廊下をぱたぱた走って、新八くんや神楽ちゃんとすれ違いで台所に飛び込んで、
ケーキのお皿をシンクにぶつけるみたいにがちゃんと置く。思いきり蛇口を捻ったら、じゃーっ、と
勢いよく水が溢れ出す。食器に当たって飛沫がぱしゃぱしゃと飛び散る。そのまま立ち尽くして、食べかけのケーキが
お水に溺れていくところをぼーっと見つめた。
ぼろぼろになったケーキがシンクに流れていく。それを見ているうちにあることを思い出して、水を止めて。
台所の隅の旧式な冷蔵庫の前まで、まだ呆然から抜け出せていない足取りでふらふら歩いていった。
・・・・・・・わかんない。どうしてあたし、逃げちゃったんだろう。
月詠さんが言おうとしていたことはなんとなくわかる。たぶん、「あたしと銀ちゃんがどういう関係なのか」
それをあの人は知りたかったんだ。
「どーして言えないんだろ。・・・付き合ってます、って」
言ったってよかったはずだ。あたしからそう言ったって、銀ちゃんは咎めたりしないだろう。
でも言えなかった。月詠さんと向かい合ってた短い沈黙の間、あたしの中ではもやもやした嫉妬や劣等感が
ぐるぐる渦巻いていた。この人のほうがあたしなんかより銀ちゃんにはお似合いなんじゃないか、とか。
あたしが銀ちゃんの彼女です、って言っても、この人やさっちゃんさんは認めてくれないんじゃないか、とか。
そういうもやもやした嫌な気持ちが、あそこからあたしを追い立てたんだ。
そっか。あたしって――あたしって、自分で思ってた以上にずっと、自分に自信がないんだ。
だからあの人たちに向かっていけない。「銀ちゃんと付き合ってます」って堂々と胸を張れない。
自分の前であの人たちと親しげに話す銀ちゃんにむっとしたり。一人でいじけてすみっこに隠れて、
勝手に嫌な気持ちになって。話しかけてきてくれた人を拒んで、逃げ出したりして――。
・・・何やってんだってかんじだよね。
これじゃ我儘な子供じゃん。ていうか、かんじの悪いいやな子だったよね、あたし。
銀ちゃんは別に何も気にしてなさそうだったけど。・・・でも。だけど。心の中では銀ちゃんも、あたしに呆れてたんじゃないのかな。
目の前の冷蔵庫の、上段の扉。ちいさめな冷凍庫のドアに手を伸ばす。
固くて冷たいそこに触れたら、ちょっとだけ泣きたくなってきた。
だめだめ、だめだよ、今は泣いてる場合じゃないんだから。これからみんなで忘年会、
こんなところで空気も読まずに泣き出しちゃう子なんて、
「・・・それこそ銀ちゃんの彼女失格じゃん。」
冷凍庫に向かってぽつりとつぶやく。
ふぅ、と大きく、胸の中から息を吐く。唇を噛みしめて我慢して、ぼんやり滲んだ涙で熱くなってる目元をぎゅっと押さえる。
「・・・、よしっ!」なんて、自分で自分に掛け声をかけて気合いを入れて、表情が不自然に見えませんように、と祈りながら
くるりと後ろに振り向いたら、
「ぁにやってんのお前。冷蔵庫に向かって百面相?」
「っっっ!!」
振り返ったすぐ目の前、そこにはすっとぼけた半目であたしを見下ろしている銀ちゃんが。
あんまり近すぎて、驚きすぎて肩が飛び上がってしまった。てゆうか銀ちゃん、いつのまに!?物音どころか気配すらなかったし!!
「なっ、びっっ、びっくりするじゃん!声掛けてよっ」
「びっくりしたのはこっちだっつーの。いつまで待っても来ねーから何やってんのかと思ったらよー、お前、・・・・・」
言いかけた銀ちゃんは妙に複雑そうな顔になる。何か考え込んで腕を組んで、いつもはだらけきってる口許を、んー、と一直線に引き結んで唸った。
と思ったら急にあたしの手を引っ掴んで、
「ま、いーわ。とにかく来いや、あいつら待たせてっから」
「っっ。え、ちょ、ぎ、銀ちゃ、っ」
「はいはい、いーからいーから、行こーぜ玄関」
よくないよ、何もよくないよ!だって玄関には、みんな待ってるんでしょ!?
引っ張られる間もあわてふためいて手を振り払おうとしたけど、相手は非常識なまでに馬鹿力で押しの強い銀ちゃんだ。
あたしはみるみるうちに玄関先まで連れ出されて、いつまでたっても出て来ない小娘一人に
待ちぼうけさせられていた全員としっかりご対面させられてしまった。
ああぁっ、気まずい。銀ちゃんは何を考えてるんだか、がっちりと手を握ったままだ。居間にいた女の人たち、四人全員の――
特にさっちゃんさんの怨念たっぷりな視線ときたら痛すぎる、手にも胃にも穴が空きそう!
「あのよーばーさん」
「なんだい、金なら貸さないよ」
「うっせーないらねーよ、今月は仕事多かったからうちの家計も潤ってんだよ!」
ふてくされた顔して銀ちゃんが食ってかかって、お登勢さんが、ははは、とからかうように嘲笑う。
「ったく、顔合わせりゃカネカネ言いやがってこのごーつくババア」なんて憎まれ口を叩きながら、銀ちゃんはなぜかあたしを引き寄せた。
ぽんっと肩に腕が乗る。伸ばした銀ちゃんの手の先が、身体ごと支えるようにしてあたしの肩口をしっかり抱いて。へらっと笑って、銀ちゃんは言った。
「やっぱ俺、今日は行かねー。行くとこいつが拗ねるから」
「・・・・・!」
「てーことでばーさん、ガキども頼むわ」
「ぎ、銀ちゃんっ。いいよあたし、一緒に」
「あー、新八、神楽?お前ら少しは気ぃ使えよ空気読めよ。間違っても日付変わる前に帰ってきて俺のクリスマス
最大のお楽しみをぶち壊す、なんてこたーするんじゃねーぞ。いいな、おおいに忘年会を楽しんで来い」
びしっと指を差して言い渡された神楽ちゃんと新八くんは、なぜか二人で顔を見合わせて、げらげらとお腹を抱えて笑い転げた。
わなわなと口を震わせて絶句していたさっちゃんさんはあたしに詰め寄ろうとしたみたいだけど、
左から九兵衛さん、右から月詠さんが飛びついて抑えて、さらにお妙さんが口を塞いでしまった。
四人はそのままひと固まりになって出て行って、外からはさっちゃんさんがうめいてるような声がして。
その間ずっと、お登勢さんは何かものすごく珍しいものでも見たような顔で銀ちゃんに目を見張ってた。
それから突然、ふふっ、と表情を緩めて笑い出して。
「ああいいよ。酒癖の悪い奴が一人減れば、そのぶんこっちもゆっくり呑めるってもんさ」
そう言って銀ちゃんを見上げると、すっと笑顔を消して言い聞かせた。
「けど銀時、神楽の飲み食い代は後で請求するからね。年末のどさくさに紛らせて踏み倒そうなんて考えるんじゃないよ」
「ちっ、っだよ奢ってくんねーのかよババア」
「当たり前だろ。さあ行こうかあんたたち、いい年こいてババアにたかる穀潰しのこたぁ忘れてぱーっと騒ぐよ」
お登勢さんが楽しそうに宣言する。みんなが扉を閉めて階段を降りていくまで、あたしはひたすらにぽかんとさせられっ放しだった。
・・・・・・・・・・・・何これ。
口を挟む隙すらなかったよ。驚いてあっけにとられているうちに、全部がとんとん拍子で決まっていって、
あっというまに誰もいなくなっちゃった。
・・・でも本当にいいのかな、これで。
「いいの?」
「ん。何が」
「・・・だって。みんな行っちゃったよ。銀ちゃん大勢でわいわい飲むの好きでしょ。・・・あたしのことは気にしなくてよかったのに」
「はぁ?嘘つけ。ほんとはめちゃめちゃ気にしてほしかったくせによー」
「・・・・・!!」
ぱくぱくと口が空回る。な、ななな、なっ、とどもっているうちに、あたしは耳まで真っ赤になってしまった。
にんまりと口端を吊り上げた銀ちゃんが、意地悪な表情で目を細める。
ふーん、とおかしそうにつぶやいて、覗き込むみたいに顔を近づけてきた。
「〜〜っ、なにその顔ぉっっ、やなかんじ!ちょ、見るなぁっ、見ないでよっ」
「うぁーなにその顔ぉ、真っ赤なんですけどー。なにお前、まさか台所で酒呑んでたの」
「ちっ、ちが、・・・・・・・〜〜〜〜っっっ、」
「あーはいはい、冗談だって。お前ってこーいうとこ、っとに素直な」
「わ、悪い!?」
「いーや別にぃ。いーんじゃねーの別にぃ。まぁそこまで可愛い反応されっと、こーいうことはしたくなるけど」
「っ!」
何の遠慮もない両腕ががしっとあたしを背中から抱きしめて、そのまま自分に引き寄せる。
銀ちゃんの匂いとあったかさに身体が包まれて、一瞬だけふにゃっと腰が砕けそうになった。
だけどそのすぐ後で大事なことに気付いて、頭の中が真っ白になる。ちょ、だって!
いくら家の中とはいえ、ここはだめでしょここは!!
「ひ、や、ぁ、ちょ、〜〜〜、やだぁぁ、ここ、げ、玄関だよ!?誰か来たらどーするのっっ」
「あ〜あ〜〜、なんなの、なにこの子ぉぉ。ほんっっとにお前ってよー、俺のこと好きな?」
「〜〜っ!!」
「さっきだってよー、顔に書いてあったぜ?他の女と仲良くしないでー、とかぁ。
銀ちゃん行かないでー、とかぁ、放っとかれてさみしい、とかぁ。
あとー、さみしーから今すぐ抱いてー、とかぁ?ケーキじゃなくてあたしを食べてぇ、とかぁ」
「そんなことまで思ってなぁいいぃっっ!」
いかにもやらしいことを考えてそうな緩んだ顔でにやにやしながら言うから、こっちは死ぬほど恥ずかしい。
しかも図々しくって自分勝手な動きの大きな手が、お尻に向かってそろそろーっと伸びてきている。
ああもう誰かっっ、助けて!!・・・なんて心の中で叫んだって、万事屋に居るのはすでにあたしたちだけだ。
「ち、ちがっ・・・!ばかあっ、その手っ、やめてえ!」
「いやいやいや、気付くって、あれは誰でも気付くって。台所で振り向いた瞬間なんて
今にも泣きそうだったし。「声掛けてよっ」とか言って怒ってんのに、目がうるうるだったしぃ」
すっかり機嫌がよくなったらしい銀ちゃんは顔を頭の横にすりすりしてくるし、腰のところを抱いた腕にむぎゅっと力を籠めてくるしで
すっかりやりたい放題だ。
誰の助けも期待できないあたしはじたばたと、暴れに暴れた。どうにかして銀ちゃんの腕から脱出しようとしたんだけど、
「いやいや、あれはねーわ、あれは。んな顔されっと銀さんどこにも行きたくなくなっちまうじゃねーかよぉ」
「そんなこと頼んでないぃ!・・・ってちょっと銀ちゃんっ、聞いてる!?」
「まーな、別に忘年会ったってただの宴会だし、どいつのツラも見飽きてっし。つーかよー、むしろ行きたくなかったからね俺。
あいつらやババアのツラ見てっと去年の年末のロクでもねーこと思い出しちまうからぁ・・・」
「・・・?」
銀ちゃんのふとした表情が気になって、暴れるのをやめて斜め上の顔に見入る。
「去年の年末」そう言った時の銀ちゃんの目ときたら、まるで生気を全部吸い取られた人みたいな遠くて荒んだ目だった。…いったい何があったんだろう。
「けどよー。何、ほら、あれだわ。・・・あいつらとは、いつかは引き合わせよーと思ってたし。
なんかババアが女ども集めて忘年会やるっつーからぁ。んじゃ、いい機会じゃねーの、とかぁ・・・」
頬をぽりぽり掻きながらもそもそっと、言い訳しているみたいにもどかしそうにつぶやいていた。
どうしたんだろ銀ちゃん。・・・あ、もしかして。あの人たちのことを話すのが照れ臭いのかなぁ。
さっきまでは逃げようと必死だったのに、あたしはいつのまにか身体から力を抜いていた。まだ何かもどかしそうな様子をしてる
銀ちゃんを、ぽかんと見上げる。ふふっ、と思わず笑ってしまう。こういう銀ちゃんって見慣れないから面白い。
「まぁな、どーせ年明けにでも、ババアが新年会やるとか言い出すだろうしよ。そん時にでもまた改めて、お前のこと紹介すっから」
「・・・ううん。いいよ。今度会ったらあたしから声掛けてみるよ」
「へ。いーの?え、何で」
「いいよ。だって。・・・さっき、銀ちゃんがここに残るって言ってくれた時ね。みんなに悪いなって思ったけど、でも、
・・・すごく嬉しかったから」
「・・・・・・・・、」
「だからもういいの。さっきのあれだけでいい」
まだ「彼女」だって紹介してもらったわけじゃない。
でも、さっきのあれだけで判ったから。
あたしに向けてくれる銀ちゃんの気持ちが。
あたしのことをいつも気にかけて、見ていないようでちゃんと見ててくれてるんだなってことがわかったから。
銀ちゃんらしい態度と言葉で、あたしにも、みんなにも、きちんと教えてくれたから。
・・・それと。これはあたしの自惚れなのかもしれないけど。
あたしはあたしが知らないうちに、意外と過保護な銀ちゃんにしっかり護ってもらってたんだなぁ、…ってこともよくわかったし。
「・・・それにしてもさ。なんかすごいよね、銀ちゃんの回りの女の人って。嵐みたいな人たち、だね」
「まーな。けどお前もそのうち慣れんだろ」
「・・・、慣れてほしい?」
「んぁー。・・・まぁ、」
こっちをちろっと眺めてから天井に視線を流して、ふわふわした白い頭を掻きながら銀ちゃんは答えた。
「ケーキ作れるよ」ってあたしが答えたときと同じような反応。一見、どっちつかずな反応だ。けど、よく見ると、
いつもどおりにすっとぼけてるようにしか見えない銀ちゃんの表情には、――ほんのちょっと。ほんのちょっとした、
期待や嬉しさが籠ってるような気がする。
「そうだよね。・・・うん。みんな銀ちゃんの大事なお友達、だもんね」
ちょっと気まずそうな、でも、なんとなく嬉しそうにも見えるような。
そういう銀ちゃんを見上げていたらなんだかあたしまで嬉しくなって。胸の中まであったかくなってくる。
完全拒否だったさっちゃんさん。微妙な反応だった月詠さん。あの人たちに、銀ちゃんのおまけとしてのあたしを受け容れてもらえるかはわからない。
もし銀ちゃんに、今すぐにあの人たちに慣れてくれ、って言われたら、・・・それはあたしもちょっと困るし、無理っぽい。
でも。いつかあの中に笑って混ざれるといいな。ちょっとこわそうだけどそれぞれに魅力的な、あの人たちの輪の中に。
ほんの隙間みたいなすみっこでもいいな。もしそうなれたら、何より銀ちゃんが喜んでくれそうだし。
銀ちゃんが喜んでくれるなら、あたしだって嬉しい。だからなんだってしてあげたくなっちゃう。
・・・まぁ、こんなこと言ったら図々しい銀ちゃんは絶対に天狗になるから、
心の中に鍵をかけて黙っておくけど。絶対絶対、言わないけど。
「で、何なの。何か入ってんだろ、あの中に」
「は?・・・なに、あの中って」
「とぼけねーで出せって。冷凍庫だよ冷凍庫。
あの中に何か入ってんだろぉ?お前さぁ、俺が声掛けるまでずーっと冷凍庫とにらめっこしてたじゃん」
「・・・!」
言われてようやく思い出した。そうだ、あれ、あれを忘れてた!
銀ちゃんの腕をあたふたしながら振り払って、ぱたぱたと廊下を駆け抜ける。
台所に飛び込む直前に、後ろから銀ちゃんの声が追いかけてきた。
「ぇえええええ、ちょ、もー少しいちゃいちゃさせてくれたっていーじゃねーかよぉぉ」
なんだか情けなさそうな、ちょっと面白くなさそうな声だった。
「いやケーキって。手作りってことは普通のケーキだろぉ?」
がさごそと引っ張り出されたばかりのケーキの箱は、流しの端っこに据えられた。
あたしが冷凍庫から箱を出すところをしばらく眺めていた銀ちゃんは
「・・・や、うそ、これ、もしかして手作り?ぇええ、マジで!?」と目を見張って、なんだか嬉しそうな様子で驚いていた。
よかった、喜んでもらえた。あの反応だけでもうかなり満足かも。だって今、目的の半分は果たした気分になっちゃってるもん。
気を抜くと嬉しさでふにゃあっと緩んでしまいそうなほっぺたに気をつけながら、箱の横にある爪を抜く。すると銀ちゃんが
横から口を挟んできて、
「いくら出しづれーからってよー、アイスケーキでもねーもんを何でんなとこに入れてんの」
「だって冷蔵庫は他のケーキで一杯で。入らなかったんだもん・・・」
「いやぁ、だからって冷凍庫はねーだろ、・・・って、うぉっ、何これっっすっげーじゃん!」
予想以上に本格的なんですけど!?
まるで初恋の人にでも再会したような感動でいっぱいの銀ちゃんの目が、不必要なまでにきらめいてる。
そうかなぁ、そこまで感動してもらえるようなケーキかなぁ。蓋を開けたら顔を出したあたしの手作りクリスマスケーキは、
どこのお店でも買えそうな、これといって特徴のない、いちごと生クリームのホールケーキ。
上には絞り出した生クリームと真っ赤ないちごが丸く並んでいて、真ん中にはチョコのプレート。
その横には砂糖菓子のサンタさんが立っている。冷凍庫にずっと入れてたおかげで、
作った時にはパステルカラーだったサンタさんは全身に霜が。今やほとんど真っ白、まるで頭から雪を被ったみたいだ。
「あーあーあー、っだよもぉ、ほらぁもう凍ってんじゃん。このサンタなんかコチコチだわ、ほぼ氷だわ」
「だめかなぁ。もう食べられない、かなぁ・・・」
「んー、食えねーこたぁねーんだけどぉ、」
ちいさなサンタさんをこつこつ突いてた銀ちゃんが、生クリームを指先でひょいと掬い上げる。
長い人差し指をぱくりと咥えて、んー、と唸りながら眉をひそめる。
もう一度生クリームを掬い取ると、ほら、と今度はあたしにその指を咥えさせた。冷えすぎて固まった生クリームが口の中でとろりと解けて、
固い感触の銀ちゃんの指先が舌を撫でるみたいにしてクリームを塗りつけて、すっ、と口の中から抜け出ていく。
・・・こういうことされるとすごく恥ずかしいんだけどな。
自然と顔が赤くなってくる。銀ちゃんをまっすぐ見れなくなる。
もっと恥ずかしくなったあたしは、もじもじしながら銀ちゃんから離れた。
「クリームも何もガッチガチだし。味うっすい。てか、甘くねーアイスみてー」
「・・・ごめんね銀ちゃん。無理して冷蔵庫に突っ込めばよかったよ・・・」
「はいはい、もぉいーって、このくれーで落ち込まねーの」
ここに出しときゃそのうち溶けて食えるよーになんだろ。
言いながら銀ちゃんがぽんと頭に手を置いて、大丈夫だって、と髪を撫でて慰めてくれた。
撫でているうちになぜか腰を屈める。目線の高さが同じになって、顔がすっと寄ってきて。こっちに重なってくる
銀ちゃんの気配や息遣いがどんどん近くなってきて、どきん、と心臓が強く跳ねた。
「・・・・・・、っ」
「ところでよー、ー。銀さん今、ケーキより他のもんが食いてーんだけどぉ」
おねだりするみたいにそう言った唇がほっぺたに軽く触れて、冷たかった肌がふわっとあったかくなる。顔をずらした銀ちゃんの唇が、斜めにあたしに押しつけられる。
舌先が閉じた唇の隙間をやわらかく押して、ちゅ、と音を立てて、ゆっくり離れて。
少し顔を離して、息を詰めているような表情で見つめてきた。
黙ってあたしの腰に腕を回しながら、まぶしそうに目を細める。
なんだか気だるそうな、ちょっと困っているような笑みが口許に浮かんで。
「手作りケーキもすげーうまそうだし食いてーんだけど。こっちもすげぇうまそうで、食いたくってたまんねーんだけど。・・・なぁ、だめ?」
腰に回された腕があたしを引き寄せて、自分の胸にぎゅっと押しつける。
全身が銀ちゃんの体温に包まれる。顔を強く押しつけられてるからちょっと息が苦しい。
どく、どく、どく。胸と胸を通して伝わる銀ちゃんの心臓の響き。その響きを感じていたらすごく安心して、
狭くてごつごつした銀ちゃんの腕の中が気持ちよくって、思わず顔がほころんじゃうくらい嬉しくなる。
黙って抱きしめられていたら、そのうちにあたしの心臓までとくとくと、銀ちゃんの響きに同調して。心地良い響きで弾み出した。
はぁ、と熱くて短い吐息が落ちてきて、おでこをふうっと掠めていく。
「・・・なぁ。どーなの。食べていい?」
ちょっとひそめた、もどかしそうな銀ちゃんの声が、身体の中に生まれはじめた熱と一緒に耳の奥までじわぁっと広がる。
「・・・・・・。ねぇ、あれ。あのケーキ。溶けたら食べてくれる?」
「食べる。絶対食う。全部食うって。けど今は、」
お前が先な。
あたしの耳を食べようとしてるみたいに、唇をぴったりくっつけて銀ちゃんは言った。
ほしがってるときの銀ちゃんの唇は、息遣いはなんだか切羽詰まってるくせに、
あたしの頭の中まで蕩けさせてしまいそうなあまい言葉ばかりを寄せてくる。
目を閉じて耳だけで感じていると、気持ちよくて全身の力が抜けていってしまう。
こうやってひょいっと抱き上げられて銀ちゃんの部屋までお持ち帰りされても、文句なんて何も言えなくなっちゃう。それってなんだか、
あたしがうまく銀ちゃんのてのひらの上で操られてるだけみたいな気もする。だからたまに、ちょっと拗ねたくなるんだけど。
――でも。心を籠めて作ったケーキを、大好きなひとに美味しく食べてもらうためだもん。
銀ちゃんのクリスマス最大のお楽しみに、ちょっとくらいなら付き合ってあげてもいいよ。
そんなことを思いながら、目の前のふわふわした白っぽい癖っ毛に顔を埋める。両腕を首に巻きつけて、心の中ではどきどきしながらきつく抱きしめてみる。
あたしの甘えた仕草が気に入ったらしい銀ちゃんは、ははっ、と低めた声で楽しそうに笑って。頭の天辺にちょっと触れるだけの、優しいキスをしてくれた。