「・・・・・・悪りぃ・・・も、無理・・・っ」
苦しそうで掠れた声にそう囁かれたらきゅんとして、蕩けきってるお腹の奥が長い指を締めつける。
銀ちゃんの腕が頭から肩へと滑り下りてきて、腕から腰を撫で下ろしていく。
ちゅ、ちゅ、ちゅ。
息苦しさで真っ赤に熟れたほっぺたや目許に宥めるような優しいキスを落とされて、指をずるりと引き抜かれた。
くびれをスカートごとぎゅうって強く抱きしめられたら苦しいのにすごくしあわせで、甘い気持ちで胸が一杯になる。
おかげでようやく止まりかけた涙がまた湧いてきて、やわらかく口づけられてるこめかみをぽろぽろとこぼれ落ちていった。
かちゃかちゃ、かちゃ、って音が鳴る。
真下から昇ってくるその硬い音や、唇から漏れる荒れた息遣い、自分の腰の辺りをごそごそ探ってるような分厚い身体の動きだけで、これから銀ちゃんがどうしようとしてるのかはわかった。
だけど頭の芯から蕩けきって何もまともに考えられなくなってるあたしには、もう銀ちゃんを止められるほどの力も理性も残ってない。
ただ分厚い大きな手に導かれて、されるままにドアへ背中を預けて。
ストッキングの裂け目から腰の横まで潜り込んできたもう片方の手に、ショーツを留めてる黒のリボンをぐいっと引き解かれる。
左の膝が胸をふにゅって押し潰すくらいに、脚を高く開かされていくのが恥ずかしい。
どこからか取り出した小さなビニールのパッケージに歯を立てて一息に噛み切った銀ちゃんを、こんな時くらいしか見たことがない余裕が無さそうな表情を、潤んだ目つきでぼうっと見つめる。
感じやすい耳や首筋にキスを落とされては甘い声で啼いて、熱い首筋にぶら下がるような姿勢で夢中になってしがみつく。
気がつけばショーツも剥ぎ取られて、蕩けきったところをはしたなく晒した脚の間に、どくどく脈打つ熱の塊をぐちゅっていきなり押しつけられて――
「〜〜〜っっぁ、あ、ぁ、ぁっ、ぁ、あ――・・・っ!」
「ん。もうぐじゅぐじゅ。奥まで挿れたらすげーことになりそ・・・」
「〜〜〜んぅう、ふぁ、っっく、ぁっあっ、ぁああっ、ぎんちゃぁぁっ」
ちょっと困ってるみたいに眉を下げて笑った顔が、あたしの唇を強く塞ぐ。
舌を深く絡められて喉の奥まで撫でられながら、銀ちゃんの腕の中でしか味わったことがない快楽の渦へ飲み込まれていった。
じゅぷっ、ずぷ、じゅぷっっ。
泡立った水音を鳴らしながら、とろとろになった蜜口や粘膜が大きなもので押し広げられていく。
銀ちゃんは少しずつ腰を押しつけて、じわじわ奥まで入ろうとしてる。
そのたびに鳴り響くあられもない水音に羞恥心を逆撫でされたら、ゆっくり埋め尽くされていくお腹の中が奥まできゅうぅって痺れ上がる。
「ぁっっ、ぎ、ひゃぁんっ・・・銀ちゃあっ、らめぇ、こぇ、でちゃうのぉ、あっ、ぁああ・・・!」
「、その顔、すっげぇ可愛い・・・」
「っ・・・!っっ、ぁっ、ゃあ、らめぇっ、ぁ、あ、あ〜〜〜・・・っっ!」
耳の中までぞくぞくしちゃうような、うっとりした甘い声にささやかれる。
そんな声を聞かされちゃったら銀ちゃんに埋められた奥がたまらなく疼いて、手足は勝手にびくびく跳ねた。
熱で染まった瞼を伏せてあたしに視線を注いでた顔が、目許を細めて嬉しそうに笑う。
銀ちゃんはゆっくり腰を動かし始めた。
張りつめた先端を弱いところにぐりぐり押しつけながら、ず、ず、ずって抜き挿しされる。
ゆっくりですごく弱い律動。まだ挿れられたばかりのそこを壊さないように傷つけないように、大切そうに撫でられてるみたい。
嬉しくなったあたしは何度も何度も銀ちゃんを呼んで、涙で濡れた顔を寄せて、何度も何度も自分からキスのおねだりをした。
そのたびに銀ちゃんが肩を揺らして可笑しそうにしてるから、ほんとはちょっと気恥ずかしい。
だけど呼べば必ず顔を寄せてくれる銀ちゃんを、もっと見たいって思ってしまう。
甘やかしてくれる大好きな人に、もっと、もっといっぱい触れられたい、触れてみたいって思ってしまう。
呼吸ごと奪われるような激しいキスだって、相手が銀ちゃんなら気持ちよくなれるしどきどきする。
でも、こんなふうにやわらかく唇を重ねてもらうのって、どこか特別だ。
愛おしそうに触れてくれる唇は、銀ちゃんの胸の中にある言葉じゃ伝えきれない気持ちまであたしに伝えようとしてるみたい。
二人きりでいるときにたまに貰える、とびきり素敵な宝物を貰ってるみたい――
吐息や肌がふわりと触れ合うたびに、銀ちゃんの優しい仕草や何かを我慢してるような息遣いが身体中に染み込んでくる。
背骨までまでとろとろに蕩けちゃいそうなくらい気持ちいい。
・・・ああ、だからなのかな。
そういうキスの特別な気持ちよさに浸ってるあたしをいつも見てるから、銀ちゃんはあたしがキスされるのがすごく好きだって思ってるのかも――
そんなことを思いながら口の中の粘膜を撫でる舌の動きに応えてるうちに、頭の中がかーっと火照っちゃうような気恥ずかしさも忘れてた。
キスの甘さや気持ちよさの中に溶けて、いつのまにかどこかに消えちゃったみたいだ。
そのうちに銀ちゃんが、あたしの両膝をそれぞれに裏から持ち上げる。
あっ、って悲鳴を漏らしてしがみついた時には、ずぶりと刺さった先端がお腹の底を抉ってた。
何がなんだかわからないうちに、腰をぐって抱えられてる。床に着いてたはずの足が宙に浮いてる。身体ごと銀ちゃんに持ち上げられてる――
「〜〜っやぁ!ぁ、ぁうぅ、んっ、あ、ぁあ・・・!」
必死にマントにしがみついても、埋め込まれた杭の先に全身の重みがずしりと掛かる。
お腹の底まで銀ちゃんに貫かれる感覚に、どくどくと脈動を鳴り響かせてる滾った熱の塊に、身体中の神経が集まっていく。
ぎゅうって瞑った瞼の端から、熱いしずくが溢れ出す。
男の人の昂ったものを根元まで咥えさせられてうんと広げられたところからも、熱い何かがとろとろ溢れ出していくのがわかる。
お腹をぎちぎちに埋め尽くされた苦しさで息もつけない。
ぐぐって腰を押しつけられたり、ずちゅ、ずちゅ、って奥にぶつけるような動きをされたら、張り出した先端がこれ以上ない深さで突き刺さってくる。
あたしがほんの少し身じろぎしたりお腹に力を籠めただけでも、やわらかい粘膜の行き止まりまで熱い塊が沈み込んでくる。
わなわなわなわな震えっ放しで閉じられなくなった唇からは、自分のものとは思えないようなおかしな声がひっきりなしに漏れた。
「っぁ、っはぁ、っひ、ぃっ、んんっ。〜〜ゃ、やらぁ、これ、ぉかしく、なっちゃ、っっ」
「っは、きもちい・・・突けば突くほどじゅわぁって溢れてとろとろになんのに、奥までキツくてたまんねぇ」
「らってぇ、おなか、銀ちゃ、で、いっぱいで・・・っっぁあんっ」
「なぁ、どこまで。俺のこれ、のどこまで届いてんの」
「あぁん、おく、ついちゃ、だめ、だめぇっ!ぁっっ、ゃあ、もっ、なか、いっぱいっ、ぎんちゃ、で、いっぱぃ・・・なのぉっ」
汗ばんだ首筋にしがみついて啜り泣きながら答えれば、銀ちゃんはくつくつ笑って尋ね返してきた。
「いっぱい?俺ので?」
「んっ、ぃっぱ・・・はぁ、ん」
「のナカ、全部?俺だけ?もう何も入んねぇ?」
「ん、ぎ、ちゃあ、だけぇ。あたしの、なか、銀ちゃ、で、いっぱ・・・あっ、あぁ・・・!」
「ちゃーん、締めつけすげーんだけど。やらしいこと言わされて感じちまった?」
ははっ、て耳元から笑い声が上がる。
こらえきれずに吹き出したようなその声は、なぜかすごく嬉しそう。
泣いた子供をあやしてるみたいな手つきに冷えた背中を撫でられる。
緩やかになった突き上げをあたしの中に送り込みながら、銀ちゃんは少しずつ動きを変えていった。
蜜口から奥までの感触を愉しんでるみたいに、蕩けた内壁をじっくり擦られる。
特に弱いところには硬く張り詰めた先端をぐって強めに押しつけられて、そこを往復する熱の塊に逆らえなくなるような深い快感を教え込まれる。
何度もそれを繰り返されてか細い声で喘ぐうちに、息が詰まるような苦しさはどこかに消えてなくなってしまった。
はぁ、はぁ、って乱れた呼吸を繰り返しながら、緩い律動に揺り上げられる。
じゅぷ、じゅぷってお腹の底をやんわり押し上げられるたびに、喘ぎっぱなしな唇からは甘ったるい吐息が漏れる。
おだやかで優しいさざ波みたいな気持ちよさが、頭の中まで押し寄せてくる。
・・・ああ、だけど、困っちゃうよ。
すごく気持ちいいし、気持ちよすぎてうっとりしちゃうんだけど――これって、激しくされてるときよりも恥ずかしいかも。
ゆったりした動きのせいで、奥までみっちり埋めてるもののかたちや熱の高さはうんとはっきり解るようになっちゃった。
こんなにはっきり解るんだから、銀ちゃんだってあたしの蕩けきった感触を感じてるはず。
そう気付いたら、震えが走るくらい恥ずかしい。
だけど好きな人とこんなに深く繋がってる感覚を感じられるのは、いくら恥ずかしくても嬉しくて、何度経験してもしあわせで。
「な、もう怖くねーだろ」って息を弾ませてる銀ちゃんが前髪やほっぺたを大切そうに啄むから、よけいに嬉しくて胸の中まで熱くなって、ほろりと目尻から雫がこぼれた。
「んん、も、こゎく、な・・・っ。す、きぃ・・・ぁん、すき、銀ちゃあ、すきぃ・・・っ」
「俺も好き。あいしてる、・・・っ」
吐息みたいなひそめた声にささやかれたせいで、耳の中まで蕩けちゃいそうだ。
すき、すきぃ、ってうわごとみたいに繰り返しながら抱きつけば、銀ちゃんはぎりっと歯を噛みしめてあたしのお尻を鷲掴みした。
ずん、って鋭く突き上げられて、お腹を突き破られそうなその激しさに悲鳴を上げる。
銀ちゃん、銀ちゃぁん、って啜り泣きながら見上げたら、きまり悪そうに笑ってる顔が近づいてきて唇を奪う。
くちゅりくちゅりと甘い音を響かせながらのめり込んできた銀ちゃんの舌は、気持ちよさで意識が融けてぼうっとしてるあたしの口内をめちゃくちゃに犯した。
そうして唇を離すまでの間、突き上げる動きはすこしだけ緩んで。離れたら途端に速くなって――
「・・・、もっと奥まで、ぜんぶ、俺でいっぱいにしてもいい」
「あっぁっ、ああっっらめぇっ・・・っひゃ、ぅう、ぎ、ちゃぁあ・・・!」
だめ。もう、いっちゃう。
マントの衿を握りしめながら泣き叫んでも仰け反っても、あたしをドアに打ち付けては揺さぶる腰の動きは止まってくれない。
じゅぷっ、じゅぷっ、ずぷんっ、ずちゅっっ。
暗い玄関に泡立った水音を響かせながら、激しい抜き挿しを繰り返される。
お腹の底を内臓ごと揺さぶり上げるみたいな鈍くて重たい衝撃に、何度も何度も穿たれる。
一番深いところばかり狙いすましてくるその律動が苦しくて何度も呼吸が止まりそうになるのに、銀ちゃんにうんと感じやすく作り変えられちゃった粘膜の壁は穿たれるほどぐずぐずに蕩けて、突き上げられてる奥だってどうしようもなく疼いてしまう。
ぱんっ、ぱんって硬い腰を叩きつけられるたびに、深々と嬲られる快感に痙攣してる蜜口から熱いしずくがとろとろこぼれて止まらない。
激しすぎる突き上げの連続がもっと速まって息が止まって、っっ、ってかぶりを振って涙を散らしたのと同時で、潤んだ視界がふっと白一色に染め尽される。
一瞬で快感の天辺まで昇らされて背筋がぴんと張りつめて、ぶらぶらと宙で揺らされてる足の先まで甘い痺れが毒みたいに巡っていった。
「あっぁっっ、〜〜っっぁああぁっ、〜〜ぁああ―――・・・っ!」
「っっく、あぁ、、っ・・・・・・・・・イ、くっ」
「っっ、っんふ、ぅぁ、っぅ、んん・・・〜〜〜っ!」
追い詰められてびくびくと打ち上げられた魚みたいに仰け反れば、離れかけた身体を引き戻そうとするみたいにぎゅってきつく抱きしめられる。
口の奥で震えてる舌も呼吸ができないくらい揉みくちゃにされて、深く強く絡みつかれた。
背筋をぞくりと抜けていくその気持ちよさにも二重に追い詰められちゃって、爪の先までびくびくと甘い痺れが駆け巡る。
ぶる、って跳ねて粘膜の壁を嬲った先に、ぐちゅって深く抉られる。
一番奥をこじ開けるみたいにして腰をぶつけてきた銀ちゃんが、んっっ、って低く唸りながら汗で濡れた顔をあたしの首筋にぐっと埋める。
狭い中で苦しそうに跳ねて暴れるものに繰り返し熱を注がれて、ひくひく震えてるお腹の奥から頭がおかしくなっちゃいそうな絶頂感がもう一度広がっていって――
「ぁっ、あっ、ああぁ〜〜〜・・・・・・!・・ぅ、ぁ・・ゃぁ・・ぁ・・ぁあ――・・・っ」
どくっっ、どくん、どくんっ。
大きく脈打つ先端に勢いよく吐き出されていく感覚が、全身に響いて鳴り止まない。
手足や胸や髪の先までぶるぶる波打たせながら、腰を前後に揺らしてる銀ちゃんにしがみついて力無く震える。
何度味わっても身体を奥から震わせてしまうその瞬間は、いつもよりうんと長引いた。
銀ちゃんいつもよりも興奮してるみたいだったから、いつもよりもいっぱい出されちゃったのかも。
そう気付いたら恥ずかしくてたまらなくて、ずる、って透明な粘液を纏わりつかせたものを中から引き抜かれてからも、甘い震えはなかなか消えてくれなかった。
ずる、ずる、ってドアを擦りながら脱力しきった右の太腿が下がっていって、こつん。
宙に浮いてたブーツの踵が、ようやく床のタイルに届く。
だけどちっとも脚には力が戻らなくて、あたしは結局銀ちゃんにしがみつく格好のままで近づいてきた顔と唇を重ねた。
くちゅ、くちゅ、ってお互いに舌を絡ませてる口内から漏れてくるかすかな水音や、獣みたいに昂ってる火照りきった息遣い。
ゆっくり髪を撫でてくれる腕や捲り上げられたスカートがざわざわ鳴らす衣擦れの音に混じって、外を走る車の音や人の声がドアの向こうから響いてくる。
・・・変なの。さっきまで感じてたこわさが嘘みたいに消えちゃってる。
全身がだるくて疲れきってて、頭の中までぐずぐずに蕩けきってるせいかな。
ここへ着いた時にはあんなにはらはらしてて外の気配におびえてたのに、物音も人の声も気にならない。
この腕の中でこうして甘えていられる間は、こわがるようなことなんて何もない。
そんな気さえしてる自分がおかしくて肩を揺らしてくすくす笑えば、軽く目を見張った銀ちゃんはなんだか見慣れない表情になった。
あたしの何かに意表を突かれたような、ちょっと困惑してるような顔。
汗に濡れた白い癖っ毛の影で、いつもだらしなく離れっ放しな眉が微妙なかんじにへなぁって下がる。
「・・・ぎんちゃ、ぁ・・?どーしたのぉ・・・」
「いや何つーか・・・あれな、あれだわ、あれ。よく言うだろ、恋は盲目とかあばたもえくぼとか。
あれな、あながち嘘でもねぇみてぇだわ」
「・・・。は?」
なんなのいきなり、何の話。
らしくないことを言い出した顔を首を傾げて見つめ返せば、銀ちゃんがずいっと迫ってくる。
いつになく真剣な目つきで人の顔をじろじろとしげしげと眺め倒して、かと思えば眉間をひそめたむず痒そうな表情になって。
汗の粒が流れてる首筋をぼりぼりぼりぼり掻きまくりながら怪訝そうに首を傾けて、
「ってよー、ありえなくね。べそべそ泣いて化粧落ちてぐずぐずんなった顔でふにゃふにゃ笑ってる子が、宇宙一いい女に見えるとか」
不思議でたまんねー、ってかんじの口調でそんなこと言うから、言われたこっちは言葉が出ない。
「っなっっなななななっっなっっ」って上擦った声を上げながら顔どころか頭の芯までかーっと一気に火照らせてたら、
「もう立ってらんねぇだろ。ベッド行こうぜ」
唇を耳にくっつけられて、やだ、って断る気も失くしちゃうような甘い声におねだりされる。
うぅぅ〜〜、って真っ赤になってうつむきながら唸ってるあたしが焦れったかったのか、銀ちゃんはすぐにあたしを抱き上げた。
恥ずかしくて死にそうになるような甘い言葉と口づけを繰り返してはどこか妖しい笑顔を見せて、黒のマントを背に靡かせながら真っ暗な寝室へ乗り込んでいく。
――がしがし頭を掻いたせいですっかり崩れちゃったヘアスタイルに、ドレスシャツのボタンを外したせいで引き締まった腹筋まで露わになった身体。
無造作でだらしない格好なのにそのだらしなさまで色っぽくて、腕の中で揺られるあたしを見つめて細められた目は、美味しそうな獲物を前にした獣みたいに光ってる。
そんな銀ちゃんの姿は浚ってきた女の子の血をたっぷり堪能しようとしてる獰猛なヴァンパイアみたいで、見ているだけでどきどきしちゃって――
そのどきどきはお姫さま抱っこで運ばれる間もベッドに抱き下ろされてからもちっとも収まってくれなくて、あたしはまるでヴァンパイアの魔力の虜にされたみたいに蕩けきった甘い声ばかり上げ続けてしまった。
「――・・・・・・ゃ。ちょ。待った。
いやいやいやいや待ってちゃん、待って待ってちょっと待って。やっぱこれっておかしくね?つーか絶対おかしいよね?」
なんてぶつぶつ愚痴りながらでっかい手で鷲掴みしたジャック・オ・ランタンをすかさず口に放り込んで、ほっぺたを目一杯膨らませながらばりぼりばりぼり、もごもごむごむご。
あっというまに噛み砕いて指についた屑もぺろりと舐めてごくんと一息に飲み干すが早いが、ぼすっ。
ハロウィンぽくオレンジと黒のリボンでラッピングした袋にまた手を突っ込んで、ぼりぼり齧ってもごもご頬張る。
袋の中身は仮装コンテストで審査員さん用に作ったのと同じクッキー。
お菓子に目がない銀ちゃん用に、かなり大量に詰め込んでみたんだけど…それこそスーパーでよく見かけるファミリーサイズの大袋菓子の3倍くらいは詰め込んでみたんだけど、自称「糖分王」の銀ちゃんにとってはまったくたいした量じゃなかったみたい。
まるでフードファイターみたいな怒涛の勢いでがつがつがつがつ、脇目もふらずに食べ始めてから30分くらい。
あたしがちょっとシャワーを浴びて寝室に戻ってくるまでの間に、おそろしいことに袋の中身はすっかすかになってた。
洗った髪に被せたタオルの影から覗き込んで数えてみたら、ええと、1個、2個、3、4、5個・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・うそでしょ。信じられない。かぼちゃパウダーを混ぜて作ったオレンジ色のお化けの残りは、残りわずか十数個ってところだ。
あんなに時間かけて何度も焼いて、袋一杯にぎゅーぎゅー詰めにしたのに。
それでもさすがに百個には届かなかったけど、数十個は詰めたはずなのに!
「っだよぉぉあーあー面白くねーなぁっ、何だよぉこのあからさまなサイズ格差っ。
そらぁ銀さんツンデレ好きだけどこーいうツンはいらねーよ、愛が感じられねーよ彼氏への愛が」
不満たらたらな早口でだーーーっと一気に訴えながら、銀ちゃんは腕を真後ろへ伸ばす。
ベッドの端っこに投げ出されてたあたしのトートバッグをわしっと引っ掴むと、がさごそがさごそ。
オレンジのリボンで飾った袋二つを、中からひょいって引っ張り出す。
自分の顔よりも大きいその袋を、ほら見ろや、って言わんばかりにあたしの鼻先まで突き付けてきた。
目の前すれすれまで迫ってる、透明なラッピング用の袋。
百円均一のお店で買った薄くて大きいその袋の中身は、どっちもあたしが焼いたクッキー。
実はこの二つと銀ちゃん用の大袋がわざわざマンションまで戻ってきた目的で、さっき銀ちゃんにも話した「忘れ物」だったりする。
いつだったかもう忘れちゃったけど、変に器用な銀ちゃんがファミレスのコースターにさらさらっと描いた落書きを見本にしてみた定春のクッキー。
それから、スマホで検索した公式グッズのイラストを見本にしてみたお通ちゃんクッキー。
どっちも揃って特大サイズ。たぶん、お祭りなんかで売ってるお面くらいの大きさはあるんじゃないかな。
定春は神楽ちゃんに、お通ちゃんは新八くんにと思って、審査員さん用を作る合間にこの特大サイズを焼いてみたんだけど――
オーブンの天板をフルに使ったこの特製クッキーが、14歳の神楽ちゃんとおかずの取り合いするくらい食い意地が張ってる銀ちゃんにはすこぶる気に食わなかったみたいだ。
さっきからぶーぶー文句垂れ放題な本人いわく、「彼氏の俺を差し置いてガキどもばっか特別扱い」に見えるんだって。
だけどそんな苦情を堂々と早口でまくし立ててる銀ちゃんの口端にはクッキーの屑が付いてるし、お行儀悪くベッドに寝そべったままクッキーをがつがつ食べたせいで枕にもシーツにも屑がぽろぽろ落ちてるし、しかもその姿ときたら、かろうじて下半身は毛布で隠れてるものの全身素っ裸ときてるからしまらない。
・・・うん、どう考えても銀ちゃんが間違ってるよね。
こんな姿で文句言っても逆効果だよね。大抵の人はまともに聞く気が失くなっちゃうと思うんだよね。
ていうか、聞けは聞くほど大人げないなぁって呆れちゃうよ。
同じ食いしん坊でも神楽ちゃんにゴネられたら「可愛いなぁ」って頭を撫でたくなったりするんだけど、でっかい図体のおっさんにゴネられたってちっとも可愛くみえないし。
「いやいやぜってーおかしいって、銀さんほんとに愛されてんの。
彼氏の俺がこのちっせーカボチゃで、新八と神楽がこのでけーやつっておかしくね!?いやいや絶対おかしいよね!?」
「おかしいのは銀ちゃんのほうでしょ。たかがお菓子でよくそこまで熱くなれるよね、いい年こいたおっさんが」
ぽふっ。
ベッドの上でごろごろしながらクッキーを頬張ってるぐーたら彼氏の隣に座れば、一人用の小さなベッドがゆらゆら揺れる。
着ている襦袢の裾が捲れそうになってたからさっと直して、まだしっとり湿ってる髪の毛の先をタオルで挟んだ。
目の前まで毛先を持ち上げてみたら、先週使い始めたコンディショナーのトロピカルフルーツっぽい甘い香りがふわふわ漂って鼻先をくすぐる。
「ね、おいしい?それ」
ぽたぽた垂れてくるしずくを大きめなタオルに染み込ませながら、醒めきった目つきで尋ねてみる。
そしたらほっぺた一杯にクッキーを詰め込んでむぐむぐ噛みしめてるくせにやたらと不満そうな彼氏が口端を引き結んで、「んー」ってこれまた不満そうな声で唸る。
・・・なにそれ。美味しいのか美味しくないのか、どっちなの。
それ以前に何なのその反応、ぜんぜん意味わかんないんだけど。ていうかありえないと思うんだけど。
好物のお菓子をこんなにたくさん作ってあげた優しい彼女に対してその態度って、どーいうことなのコノヤロー。
でもまぁ、こんなものすごい勢いで食べてるんだから、不味くはなかったんだろうけど。
もしも味がいまいちだったり銀ちゃんの口に合わなかったら、いくら甘党でお菓子に目がなくてもここまでガツガツ食べないだろうし。
「ちぇっ、あーうめぇ、マジでうめぇわこのクッキー。
おいおい冗談じゃねーよこんなうめーもんチンピラ警察どもにくれてやったのかよぉ。
あーあーっっだよぉ面白くねーなぁっ、誰だよ審査員に菓子配ろうとか言い出した奴っ」
「何言ってんの、銀ちゃんが言い出したんじゃん。それよりも、ねぇ、そろそろいい加減にしてほしいんだけど。
たかがクッキーでどんだけゴネる気」
「わかってねーなぁちゃん、思いのほかおそろしいもんなんだよ食い物の恨みってのはよー。
俺なんてこないだヅラと辰馬に同窓会だって呼び出されて10年前のポカリ代とヤクルト代返せってゴネられたからね。
10年も前の話だってぇのにあいつらすげーしつこかったからね」
「それは食べ物の恨みっていうかお金の恨みでしょ。もう、ジュース代くらいちゃんと払いなよ・・・」
特大サイズクッキーの袋をトートバッグに戻しながら、呆れきった顔で銀ちゃんを睨む。
はーっ、ってわざと大袈裟な溜め息をついて、がつん、って強めに肘鉄を入れて、
「あのね銀ちゃん、自分が何したかわかってる」
「あー?」
「今日一日の自分の行動を思い返してみなよ。
ねぇ、あんなこととかあんなことまでした銀ちゃんに、あたしに何か文句いう資格があると思う?」
ないないないないない、そんなの絶対ないからね。
いくら銀ちゃんがその無駄によく回る二枚舌であたしを丸め込もうとしても、今日は絶対認めてあげない。
自分のぶんのクッキーがないって誤解して拗ねまくって非力な女の子にしつこくいじわるしまくってマンションの通路を誰かが通りかかっても止めるどころか逆に興奮してしまいには玄関でえっちまでしたドSでケダモノな変態彼氏に、これ以上何かグダグダと文句言う資格があるとでも?
ないない、そんなのあるわけないよ。
万が一、じゃなくて何千億分の一とか何兆分の一とか、宇宙から落ちてきた隕石が頭に直撃するくらいの奇跡的確率でそんな資格があったとしてもあたしは断じて認めないから!
「いやいやだからぁ違げーって、あれは不幸な行き違いだって。
てかそもそもあれな、お前がさぁ、言ったよなぁ公園で、言ったじゃんっ。
クッキーもう全部配ったとか残ってねーとか、誤解を招くよーなこと言ったじゃんっ」
「違うってば。あれは「審査員さん用は全部配った」って意味で言ったの、それを銀ちゃんが勝手に勘違いしただけでしょ・・・って、なにこの手」
いつのまにかそろそろーって伸びてきてあたしのお尻をなでなでし始めたやらしい手を、ぺちんっ。
平手打ちで撃退したら、全裸の痴漢が痛くてたまらないって顔して叩かれた手を擦り始めて、
「っだよぉのケチ、いーじゃんちょっとくれー触らせてくれたってよー。
だいたいよー、目の毒なんだよそのうっっすい襦袢。
こっから見るとぱんつの線までばっちり判るし」
「っっ!?」
「しかもこーんな近くまで寄られたら風呂上りのいー匂いするし、ヤりまくった後のエロさが顔に出てるしよー。
そらぁ銀さんもムラっとするだろケツの一つや二つ触りたくなるだろ」
「〜〜っっぅううううるさいぃぃっ黙れふざけんな痴漢変態強姦魔っ」
ぶーぶー文句垂れてる全裸の変態の脇腹を摘んで、ぎゅうぅぅぅっっ。
裏返った声で怒鳴りながら、あたしの数倍は硬い腹筋を摘んだ二本の指に膨れっ面で全力を籠める。
すると銀ちゃんが血相変えて「っっってぇええ!」って叫んで仰け反って、毛布の中に隠れてる下半身まで布団ごと一緒に跳ね上がらせてじたばた暴れて、
「っっいてっいてぇってちょっっやめろっていでっいでいでいでででで!」
「誰のせいであたしがお風呂に入るはめになったと思ってんの、銀ちゃんが調子に乗って何回もするからでしょっ」
「待っっ痛てぇ痛てぇってそこはやめて抓んのやめてっ」
へー、そうなんだ。そんなに痛いんだ、ここ。
お腹のどこを触っても硬い筋肉で覆われてる銀ちゃんだけど、脇腹は腹筋ほど鍛えられる部分じゃないみたい。
意外な弱点を責められて涙目になってる変態彼氏は片手でべしべしベッドを叩いて、もう一方の手ではあたしの手をどうにかして引き剥がそうとしてる。
そんな銀ちゃんをじとーっと、冷えきった目つきで眺めてから、あたしはちらりと枕元の袋に視線を向ける。
銀ちゃん用のお化けかぼちゃクッキーの減り具合をそれとなく確かめて、そわそわした気分になりながら口を開いた。
「とにかくあんなこと二度としないでよね。わかった?」
「えぇー何だよわかんねーよあんなことってどれのこと、もっとはっきり言えっての。
真っ昼間の公園で脱がせてちゅーしまくったあれかぁ?それとも玄関で壁ドン羞恥プレイのほう」
「どっちもに決まってるでしょっ。いい、またあんなことしたら今度こそ別れるからねていうかすこしは反省しろド変態」
「えぇ〜〜〜、っだよぉぜんぶ俺のせいかよぉぉぉ」
「そーだよ、ほとんど全部銀ちゃんの勘違いのせいじゃん。要は銀ちゃん、自分のぶんのクッキーがなかったから怒ってたんでしょ?」
ほんとに意味わかんないんだけど。何なの、その迷惑な早とちりは。
あたし、銀ちゃんのぶんのクッキーは作ってないなんて言ってないよね?
そんなこと一回も言った覚えないんだけど。
なのに勝手に勘違いして勝手に拗ねて勝手にやらしいことばっかして、おかげでこっちは家に置いてきたクッキーのことを説明するどころじゃなくなっちゃったじゃんっ。
「いやいや俺だけじゃねーだろ、お前だって悪りーだろぉ」
抓られて赤くなった脇腹をでっかい手のひらで擦りながら、ふてぶてしい半目顔が見上げてくる。
もう一回肘鉄食らわせてみたりしたけど、困ったことに効き目はなさそう。
効き目が出るどころか枕に頬杖ついてあたしを眺めながらにやにやにやにや、ただでさえ緩んでて崩れ気味な表情をさらに崩れさせて笑ってるし。
「そもそも勘違いさせたのは誰だって話だよ、お前がはっきり言わねーから余計に誤解が膨らんじまったんだろぉ。
忘れ物とか言ってねーで、俺のクッキー家にあるから取りに来いって言やぁいーじゃんっ」
「・・・っ。そ。それは・・・だって・・・・・・っ」
もじもじしながら口籠る間に熱くなってきた顔を見られたくなくて、じりじり迫ってきた寝惚け顔からぷいっとそっぽを向いて逃げる。
まだしずくがぽたぽた垂れてくる毛先をタオルの端っこで包んで握って、髪を乾かすふりをしながらこっそり口を尖らせてたら、
ぎゅっ。
軽く帯紐で留めただけの襦袢の腰を、後ろから伸びてきた力強い腕に抱え込まれる。
横から迫ってきた顔をお腹にぼふって埋められて、
ふにっ。
唇を強く押しつけられたら、ひゃあ、って思わず腰を浮かせて跳ね上がってしまうくらいにお腹が奥から疼いちゃって――
「だって、何。なんだよその思わせぶりな態度ぉ、お前何か隠してね」
「〜〜ちょっ、ゃ、っっ」
布越しに肌を撫でながら不服そうに咎めてきた唇が、ちゅ、って触れるだけの口づけをおへその下あたりに落とす。
びくん、って思わず震え上がったその内側は、ほんの1時間前まで銀ちゃんので埋め尽くされてたところだ。
いつもより敏感になってるそこから這い上がってくるあの感覚を噛みしめながら、きゅって太腿を擦り合わせる。
だけどその隙にも重たい頭をすりすりすりすり、太腿やお腹に繰り返し擦りつけられるから、ぶる、って身体が震え上がった。
「んっ、もぅ、やめてってば、銀ちゃ、っ」
「お前がハナから言ってくれりゃあよー、銀さんだってもう少し紳士だったよ。
玄関で壁ドンしてから合わせ技で駅弁まで持ってく過激羞恥プレイとかやんねーよ?
いくらヤりたくてたまんなくて股間が暴発寸前でもなんとかぎりぎり我慢したよ、廊下の途中くれーまでは」
「それのどこが我慢なの、玄関も廊下もたいして変わんないでしょっっ。
もぅ、離せっ、はなしてぇ」
「だめですー、なに隠してんのか言うまで離してやりませんー」
「〜〜・・・っ。ばかっ」
いつのまにか帯の結び目を引っ掴んでたでっかい握り拳を、ぺちんっ。
あわてて腕を振り上げて、けっこう強めに引っ叩く。なのに銀ちゃんは離れてくれるどころか帯に皺が出来るくらいに握り締めてきた。
そんな仕草はいくらあたしが嫌がっても離してやらねーって言われてるみたいで、困っちゃうのにすこし嬉しい。
どうしたらいいかわかんなくなったあたしはぽうっとほっぺたを赤らめて、跳ねまくった天パ頭の毛先をもじもじしながら引っ張ってみた。
漏れる息遣いが襦袢の布越しでもすごく熱くて、このまま抱きしめられてたらほんとに変な気分になっちゃいそうだ。
そんなことを思ったら、お風呂上りでたたでさえぽかぽかな身体がさらにじわじわ熱くなっていく。
恥ずかしいから黙っておくつもりだったことが、口から勝手にこぼれ落ちた。
「・・・だって。みんなの前じゃ言い出しづらかったんだもん・・・」
ぽつりと漏らしたあたしの返事は、銀ちゃんにとっては予想外で拍子抜けしちゃう答えだったみたい。
「へ」って呻いて目も口もぽかんと開いたまぬけな顔が、瞬きも忘れてこっちを見てる。
だって、だって――公園に着く前とかコンテスト会場で言えばよかったんだけど、周りの目が気になったんだもん。
今日は朝から坂本さんたちが一緒だったしし、お祭りにはご近所の人や銀ちゃんのお知り合いがたくさんいたし、二人きりになれる時間なんてほとんどなかったんだから。
でも、まぁ・・・銀ちゃんの言い分もわからなくはないよ。あたしがはっきり言わなかったから、余計に誤解させちゃったのは認めるよ。
そこはちょっと悪かったかなって思ってるよ。
――だけど。でも。・・・だけどね、銀ちゃん。
銀ちゃんには銀ちゃんなりの言い分があるように、あたしにだってあたしなりの事情ってものがあるんだよ。
銀ちゃん用に焼いたこのクッキーのことは、できれば他の人には知られたくなかったんだもん。
もしこれを他の人がいる前で開けられたらって想像したら、それだけでもう気恥ずかしくていてもたってもいられなかったから――
「はぁ?んだよ、言い出しづれーって」
「・・・・・・・・・・・・クッキーの袋。・・・いちばん底の、ほう」
「へ?底?」
頭の天辺にできた変な寝癖をふわふわ揺らしながら肩を起こした銀ちゃんが、怪訝そうな目つきを向けながら離れていく。
枕元に投げ出されてるクッキーの袋を、ひょいっ。
ほとんど空になったそれを摘まみ上げながら起き上がって、ベッドの上で胡坐を掻いて。
無造作にぼすっと突っ込んだ手ががさごそ中を探り出して、それからほんの数秒くらいだ。
「ん?」って微妙に眉を寄せた顔が、オレンジと黒のリボンがはらりと外れていった袋の口をじーっと見つめる。
かと思えば口許を緩めて、照れくさそうに目尻を下げてくすりと笑う。
袋の中から引き出したものを、あたしの目の先までくっつけてみせた。
「なーなー、何これ。一個だけかぼちゃじゃねーやつ紛れてんだけど」
「・・・・・・そ。それ。・・・・・・審査員さん用には入ってないから。
・・・ひとつだけ・・・銀ちゃんにだけ、特別に作ったやつ・・・だから」
今銀ちゃんとしっかり目を合わせたら、顔から火が噴き出しちゃいそう。
だから上目遣いにちらちらとどんな表情してるのかを確かめながら、たどたどしい説明を小声でもごもご付け加える。
――ジャック・オ・ランタンの3倍は大きい、ハート型のパンプキンクッキー。
銀ちゃんにだけ用意したそれは、全体の半分くらいをチョコでつやつやにコーティングした上に、色とりどりのチョコペンやアイシング、ナッツやドライフルーツなんかで細かくデコレーションした力作だ。
お店で売ってるものにはもちろん敵わないんだけど、手作りにしてはいい出来栄えかも。
自分でもそんな自画自賛しちゃうくらいにはうまく出来たと思う。
でも皮肉なことに、この出来栄えの良さが却って災いしちゃったんだよね。
審査員さん用には無いこのあからさまな特別感を――しかもたった一個だけ作ったハート型クッキーていう、贈ろうとしてる相手への特別な好意が一目瞭然になっちゃうものを、新八くんたちに見られたら――完成させてからそう気付いて、日頃から銀ちゃんにはつんつんしてて何かと意地っ張りなあたしには、万事屋にこれを持っていって渡す勇気が出なかった。
だから「家に忘れ物した」なんて嘘をついて、ここまで銀ちゃんに来てもらって――
「いやーマジですげーわこの細工。
俺の誕生日の時も思ったけどー、お前さぁ、本格的に修行したらケーキ屋とかやれんじゃねーの」
指で挟んだクッキーを、ひょいっ。
頭の上まで持ち上げて天井のライトのほうへ翳しながら、銀ちゃんが感心したような声を上げる。
しげしげとまじまじとあらゆる方向から眺め倒すと、まぶしそうに目を細めながら首を傾げた。
「けどよーいくら特別ったって、さすがにこれは凝りすぎじゃね。誕生日でもねーのに気合い入りすぎじゃね」
「〜〜ぅ、うるさいっ。文句つけたら没収だから、坂本さんか陸奥さんにあげるからっ」
「はは、あいつらに食わせてたまるかっつーの。つーか誰にも食わせてやんねー」
こいつはの「特別」だろ、誰だろうと譲ってやんねーよ。
そんなことをクッキーを見つめながら愉しそうにつぶやくから、とくんって心臓が跳ね上がる。かーっ、ってほっぺたが火照り出す。
〜〜〜〜っっ、って口の中で言葉にならない声を噛みしめながら、あたしはあたふたと湿ったタオルを引っ被った。
〜〜〜〜〜〜〜っっ。なんなのそれ。ばか、銀ちゃんのばか。
お付き合い初心者のお子ちゃまにそんなこと言われちゃったら、どきどきしすぎてどう反応していいかわかんなくなるし。
それ以前に、どんな顔していいのかすらわかんないし・・・!
半分チョコでコーティングされた、大きめサイズのオレンジのハート。
デコレーションが崩れないように透明なラッピングで包んだそれをにやにや眺めてた銀ちゃんが、ちゅ。
ラッピングの端っこにキスを落として、ふと何か思い出したような顔になって、
「・・・あー。あの温泉な」
「え。・・・・・・あぁ、うん」
「今日は優勝逃しちまったけど、まぁそのうち連れてってやっから待ってろや」
「・・・・・・ん。じゃあ・・・ま。待ってる・・・」
・・・・・・まぁ、うん、一応ね。一応待ってあげるけど。
せっかく大口の依頼が入っても気付けばパチンコとお酒に報酬を注ぎ込んじゃってる銀ちゃんのことだし、あんまり期待はしないけど。
心の中でそうつぶやきながら肩を竦めて、ぎくしゃくした仕草で手を伸ばす。
よく見ると薄い傷跡が残ってる小指に、自分の小指を遠慮がちに絡める。
へ、って意外そうな顔でこっちを向いた銀ちゃんの視線を被ったタオルで避けながら、楽しみにしてるね、って意味を込めておずおずと握る。
つまりは約束のゆびきりだ。
――そう、仮装コンテストの優勝賞品――あたしが憧れてる温泉旅館の宿泊券は、結局のところ他のチームに浚われてしまった。
みごとに優勝を勝ち取ったのは、狂死郎さん率いるチーム高天原。
今日のコンテストでいちばん会場を湧かせた人気チームの大勝利だ。
ちなみに坂本さんや真選組の局長さんが欲しがってた商店会特別賞は、やけにリアルなゾンビナースコスプレが一際異彩を放ってたチームかまっ娘倶楽部が獲得。
特別賞狙いだった坂本さんは、コンテストの帰りもしきりに悔しがっていた。
とはいえそこでヘコむどころか、帰り道で見かけたすまいるのおりょうさんに猛アタックで食らいついていくあたりがいかにも銀ちゃんのお友達だなぁってかんじだったけど。
「・・・えっと。でもね。無理しなくていいから。連れてってもらえても、もらえなくてもどっちでもいいから」
「へ。なんで」
「銀ちゃんがね、そうやってあたしを連れてってやるって思ってくれるだけで嬉しいの。
だから、えーと・・・どっちになっても、嬉しいことに変わりはないっていうか・・・」
そう、だから――結果がどっちに転んでも、あの温泉に一緒に行けても行けなくても、あたしはもう十分に嬉しいんだよ。
「そのうち連れてってやっから」なんて言ってくれる、銀ちゃんの気持ちが。
あたしがなんとなく口にした他愛のない話も、ありったけの勇気を振り絞って打ち明けたことも――どれもすっかり忘れたようなとぼけた顔してるくせに、どれもずっと忘れずに覚えていてくれる銀ちゃんが。
「・・・えっと。だからね・・・・・・・・・〜〜っ、じゃなくて、し、支度、支度するから、銀ちゃんもシャワー浴びてくれば」
しどろもどろに口籠って、タオルの端っこを弄りながらうつむく。
胸の中にはあれこれと伝えたいことはあるんだけど、さすがにそこまで白状しちゃうのは照れくさいし気恥ずかしい。
言い慣れないこと言ったせいで顔が勝手に赤くなってきたから、そういうのもあんまり気付かれたくないし。
だからあたふたと立ち上がって、ぎこちなくてぎくしゃくした仕草でベッドの向かいの鏡台のほうへ踏み出した。
いや、いやいやいやいや、違うから。別に銀ちゃんから逃げたわけじゃないから。
これから万事屋に行くんだから色々用意しなくちゃいけないし、髪も乾かさないといけないし・・・なんて自分に言い訳しながら、そそくさと鏡台へ急ごうとしたら――
なぜか二の腕をわしっと掴まれて、ぐいって後ろへ引っ張られていって、
「――え?」
明るかったはずの目の前が、急に真っ暗に閉ざされる。
天井からの光を遮る大きな何か。それが銀ちゃんの肩だって気付いたときには、ぐらりと傾いた後ろ頭を大きな手のひらに包み込まれてて。
ぱちりと瞬きした、次の瞬間――
「――っん、んぅう!?っふ、っ・・・〜〜〜っ!?」
待って、なにこれ。どーなってるの。
そんなことを尋ねる間すら与えずに、噛みつくような口づけはあたしの唇を奪っていった。
くちゅ、くちゅ、って舌を絡めて唾液を味わうみたいに啜られて、「ん、うめぇ」って満足そうな声を口の中に注がれる。
硬く尖らせた舌先に弱いところをつうっとなぞられたら手足も腰もびくびくと跳ねて、ぞくぞくした震えが背筋を走る。
どこかもどかしいその気持ちよさをぎゅって目を瞑ってこらえてるうちに、ベッドへどさりと押し倒される。
あたしの様子が変わったのを見計らったみたいに、銀ちゃんの手は腰の帯へ向かっていく。しゅる、するり。
蝶々結びで軽く結わえただけのやわらかい布は、あっけなく片手で解かれてしまった。
「〜〜〜っ!ぎ、ぎんちゃ」
「っとによー、困った子だよなぁ・・・指切りだけでもぐっときちまって、相当我慢したのによー」
「あっ、ゃ、ばかぁ、ちょっっ」
肌になめらかに貼りついてた薄地の裾を割った手が、襦袢の中まで潜り込んでくる。
お風呂上りで温まった素肌を可愛がるみたいに腰や太腿を撫でていって、ショーツの中まで滑り込んできて――うんと低めた吐息みたいな声が、耳元へささやきかけてきた。
「今日のお前、可愛すぎ。可愛すぎてまるごとぜんぶ食っちまいたくなるわ」
「〜〜〜っ!?」
「けどよー、っっとに男心ってもんをわかってねーよ。
そーいういじらしいこと言われちまったらまたいたずらしたくなっちまうじゃん」
「〜〜っ。ぃ、いたずら、って、ぇ、ぅわ、ちょ・・・・・・んっ、んふ、んんっっ」
ずしりと腰を落とした重たい身体があたしをベッドに組み敷いて、さっきよりも激しくなった舌遣いに呼吸ごと呑み込まれていく。
うそ、やだ、冗談でしょ。ていうか冗談じゃないんだけど。待って銀ちゃん、まだする気?
あんなにしたのにまだ足りないの!?
早くも人の左胸をむにゅって握ってあたしの動きを封じ込めちゃった銀ちゃんの下で、じたばたじたばた、腰を捩ってもがきながら、あたしは半泣きで白っぽい癖っ毛を引っ掴んだ。
「ん、んっ。ふぇ、も、ゃん、クッキーいっぱいあげたのにぃぃっ」
「おいおい俺を誰だと思ってんの、糖分王銀さんだよ?
いくらのスペシャルクッキーでもあれっぽっちじゃ食い足りねーよ、もっとたらふく食わせてくんねーと。
どうせならうんと気前良く食べ放題とかにしてくれや」
耳にぴとってくっつけられた唇が、肌を撫でながらゆっくり動く。
頭の中まで響き渡ったのは、あたしがそれだけで逆らえなくなるような甘い声のおねだりだ。
ばか。ずるい。銀ちゃん、ずるい。これに弱いって知ってるくせに。
熱い吐息にもくすぐられたあたしが我慢できずに腰をくねらせても、ばかばかばかぁって連呼しながら抵抗しても、銀ちゃんはただ笑うだけ。
しかもあたしが抵抗するたびになぜか嬉しそうににやついて、「やべー、俺の彼女ちょー可愛い」ってどきどきするようなことをさらりと言うから困っちゃう。
そんなことをしてるうちに息遣いが荒くなってきた銀ちゃんは、獲物に噛みつこうとしてる獣みたいな姿勢で覆い被さりながらさらに追い打ちをかけてきた。
ブラはホックも外さないままずり下ろされて――ちゅっ。
しつこく舐められてたせいでまだつんと尖ってる胸の先に、愛おしそうに唇が触れる。
あん、って気持ちよさをこらえられずに甲高い声を上げたときには、膨らみをゆるゆる揉みしだかれてる。
びくびくって震えて涙ぐむうちに反対の胸にも手が伸びてきて、すっかり硬さを取り戻した熱いものをショーツの上から擦りつけられる。
これじゃあ銀ちゃんにお腹の奥まで入り込まれてるときみたい。
上下に腰を揺らす動きにあたしの身体も揺さぶられて、ぎし、ぎし、って一人用のちいさなベッドが銀ちゃんの動きに合わせて軋み始めて――
「あ、ゃん、ぁあ・・・んっ。・・・も、むりぃ、あんなにした、のに、むりぃ・・・っ」
「なぁ、どっち。どっち食わせてくれんの。今夜一晩手作りクッキー食べ放題?それとも、今夜一晩ちゃん食べ放題?」
「ど、どっちも、やぁ。く、クッキー、の、ざいりょう、んて、きのう、んっ、ぜんぶ・・・ふぁ、つ、つ、かい、きっ」
「へー、材料ぜーんぶ使い切ったんだぁ。ならちゃん食べ放題コースで決定な」
「〜〜〜っ、ぁん、ばかぁ、ばかばかばかあぁっ。食べていぃなんて言ってないぃ」
全体重を掛けて圧し掛かってきた背中に、ぼすっ。手近にあったクッションをぶつけて、弱り切った声で啜り泣く。
いてぇ、ってたいして痛くもなさそうなのに文句をつけたハロウィンの怪物は、いかにも吸血鬼らしくあたしの首筋に吸いつきながら可笑しそうにくつくつ笑った。