腰を押しつけられる。さっきまでよりもはりつめて、固くなった熱い感触に圧される。
先端がぐにゅっと滑る。それだけで痛みがぴりっと突き抜けた。はいってくる。もう何も覆うもののないあたしの、そこに、――
「ほら。我慢、できなく。なっちまった、・・・んっ、」
苦しそうに喘ぎながら、はいってくる。銀ちゃんが。あたしを壊そうとしてる。
っっ、と唇を噛みしめて、全身を強張らせてこらえる。動けない。声も出ない。出てくるのは、固く閉じたはずのまぶたの隙間からぼろぼろ溢れてくる涙。
押し込まれた途端に早くなって乱れた呼吸。言葉にはなれずに甲高い嗚咽に変わっていった声。背中にぶわっと湧いた汗が、
しずくに変わって、ぐちゃぐちゃに揉まれたシーツに伝って。
「、なぁ。わかる?・・・ん中に。入ってくだろ。俺の、」
「ぁ、い、っっ」
ぐ、ぐ、ぐっ、と少しずつ圧される。深く沈めていく。銀ちゃんが少しずつ身体をずらして、覆い被さってくる。
あたしを広げた腕の中に閉じ籠めながら。壊そうとする。はいってくる。痛い。痛いよ。お腹の中が重たさと固い異物感に占められて、無理やり奥まで広げられていく。
圧されると擦れる。ひりひりする。めりめり音がしそうに裂ける。
ふぇぇ、と泣き声を上げて銀ちゃんの首にしがみついた。あたしの全身がわめいていることを――叫びたくてしかたがなくなってることを、
泣きじゃくりながらこらえる。
言わない。もう言いたくない。痛いって言いたくない。
「あぁ。・・・まだ、痛てーの、・・・っ、ごめん。ちょっと。我慢。して」
「い・・・っ、や、ぎ、銀ちゃ、銀ちゃんっ、ふぇ・・・っ」
「ん。ごめん。痛てぇ。よな。ごめんな、けど、・・・、っっ、」
「ぁあ、やぁ、っ、たぁ、いっっ」
「はぁ、・・・っ、すげ、お前の、なか、っ。きつ・・・・っっ」
あたしの頭を抱えた銀ちゃんは、浅くて乱れた呼吸を苦しそうに続けてる。
汗に濡れているがっしりした肩や胸も、上下に大きく弾んでいる。
んっ、と詰まった声で呻きながら、強く突かれる。息が出来なくなった。泣き声さえ出ない。
全身を強張らせた銀ちゃんに、背中がしなるくらいぎゅっと抱き締められる。
耳元に寄せてきた唇が、耳たぶの端をふにっと甘噛みして。荒れた呼吸を噛みしめて、深く息を吸い込んで。
「はいっ、た」って小さくひとこと、疲れた溜息を混ぜながら漏らした。
「最高、気持ちい、・・・」
耳の奥にとろりと残る甘ったるい声を注がれても、何も言えなかった。
痛かったな。ごめんな。
小声でささやかれて、
労るようなキスが降ってきても、うん、って頷けなかった。精一杯優しくしてくれる銀ちゃんを受け入れられなかった。
目の前が熱さで歪んでる。噛みしめた唇が小刻みに震える。
唇の隙間から子供みたいな嗚咽が漏れる。痛い。すごく痛い。最後は身体ごとぐしゃっと潰されちゃいそうな痛さだった。
けれどその痛さには何かが紛れてる。銀ちゃんで埋められた中にある何かが、ひりつく痛みとまぜこぜになって疼いてる。
自分じゃないものが中にある怖さと痛さを少しだけ和らげて、お腹の奥をきゅうっと縮ませてしまうなにかが。広がっていく。
広がってあたしをいっぱいにする。
「や、ぁ、ぁあ、・・・・・・・なに、これ、っ」
「ん?なに。どーした」
「っ。や、銀ちゃ、・・・!やぁ、抜っ、抜いてぇえ、」
「はぁ?なんで。つーかお前、やらしい顔して強請るなって」
伸びてきた手がほっぺたを包んだ。ばか。銀ちゃんだって人のこと言えないよ。
伏せた目であたしを見ている銀ちゃんは、全身の肌が火照った色に変わっている。
薄く開いた唇が笑ってる。こっちを見下ろす目つきはすごく色っぽい。
「あーあーあー。やめろって。泣きそーな目すんなって。えろいって」
「あ、やぁ、っ」
そーいうの見ちまうと我慢出来なくなんだろ。
なんて言いながら、銀ちゃんの手は繋がったところを弄り始めた。ぐちゅっ、と潜った指が小さなふくらみを弱く捏ねる。
強く弱く捏ねられているうちに、背中が跳ね上がるくらいの衝撃が走り抜けていった。
「あんっ、・・・やだ、やだぁぁ、やめてぇ、」
「やめろって言われてもよー。やべーんだわ、その顔見てっと。・・・なあ。もうよくなってんだろ、お前」
「やだぁ、し、しらないぃ。そんな、」
ばか。誰のせいだと思ってるの。銀ちゃんがそうさせてるんだよ。
泣いちゃうのも、変な顔になっちゃうのも、痛いのも、中が疼いて痛みを忘れそうになるのも。全部、全部――
「なぁ。抜くって何、どーすんの。どっちだよ。もっと激しくガツガツ挿れていーってこと。それとも」
中で思っきり出しちまっていーってこと?
ぼそぼそっ、と笑い混じりに耳の中に囁かれる。最低。そんなこと一言も言ってないじゃん。
わかってるくせにはぐらかさないでよ。押してくる胸をどんどん叩いてやりたいけれど、もう出来ない。
さっきからあたしは銀ちゃんに揺さぶられるだけの人形みたいになっている。両腕は銀ちゃんの首にしがみついたまま離れない。
脚は大きく開かされて、腿を抱えられて。ゆっくり押し入られて、ゆっくり引き抜かれて。ひりひりする。
痛い。痛い。動かれるたびに涙が出る。泣き声が漏れる。・・・なのに、どうして、
「やらしーなぁはぁ、初めてのくせしてよー。・・・なにお前、もしかしてあれなの。一回目のあれでもう癖になっちまったとか」
「ばかぁ、ちが、ぁ、あ、やだぁ、〜〜〜っ。なんか、へ、変、変なのぉ、いやぁ」
息を切らしながらすがりついたら、表情をしかめてうつむいていた銀ちゃんの目つきが少し変わってきた。
火照った目があたしをじっと見つめてくる。汗の滴る喉元がごくりと大きく唾を呑む動きが、涙でかすんでぼんやり見えた。
「。な、もっかい出してその声。すげー可愛ぃ」
「や、やだぁ、銀ちゃんの、が。擦れて、る、とこ、がっ」
「どこだよ。もっとはっきり言えって。擦れてるってどこ。ここかぁ?」
「ぁ、やっ。やめてぇ、そこっ、しちゃ、・・・だめぇ、ぁ、ああ、あんっっ」
銀ちゃんの動きが勢いを増した。いつのまにか毛布が払われて、腰を密着されて、乱れたシーツの上で上下に揺さぶられる。
動きが少しずつ深くなる。ずん、と奥へ打ち付けられると、そこから全身に痺れが走った。涙の混ざった悲鳴が喉を裂いた。
首筋や胸元で擦れ合ったお互いの汗と汗が混じって、つうっと流れていく。
しがみついた首筋を夢中で締め付けて、泣きながら喘いだ。
「おかし、いの、っ・・・、ずんって、される、と、あっ。ああっ」
「あぁ。っだよ。お前、これ、・・・っ」
何度も何度も突かれているうちに、混ざっていく。あたしの中と銀ちゃんの固くなったものの区別がつかなくなってくる。
どっちもどろどろで、濡れた音を部屋の中にぐちゅぐちゅと響かせていて、熱くって、びくびく震えてて。お腹の奥に溜まっていくあの変な感じがどんどん膨らんでいく。
無理やりに身体中で感じさせられるそれのせいで、頭の中まで朦朧としてくる。おかしくなる。
身体が上下にぐらぐら揺られて、めまいがする。
「ぁ、銀ちゃ、だめぇ・・・っ!あ、ゃあ、あ、あっ、あぁっ・・・!」
「処女のくせに、・・・すげー感じてんじゃんお前、・・・」
ばか。そんなこと、言わないで。
荒げた息と一緒に飛びついてきた銀ちゃんの唇が、あたしの唇を奪ってひらいた。口の中に押し込まれた声が、やけに嬉しそうに繰り返した。
可愛い。。可愛い。
初めて聞く声。すごくうっとりした声だ。
やだ。やめてよ。銀ちゃんのばか。こんなときにそういうこと、言われ、たら、――
「うぁ、・・・きゅーって。締ま・・・・っ」
「ひぁ、ああ、やぁん、銀ちゃ、」
「、・・・う、く、・・・っっ。いぃ、、っっ」
強い動きで中を擦り続けていた銀ちゃんが、奥でぴたっと動きを止める。
あたしをいっぱいに埋めた固さがびくびくうち震えてる。ものすごく張り詰めてる。
「んっ、・・・あ、や、・・・な、に、・・・これ、っ、」
「―――やべ、・・・出、るっ」
「・・・っ!」
えっ。
その声が何を言ったのかを頭が理解したとたんに身体が縮み上がった。
出るって。え。出るって、―― ええっ、
「んっ、・・・なぁっ。いい・・・?なか、出してっ。あ、っ、」
「やあっっ、銀ちゃんっ。抜いてぇっ」
「ん、っっ。っ、――」
「やだぁっ、・・・強く、しちゃ、ぁあっ、だめぇえ!」
「い、くっ、――、」
どくん、と銀ちゃんの固さが膨れ上がって跳ねる。腰をがっと掴まれて打ち付けられて、力任せに強く突かれる。
ぐちゅっ、と大きな音を立てて、一回、二回、三回――
その衝撃から痺れが広がった。血が全身を駆け巡るみたいに、身体中に回った。お腹の奥に溜まっていた、すごく熱くって疼く感じが、
「ひ、ぁあ、あんっ、〜〜っ」
「―――っっ、」
表情をぐっと歪めて、すごく必死にこらえた呻き声を食い縛った口から漏らして。
銀ちゃんは身体を硬くして、急にずるっと引き抜いて、強く握ったそれからほとばしったものをびしゃっと散らした。
「っ・・・・・・・・、」
声も出なかった。ただ銀ちゃんを見上げて呆然としてた。男のひとのこんなところを見るのは初めてだから。
白っぽくてあったかい、とろとろしたものがお腹や太腿を濡らしてる。シーツにまで飛び散ってる。
それが何なのか、どうしてあたしを濡らしてるのか。あたしの中の、痛くてひりひりしているところに残っているこの感触は何なのか。
その意味を数秒遅れで噛みしめて、汗でしっとり湿った身体がぼうっと火照りだした。
・・・そうなのかな。これで、なれた、のかな。
あたし。「銀ちゃんのもの」に、なれたのかな。
「〜〜〜・・・・・・っ。」
はぁぁあぁ、と全身で長い溜息をついた銀ちゃんの身体がどさっとお腹に落ちてくる。がっしりした手があたしの頬を掴まえて、
もう片方の腕に背中を抱かれて。夢中で割り込んできた唇に塞がれた。止められた呼吸が喉まで押し戻される。
銀ちゃん、くるしい。息、くるしい。
口の中で喘いだ言葉は全部銀ちゃんが呑み込んでしまう。口の中を這い回っていっぱいにしていく、高めな温度がきもちいい。
どうしてだろう。この熱も、舌に撫でられる濡れた感触も、さっきまでよりもうんと近く感じる。・・・どうして。
「、」
「は、・・・・・はい、っ」
「。・・・、すき、」
「・・・・・・・・・ぅん、・・・」
うん。あたしも、すき。
――涙ぐみながらそう思って、嬉しくって唇が震えてきた途端だ。上にいる人の体重がのしっと被さってきた。
重みで潰されて、ふぁ、とお腹から盛大に息が漏れる。
「ぎっ、銀ちゃ、・・・?」
「あー。やーらけー。・・・きもち、ぃ・・・・・・・・」
しあわせそうな寝言みたいに、銀ちゃんがふにゃふにゃつぶやく。もぞもぞ動いてあたしの胸にむにゅっと顔を埋めて、何の余韻もなくがくりと力を抜いて。
そのままくーくーと、図々しく寝息をたてながら眠ってしまった。
「あーあぁ。やっべーよなぁぁ・・・」
それから数時間後。
障子戸を透かす朝の光が部屋に差し込んできて、どこか遠くから響いてくる雀の鳴き声が増えて合唱みたいになり始めたころ。
だるそうに話す半目のすっとぼけた横顔を、あたしはくるまれた毛布の影からじとーっと睨んでいた。
布団の端っこに胡座で座って、何かむず痒そうな顔してしきりに首筋を掻いてる後ろ姿はだらしなくって猫背気味。
ていうか、毛繕い中の猫そのものみたいな丸さ。周りには脱ぎっぱなしのトランクスとか寝間着がぽいぽいと散らかっているけれど、
見慣れたそれには目もくれない。目下ご執心なのはもっぱらあたしの下着たちだ。
今は指先に引っかけたベビーブルーのブラを好奇心剥き出しな目でじろじろと眺め倒してる。
「銀ちゃんっっ。返して。返してってば!」
「マジでヤバくね、さっきのアレ。ロストバージンと同時で妊娠ってよー、さすがにねーよなぁそれは」
危ねー橋だったよなー。
妙にしみじみと、どこか人ごとみたいにつぶやく銀ちゃんが殺したいほどうらめしい。
「風呂場でビキニ!」と目をきらめかせて言った、あの時とは打って変わって生気のない眠そうな目に指突っ込んでやりたい。
呑気にぽりぽり掻いてるあの首を絞めてやりたい。
橋どころじゃないよ。あんなの危ない橋どころかロープ一本、サーカスの綱渡りじゃん!
「誰がヤバくしたの誰が!?」
「ちょっ。何ひとごとみてーに言ってんの。っだよ、俺かぁ?全部俺のせいかぁ?
違げーだろぉ、がきゅうきゅう気持ちよく締め付けてくっからだろぉ!」
あああああ。泣きたくないのに涙が勝手に湧いてくるのはなぜですか?
締め付けてやりたい。ここに特大のペンチか何かがあったらぎゅーぎゅー締め付けてやりたい。
目も当てられないひわいな文句を、ブラをわしっと握り潰しながら本気でほざいてくるあの顔を!
「んだよお前っ、起きた途端に元に戻ってんじゃんっあーあー可愛くねえっ。次は遠慮しねーからな、ぜってー中にぶちまけてひーひー言わせっからな」
「〜〜〜っもういいっ、もうやめてその話っっ。いいから早くあたしのブラっ」
「へ。もう着けんの」
「着けるよ。もう朝だよ朝。着替えて台所でご飯の支度するのっ」
「あっそ。んじゃあれだわ、新八が来る前にもっかい台所で、裸エプロ」
なんて言いかけてへらあーっと緩みきった顎にアッパーカットを入れる。ぼかっ。
「最っっっ低!ない、絶対ないから!台所でなんて絶対しないから!」
「ぇええええええぇええ、ダメなの?そんならアレかよ、風呂場でビキニは?ナースでお医者さんごっこは!?」
仰向けにひっくり返ってた銀ちゃんがジャスト二秒でがばっと復活。涙目で顎を押えてはいるけれど、
それでも目の色変えて真剣に迫ってくる。口からは次から次へと出てくる出てくる。
ナースでお医者さんごっことか深夜病棟のえっちな看護師さんとか女教師とか花魁ごっことかセーラー服とか監獄プレイとか、覚えきれないくらいに湧いてくる。
聞いてるだけで気が遠くなる。まぶしくもないのに目の前が白んできた。朝日を透かしてるそこの障子戸よりも白く染まりそうだ。
男の人ってみんなこうなの?それとも銀ちゃんだけが特殊なの?なんなの銀ちゃん、その別人28号な積極性はどこから湧いてくるの!?
てゆうか何。監獄プレイっていったい何。誰が何をどーするの?
いや、そんなの逐一説明されたくなんかないけど!
情けなさにがっくり肩を落として、銀ちゃんに気づかれないようにそーっと毛布から這い出した。
横でブラを揉み揉みしながら「っだよちっくしょー、やってやる、いつかぜってーナース姿でひーひー言わせてやる」
と執念深くぶちぶちつぶやいてる猫背な背中が普通にこわい。仕方ない。ブラは諦めて、先にお風呂に入ろうっと。
のそのそのそ。下着ひとつ着けないでお風呂まで行くのはいやだけど、ここで贅沢はいっていられない。
するっと、音を立てないように毛布から抜け出す。四つん這いのままで、布団から畳に――
「ふ、ぐっ」
膝をついたらなぜか身体がふらーっとよろけて、べしゃっと突っ伏す。畳の感触とひなたの匂いが鼻先を埋めた。
ふぇぇえ、と呻きながらつーんと痛みを響かせる鼻を押える。
痛い痛い痛い。起きようとしたら膝がふらついて、腿が震える。しかも腰がずーんと重くてだるい。
なにこれ。ちょっと動いただけで筋肉痛と脱力感がいっぺんに来た。えっ、どうしちゃったのあたしの身体。
畳にへなっと崩れた自分の足に唖然としてたら、そこへ追い打ちを掛けられた。ぶっ、と盛大に吹き出した銀ちゃんの声に、
「うおっ、ちゃぁああん。なに、なんなのその悩殺ポーズ!」
ひゅーひゅー、と背中に浮かれた口笛が突き刺さる。
・・・?なに、なんなの悩殺って。
だってこれ、ただの四つん這いだよ。裸でお尻を上げた情けない格好で、足を開き気味にして畳に突っ伏してるだけで、
・・・あれっ。これってあれみたいだよね。銀ちゃんが長谷川さんとたまに行くお店の。
ピンクな照明のステージでいろっぽい裸のおねえさんが踊ってるあのお店の――、
「やっべーよお前どこの雌豹だよ。え、もしかして誘ってんの」
「っっ!」
「踊り子さんには手を触れないでください」のポーズじゃん!
あわてて足元から毛布をひったくってお尻を隠した。
腰にうまく巻き付けられなくってもぞもぞしていたら、銀ちゃんの気配が近くなって。お腹に手が伸びてきて、
「はいはい、戻った戻った。まだ疲れてんだろぉ。いーからいーから、は新八が来るまでここで寝てな」
「でも、ご飯は」
「あー、いーってメシは。俺が作るし。後で風呂も入れてやっから。な?」
「ああ。うん、お風呂は入りた、・・・・・・・って。ちょ、何。入れてやるって、」
「何ってそりゃー決まってんだろ。銀さんもいっしょに入んだろぉ」
大丈夫だって安心しろって、にビキニ着せてあれこれしてーなー、なぁーんてやらしーこたぁちっとも思ってねーからあぁ。
…なんて心底楽しそうにぺらぺらと語った銀ちゃんは、どこからどう見てもやらしいことしか思っていなさそうな目つきをにいっと細めて、
「お前さぁ、足がフラフラしてんじゃん、一人だと風呂場のタイルで滑って転びそーじゃん。
あぶねーから一緒に入ってやるって、な?俺に任せとけって、があはんうふん言っちゃうくれー隅から隅まできれーに洗ってやっから!」
「いや!!絶っっ、対やだっっ!てゆうかお風呂くらい平気だしっ、一人でちゃんと入れるしっ、・・・ってちょっと、銀ちゃん!」
ずるずるずるっ。
「あーあー、何言ってんのこの子はぁ」って呆れた顔してる銀ちゃんにお腹を引かれる。
うわ、速っ。あっというまに畳から敷布団までお持ち帰りされてしまった。
「とにかくないからっ。ビキニも何も、いっしょにお風呂なんて絶対ナシだからっ。ねえ銀ちゃんっ、聞いてる!?」
「んぁー。まーな。聞いてるけどよー、」
とん、と軽く肩を突かれる。ほんの軽くなのに、その軽い手つきにすんなり操られた。まるで手品みたい。
目を丸くしているうちに、あたしはぽすっと背中を布団に埋もれさせていた。
にっ、といたずらっぽく細めた銀ちゃんの目が上から覗き込んでくる。あたしの顔に影を作っている。
潜めた息遣いで近づいてくる。頬がぽうっと熱を生みはじめる。とくん、と心臓がちいさく跳ねた。
昨日あたしをソファに押し倒したときの銀ちゃんも、ちょうどこんな表情をしてた。
・・・でも。どうしてだろう。
今の銀ちゃんと昨日の銀ちゃんでは、どこかがちょっとだけ違う気もする。
「あのよー。いまいち判ってねーみてーだから言っとくけど。こーなったからにははもぉ銀さんのもんだろ」
真上から「そーだよな」と強く念を押される。ぽんと頭に手を置かれる。
上からのしっと被さってくる勢いと圧迫感に押されて、身体が竦んで。冷めかけてた頬にぽうっと火が点いた。
「・・・う、・・・・・・うん、・・・」
「だろォ。俺ぁお前を痛てー思い我慢させてびーびー泣かせてんだよ。そーやって自分のもんにしたからには、男はてめーの女を大事にしなきゃなんねーの」
あたしの髪を掴んでふにゃふにゃと弄っていた銀ちゃんの手が、おでこの生え際に触れた。
あったかい指先が肌を軽くなぞる。うわ、くすぐったい。ひゃぁ、と身体を捩って毛布を顔まで引っ張り上げようとしたら
背中から掬い上げられて、胸元から毛布がはらりとこぼれて。
「ゃ、ぎんちゃ、」
「だからな?痛てー思いさせられたぶん、これからは俺に頼っていーの」
布一枚隔てずに腕の中に収まった。とおもったら、後ろ頭をさらに引き寄せられる。顔をぎゅっと胸に押しつけられた。
「っっ、」
「一人で頑張るのもいーけどよー、苦しい時や出来ねー時は素直に甘えりゃいーんだって。な。わかった?」
「・・・・・・・・」
髪からうなじを撫でられる。合わせた胸の、肌と肌がぴったりくっつく。
・・・あったかくってきもちいい。
撫でられてるうちにまぶたがとろんと落ちてきて、ふうっと力が抜けて緩んでく。
いつのまにか銀ちゃんの胸に頬を埋もれさせて、がっしりした身体にもたれかかって。あたしはうっとりして目を閉じた。
銀ちゃんの体温に身体が慣れてきたせいなのかな。
頬がかあっと燃えそうな恥ずかしさはあんまり変わらないんだけど、
こうしてると昨日よりもうんとほっとする。
昨日は何も着けていないことがただただ恥ずかしかったけど、今は肌と肌がくっついていることに安心する。
「。なぁ、わかった?わかったら黙ってねーで返事な、返事」
「・・・わかってない」
「んぁ?」
「・・・わかってないよね、銀ちゃんて」
はぁ?って怪訝そうに聞き返した銀ちゃんの眉が、片方だけぴくんと動く。
・・・あーあ、ほんとにわかってないんだから。
違うよ。あたしはもっと、ずっと、ずーっと前から甘えてたんだよ。銀ちゃんが気づいてなかっただけだよ。
この人がすきって気づいた日から、いつだって銀ちゃんにめいっぱい甘えてきたんだよ。
銀ちゃんは今までだって、――ただの友達だった時から、あたしを甘やかしてくれてたじゃない。
用もないのに万事屋へ遊びにくるあたしを友達にしてくれた。あたしの片思いを受け入れてくれた。女の子扱いしてくれるようになった。
勝手に悩んでたあたしの頑なさも簡単に溶かしてくれた。生意気言っても許してくれて、こうしてぎゅーってしてくれる。
それだけでもう充分なんだよ。
何があっても無条件で許してくれて、ぎゅーって抱いて甘やかしてくれる人が傍にいる。
――誰よりもすきな、大切な人が傍にいてくれる。
それだけで女の子は嬉しくなって、他のいろんなことまで頑張れるようになるの。
この人がいてくれるから、何があっても大丈夫だって思えちゃう。それだけでもう充分なのに。
「・・・。知らないからね。最初っからそんなに甘やかされたら、あたし、つけあがっちゃうよ」
「いーんじゃねーの、どこまでもつけあがっとけば。いーだろ別にぃ、俺がを甘やかしてーだけなんだからよー」
・・・自信満々なのかな。それともただ、いい加減にふざけて言ってるだけなのかな。銀ちゃんのこういう飄々とした口調って、何度聞いてもよくわからない。
背中を掻き寄せた腕に力が籠もる。首筋に埋もれた銀ちゃんの口から、はーっ、と長い長い溜息が熱と一緒にこぼれおちる。
それはそれは気の抜けた、心の底から満足そうな緩んだ声で。
「銀ちゃん・・・?」
「ん。なんかあれだわ。こーやってるとよー、実感するっつーか・・・思っちまうよなぁ」
もたれかかった胸から響いてくる抑えた声音にどきっとして、顔を離す。
寝ぐせの跳ねた前髪に半分隠れた、照れくさそうな横顔が視界いっぱいに映った。
「・・・今日からは俺のもんなんだよなぁ、ってよ」
とくん、と心臓が震える。深くうつむいて、はずんだ響きを唇を噛んで噛みしめると、大きな手にほっぺたをふわっと包まれた。
耳に触れた指先の感触がくすぐったい。首を竦めたくなるくすぐったさだ。
・・・ああもう。ばか。銀ちゃんのばか。
銀ちゃんがそんなこと言うから。そんな見慣れない顔してるから。
目の奥が熱くなる。泣きたいのが我慢できなくなる。まぶたがじわあっと潤んでくる。
こみあげてくる嬉しさが、部屋中に広がっていく透明な朝の光よりもまぶしくって、――
ああ。どうしよう。 ・・・もう抑えきれないよ。
「え、なにそれ。なにお前、なにを目ぇうるうるさせてんの。あれっ、なにお前。もしかしてよー、感動しちゃったんですかぁちゃんはぁ」
いつも通りにすっとぼけた、気だるそうな表情に見つめられた。
あたしの目が潤んで曇ってるからなのかな。
半分まぶたの降りた眠たそうなあの目つきがいつもよりも優しげで、どことなく嬉しそうに見えるのは。
「月並みだけどな。まぁ、大事にすっからよ。お前も俺を大事にするよーに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・んぁ?おーい、ちゃーん?」
「・・・・・・・・・・・・・。なにそれ。」
「おいおいィ、それはねーだろそれはぁ。人がビシっとカッコよく決めてやろーって時によぉ、んだよその呆けた返事はぁぁ」
うっすら笑ってる銀ちゃんから、恥ずかしいのに目を逸らせない。ずっとこのままでもいい。そんなことまで思った。
何言ってるの。笑っちゃうよ銀ちゃん。
そのいまいちなせりふと間抜けな格好でどこをどう決めようっていうの。
顔は起きたてほやほやでしまりのない半笑い、しかも口端にはよだれの跡が残ってるし。
身体は堂々と素っ裸。髪は寝ぐせまみれ、ヒネた毛先はいつにもまして暴れ放題のぼっさぼさじゃん。
ぜんぜん、どっこも、決まってないよ。むしろ何ひとつとして決まらないところだらけじゃん。なのに。
――なのにね。変なの。変なんだよ。
変だよ銀ちゃん。おかしいよあたし。
こんな銀ちゃんを見ているだけで、どうしてこんなに泣きそうなくらい、嬉しくてたまらなくなっちゃうんだろう。
「おーい。ー。ちょ、だーめだって、そーじゃねーだろこーいう時の返事はよぉ。
畳に三つ指ついてしおらしく「はい、こちらこそよろしくおねがいします」だろォ」
「・・・っ、誰がするのそんなことぉ、・・・・・・もぉっ。・・・すこしくらい浸らせてよぉ・・・・」
「んだよいーのかよぉ、答えねーとこのまま襲っちまうぞー。このまま風呂場でビキニの刑まで持ち込むぞー」
「ビキニの刑って、・・・・・・ふふっ。なにそれ。ばっかじゃないの、」
ああもぉ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最っっ低。
溜めに溜めてそう言ったら、真上に眺めた銀ちゃんのまぶしそうな笑顔が溶ける。
目尻に溜まったあったかいしずくと、透明な朝の陽射しに溶けていく。
お互いの身体がどちらからともなく近づいて。手を固く握られて、あたしもきゅっと握り返して。言えなかった「はい」の返事と涙の滲んだ笑顔は、
笑い混じりの目配せを合図に降ってきたキスにゆっくりと絡め取られていった。
ねえ銀ちゃん。銀ちゃんはいつになったら気づくのかな。
違うよ。 今日から、じゃないよ。
もっと。ずっと。ずーっと前から、――銀ちゃんを好きになったんだって気づいた日から。あたしはとっくに銀ちゃんのものになってたんだよ。