なんだかちょっとさみしげな、甘えた呼び声で目が覚めた。
夏用の薄い掛布団を捲くり上げてごそごそと、銀ちゃんが隣に足を滑り込ませてくるのがわかる。 狭くなったお布団の中で、大きな身体がもぞもぞ動く。絡まってくる足が熱い。 銀ちゃんの身体はあたしよりうんとあったかいから、体感温度が急に三度は上がったかんじだ。 そんなことを思ってる間に、枕の隙間から硬い腕が入ってきて、もう片方の腕が上から伸びてきて後ろ首を抱いて。 あたしの頭を引っ張ろうとしている。

「なー。ー、・・・」
「・・・・・・ぁぁにようぅ、っ・・・」

眠たすぎて不機嫌丸出しの脹れっ面で薄目を開く。目の前には、口はにやあっと笑ってるのに目が笑っていない、 何かよからぬことを企んでいそうな笑顔を張りつけた銀ちゃんがいる。あたしは素っ気なく背を向けた。

「だめ」
「ぇえええええ」
「何よその泣き声。捨てられた子犬みたいにくんくん言わないの」

泣き落とそうったってだめなんだから。 ちっちゃい子ならともかく、いい年こいたおっさんがそんな声出したってちっとも可愛くないんだからね。

「んだよォォ冷てー彼女だなぁちゃんはぁぁ。なー、いーだろ、ちょっとだけでいーから。な、一発だけでいーから」
「一発とか言うな最低男」
「大丈夫だーって、は何もしなくていーからね。銀さん一人で頑張るから、な?」
「出てけ。今すぐあたしの布団から出ていけ、強姦魔」
「んだよォォ、いーじゃねーかよォォ!可愛い彼氏の一途なおねだりじゃねーかよォォ!!つーかここ、俺んち!これ俺の布団んんん!!!」

しくしくと女々しい銀ちゃんの泣き声が、さっきまでは天国のようだったぬくぬくお布団の中を湿っぽくする。 わざとらしい。あたしは呆れ顔で溜め息を吐いた。泣き声だけはやたらと萎れて悲しげだけど、やってることはいかにも銀ちゃんらしく図々しいのだ。 骨張ったごっつい手はとっくにあたしの脇を抜けてするすると忍び寄ってきて、パジャマの上からむにむにと、気合いの入ったやらしい手つきでお触りしてくる。

「だめ。そんなにしたいなら一人で頑張れば。ほら、さっき長谷川さんからえっちいビデオ借りてきたんでしょ? それで卑猥な妄想いっぱい補充して、夜な夜な一人で頑張ればいいじゃん」
「ぇええええええええええ」

ふーんだ。そんな声出したって誰が聞いてあげるもんか。 当然でしょ。何でもほいほい許してあげるよーな甘い女に、あんたの彼女が務まりますか。 少し甘やかしただけで調子に乗るんだから銀ちゃんは。あたしがほんのちょっといい気にさせてあげよーかなって頑張ると、 あんた裸の王様ですかってくらい調子に乗るじゃん、銀ちゃんは。 この前だってそうだったじゃん。あんまり情けない顔で縋りついて頼むから、ちょっとかわいそうになって ナース服なんか着てあげたらどんどん図にのっちゃって(以下省略)

「泣き真似してもだめ。さっき、明日早いからしないって言ったじゃん」
「んぁ。そーいやそーだっけ。言われたっけ」
「そーだよ。だから今日は大人しく寝てよ。寝ないならテレビの前に戻って」

隣の居間にあるテレビは点けっ放しだ。開けっ放しの襖の向こうから、ちかちかした薄桃色の光がここまで差してきてまぶしい。 主演のお姉さんが艶っぽい声であんあん言ってるのが聞こえる。ほんと銀ちゃんってだらしない。 普段は神楽ちゃんがいるから気を使ってるみたいだけど、留守だと途端にこうなるんだから。

「ああ、あれ?もォいーわあれ。つか、もォ見たし」
「え。見たって」

あたしは眉をひそめたくなるよーな複雑な気分にさせられた。
・・・この先を訊くとあんまし知りたくない情報を仕入れてしまう気がする。いやでも気になる、彼女としては。

「じゃあ今のあれって。・・・一回見終わっての二巡目ってこと?」
「いーや。あれは二本目」
「・・・・・・ちょっ。銀ちゃん」
「んー?」
「いったい何本借りて来たの!」
「なぁ。妬ける?」
「はぁ!?」
「フツーはよー、男があんなん見てたら嫌がるんだよ。 あたしがいるのにどーして他の女の裸が見たいの、他の女の喘ぎ声なんか聞きたいの、ってよー」

銀ちゃんのフワフワ天パとおでこが背中にぐりぐりと押しつけられる。ブツブツと唸ってる声はいやに不満たらたらだ。
ふーん。意外。他の女の人の裸見て喜んでたら妬けるか、なんて。銀ちゃんでもそんなこと考えるんだ。 そういえば友達もそんなこと言ってたっけ。彼氏んちの本棚からすごい本いっぱい出てきてムカついた、信じらんないっ、とか。

「なのによー。は俺が目の前でAV見ても全然そんなん言わねーし。さっきだってテレビの前素通りで「おやすみー」とか言って、自分一人でとっとと寝ちゃうし。 そーいう態度でいられるとよー、逆に不安になるわけですよ銀さんは」
「・・・。不安?・・・・・・銀ちゃんが?」
「そ。不安になんの。俺、思ってるよりに愛されてねーんじゃねーの、とかぁ」
「うそだ」
「は?」
「心臓毛ダルマの銀ちゃんが、そんなことくらいで不安になるわけないじゃん」
「・・・・・・・」
「そんな嘘ついたって駄目だからね、騙されないからね、信じないからねあたしは!」
「・・・ふーん。じゃあ、どーすれば信じてくれんの」
「え」
「俺の言うことが信じらんねーから相手してくんねーんだろ。だったらどーすればこっち向いてくれんの、は」

ぴとり。
柔らかくて熱くって湿った何かがうなじに吸いついてきた。
かりっ、と肌に歯を立てられて、背筋がびくんと跳ね上がる。

「!ぎ、」
「あー、大丈夫大丈夫。平気だってこのくれーは。痕つかないから。な?」

ちっとも大丈夫そうに聞こえない、気抜けしただらしない声で銀ちゃんが言う。 なんだか嬉しそうにくすくす笑いながら、ちゅっ、と音をたてて唇を離した。
むにむにしながらさまよってた手が、あたしを自分のほうへずずーっと、いとも簡単に軽々と引き寄せる。 頭の後ろも背中も、腰も脚も、あったかくて硬い身体にぴっとりとくるまれた。 頭に伸びていった大きな手のひらが、よしよし、いいこいいこ、と髪を優しい手つきで撫でるから、気持ちよくって何も言えなくなった。 ついふわあーっとしたほろ酔い気分になる。
・・・うっ。やだ。ばか。押しつけるなっ。
感触が生々しいと意識しちゃうじゃんっ、何がどうとは言えないけど、その、な、なんか、色々と・・・! ふえぇええぇぇ。

もぞもぞっ、と布団の中で身体をずらした。 ここで顔を合わせるのは恥ずかしいなぁと思いながら肩越しに振り向く。銀ちゃんの顔をおずおずと見上げる。 あたしが自分から振り向いたからなのか、銀ちゃんの半分閉じた眠たげな目はなんだかすごく満足そうに、にぃっ、と笑った。

「だって。・・・や。やだよ。銀ちゃん、・・・長いし」
「大丈夫だって。今日は長くしねーから」

そんならいーだろ。な?
顔を寄せてきた銀ちゃんが、耳に口をくっつけて囁く。
耳の中をくすぐってくるあったかい囁きは、急に人が変わったみたいな柔らかい声。 その声が頭の中を駆け抜けていったら、耳から顔までぽーっと火照って熱くなってきた。 銀ちゃんの手がちょうど心臓あたりを覆ってるから、どきどきし始めた心臓の音が妙に気になってくる。 恥ずかしくなってふいっと目を逸らして、ちょっとだけ考える。 考えてる間も銀ちゃんの指はふにふにと動いてて、なんだか恥ずかしい気の抜けた声が出た。 ああ。なんか悔しい。いくら服の上からだからって、そんな際どいとこをそんな指使いで触るな、ばか、銀ちゃんのばか。

「・・・・・。だめ」
「・・・さぁ。今一瞬その気になった?」
「――っ」
「ちょっと考えただろ今。間があっただろ今。なんか迷わなかった?短いならいーかなぁ、とかぁ、でもどーしよーかなあ、とかぁ」
「・・・!」
「へえぇ〜〜〜。はぁあああ〜〜、迷ったんだぁああさん、いやらし〜〜」
「まっっ、迷ってないぃ!」
「へぇええええぇえぇ」
「嬉しそーにニヤけんなっっ、ばかぁ!だめったらだめ!ぎっ、銀ちゃんはぁ、み、短くても疲れるの!!」

銀ちゃんとするのが嫌とかじゃない。嫌だなんて一度も思ったことがない。
好きな人にぎゅーってされて、昼間は絶対出さない低くて甘ったるい声で名前なんか呼ばれるんだもん。 口ではきついことを言っててもあたしの中身は単純だから、それだけで涙ぐんじゃうくらい嬉しくなっちゃう。 でも疲れるんだもん。いつもどっかで人目を盗んで鍛えてるみたいだから、銀ちゃんの身体は見た目以上にがっしりしてて重たいし、 昼間は毎日だらだらしてて、何でも面倒くせーってゴネる人が、えっ、なんでそんなことするのってびっくりするくらい、 ・・・。その。いろんな。こと、・・・、するし。 元々器用だからなのかやけに丁寧だし。してる時はうっとりしちゃうくらい優しいし。 でも、そんなことされたら恥ずかしいからだめだって言っても、絶対やめてくんないし。 最初は銀ちゃんのほうが夢中なのに、最後にはいつもあたしのほうがおかしくなっちゃうのもいやだし。
だから。・・・だから。銀ちゃんのせいだ。
銀ちゃんのせいでいつもくたくたになっちゃうんだよ、あたしは。
だったらたまには、あんあん言ってるお姉さんのお世話になってくれたほうがいいよ。 妬く気になんてならないし。むしろお姉さんに感謝だよ。おかげであたしの安眠が助けられるくらいだよ!!

「・・・いや、あのよー。さーん?」
「はい!?何よ、てゆうかやめてよこの手。だめって言ってるでしょ!」

とん、と軽く肩を押される。押した銀ちゃんの手の先にはたいした力は入っていなかったのに、それだけで面白いくらい簡単に、 ごろん、とあたしの身体は転がった。ぱち、と瞬きしている間に仰向けになっていて、 ぽかんと見開いた目の先には真っ暗な天井が見えた。 ばっと身体を起こした銀ちゃんは、素早く腕を立ててあたしの頭の両脇をはしっと抑える。 銀ちゃんの身体に邪魔されてあっというまに天井は見えなくなった。 真上から跨いで被さる格好になって、妙にじいーっと、真剣な目つきで近寄ってくる。

「いやお前さぁ。気づいてねーみてーだけどよー。聞こえてるからね」
「!?」
「今の全部聞こえたからね。全部だだ漏れになってたからね、心の声が」
「!!!!」
「へ〜〜〜〜えぇええええ、そぉなんだぁ。 んだよ、そーならそーと言ってくれたらよォ。こんなに悩まねーで済んだのによォ」
「なっっ。何よぉ!」
「そっかあ。おかしくなっちゃうんだぁ。そーんなにいいんだぁ、ちゃん」
「・・・・・っ!」

胸の中をモヤモヤさせながらぷいっとそっぽを向く。 頭はかーっと火照ってるし顔は焼けそうに熱いし、焦っちゃって言い返す言葉なんてひとつも思いつかない。 悔しくなって口を尖らせた。すると銀ちゃんはぴたりと黙って、にやあーっとムカつく顔で笑って。 やらしい手つきであたしをむにむにしたり、髪の毛を撫でたり、おでこにちゅっとキスしたりしながら、上機嫌な鼻唄まで口ずさみはじめた。
・・・完全に調子に乗ってる!!

「ちっ、違うよ!?今のなし、今のは違うの!今のはなんていうか、や、なんかこう、その、魔がさしたっていうかぁ、とっ、・・・とにかく違うのおおぉ!!」
「いやいやいや、今のは間違いないね、今のは本音だろぉ。銀さん騙そうったってそーはいかないからね」
「ちっ、ちち違っっ」
「別にいーじゃん、聞いたのは他の奴じゃねーんだし、俺に聞かれたんだし。そこまで恥ずかしがることかぁ?」
「違っ!違うからね!?は、恥ずかしがってなんて、なっっっ」
「んじゃあ何でそんなにあわててんの」
「〜〜〜〜〜っ!!」
「あれっ、何、その耳。何で真っ赤になってんの。なーんか旨そうなんですけど」

ちゅっ、と耳たぶに唇が吸いついて、銀ちゃんの可笑しそうな声が注ぎ込まれた。 かぁーわいぃー、と、言われたあたしが恥ずかしくって怯んじゃうような、聞き慣れない猫撫で声が。

「ぎ。銀、ちゃん」
「ん?何」
「・・・・・ええと。あの。・・・そっ、そう、テレビ!テレビ点けっ放しだよ!いいの、見なくて」

ん、と銀ちゃんが居間の方へ振り返る。 あー、そーいやそーだっけ、すっかり忘れてましたって顔で、ずっとあんあん言ってるテレビをきょとんと眺めた。 これで戻ってくれるのかなあと思いながらそわそわと見つめていたら、すぐにきっぱりとあたしに振り向く。 テレビの中で大サービスご奉仕中の色っぽいお姉さんには、何の心残りもなさそうな顔だ。面倒くさそうないつもの口調でけろっと言った。

「いーのいーの。どーせ放っときゃ止まるし」
「でもぉ。ほ・・ほらぁ、神楽ちゃんがいたら見れないでしょ、今日のうちに見ておかないと、さ、・・・ね?」
「見れねーけどぉ、別にぃ。見れねーなら見れねーでいーんだよ、あーいうもんはよ。よーするに代用品だしよー」
「・・・だ。代用品?」

またわけのわかんないことを。
疑問に眉をひそめて銀ちゃんを見上げる。

「まーな。しょせん男なんて本能に勝てねー憐れな生き物だからよ。あーいうもん見たら、身体はフツーにむらっと反応すんだけどよー」
「・・・ふーん。そーなんだ。・・・」

すんなり認めて一瞬後、胸の奥が嫌なかんじにちりっと焦げた。自然に頬がぷうっと膨れてくる。
・・・聞かなきゃよかった。てゆうか、銀ちゃんも銀ちゃんだよ。 いくら聞かれたからって、そんなこと正直に答えなくていいのに。

「あ」
「・・・?」
「お前さぁ」
「な。なに、」
「今ムッとしただろ。もしかしてさぁ。妬けた?」
「!」
「あ。やっぱそーなんだあぁ。へぇええええええぇえ」
「〜〜〜っ、違うぅぅ!嬉しそーにニヤけるなああぁ!!!」

違うもん。別に妬いてなんかないし。やめてよその三日月みたいに細めた目、なんなのムカつく!
すっかり気分を良くした銀ちゃんは、嬉しそうにへらぁーっと崩れた、だらけた笑顔であたしの頭を撫でてくる。 ねじくれた前髪をむぎゅっと掴んで逆らっても、ものともしない。顔がしっかりにやけている。

「も、もういいっ、いーからぁああ!あたしもう寝るからっ、あっち行ってよ!銀ちゃんは好きなだけテレビの前で頑張ればいーでしょ!?」
「あー、はいはい、いーからいーから。照れない照れない、暴れない暴れない」
「照れてないぃぃ!」
「そのくれー見逃せって。あーいうのはほら、条件反射っつーか、男の悲しい性っつーかぁ。 身体がそーいう仕組みになってんだから仕方ねーじゃん」
「〜〜〜〜〜っ。別にそんなこと誰もっ、気にしてないし!」
「けどよー」

言いかけた銀ちゃんの口が止まる。あたしの顔を注意深くじーっと見つめると、 ふっ、と楽しそうに笑って、何か悪だくみを思いつたような顔をした。 銀ちゃんの両手が何気なく動く。あたしの手首をそれぞれの手が掴んで、ぎゅっと布団に縫い付ける。 あたしがその動きに戸惑って、目で追っている間に、両手首が片手でまとめて掴まれ、そのままぐいっと――

「――っ!」

腕を枕の上まで引っ張り上げられる。 枕の遥か上で手首を留められた。思いきり腕を上げて伸ばし、背伸びするような格好にさせられた。
やだ。この格好死ぬほど恥ずかしい。恥ずかしすぎて言い返す言葉が出て来ないくらい恥ずかしい。 腕も脚も動かせないし、焦って真っ赤になった顔も隠せないから、 上から降ってくる銀ちゃんの笑い混じりな視線がいたたまれない。 ただ見られてるだけでどきどきして、すごく落ちつかない気分になっちゃう。心臓の音が強く鳴りすぎて煩い。 顔が燃えそうに熱い。

「な、や、は、離して!ちょっ、だめっ、やだ、なななに、これ」
「んぁ?あー、何、ダメか?っかしーなぁ。喜んでたけどなー、さっき見た一本目の姉ちゃんは」
「早速取り入れるなああぁぁ!!!」

あたしの上にのしっと腰を落とした銀ちゃんは、めずらしく目をぱちくり見開いている。 穴があくほどじっくりとこっちを見つめた後で、んー、と首を傾げて唸る。感心しきりに言った。

「んー。やっぱりなー。可愛い彼女に敵う女なんていねーんだよなぁ」
「ふ・・・、ぇ・・?」
「いやー、それがよー。お前がここで寝てるって思ったら、 テレビん中で喘いでる色っぺー姉ちゃんより、隣の部屋でよだれ垂らしてくーくー寝てる女のほうにそわそわすんだわ、俺」
「っっ。う、うそだ」
「いやいやいや、嘘じゃねーって。これがよー。自分でもびっくりすんだけどよー。正真正銘、誓って嘘じゃねーんだって」

心底不思議そうにとぼけた口調で言いながら、ゆっくり身体を曲げて迫ってくる。 どきっ、と心音が高く跳ね上がった。甘いむず痒さで一杯な身体の中に、鳥肌が立つような感覚が湧いてくる。 こうやって暗い中で大きな身体を見上げてると、なんだか銀ちゃんじゃないみたい。 何か大きくて怖い動物――ライオンとか虎とかに襲われてる気分だ。 寝間着の胸が帯のところまで深く肌蹴ていて、そこから覗く銀ちゃんの胸や首筋が薄く汗ばんでるのがわかる。 少し眠たそうな目もだるそうな表情も、とろんとして熱を帯びている。
見ていられなくて思いっきり横を向いた。タコより赤い顔をぷいっと逸らす。

「てか。無理じゃね?一番欲しい子がここにいんのに、他の女をオカズに頑張んのって。なぁ?」

低めに落とした声が耳元に近づいてくる。 耳たぶにそーっとくっついた唇が、ちゅ、と湿った音をたてて肌を鳴らした。
銀ちゃんのばか。そんなことあたしに聞かないでよ。
そんな声で聞かれてこんなことされたら、どうしたらいいのかますますわからなくなっちゃうじゃん。

「わ。わかんないよっ。あたし女だしっ、そんな同意求められても、わ」
「な?だからぁ」
「ふ、ゃっっ」

口から裏返った声が飛び出した。耳たぶを急にかしっと噛まれたからだ。 掴まれたままになってる腕を振り解こうと身体をねじってじたばたしたけど、銀ちゃんの手は力を緩めてくれない。 唇は構わずあたしの肌の上を滑っていって、首まで伝い下りていく。 湿った感触は鎖骨のあたりでぴたっと止まった。ざらっとした舌先で丁寧に舐められ、かりっ、と歯を立てられる。 その感触と舌先の熱さに、思わず背筋がびくっと跳ねた。我慢できなかった小さな声も震えていた。

「だ!だめ、っ」
「あー、ダメだからねそれ。逆効果だからそれ」
「・・・ふ、・・・ぇ、?」
「ダーメだって。んな細っせえ声で、だめぇ、とか言ったら」

銀ちゃんはあたしの首筋に顔を埋めたまま喋り続けてる。 肌に吸いついて軽い音を鳴らして、身体をずらして、また吸いついて、 をゆっくり繰り返して、あったかい感触が少しずつ下へ這ってくる。パジャマの衿の上を通り越して、 背筋を逸らして張り気味になっている胸の合わせ目を軽く押す。布に触れた唇がぴたりと動きを止めて、息苦しげな短い溜め息を吐いた。

「・・・んな声聞かされたらよー。我慢できなくなるんですけど、逆に」

籠った小声を薄い布の上から吹き込んで、銀ちゃんは顔を起こした。 あたしのお腹のあたりに視線を落としているうつむき気味な顔は、口先がすこし不満そうに尖ってる。拗ねてるみたいで大人気ない顔。 でも、ちょっとだけ可愛いかも。そう思ってつい見蕩れてしまった。

「・・・。銀、ちゃん」
「ん?」
「・・・そ。そんなに。したい。・・・・・の?」
「んー。」

まとめて握られた両手首に、きゅっと力を籠められた。 固く縛られた手首が熱い。大きな手のひらの熱が移って、チョコレートみたいにとろとろに融かされちゃいそうだ。
眉を曇らせて拗ねている顔が、あたしの目を見つめながら近づいてくる。 瞼に唇が落ちてきて、ちゅっ、と音を鳴らす。そのくすぐったさと恥ずかしさが耐えきれなくて、思わずきゅっと目を閉じた。 銀ちゃんがあたしに重なってくる。喉から奥が溶けていきそうな、甘ったるい息苦しさで唇が塞がれる。 舌が唇を割って滑り込んできて、中を掻き乱されて。呼吸できなくて酸素不足になるくらい長い間、キスが続いて。 すっかり肩の力が抜けてぐったりしてしまった頃に、ようやく唇が離れた。
銀ちゃんがひどくだるそうに、お腹の底から息を吐く。もどかしそうな、拗ねたような顔でこっちを見下ろした。

「・・・・・・すっげぇ、したい。」

すごくしんどくてせつなそうな深い溜め息みたいな声が、銀ちゃんの口から漏れてきた。この人のどこからこんな色っぽい声が出るんだろう。 この声を聞くとあたしはいつも、頭の中がふにゃあっと緩んで蕩けてしまう。 ううん。頭だけじゃない。きっと顔だって身体だって、だらしなく緩んで銀ちゃんに媚びてるんだ。自分じゃわかんないけど、きっとそう。 だって、こっちを見下ろしてる銀ちゃんの顔つきがだんだん変わってきた。さっきまでと全然違う顔になってる。 ぼんやり見蕩れてるような表情なのに、ひどく意識が冴えているような目をしてる。 瞼を半分伏せた目があたしを狙いすましている。瞬きするのも忘れているみたいだ。隣の部屋から届くテレビの光を拾い集めてかすかに輝いてる。 見つめ合っていると頭の芯が痺れてぼうっとして、何か言いかけている銀ちゃんに吸い込まれそうになった。

「なぁ。。だめ?」
「・・・・・・、だめ。だ、けど、・・・っ、」

だめだけど。いや、じゃ、ないよ。
火照った吐息と一緒に、自分でも意味がわからないおかしな本音を絞り出した。 でも、そんな言葉は銀ちゃんの耳には届いていないようだった。 すぐに目の前の顔がふにっとくっついてきて、唇を隙間なく塞がれて。あたしは何も喋れなくなった。 力強い二の腕に抱きしめられて、がっしりした身体にお布団に押し籠められて。身動き出来なくなった。

頭まで被った暗いお布団の中。点けっ放しのテレビが流すお姉さんの声も、画面からの薄桃色の光も、ここまではもう届かない。 まるで熱帯夜みたいな、熱くてしっとり湿った空気がこもったお布団の中。 そんな中で二重に銀ちゃんにくるまれていると、背中やおでこにじんわり汗が滲んでくるくらい蒸し暑い。 ぼうっとして何も考えられなくなる暑さ。身体中の力がへなへなと抜けていっちゃう暑さだ。 元からお布団に染みついている匂いと、しがみついたふわふわした髪のいい匂いが、混ざり合って身体に流れ込んでくる。 あんまりどきどきしすぎてむせるくらいに。喉が詰まって眩暈がするくらいの速さで、 柔らかいキスと一緒に大量に流れ込んでくる。あたしの中を一杯に埋める。

銀ちゃんのばか。
いつもこうだ。こういう時の銀ちゃんはあたしを、わけがわからない変な声を上げる子にしてしまう。

「ゃ、・・・・・・・・ん、ふ、っっ」

やだ。もうやだもうだめ恥ずかしい。もうこれだけで、だめだめだめぇ、って、甘えた声の悲鳴が頭の中で渦巻いてる。どうしたらいいのかわかんなくなる。 なのにちょっとだけ唇を離した銀ちゃんが「その顔、やらしい」とか、なんとなく照れくさそうに笑って言うから。 ボッ、と顔に火が点いた。身体が一気にめらめら燃えちゃうんじゃないかと思った。
体感温度が急上昇で跳ね上がった気がした。






推 定 摂 氏 43 ℃

*text by riliri Caramelization
2010/06/27/
「バクチ・ダンサーズ」さま提出物。ありがとうございました !!