もういい。あんたなんかもういらない。もう知らない。

何が「行かなきゃなんねーんだ」だよ。何カッコつけてんの。全然似合ってないんだから。
そんなのあんたのダラけきった顔にも、捩子切れそうなクリクリ天然パーマにも。
ちっとも似合わないんだから。

おかしいよ。何よそれ。
攘夷浪士だか幕府の黒幕だか天人だか、どこの誰だか知らないけど。
あんたそんなのと渡り合えるの。
てゆーか無理。絶対無理だから。そんなの、今までの怪我程度で済むわけないじゃん。
馬鹿じゃないの。
そんなバケモノに、ダメダメ天パが安物の木刀一本で突っ込んでいってどうなるっていうの。

だって、どうして。どうして他の人じゃ駄目なの。
どうして銀時が行かなきゃならないの。そんなのおかしいよ。

ああ、もういい。もう知らない。
話にならない。これ以上、聞く気になれない。

行けば。好きにすればいいじゃん。
戦場でも爆心地でも核実験島でも。どこでも勝手に行っちゃえばいい。
後でのこのこ帰ってきたってダメなんだから。
あんたの戻る場所なんて、帰ってくる場所なんてないんだからね。
もう針一本挟めるくらいのスキマだって、残しておいてあげないんだから。


どこまで矛盾しているんだろう。
どこまでこうして責め続けるんだろう。

涙声で喚きながら、自分に自分でつくづく呆れる。
目の前の銀時は、居辛そうな顔をしてる。無造作に頭を掻いている。
降り続ける雪はこうしている間にも、銀時の頭の上に。あたしの上にも、積もっていく。

ただ広いだけで何も無いこの場所を、今年初めての雪が埋め尽くしていく。
ひらひらと舞い落ちては、黙って降り積もっていく雪。
銀時の髪と同じ色だ。
白銀で、あたりは埋め尽くされている。


別に銀時は、あたしのものでもなんでもない。
もういらない、もう知らない、戻ってくるな。こんなに怒鳴られるような云われなんて、どこにも無い。
あたしのところに戻るどころか、どこへ行こうと銀時の自由。
元からあたしたちは、そんな関係じゃないんだから。

お互いにすこし距離を置いて、微妙な間を取りながら。ずっと一緒に過ごしてきた。
どうでもいいようなことで笑って、どうでもいいようなことでケンカして。
どうでもいいきっかけで仲直りする。
お酒が入ればくだらない話ばかりで。周りに犬猫かと笑われるくらいに、じゃれ合って。

でも。
ただそれだけの、ただの友達。

銀時は年中この通りだ。
誰にでもあけすけなようでいて、何を考えているのかちっともわからない。
けれど、それでもひとつだけ解っていることがある。
こいつはきっと、あたしを女だと認めてすらいない。
これだけ一緒にいたのに。それなりの男と女らしいことなんて、一度も無かった。



はいはいはい、はいーーー、そこでストップね。はい終了。
つーかよ、もォ母ちゃんのしつこい小言聞いてる時間なんか無いからね。俺、もう行かなきゃいけないからね。

俺ァよー、忘れモン取りに来たんだよ。ほら、いーから早く出せって。
間に合わねーだろ。早く学校戻んねーと。五時間目始まるだろ。チャイム鳴っちまうだろ。

・・・何よ。学校って。忘れ物って。
縦笛?分度器?学校ジャージ?アンタが玄関に忘れてったお弁当なら、もう食べちゃったよ。

なんだよ返せよ俺の唐揚げ。・・・・って、そーじゃねーよ。

あれっ。。お前さあ。まだわかんねーの。
こう見えて急いでんだよ?俺。もォ行かなきゃなんねーの。
なのに、なんで俺んとこじゃなくて、こーんな何にも無えクソ寒いトコにわざわざ呼び出したのか。
そこらへん解る?解ってんのお前。
イヤイヤ解ってねーな。絶対解ってねーだろ、そのツラ。
つーかよー、なァに泣いてんだよ。勘弁しろって。気持ち悪りィよやりづれーよ。


だるそうに近寄ってきた銀時は、あたしの頭に積もった雪を撫でるように払い除けていく。
それから、何の躊躇もなくあたしの肩に手を置いた。
肩に乗った重みが熱い。指の感触がこそばゆい。
積もったものをパンパンと払うと、寒みィんだよいー加減にしろよ、と空に向かって悪態を吐いた。


オメーはよ。
そーゆー重要なトコを素っ飛ばそーとすっから、こんなコトになるんだよ?
コレでケンカしたまま俺を行かせちまったらよー、お前。明日っから寝醒めが悪りィだろ?

よく言うだろ?捜査が行き詰ったら振り出しに戻れ、ってよォ。
火サスに出てくる汚ねートレンチコート着たベテラン刑事が、よく言うだろ?
アレだわアレ。アレと同じだよ。
ワケがわかんなくなったときは、まず振り出しに戻る。
で、手順踏んで考えていきゃあいいんだよ。そーすりゃすぐに事件解決だよ。
○越○一郎が断崖絶壁に犯人追い詰めたときに、よく言ってんじゃん。
事件の鍵は既に我々の目の前に掲げられていたんですー、とか何とかよー。アレだってアレ。


知らない。火サスなんて見ないし。
○越も片○な○さも、ベテラン刑事もどうでもいい。
どうしてこんなときに、火サスの話なんかしなきゃいけないの。

どうしてさっきから、ずっとあたしの頭を撫でてるの。


あたし。やっぱりあんたが解らない。

あたしがつぶやいても、銀時は何も言わなかった。
少しさみしそうな、困ったような。けれど時間に急かされて、落ち着かないような気配も見える。
なのに。それでもどうして、いつもみたいに気の抜けた、何も無いような顔して笑っていられるの。


どーせお前、アレだろ?
俺が行っちまったって、どーせここから動けねえだろ。
一人で女みてーにメソメソ泣いてんだろ。え、てゆーか。お前。自分が女だとでも思ってんの?

つかよー。今何月だと思ってんの。今何時だと思ってんだよ。
もォ夕方だよ、陽が沈むよ?んなとこにあと二時間も突っ立ってみろよ。凍え死ぬよ?
なにお前、このまま凍って雪像にでもなりたいの?やーめとけって。
一人札幌雪祭りか?命賭けで一人祭りですかァ?
江戸っ子気質でも何でもねーよ。粋でも洒落でも済まねーっての。
・・・ってっっ、何すんだよ、いっってーよ!
何だよ蹴るか普通?旅立つ銀サン見送ろうって時に、餞別が蹴りですかさん?
いくら女捨ててるからってよー。なにその足技、その鋭い切れ味。どこのK1選手?どこで磨いてんのその技。

・・・・・・イヤイヤイヤ、悪かった、俺が悪かった!
だからモーション入るのやめてくれる?

だーからよ、時間無えって言ってんだろ。
こういう時こそ、敢えて振り出しに戻るんだよ。捜査の原点だよ原点。
いいからよく考えてみろって。凍死する前によーく考えてみろって。
お前だってよー、どーしてこんな場所だと思ってんだろ。
いや、しかしよォ。それにしたって何なのソレ。どーいうコトだよその格好。
この天気だってーのにそんな薄着で外出るバカ、オメーしかいねーよ?

あんたが悪いのよ。急に呼び出すからでしょ。
すぐに行くとかいつ帰ってこれるかわかんねーとか、急に口走るから。
部屋着のまま来ちゃったんじゃない。

だからってよー、せめて・・・
お?もォこんな時間じゃねーかよ、ヤベーよ。オメーの相手なんかしてる場合じゃねーよ。
俺ァもう行くよ?もう待たねーよ?だからさっさと出せよ。
お前が出さねーことには、話進まねーだろ?

・・・・・無いわよ。銀時に出すモノなんて。
さっきから、涙と鼻水しか出てこないんだから。要る?

要らねーよ。間に合ってるよ。つかよー、寒すぎんだよここ。
いつまで待たせんだよ、いー加減にしねーと出ちまうだろ。
俺よー、さっきから下半身に違う水分溜まってきてんだけど。要るか?

糖分過多の腐った水なんか、要らないわよ。何よ。どうしてあたしのせいになってんのよ。
さっきからずっと、誰が話を遠ざけてると思ってんの。
あたしは云ってないじゃん。
縦笛とか火サスとか、雪祭りだとかK1選手だとか。ひとことも言ってないから。
銀時が一人で話を脱線させてるんじゃない。


あたしが着物の袖を掴んでゴネたら、
あー、だか、おー、だかよく聞き取れない、籠った声で銀時がつぶやく。
今までゆっくり撫でていたあたしの髪を、口を尖らせた拗ねたような顔でぐしゃっと掴んだ。

だからオメーは女じゃねえってんだよ。
・・・少しはよー。男のビミョーな心理ってもんを察してみせろ?これじゃ余計に云い辛れーよ。
勘弁しろよ。どーせアレだろ、お前。お前の性格なんて、俺の天パ以上に捩子切れてるから。
今もし、周りに誰かいたら。こんなに泣いたり出来ねーんだろ。

そりゃあよー。こんな時だよ?
会ってツラ見ておきてえ奴なんて、ゴマンといるよ。
まあ、実際行かねーよ?時間もねーし面倒臭せーし。
それによ。わざわざツラ見に行ったってよォ。
解ってんだよ。こんな時に会ったってよー。
お互い云いてえ事なんて、ひとつも出てきやしねえもんだし。


あたしの髪を掴んでいた手は、そのまま髪の上を滑って。毛先へと落ちて行った。
肩に届いたその手ともう片方の手が、あたしの首に回される。そのままぐいっと引き寄せられて。
気づいたらもう、人肌の温かさの中にいた。

銀時の腕の中。酔ったときに、何度もふざけたふりをして抱きついていた腕だ。
なのに、じゃれ合っていたときとは何かが違う。
逃げ場の無さそうな力強さに、包まれていた。


けどよー、。お前は別だ。

解っちまったんだよ。
なあ。お前、解る?解んねーだろ?
俺ァ解ったね。ついに解ったよ。
行くって決めたらよー、何てえの。もォ、ビビッと電気走ったってゆーかよォ。
えっ、こんなお手軽でいいの?ってくれー簡単に解ったんだよ。

皮肉っつーかよォ。惨いもんだな。
戻れるかどうかって時になってみねーと、そういうこたァ解んねーように出来てんのかねェ。

一番会っときてえ奴が、どいつなのかも。生きてここに戻れるとしたら、てめえがどこに帰りたがってるのかも。
俺ァもう、嫌ってえくれー解っちまった。


なあ。頼むわ。聞いても笑うなよ。こいつは俺の、一生のお願いってヤツだからな?
今、ここで俺に聞かせてくれ。今ここで、渡しといてくれねえか。お前の本音。




あげない。渡せないよ。

戻って来れないつもりで、ここを出ていくようなヤツに。あたしの心は渡せない。



ねえ、解ってるの。どうせ解ってないんでしょ。
他に受け取る奴なんて、いやしないんだから。他の誰にも渡せないんだから。
あんたが帰ってきてくれないと。あたしは一生、ひとりになっちゃうかもしれないんだよ。


馬鹿。どうして今頃になって、そんなこと云うの。
どうしてあと一日、早く云ってくれなかったの。どうしてこんな、ギリギリになって。
せめてあと一日あったら。あたし。・・・・・一緒に、いたかったのに。


・・・・・あーあ。駄目だって。そりゃあ駄目だろ。
そりゃあヤベーよ。一晩一緒にいてみろよ。
俺ァ、もォ無理だからね。
今までみてーに、ふざけたふりして我慢とか出来ねーから。イヤ、ぜってー無理だよ。出来ねーよ?

だから。どうして我慢しちゃうの。我慢してほしいなんて、あたしは全然思っていないのに。

あー?・・・・・や、待てよ。
イヤイヤイヤ、待てよ今のナシな。我慢のしすぎは体に悪いっつーからなァ。

えっ、と呻く前に、銀時があたしの頬を抑える。
すぐに唇が塞がれた。
唇を割って入り込んできた熱い舌が、あたしのそれを絡め取る。
初めてだったし、あんまり突然だから。驚いてしまって、あたしの身体はガチガチに固まった。
しかも苦しい。息が出来ない。
苦し紛れに胸を叩いてみても、銀時は離してくれなかった。
舌は奥まで絡みついてくる。背中を抱いていた腕が、いつのまにか着物の裾を割ろうとしている。

うう、とかぐう、とか、およそ女らしくない声を漏らしながら、あたしは焦って銀時の身体を押し返した。
やだやだっ。初めてがココでなんて、嫌だからっ。
焦って喚くと、銀時はへえー、コレが初めてってことはよー、と、だらしなくニヤけた顔で覗き込んできた。


あのよー。何。何だよコレ。
お前、これでもマジで俺に戻って来いとか思ってんの?ダメだろコレ。
糖分王への餞別にしちゃあ、塩辛すぎるだろ。

最初のコレが塩味ってよー。しかも涙なんだか鼻水なんだか判りゃしねーしよォ。
だから嫌なんだよ、泣かれんの。

憎まれ口は叩くくせに、銀時はあたしの頬に柔らかく唇を落とす。
触れた舌先は、ぺろっと塩辛いはずの肌を舐めていった。

だからよー。なあ、。さっきのアレな。

・・・アレって何よ。どのアレよ。

だからアレだろ。オメーの気持ち。戻って来たら返してやっから。
代わりにアレだよ、今の続きな。うっかり手ェつけちまったからよー。俺が全部、貰ってやっから。

ァんだよそのツラ。おーい。聞いてんのかァ?お前、自分が何言われてっか解ってんの?解ってるヒト、頷いてみ?
・・・イヤ。頷きすぎだって。
まァ、解ってんならいーけどよォ。つーことで、お前はもう予約済だからな。
俺が戻るまで、他の野郎に渡すんじゃねーぞ。

んじゃ、適当にパパッと片ァつけて、すぐ帰ってくっから。
お前もよー。泣いてばっかいねーで、やることやっとけよ?せめて荷造りくれーは済ませとけよ?な?
俺はあっとゆー間に戻ってくっから。そしたらお前が抱えてるモン、全部連れて。俺んとこに来いや。

何度も何度も、大きく頷いて。銀時を見上げた。
見上げた顔はさっきと違って、だらしなくも、ニヤけてもいなかった。
どこかすっきりと晴れている。
その表情があたしに、銀時はもう行ってしまうんだ、と告げていた。


で?これからどーすんの。マジで雪像になるつもりかァ?
やーめとけって。せめて見送りくらいはしてくれんだろ?ちゃん。

からかうように笑った銀時が、手を取った。包み込んでぎゅっと握る。

あたしの手をすっぽり覆ってしまう、大きな手に。
雪が一片落ちて、熱に溶けて。また落ちて。また消える。


音も無く落ちてくる雪。降り積もる雪。
低くて分厚い灰色の雲が垂れ籠める、夕陽さえ射してこない灰暗い空から。
乾いた雪が不規則な振り子を描いては、あたしたちの足元に舞い落ちる。



このまま時間が止まればいいのに。

そんな途方も無い望みをかけて、不安に押し潰されそうになって。涙ぐむ弱いあたしなんて、溶けてしまえばいいのに。


銀時の拳に落ちては溶けていく、この雪みたいに。溶けて消えてしまえばいいのに。





「 ひとひら 」

text by riliri Caramelization 2008/12/06/