その男、看板に偽りあり 3
また来ます。 そう言った女が、このところ姿を見せない。 押し倒した日からもう一週間を過ぎた。 「最近来ませんね、さん」 新八が何気なく口にした名前で、目が止まる。銀時は読んでいたジャンプから顔を上げた。 そーいやそんな名前だったな、あの姉ちゃん。 名前すら知ろうとしなかったことに、今頃になって気づいた。 台所から顔を出した神楽が、戸棚を指して訊いてくる。 「銀ちゃーん。ここにあったバナマヨサブレ、どこに行ったアルか?」 「知らねーよ」 そう言った銀時の頬はムグムグと動き、口元には焼き菓子らしき屑がついている。 キイィィィィ、と唸った神楽が飛びついてきた。 「返せェ!私のバナマヨ!ラスイチ!返せェェェ!!吐けェェェ!!」 「知らねーよ。何にも書いてなかったしィ。オメー、親に教わらなかったのかァ? 自分のモンには名前書いとくもんなんだよ。一枚一枚「かぐら」って名前書いとけよォ。」 憎たらしい口調で言い返す銀時に、神楽は怒りを増している。 お互い機嫌の悪いときにこの二人がやり合ったら、部屋ごと破壊されかねない。 何より自分の身が危うい。掴みあう二人を前に、困った顔の新八が仲裁に入ろうとする。 「神楽ちゃん、やめといたら。銀さん最近機嫌悪いしさ。許してあげなよ」 「悪かねーよ。俺ァ毎日上天気よ。高気圧な男だよ?」 「誰が高気圧ですか。停滞しきった熱帯性低気圧の間違いでしょ」 「違うネ新八。そのオッサンは低気圧にすらなれないアル。 嵐を呼べるほどのパワーがあれば、今頃嫁のひとりも掴まえてるヨ」 「いや、そこはそっとしておいてあげなって、神楽ちゃん」 「オマエは何にもわかってないネ、このままじゃ一生モテなくて一生童貞のままネ!」 「童貞関係ねーだろォォォォ!!?つか、童貞とか言うなァァァァ!!!!」 「オマエがそーやって甘やかすから、このモジャモジャはいつまでたっても男になれないアル。 ゲテモノ菓子持って遊びに来いって、真選組の姉ちゃんに言えないアルヨ!!」 「はァ?ァあに言ってんだ神楽。何でそこにあの女が出てくんだよ」 新八と神楽は、互いに顔を見合わせた。 それから二人揃って、締まりのない顔で欠伸を繰り返す銀時をしげしげと眺める。 神楽がフッ、と馬鹿にしたような顔で笑う。呆れ顔になった新八は、しみじみとした溜息をついた。 「・・・自覚なかったんだ、銀さん」 「そーヨ。だから私言ったネ。このままじゃ一生モテなくて一生女に不自由するネ」 聞こえてんだよ、バーカ。 つーか気づくだろ。とっくに気づいてんだよ。嫌んなるほど自覚しちまってんだよ。 どうも最近、玄関開くたびに身構えちまうんだよ。 開くたびに「こんにちはー」ってよ。あの女の声が、勝手に鳴るんだよ。来てねーっつーのに。 ソファに寝転ぶと、銀時はジャンプを顔に被せて目を閉じた。 幻聴と呼ぶには甘やかな、女の声がまた耳の奥で鳴る。 こんにちはー。旦那、また来ちゃいましたァ。 そろそろ考えてくれました? そう言って笑う女の顔が、目に浮かぶ。 あのとき一度だけ触れた、組み敷いたはずの女の感触は、なぜか思い出せなくなっているのに。 何て云った?あの姉ちゃんの名前。 名前なんて、こいつらに訊けばすぐわかる。訊かねーけどよ。訊くのは癪だ。 とか云ってたな。 イヤ苗字じゃねーよ。下の名前だよ下の。 「です。っていいます」 女の声が、耳に吐息がかかるほどの近さではっきりと響いた。 耳元のくすぐったさに驚いて、銀時はジャンプを顔から下ろした。すると。 「あたしの名前が、どうかしたんですか?」 こっちを覗きこむようにして見下ろす、あの女がいた。 落ちて顔にかかってくる髪の毛を、細い指で耳にかける。目が合うと、にっこり笑った。 妙なツラだよな。 やっぱ笑うと一気に失せるなァ、色気。 そんなことは思うのだが、ひとつも言葉が出てこない。頭の中が真っ白になる。 口から先に生まれた男。 そんな異名を持つ彼にしてみれば、それは稀に見る体験だった。 ただの女だ。ちょっと綺麗なだけの、どこにでもいる普通の女。ただ笑ってるだけの女。 女が前に立ってるってだけで、俺はどうしてこんなに呆然としているのか。 どうして見蕩れているのか。目が離せなくなっているのか。 「これ、お土産ですー。沖縄名物、ハブ&マングース饅頭です」 「・・・サンよォ」 「ああっ、旦那ァ!初めて呼んでくれましたね、あたしの名前っ」 いったい何が嬉しいのか、という女は飛び跳ねんばかりに喜んだ。 にこにこと顔を崩して、中身の期待出来なさそうな絵の描かれた土産の箱を銀時に差し出す。 一週間前に押し倒されたことなんて、女の頭からはすっかり消えているらしい。 この女だって、一応は警官のはず。なのにこの、危機感の無さはどういうことだ。 これが市民の安全を護れるもんなのか。これじゃ自分の身にふりかかる火の粉すら、払えねーだろ。 追い払うための演技とはいえ、ソファに押し倒したのは自分だというのに。 こうなると、却ってこっちが解らない。どういう顔をしていいものか。 渋々で菓子を受取り、ふと気づく。 周りがやけに静かだ。ギャアギャアと煩い子供二人が、揃って部屋から消えていた。 「・・・・・これもアレか?あの坊ちゃんが選んだのか?つーか何で?何で沖縄?」 「沖縄出張に行ってきたんですよォ、近藤さんのお供で。昨日帰ってきたんです」 「・・・出張?」 銀時が気の抜けた声を出すと、そうなんです、と女は楽しげに頷いた。 名前を呼ばれただけで跳び上がりそうだった、ご機嫌の理由はどうやらそこにあるらしい。 「六泊七日の南の島です。昼間はずっと仕事ですけどね? でも景色は奇麗だしご飯は美味しいし、楽しかったですう〜〜!!」 どうりで一週間来なかったはずだ。来れるはずがないのだから。 思い出し笑いをしながら、女は指折り数える。 沖縄ソバでしょ、チャンプルーでしょ、ラフテーに泡盛にィ。 より印象的だったのは、景色より飯の旨さのほうだったらしい。本当に色気が無い。 「あ、それね、選んだのは土方さんなんです。総悟はこっちでお留守番でしたから」 「・・・ヤツまで行ったのかよ」 「はい。たまにはいいだろうって、近藤さんが。本人はすごくイヤそうでしたけど。 自分まで留守にしたら、いない間に総悟のしでかしたことの後始末が大変だ、って」 クスクスと、女の思い出し笑いが続く。 「でもね、行ったら行ったで結構楽しそうなんですよ? 顔には全然出ないんですけど、そこがまた可笑しくってェ。 陰でこっそり近藤さんと笑ってたんです」 「ふーん」 「だいたい土方さんて、南の島とかあんまり似合わないじゃないですかァ。 そこは本人も自覚してるみたいで、ノリは悪いんですよ。楽しいとかキレイとか口にしないんです」 「あー、そォ」 「でね、沖縄なんて今までちっとも興味無かったみたいで、疑問がいちいち変なんですよー。 イルカウォッチングのツアー客見て、そんなにイルカって旨ェのか、って真顔で言うし」 「・・・・・」 「いちばん可笑しかったのはァ、海に沈む夕陽を見てた時なんですけどォ。 土方さんたら綺麗すぎて感動したみたいで、ずーーっと黙って見てるんですよ。 沈みきるまで、一時間くらいですよ!このまま置き去りにしてやろーかと思いましたよォ!」 延々と、女は話し続ける。嬉しそうに、楽しそうに。何度もあの男の名を繰り返す。 こうして銀時を前にしておきながら、この女が思い浮かべているのはあの男。 目の前にいる自分ではない。 この女の笑顔の裏には、いつだってあの男がいるのだ。 「楽しそーだなァ」 「はいっ。素敵でしたよ、沖縄。また行きたいです」 「じゃなくてよー」 「はい?」 女は目を丸くした。それでもまだ笑っている。 どうして俺に、そんな顔を向けるのか。 そんなにあの男がいいんなら、あの男の前でだけ笑ってりゃいいじゃねーか。 「別にどこだっていんじゃねーの?あんた。 あの野郎がいりゃ、北極だろーがアマゾンだろーが楽しいんだろ」 突き放すように言ってやったら、女は妙な顔をした。 じっと彼の顔を眺めて、口はぽかんと空いている。 銀時はそれ以上何も言わず、ソファに寝転んだ。 ジャンプを開いて顔に被せ、昼寝に入るふりをした。 さっさと帰れよ。つーか、もう来んなよ? いつまで言わせんだよ。もう来るなっていってんじゃねーかよ。なんだってんだよこの女。 あの野郎がいいんだろ?どうせあっちだってまんざらじゃねーんだ。 さっさとくっついちまえよ。目障りで仕方ねえよ。 あの野郎もあの野郎だよ。薄々気づいてんだろ?この姉ちゃんが、テメエをどんな目で見てんのか。 さっさとテメエのもんにしちまえばいいのによ。 野郎がモタクサしてやがるから、俺まで・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・。 あれ?何?何コレ? ひがみか?やっかみか?独占欲? イヤつーか違うだろアレじゃねイヤイヤ違うってコレはよォだからつまりここまでの流れを全部ひっくるめて言うとだな ・・・・・・・・嫉妬かよ!!? ひょっとしてよォ。や、つーか、・・・。俺、そこまでコレが気に入ってんの? んだよ。そーゆーコトか? みっともねーのは、野郎じゃなくて俺、ってこと? 「・・・旦那?もしかして。まだ気にしてますか?この前のこと。」 寝たふりこそしているものの、実は被せたジャンプの下で動揺していた銀時の視界が、急に明るくなる。 女の手がジャンプを持ち上げていた。 銀時の前に座り込み、女はジャンプで彼の頭をポンと叩いた。 「そんな顔しないでくださいよー、旦那。こっちが気になるじゃないですか」 「そんな顔って。俺、どんな顔してんの」 「どんな、って・・・この前もしてたじゃないですかぁ」 そこまで言って、言いづらそうに口籠る。 困ったような顔で、遠慮がちに笑った。 「ほら、あたしが帰ろうとしたとき。知ったような口叩く女は嫌いだ、って。 あの時ですよ。旦那らしくないってゆーか。淋しそうな顔するんだもん」 そんなこと言ったか?俺。 そんなツラしたの俺。つか、今、どんなツラしてんの?俺。 「あの。この前のことなら、忘れてください。あたし、何とも思ってないですから。 ちょっとびっくりしただけですから。あたしも忘れますから。だから旦那も気にしないで下さい」 「・・・気にしろよ。 どっちかってーと、俺のツラより、そっちを気にしてほしいんだけど」 「はい?」 「少しは気にしてくんね?あんたを押し倒したんだぜ、俺」 細く柔らかい手首を掴む。すると、女はびくっと肩を竦めた。 「なァ。なんでだと思う?」 その感触を確かめるように、銀時は彼女の手首から、手のひらへと指を滑らせていく。 女は不思議そうな表情で彼を見下ろしている。しかし、なぜか振り払おうとはしなかった。 あの時だって、同じように触ったはずだ。なのに、初めて触れたような気がした。 ずっと待ち続けていたものにやっと触れることができた。そう思うと同時に、離したくないと思った。 「・・・追い返したかったから。ですよね?」 不思議そうに目を見開き、女が訊き返してくる。 しかし「口から生まれた男」は珍しいことに言葉に詰まり、口籠った。 追い返したかったから。答えとしては合っている。けれど違ってもいた。 彼が女を追い出したかったのは事実。正解だ。だが、もう半分は誤解のままだ。 銀時が芝居までして自分を追い出したがった理由に、女は気づいていないのだから。 そうかもなァ。 俺は、あんたを追い出したかったんだろうな。自分の中から。 それまでは、ただ遠目に見ていただけの女。たまに「ヤらしてくんねーかなァ」くらいにしか思わなかった女。 その程度にしかキョーミの持てない、どうでもいい女。 なのに、途中からどこかが、何かが変わってしまったらしい。いったい、いつどこですり代わってしまったのか。 どうでもいいはずの女が気になりだして。気になってしまうから、女にも自分にもムカついた。 なのに女は、銀時の前に現れる。 どうしてなのか、すっかり彼に気を許してさえいるようで。しかも、何かといえばあの男の話。 銀時のムカつきの素など、知りはしないのだ。女の中にいる、あの野郎。あの男のことで一杯で。 今こうして考えてみれば。女を押し倒した時の「ヤリてえ」は、とっくにすり替わった後に湧いた衝動だった。 ヤれるんなら誰でもいいか。そんな思いは、いつのまにか消えていたらしい。 目の前にいる、この女。あれは、この女限定で向けられた衝動だった。 押し倒してみたかった。いや、女に触れてみたかった。 女の口から楽しげに出てくる、あの男の話などうんざりだった。これ以上聞きたくなかった。 いっそ唇を塞いでしまえば、止められる。 あの大きな瞳に自分しか映ることが無いように。抱きよせて、奴から奪ってしまえばいい。 間近でじっと見つめても、女はなぜか目を逸らそうとはしない。 不思議そうな顔はしている。それでも逃げようとはしないのだ。 嫌われてはいないんだろう。が、男扱いもされてはいない。面白くないことに。 避けられるよりはマシかもしれない。もしこれがどうでもいい女なら、どう扱われようと気にも留めなかっただろう。 だが、目の前の女は、既にどうでもいい女ではない。気になる女にそう思われているのだ。面白いわけがない。 「あのよー。俺ァ、誰でも見境なく押し倒したりしねーよ?」 「そんなの当たり前じゃないですか。誰でも押し倒すような人、野放しにしておけませんよ」 これでも一応警官ですから。そう言いながら、警官らしい警戒心など微塵も見せずに笑う。 なんだよ。なに、この空振り感。 やってくれんなァ、この女。 ちったぁ気づけよ。ああ、ほんとに色気の無ェ笑顔だな。 っとによ。どうかしてるぜ?俺。 気に入ったどころじゃねーよ。とっくに惚れちまってんじゃねーかよ。 「・・・だ、旦那・・・あの・・・」 女が上擦った声を上げる。その声で、自分のしていることに気づいた。 いつのまにか女の身体を引き寄せている。 ふわふわと柔らかい髪が、視界を塞ぐ。首筋に顔を埋めれば、甘ったるい肌の香りにむせかえる。 くすぐったそうに、女は身じろぎして身体を竦めた。なのに逃げようとはしない。 急に胸からこみあげてきたのは、この状況を前にして、それでも言い訳したがる自分に向けられた苦し紛れな笑い。 せめて今、思いきり突き放して拒んでくれたなら。そんなことを思いながらも、女を抱きよせた腕に力を込める。 逃げてくれりゃあ間に合ったのに。最後のチャンスだったのに。 お愛想程度に残っていたちっぽけな理性で、押し留めることも出来たのに。 「ーー…や。もォダメだろ、コレ」 「あのう。・・・旦那?」 「悪い。っっとに悪りィけどよー。ダメだわコレ、限界だわ」 「は・・・ァ?」 「後で何でも言うこと聞くからよー。とにかく一発ヤらせてくんね?」 「はァ!!?」 「そのあとでうんと可愛がってやっから。な?えーと」 そういや名前。なんだっけ。 女の名前が出てこない。訊いたはずだが思い出せない。 まあ、いいか。脱がせる途中で訊けばいい。 と、一秒で割り切って、女の制服の胸元に手をかけようとしたのだが。 「その前に、私がオマエを可愛がってやるネ」 その手はバシッと払われた。 手を払ったのが仁王立ちの神楽。 その後ろには新八が。二人とも、冷えきった目でこっちを見下ろしている。 夜兎の本能剥き出しの凶悪な顔で、神楽がボキボキと組んだ指を鳴らし始める。 「に何してるアルか、モジャモジャ。黙って見てりゃいい気になるなヨ、この万年発情期」 「か、神楽ァ?なんだよお前、何か誤解してね?んだよその顔よォ。虫ケラ見るよーなツラすんじゃねーって!」 「黙るネ虫ケラ。私の前でいい度胸ネ。声も出ないほどに可愛がってやるネ。 ついでに股間のプチモジャも、二度と使えなくしてやるヨ!!!」 「違うって!コレはそーゆーアレじゃねんだよ、な?新八ィ。男なら解るよな?な?」 「解りたくありませんよ、ただれた大人の腐った欲望なんて。 誰が『誰でも見境なく押し倒したりしない』んですか。っとに最低だよ」 「昼間っから盛るなエロモジャァァァァ!!!!」 「ブホォォォォ!!!」 怒鳴る神楽が、銀時の腹に拳を振り下ろす。部屋が揺れた。呻き声が窓ガラスを割らんばかりに轟いた。 呆然としている女をすかさず銀時から引き離し、新八はボヤいた。 「少しは反省してください。言ってるコトとヤってるコトが違いすぎですよ、アンタ」 「えーと。、・・・なんだっけ」 照れ隠しに髪を掻き回しながら、銀時は向き合って座る女に問いかけた。 銀時どころか、家ごと破壊しかねないほど荒れ狂った神楽がつけた、彼の腕の傷。 神楽と新八が「もォアンタとはやってられませんわ!」と吐き捨てて出ていってしまうと、 女は救急箱を探し出し、手際よく消毒し始めた。 消毒薬を腕から放し、顔を上げる。 「です」 「ちゃん。・・・、て呼んでもいいか」 はい、と女は素直に頷いた。 「久し振りです、その呼び方」 子供の頃もそう呼ばれてたから、と懐かしそうに微笑む。 色気の無いはずの笑顔。それがなぜか、やけに愛しいものに見えてきた。 この子はどんなガキだったんだろう。いや、それ以前に、どうしてあのチンピラ警察にいるのか。 なんで俺なんかを信じちまってんのか。襲われかけたってのに、どうして手当までしてくれるのか。 訊きたいことは色々と、次々に浮かぶ。浮かびすぎて、どこから訊けばいいのかもわからないほどに。 「。」 「はい?」 こっちを見て、なんですか、と訊き返してくる。 今、この大きな目には、自分しか映っていないのだ。そう思うだけでどきっとした。 訊きたかったことなどすべて吹き飛んだ。 が、ひとつだけ。これだけは、どうしても言っておきたいことがある。 「また来いよ。つーかよ。時々でいーからよ。ウチに顔出してくんね?」 「え。いいんですか?」 「ああ。ウチのガキどもが喜ぶしよ。それが助けたお礼代わりってことで。どーだ?」 「そんなことでいいんですか」 「いーんだよ」 はあ、とが納得のいかなさそうな表情をする。 野郎といいヒネくれた坊ちゃんといい、面倒な敵は多そうだ。 妙な信用をされているのも、やりづらいところ。だがまあ、それもいい。それも苦にはならないだろう。 また会いたい。出来るものなら、毎日でも。そう思える女には、滅多に出会えるもんじゃない。 先のことなんてわかんねーもんだ。 どうでもいいはずだったのによー。なんでこんなことになってんだ? ・・・・まあ、考えるまでもねーけどな。 どこまで考えたって、どーせわかりゃしねーんだ。 会いてえなァと思っちまう気持ち以外に、正解なんてねえんだよ。恋なんてそんなモンだろ? 惚れちまったもんは仕方ねえよなァ。 手の甲に出来た掠り傷をぺろりと舐めながら、そう自分で自分に言い聞かせてみる。 口に広がる鉄の味。戦場で、もう真っ平だと思うほどに味わった。虚しさに濁った後悔の味だ。 それが今は、どうしてほんのりと甘く感じるのか。 「・・・んだよ。染みるなァ」 つぶやいたら、自然と顔がほころんできた。 ニヤけた銀時と目が合うと。は何がおかしいのか、子供のような屈託の無さでクスクスと笑った。
「 その男、看板に偽りあり 」end text by riliri Caramelization 2008/10/10/ -----------------------------------------------------------------------------------