誰も来なくなった教室で毎週のように自習しているのに、一度も怪しまれたことがない。
毎週この準備室に通っていても、誰にも不信感を持たれない。「先生のお気に入り」という煙たい
印象のせいで何かと遠巻きにされて、さみしい思いをすることが多かった小さい頃のあたしが、今はほんのちょっと救われてる。
そう思いながら先生を見送る。腕に抱えた問題集で笑いに緩んだ口許を隠して、くすくす笑いながら準備室に入った。
「先生、」
声を掛けると、一年生たちに囲まれていた先生は顔を上げた。癖だらけの前髪に隠れた眉間が一瞬だけ曇って、
え、来たんだ、という顔でこっちを眺める。誰かに声を掛けられたときにちょっと目元を顰めるのは、あまり機嫌がよくないときの
先生の癖だ。あたしが頷き返すと、先生は手に持っていた小さな紙のようなものを見下ろす。それを白衣の胸ポケットに
ぐしゃっと押し込んで、隣合わせに並べられた他の先生の机を流し見た。
ここ座れー、とずり落ちかけた眼鏡越しに合図してくるから、空いているその席の椅子を引いて座る。
こっちを興味深そうに眺めていた一年生たちは、ひそひそと小声で何かを囁き合っていた。
「――つーことだからな、先生これ以上は答えられませんー。はぁい解散。はいはい、お前らもう帰れー」
「えーっそれだけぇ?つまんなーい、銀八つまんなーい」
「なにそれ、すっげー適当だし。ぜんぜん答えになってないしー」
「違いますー先生真面目に答えましたー。ガキどもの興味本位な質問に、誠心誠意答えましたー」
ほら帰れー、今すぐ帰れー。
追い払う手つきで手首を振って、あたしのほうをちらりと眺める。かったるそうに伸ばした腕で、
灰皿から吸いかけの煙草を取った。
「お前ら気付いてねーみてーだけどなぁ、そこに居るのは一分一秒を惜しんでる受験生だぞ。
毎日暇なお前らと違ってここに遊びに来てんじゃねーんだからな。おら、の受験の邪魔すんな」
そう言って一年生たちを蹴る真似をする。
はぁーい、とあまり納得がいってなさそうな返事をしてその子たちが出て行くと、先生は彼女たちの後を追っていった。
後ろを通って行く煙の匂いと底の薄いサンダルが鳴らすぺたぺたした足音を追いかけて、なんとなく首を巡らせた。
「あたしもう受かってるよ。受験生じゃないんですけど」
「いーんだよ受験生で。推薦で受かってたって入学するまでは受験生なの」
家に帰るまでが遠足なの。学校でバス降りた時じゃねーんだよ。
適当なことを言ってはぐらかしながら、二人きりになって急に静かになった準備室の扉を閉める。サンダルを鳴らしながら戻ってきて、あたしの後ろで音を止めた。
気配が背中に近づいてくる。両肩を大きな手に掴まれたら、くすぐったくて首が竦んだ。
「先生煙草消して。髪燃えちゃうよ」
「ー。何で来たのお前、帰れよ」
「えー・・・」
不満たっぷりに語尾を伸ばして、じとりと恨めしそうに睨んでみる。それでも先生の表情は変わらない。
さっきの予感は的中したみたいだ。表情や態度は普段の先生とそんなに変わらない。いつも通りにやる気がなさそうで
飄々としているように見えるけど、やっぱり今日は不機嫌な日らしい。
先生が腰を屈めて近づいてくる。煙草の匂いが強まって、視界の真横にふわふわして白っぽい先生の髪がちらついてくる。
白衣の袖とあたしの制服がざわざわと擦れる音がして、ぐ、と肩に重みを掛けられる。セーラー服の衿元にぐるりと腕を回された。
皺だらけでよれよれの白衣の袖を見下ろしていたら、煙草を咥えた眠たそうな顔が右から迫ってきて。
「俺さぁ、今日は来るなって言ったよな。言ったよなぁ昨日、電話で」
「言われたよ。でも来るなって言われただけだし。理由がわからないから確かめに来たの」
「はぁ?・・・まぁ確かに理由は言ってねーけど。変じゃねそれ。
何で昨日言わねーの。昨日は「わかった」って納得してたよな。フツーに電話切ったじゃん」
「・・・・・・・・・」
眼鏡越しのだるそうな半目は、いつもあたしに向けてくれる目とは違っている。
いつもより視線が醒めていて、どこか苛立ち混じりに見えた。
とんとん、と煙草を挟んだ指で肩先を突かれる。答えろー、って間近から問い詰められて、考え込むふりをしてあたしは黙った。
電話で訊いたら会いに来る口実がなくなるから。先月、先生の車に乗せてもらって買い物に行った日が最後で、それからはほとんど会ってないから。
ずっと会えなくてさみしかったから。昨日の電話を切った後に次の日曜まで会えないんだって思ったら、もっと会いたくなってしまったから。
理由なら幾つでも、次から次へ思い浮かぶ。けれど、どれも似たような甘えた理由ばかり。
正直に話すのは恥ずかしい、子供っぽくて我儘な理由だけ。先生はそんな理由でも許してくれるんだろうか。
・・・言いたくないな。
言えば呆れられる気がする。また「帰れ」って言われる気がする。
「帰れよ。後で電話するから」
「・・・。今がいい。今、教えて」
「んー。なんつーか、アレだわ、別にたいした理由じゃねーし。ここじゃゆっくり話せねーから、また後でな」
あと少しで先生とくっつきそうになっていた頬を、ふいっと背ける。
自然と曇ってくる表情を見られたくなくて、深くうつむいて横からの視線を遠ざけた。組んだ脚の膝から下をぷらぷらと
振る。こん、こん、と机の端を何度か蹴った。
先生、ちっとも喜んでくれない。せっかく会いに来たのに。一週間ぶりに会えたのに。あたしは昨日の夜から、ずっと、
――ううん。そうじゃない。本当はもっと、もっと前から――先生に会いたくてたまらなかったのに。
「なんで?何でだめなの」
「いや、何でってそりゃあほら、・・・つーかどーしたのお前。今日はやけに食いさがるじゃん」
「先生だっておかしいよ。今まで一度も来ちゃだめだなんて言わなかったのに」
「んぁー、そーだっけ、なかったっけ。覚えてねーや」
「・・・どうして教えてくれないの」
「教えるって、後で」
「今は話してくれないんだ。何で?・・・・・・・・・あたしが子供だから?」
「はぁ?・・・何それ」
「言ってたじゃないさっき。さっき来てた一年の子たちに、ガキの質問には答えられませんって。
・・・先生、あたしもあの子たちと同じだって思ってるんでしょ」
あたしが子供だから教えてくれないんでしょ。
そうつぶやいてから、首元を覆った先生の腕に顔を伏せてうなだれる。数秒前の自分を消してしまいたくなった。
だって、こんなひねくれた駄々をこねるあたしは、大人な先生の目にはどんなに子供っぽく映るだろう。
そう思ったら、閉じた瞼の裏にじわりと熱が滲んできた。
「・・・あーあーあー。何で泣きそうになってんの。ほんとやだ、お前」
「っ。・・・ひどい。やだとか言わないでよ。傷つくよ」
「つーか何。何でそーいう拗ねかたすんの。・・・あのさぁ。俺、もうのこと子供とか思ってねえし」
耳たぶに触れそうなくらいに唇を近づけて、先生は呆れたようにそう言った。ふー、と気だるげに伸びる長い溜め息が耳元で吐き出される。
「っとにさぁ、何なのお前。クラスじゃ澄まして優等生ヅラしてるくせによー、俺の前だとちっとも聞き分けねーよなぁ」
「・・・っ、」
まぁ、そーいうとこが意外っつーか。面白れーけど。
言いながら顎の下まで手を伸ばして、指先で肌をすうっと撫でてくる。
悪戯するみたいにそっと撫でられたから、熱くて変な感じが肌に湧いた。ぶる、と背中が震えてしまった。
それに気付いた先生は、ははっ、とちょっとだけ肩を揺らして笑って、
「なぁー。頼むわ。今日は帰って。・・・先生なー、こーいうことされっとマジで困るんだけどー」
「こ・・・、困っ、・・・て、」
困るって、何で。
そう訊きたかったのに、白衣の腕がセーラー服の胸元を撫でながら下がっていく。
どきっと心臓が弾んだ瞬間に、先生はあたしが座る回転椅子の背を掴んだ。
くる、と向きを変えられて、目に染みる強い煙草の香りと影が落ちた顔が目の前を覆った。ずり落ちかけた眼鏡のフレームが、
かちゃ、と音を立てて鼻先にぶつかってきて。
「んっ。・・・んん、」
かさついた唇が呼吸を奪う。ざらついた感触が唇の隙間を探しながら舐めて、
強引に入り込んできた。口の中を喉のほうまでこじ開けられて、驚いて引っ込めた舌をぬるついた熱さに
絡め取られる。先生があたしを深いところまで撫でて弄るたびに、くちゅくちゅと濡れてくぐもった音が鳴った。
「ん、ふぅ、く・・・っ」
「・・・・・あぁ。そーいや久しぶりじゃね。こーいうことすんの」
最近会ってなかったし。 唇を離して気だるげにつぶやいた先生が、あたしの脚の間に膝を立てて圧し掛かってくる。
重みをかけられた椅子の座面が、ぎいっ、と大きな音で軋む。椅子の背ごと抱きしめられた。
逃げようとして逸らした首に吸いつかれる。ざらついた舌の感触にちろちろと撫でられた。
肌を軽く甘噛みされる。きつく吸って赤い痕を残す、ひりついた痛みに肌を刺されて。
「・・・・っ。やぁ、せ・・・んっ」
首筋から胸。胸から腰。腰から太腿へ降りて、きつく閉じた内腿へ。
触れられると力が抜けてしまうような、柔らかいところばかりを撫で回される。声を我慢しようと唇を噛みしめるうちに、
いつのまにか目まで瞑っていた。しわしわの白衣と先生の体温で覆われた身体はどんどん熱を高めていく。
とくん、とくん、と震える心臓の音は、少しずつ、少しずつ速まっていく。でもここは国語科の準備室で、
いつ誰が入ってくるかわからない。気づいたら怖くなって肩が竦んで、結び目がだらしなく緩んでるネクタイをめちゃくちゃに引いた。
「やっ、あ、あたし。もぅ、帰る・・・っ」
「駄目ー。お前さぁ、口で言っても全然聞かねーんだもん。これ、お仕置きな」
「んっ、せ・・・んせ、・・・っ」
絡みついて蠢く舌の先が、上顎をゆっくり撫でていく。歯列に沿って縁取るみたいに舐め上げられると、背中にぞくぞくした感覚が生まれた。
腰を掴まれて身体を椅子から持ち上げられて、キスを続けたままで後ろに押された。
舌を吸われる息苦しさでふらついていた脚に、とん、と何かがぶつかった。行き止まりになったそこで先生に抱き上げられる。
床からふっと足先が離れた。スカート越しでお尻に当たる平らな感触は冷たくて硬い。机の上に乗せられたんだ。
「――。声、我慢して」
「え・・・、」
先生の腕がセーラー服の裾から入ってきた。
手や腕が直に肌に触れる感触にびっくりして目を開けたら、中に着ていたキャミソールごと制服を掴んで胸の上まで捲くられる。
ぱっと目に飛び込んできたレース付きのパウダーブルーのブラに、先生の大きな右手が触れた。
真上から降ってきた吐息が瞼に当たる。溜め息みたいなその熱は頬も掠めて、薄い煙草の匂いをあたしの肌にまとわりつかせた。
最近感じていなかった先生の匂いだ。こつん、とおでこをくっつけてきた先生が、はぁ、ともう一度息を吐く。
速くなってきた呼吸を無理して押さえているような息遣いに――喉の奥でもどかしさを我慢しているような息遣いにぞくっとした。
口許は笑っているのに目が笑っていない表情を戸惑いながら見上げるうちに、背筋がかすかに冷えて強張る。
学校では一度も見たことがない顔。誰にも内緒で通っているあの部屋でしか見たことがない、火照った目つきであたしを
眺める先生だった。白いレースの縁取りに触れた指の先が、ゆっくりと膨らみを押してくる――
「ま、まって」
「この時間なら誰も来ねーはずだけど。廊下に聞こえるとさすがにマズいし」
「や、やだっ。ねぇ待って、先生、・・・――っ!」
指先まで大きく広げた手のひらが、ブラの横や上辺の素肌も握ってやんわりと動く。下から持ち上げるような仕草で膨らみを包んで、
形が変わるくらいぎゅっと掴む。びくん、と背筋が跳ね上がった。もう少しで大きな声が漏れてしまいそうだった。
「せ。せんせぇ、ねぇ。も、帰る、から。ゃ、やめ、・・・・・あっ、」
ブラのワイヤーの下を潜って、がっしりして硬い手が滑り込んでくる。
あわててその手を押し返そうとしているうちにもう片方の手が背中に回って、ぷちん、とホックを外されてしまった。
膨らみを覆っていた布地をそのまま上に押し上げて、先生が肌に触れてくる。広げた指の強い感触や爪の硬さが、
柔らかいところに深く食い込む。
「ふぁ・・・、や、ゃだぁっ、先生・・・っ、」
「もぉ固くなってんじゃんここ。緊張してんの、学校だから」
「っ・・・!」
指と指の間に挟んだ胸の尖りを左右からきゅっと潰されて、それだけで声が出そうになった。
持ち上げた膨らみを手のひらにすっぽりと閉じ込められる。大きく回しながら捏ねられて、
「ぁん、やぁ、もぅ、はなしてっ」
「駄目。この程度じゃお仕置きになんねぇし」
「っ、やっ。やだ、先生、それ、や・・・――っ!」
指と指の間に挟まれた、ちいさく尖った先に先生は顔を寄せた。両手で口許を抑えて声をこらえるあたしの表情を
上目遣いに確かめながら、ちゅ、ときつく吸う刺激の強いキスを落とす。舌の先に乗せたそれを転がすようにちろちろと舐める。
ぐにゅ、と乱暴に掴んだもう片方の胸の先には、親指の爪先の硬さがつんと当たって、
「〜〜〜〜っっ・・・!」
胸から全身に痺れが回る。先生の身体を間に挟んで大きく開かされた脚の先まで、震えがびくびくと駆け抜ける。
先生の頭にしがみついたら跳ねた毛先にふわふわと肌をくすぐられて、んんっ…、と唇を噛みしめた。
お腹の奥をきゅうっと締めつけるおかしな熱のせいで、どこにも力が入らない。身体の熱さと恥ずかしさが収まりかけてから、
はぁ、はぁと息を弾ませて顔を上げると、
――先生はじっとこっちを見ていた。軽く目を細めて笑いながら眼鏡を外して、あたしに覆い被さろうとする。
机に手を突いてぐっと身体を倒してきた。
「今さぁ。イッた?」
「・・・っ。ち。ちが、」
「なんか今日感じやすくなってねぇ?俺に触られんのが久しぶりだから?」
――それとも、学校でヤってるから?
かあっと火照った耳に先生が近づく。荒れた吐息と一緒に、あたしの身体がもっと熱くなるような恥ずかしい言葉を注いできた。
顔が斜めに重なってきて、また唇を塞がれそうになる。後ろへ逃げたら腰がぐらりと傾いて、机に倒れそうになって。
右側に置かれていたプリントの束に腕がぶつかる。授業の資料らしいそれは隣の机まで広がって、ばさばさと先生の足元まで雪崩れ落ちた。
両側に本やファイルが積まれた狭い机の上だ。バランスがとれなくて仕方なくしがみついたら、
否応なしに大きく口を開かされた。ぐちゅりと押し込まれた舌が深く絡まってくる。スカートの中まで手が伸びてきて、下着の上から
当てられた指で遊ぶみたいに擦られる。指先があたしを探って動くたびに、白衣の腕を挟みつけた太腿がぶるぶると震えた。
「んぅ・・・・ん、く、・・・・ふ、・・・っ」
「ははっ。誰が子供だって?・・・こんなの、もう、・・・子供だとか思えねーんだけど」
「んっ。あ。やだぁ、そこ・・・っ」
「へぇ、嫌なんだここ。そんなえろい声出てんのに?」
先生の腕をきつく挟んだ太腿を左右に振って、もじもじと腰を揺らした。下着の上から擦ってくる指を拒もうとして後ずさる。
それでも先生の手は薄い布地を避けて滑り込んできた。くちゅ、とかすかな水音を鳴らしながら、熱くなったところに浅く潜る。
直に触れられたら刺激がさらに深くなって、声を我慢出来なくなった。ゆっくりと縦に往復する先生の指に蕩かされる。
自分のそこがどんなに感じやすくなっているのかを、とろりとした粘液を纏った熱い指の感触で教えられる。
やめて、と先生を拒んでいた小さな声は、途中から何の意味も成さない涙声に変わってしまった。
「なぁ、ここは。ここも嫌?」
からかうように訊かれて違う場所に違う刺激を与えられるたびに、小刻みに震えていた
腰や脚がびくびくと跳ねる。腰を揺らして指の動きを拒むことすら出来なくなって、
「ぁっ。せん、せっ、・・・・〜〜っ」
「すげー濡れてきたんだけど。全然嫌がってねぇじゃんお前」
「ち、ちが・・・!んっ、だめぇ、もぅ、あ、あ、ぁあっ、」
「俺の腕ぎゅーぎゅー締めつけちゃって、もっとして欲しそーだし?」
やだ、やだ、と震えた声で繰り返した。もう自分でもどうしたいのか判らなくなる。
やめてほしい。なのに身体は先生がすることを嫌がってなんていない。
先生の手も、舌や唇も、あたしを困らせることばかりしてくるのに。触れられただけで身体が疼いて、
何も言い返せなくなるようなところばかり弄って意地悪してくるのに。
「あ、ぁっ、んぅ・・・」
「・・・ー。そろそろ懲りた?悪りーけど俺、お前に関しては教師らしい道徳観念とか捨ててるからね。
これに懲りたら少しは大人の言うこと聞くよーに。判った?」
「〜〜・・・・・・・っ。い。いや・・・っ」
「・・・」
「せんせ・・・だって、子供、じゃない・・・。・・・ちょっと、脅し、たら、・・・何でも、思い通り、・・・なると。思って・・・っ」
涙で霞んだ目を薄く開けて、目の前の平然とした顔を睨みつける。抗議の意味を込めて先生の胸元を握ったら、
手首を手荒に掴まれる。ぐいっと白衣から引き剥がされた。 睫毛が触れそうな近さから、先生は無遠慮な視線を投げかけてくる。
あたしの強がりを見透かそうとしているような目つきだ。しばらくじっと眺めてから、ふーん、と愉快そうに口端を上げて笑う。
唇をこじ開けて喉奥に噛みつこうとするような、荒々しいキスに塞がれる。くちゅくちゅと唾液が混ざり合って喉に流れていく。
先生が撫でている舌の付け根が熱い。震える腰の奥が燃えそうに熱い。頭の芯がぼうっと霞んでくる。
きつく瞑った目の中が湧いてきた涙で滲んでいく。誰かが来たらどうしよう。ぼやけていく意識の隅では部屋の入口を
ずっと気にしていた。先生の手の内にある胸の奥でどきどきと高鳴っている心臓は、人目をこわがって竦んでいる。
――でも。それでも。 先生の手が貪欲にあたしを探ってる。先生が欲しがってる。
あたしの身体を満たしてじわじわと溢れ始めている熱を、もっと、もっとと欲しがってる。
この手の動きが伝えてくるものはそれだけ。生徒を戒めようとする先生の手じゃない。この手を動かしているのは、
あたしを欲しがってる男の人としての欲情だ。それを肌で感じていると、なぜか胸が心地良く高鳴った。なんだか不思議になってくる。
身体の中で膨らんでいる激しいものを我慢しているような先生の息遣いに、どこか倒錯した嬉しさを見つけようとしている自分が、
すごく、不思議で。
「〜〜〜・・・っ。・・・・・・・・ぃ、・・・・・・・、つ、き・・・っ」
(先生のうそつき。)
荒らされるままになって呂律も回らない口の奥で、途切れ途切れにつぶやいた。繋がれたときの感覚に似た、甘くてせつない痺れが身体の芯に生まれてくる。
心臓を竦ませていた怖さが少しずつ薄れていく。胸の中を渦巻いて一気に溢れ出す洪水みたいな、すごく強い感情がこみ上げてくる。
会いたいのに会えなかった間のさみしさとか。明日は来るなって電話で言われたときの、漠然とした不安とか。
来るなって言われたのにそれでも先生に会いたくて、膨れ上がって我慢できなくなってしまった気持ちとか。
全部が溶けて混ざり合って、全身が感情の渦で一杯になったら、なぜか子供みたいに無防備で素直な自分になれた。
どうしても先生に言いたかったことが――どうしても先生に伝えたかったことが、たったひとことだけ、ぽつんと心の底から
浮かび上がってくる。
・・・なんだ。
最後に残るのはこれだけだなんて。なんて単純。単純すぎるよ。
そう思ったらどうしようもなく泣きたくなって、全身が火照って、
誰かに見られるかもしれない怖さまで、嘘みたいにすぅっと薄れて消えていって――
「・・・っ。・・・・・・・・せ・・・せぇ、」
「んー。何、」
「ちが・・・の。ほんとは、・・・くるなって、言われた、理由、・・・か、どうでも・・・よく・・・て。
・・・・あいたかったの。すご・・く、あいたかったの。・・・・・せん、せ・・・に、」
「・・・・・」
もっと深く潜ろうとしていた指の動きが、不意に止まった。
先生は少し離れて、なぜかあたしを驚いたような目で眺めて。けれど、何も言わなかった。
聞き分けのない子供を宥めようとしているような、困ったような顔で眉を下げて笑う。
ん、と掠れた小声でつぶやいて、あたしの頬に優しく唇を落とした。それから、涙で濡れた瞼の端にも。
「・・・・・・、先生・・・?」
「っだよ、ったくよー・・・どーしてここでそーいう可愛いこと言うかねぇ、この子は」
胸から先生の手が離れる。脇の下まで寄せられたセーラー服の裾を掴んだ。
下へ引っ張ってあたしの胸を覆い隠すと、捲くれ上がったスカートもざっと撫で下ろして。ぽんぽん、と太腿を何度か叩いて。
「あのさーやめてくれる。やべーからやめてくれる、そーいうの」
「だって。言いたかったから。・・・言っちゃ、だめ?」
「駄目。俺が煽られるから駄目」
今まではを脅すつもりでやってたけど、こっから先は本格的に淫行教師だから。
そう言って自嘲気味に笑う先生の眉が、せつなげに曇る。苦しそうなその表情を眺めていたら、
胸の奥がきゅうっと縮んで熱くなった。
「いいよ。・・・す。少し。なら・・・」
「バーカ、だめだって。もう俺、途中でやめるとか出来ねーから。無理だから」
「・・・・・・・・・でも。」
「・・・。だめだって」
苦笑いに表情を歪めてつぶやいた瞬間の息遣いは、荒くて、苦しそうで。それがなんだかすごく嬉しい。
先生の体温と少しかさついた優しい感触が頬に残っていて、そこからじわじわと身体の内側に染みていく。
怖さで竦んでいた心臓まで浸透してくる。自分でも理解できない甘くて熱い感情が、先生のキスや言葉で蕩け始めた
胸の中からせり上がってくる。
「・・・・・・・・あのなー。」
「うん・・・?」
先生がじっと目を見つめてくるから、あたしも顔を近づける。どうしたの、と目で尋ねた。
「・・・知ったって動揺させるだけだしな。お前には見せるつもりなかったけど」
そう言った先生の手が白衣のポケットに潜る。中から取り出した小さな紙で、あたしの目の前を塞いだ。
それは写真で、見覚えがあるショッピングモールの人混みが写っていた。先月に先生と行った場所だ。
先生、どうしてこんな写真を持ってるんだろう。不思議に思いながらじっと見つめたら、ほら、と写真の左隅を指されて。
「わかる?すみっこにちっさく写ってんだろー俺達」
「・・・!」
「先月お前と行ったじゃん、そのショッピングモール。そん時に撮られたんだよなー、二人で歩いてるとこを。さっき来てた一年に」
「うそ。・・・」
雑に扱われてくしゃくしゃになった写真を呆然と見つめる。
折れ目がついた角をいつのまにか握り締めていた手が、少しずつ、かすかに震えてきた。
「あー平気平気、二人とも後ろ姿だから。まぁ、俺は後ろ姿でも髪の色だけでバレちまったけど」
「でも。・・・あ。あたし。隣に。写ってる」
「平気だって遠いから。昨日は職員室で教師全員見てたけど、誰もこれがお前だって気付いてねーから。撮った奴も、
周りが混んでたから顔までは見てねーって言ってたし」
「・・・・・っ」
「はいはい返して。これはの心臓に悪りーから、没収な」
上から写真を掴んだ先生の手が、すっとあたしの手から抜き取っていく。
肩から力ががくりと抜けた。膝に力が入らなくなった。頭がふらふらする。貧血になった時みたい。
「んな青い顔すんなって。何もバレてねーし、大丈夫だから」
「先生。先生が学校に来ちゃだめって言ってた理由って・・・」
「まぁそーいうことだわ。こーいうもんが出回ると周りの目が煩くなるからしばらく用心しねーとな」
「・・・・・・あたしがこの写真のこと知ったら動揺するって思った?だから教えてくれなかったの?」
「まーな。一応、担任としての責任もあるっつーか。受験直前で神経過敏になってる生徒を動揺させたらまずいんじゃねーの、ってことで」
「・・・あたしもう受験生じゃないよ。もう受かってるし。・・・ていうか先生、過保護すぎ」
「んー。だよなー。そーなんだけどなー」
「電話で教えてくれたらよかったのに・・・」
「んー。・・・・・・・・そーだな。ごめんな」
「・・・・・どうして?」
「あぁ?」
「どうして先生、謝るの・・・?」
謝ってもらうようなことなんて、ないよ。
恨めしげに見上げてそう言うと、先生は、んー、と唸って斜め上に目を逸らす。ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、
何かむず痒そうに眉を顰めて。
「どーしてって、・・・・・色々とな。教師のくせに生徒に手ぇ出してごめんとか。
に我慢ばっかさせてごめんとか。写真撮られたこと黙ってて、却って不安にさせてごめんとか」
「・・・そんなことで謝られたくない。自分だけ悪いみたいに言わないで」
――先生じゃない。先生は悪くない。告白したあの日、先生はあたしの前で最後まで教師としての態度を通そうとしていた。
あの時にあたしが先生を無理に押し切ったから、先生はこんなふうに悩まされてるのに。そんなことを
話したら、ちょっと険しかった先生の目元が笑いで緩む。黙って髪を撫でてくれた。
「お前は悪かねーよ。内緒で付き合ったらどーなるか薄々判ってたくせに、女子高生にほだされちまった俺が全部悪りーの」
「違うよ。・・・そんなことないよ」
「いやいや、あるって。俺のほうが大人なんだから当然背負うべきだろ、大人が取るべき責任ってもんを」
言いながら先生は腕を伸ばしてきた。背中まで回った腕に引き寄せられて、机から腰が落ちそうになる。
抱きしめられた頭が先生の腕に埋もれて、顔が白衣の胸元に押しつけられる。背中を支えるようにして抱いた腕に
ぎゅっと力を籠められたら、先生に身体を包まれてる温かさと心強さが気持ちよくて何も言えなくなってしまう。
「・・・頭ではどれも判ってんだけどな。普通に二人で出歩いただけでこーいうことが起こり得るんだとか。
あんまり一緒にいてやれねーから、を不安にさせちまうだろーなとか。親にも言えねーようなことやってんだから、
お前は嫌でも周りの奴等全員騙さなきゃいけなくなるよな、とか」
高校生のにそこまで負担かけて、心細い思いさせてんだよ俺は。そりゃあ謝りたくもなるって。
肩の上あたりで失笑混じりに囁かれて、口をつぐんでうつむいた。黙って煙草の香りがする胸にもたれる。
かすかな先生の心音が伝わってくる。その音に耳を傾けながら、白衣の背中に手を伸ばした。
――知らなかった。先生、そこまで考えてくれてるんだ。そう思ったら、それだけで嬉しい。
だけど、先生の言葉の全部を素直には受け取れなかった。だって悔しい。大人の責任、なんて言われたら、
やっぱり子供扱いしてるじゃない、って拗ねたくなる。ぷいっと顔を背けたら、先生はあたしの髪をくいくい引いた。
「ちょ、何。そーやって拗ねられるとすげー気になるんだけど」
「・・・・・。また子供扱いされた」
「っだよ、またそれ?違うって、さっきも言ったじゃん。もう俺、お前のこと子供だなんて思ってねーし」
背中を支えてくれた手がゆっくり下がっていく。あたしの身体を確かめるみたいに、制服の上から撫で下ろした。
撫でられた感触のせいで腰に残っていた熱が疼く。ぞくり、と背中や首筋に震えが巡る。あ、と小さな声が漏れてしまった。
そういう自分が恥ずかしくて肩を竦めてうつむいたら、先生は身体を屈めて近寄ってきて。
「あのな。さっきはお仕置きだとか言ったけど。あれな、半分嘘だわ」
「・・・・・・・半分、だけ?」
「んぁー、・・・まーな。実は胸とか触ったあたりからそんなんすっかり忘れかけてたけどな。
そこは教師の体面ってもんを考慮して、半分ってことにしといてくれる」
「ふふっ。なにそれ」
先生にも教師の体面なんてあったんだ。この学校のどの先生よりも、教師らしくない見た目してるのに。
可笑しくなって笑っていたら、くい、と顎を押し上げられる。上向いた顔に先生が重なってくる。唇を強く押しつけられた。
「ん。っぅ、・・・ふ・・・・・」
「。会いたかった」
わずかに離れた唇にそう囁かれたのと同時に、最初にしたキスみたいな、強引で息苦しくて長いキスがはじまる。
入り込んできた先生に深く舌を絡められて、上顎を舌先になぞられて。
腰を抱いた左の腕に、さらに身体を引き寄せられる。いつのまにかセーラー服の中に大きな手が滑り込んできている。
ブラが外れたままの胸の膨らみをふわりと柔らかく握られたら、はぁ、と甘えた高い声がこぼれた。
優しく触れられる気持ちよさのせいで、じわじわと身体が熱くなる。肩や背中の力が緩んでいく。
目の奥に自然と湧き上がって瞼の縁からこぼれ落ちそうになっていた涙のしずくみたいに、唇からぽろりと自然に言葉が漏れた。
すき。先生。すき。
口の中でつぶやいたその声が届いたのか、先生はなぜか急に動きを止めて。
「あーあー・・・ほんっとやだ、お前」
酷いことを独り言みたいにぼそりと漏らした。どうしたの、と首を傾げる仕草で問いかけたら、苦笑いで表情を崩す。
こん、とおでこを打ちつけられた。
「・・・何なのお前。もう帰れとか言えねーじゃん。つーか、むしろ今日は家に帰したくねーっていうかー、・・・」
普段は呆れるくらいに滑りがいい先生の口は、不自然に言葉を途切れさせた。少し顔を離して、わずかに火照った目と見つめ合う。
お互いの瞳にはきっと同じ思いが映っていたんだろう。どちらからともなく顔を重ねて、どちらからともなく抱き合った。
ごめん。
低く抑えた影のある声で言われたから、うん、と声を出さずに頷き返す。
今は少しだけ解るようになったから。喉が詰まって声が掠れ気味になるこの言葉を、先生がどんな思いで口にしているのかを。
最初は啄ばむようにして軽く触れてきたキスは、何度も繰り返し触れるうちにだんだん深くなっていく。
二人で同じことに夢中で耽った。ここが学校だとか、誰かに見られるかもしれないとか、そういう不安なんて全部忘れそうになるくらいに
夢中で耽る。会えなかった間の隙間を夢中で埋めていく。重なり合って混ざり合って、同調していく。
そんな感覚がこんなに甘くて、息苦しいくらいせつなくて。こんなに嬉しく思えるのは、
――たぶん、会えなかった間の先生とあたしの思いが、すごくよく似ていたから。
お互いに会いたくて仕方なかったんだって、唇を重ねただけで判るから。
「・・・なぁ。これってさぁ。教師失格じゃね」
「うん・・・?」
「すっかり毒されてねぇ?女子高生のひたむきさと勢いに」
溜め息を吐きながらそう言った表情は、どこか情けなさそうで、もどかしそうで、
大人の男の人なのに可愛かった。可笑しくなってくすくす笑っていると、
先生の両手が頬を挟んだ。あたしを一瞬で引き寄せる。
息苦しさが呼吸を奪う。、と重ねた唇が呼んでくれた名前の響きが、深くもつれ合った舌に絡んで伝っていく。
喉へ流れ落ちていく。ただそれだけのことで、一人で抱えていた不安もさみしさも、まるで違うものに変わっていく。
まるで蜜のように甘くなる。心地良く身体を痺れさせる、強くて甘い毒になる。とても不自由な恋人どうしになった
先生とあたしは、誰にも言えない秘密の重さを、その癖になる甘さで紛らわせてる。甘さに酔って中毒になっているみたいに、
待ち遠しくて仕方がない春が来るまで、同じ思いを繰り返す。誰にも言えない不自由な恋は続く。今はこうして抱き合っていられるけれど、
離れたらすぐにさみしくなる。不安になるって、わかってる。
――だけど。だけどね。先生。それでもいいよ。
それでも先生と一緒にいられるなら。先生があたしを欲しがってくれるなら。
喉を焼く猛毒のような熱を残しながら流れ落ちていくこの甘さを、ふたりで一緒に飲み込めるなら。
|