「おーい、トシぃ。起きたのかー?」 廊下から届いたその声は、晴れた秋空の下で感じる空気のようにやけにからりと明るく響いて 閉め切って湿気の籠り始めた部屋にいる土方の心臓を鷲掴みにした。 抱き合う身体から放たれる熱が広まり、気だるい空気に満ちていた部屋の中。 見下ろしたの顔は、うっすらと赤みを帯びていたさっきまでとは打って変わって青ざめ、滑稽なくらい引きつっている。 まあどうせ俺も似たような面はしているんだろうが、 ・・・んなことに気を巡らせている場合じゃねえ、どうする。いや、どうするも何も、 「っっっ、うそォォ!どどどどどどうしよっ、ひひ、土方さぁあんっっ」 「ばっっ、喋んな!!つか、どうもこうも・・・!」 「!ふ、んくっっっ」 煙草の匂いがする手に強引に口を塞がれ、それから数秒間。その間、には、自分の身がどう扱われているのかも、 自分の顔が天と地のどっちを向いているのかも判然としなかった。背中に腕が回され、がばっ、と乱暴に抱えられ、 頭をどこかに激しくぶつけられて「ぃっったあァ!」と悲鳴を漏らし、その悲鳴が飛び出た時にはもう 腰が浮いて身体が畳を離れていた。 担がれた時にほんの一瞬だけ、自分を肩に乗せた男の表情を垣間見た。ひいっっ、と怖さのあまり叫びそうになった。 眉間が狭まって瞳孔が全開になったあの目が、これまでに見たこともない凄まじい焦りようでぎらりと光ったのだ。 「っっっ!!」 乱暴な手つきでどこかに投げ込まれ、ぼすっ、と顔から柔らかい何かに着地。窒息寸前になり、フガフゴと 手足をバタつかせてもがいた。なんとか起き上がり、ぜーはーと息を荒げながら顔を上げてみれば辺りは暗い。 何かに囲われた薄暗い場所だ。お尻の下に何か敷かれてる。布団。土方さんの布団だ。この煙草の匂いと肌触りは 間違えようがない。ということは、ここは、押し入れ――― ようやく気づいて肩を起こしかけたのに、片脚をぐいっと引っ張られてバランスを崩す。再び布団に顔から突っ込んだ。 腰と太腿が、わしっ、と容赦無しの握力で握られていた。脚を膝からぐにゃっと折り曲げられる。 飛び上がる寸前のカエルみたいな、不格好で情けないポーズにしてを奥へ押し込めると、襖戸はぴしゃん、と閉められた。 「ひっ、・・・ひじか」 「呼ぶな。いいか、ここにお前はいねえ。いるのは俺だけだ。俺がここを開けるまで口を開くな息殺してろ、いいな!」 「う、うんっ」 裏返った声で返事をして口を押さえた。光が絶たれて周りは完全に真っ暗だ。自分の手許すら見えない。 敷いた布団からは煙草の匂いがする。土方さんの隊服よりちょっと弱い程度。 そこにほんの微かに、何か煙に似た、きな臭い種類の匂いが混ざっているのが気になるけど、・・・・・・・ この匂いの出所は知っている。手癖の悪い副長さまが事件現場から無断で「押収」してきた、 下段に大量に隠してあるジャスタウェイだ。 「おーいトシ。邪魔するぞ。・・・あれっ。すまんな、まだ寝てたのか」 「お!?おォ、っ、いや構わねえよ、気にしねーでくれ、い、今っ、目が醒めたところだ」 「ああ、やっぱり起きてたか。さっきお前の声が聞こえたようだったんでな・・・ん?どうした?何か具合でも悪いのか」 「い!いや!!?悪かねえ!!どっっっこも悪かねーけど!!?」 「そーかぁ?いや、お前の声がえらく高けえし枯れてるもんだからよー。てっきり風邪でもひいたかと」 「そっっ、そりゃあそのっっ、風邪っつーかあれだろいやそのだから!・・・ねっ、寝起きだからじゃねーか!?」 バクバクと太鼓みたいな音を鳴らして暴れている心臓のあたりを両手でぎゅうぅっと抑えながら 襖戸一枚挟んだ向こうの遣り取りに耳を凝らす。ごくりと息を呑んだ。どうしよう。もしここで近藤さんに気配を勘付かれたら。 もしも何かの緊急事態が起こって土方さんにも止めようがなくて、近藤さんにこんな格好を見られちゃったら。・・・死にたい。 局中法度にひっかかろーがひっかかるまいが、むしろみずから白洲にゴザ敷いて切腹する!くらいの勢いで死んでしまいたい。 バカ。土方さんのバカあァァ!変態いぃ!!ああもうやだっ、もう生きていたくない。昼間から仕事も放ったらかしで 「あはんうふん」してました、なんて、・・・あたしがどんだけそっち方面にだらしない、節度も慎みもない子だと 呆れられるか!近藤さんがあたしを見る目は間違いなく一変しちゃうだろう。 それ以前に恥ずかしすぎて、二度と合わせる顔なんかないけど!!! 想像は悪いほうにばかり膨らんでいくし、満足に息もつけないし身じろぎも出来ない。 青ざめた顔に冷汗をたらたら垂らして怯えながら、は外の気配に耳を傾け続けた。 「おぉ、そーだ、これは上様からだ。どうだ、そのうちあいつら集めて一杯飲らねえか」と近藤が陽気に告げ、 「お、おお、悪いな、わざわざ」と土方が微妙に動揺を隠しきれていない御礼を返す。 ガサガサッ、と何か紙らしいものを解く音もした。しだいに真面目な口調になってきた会話の内容は聞きとれないが、 一連の流れで近藤が来た理由は察せられたし、声の響き具合から測った距離感で、外の状況にも想像がついた。 今は入り口前での立ち話になっているみたいだ。そーっと近付き、襖に耳を貼りつける。 「・・・・・でよ、・・・・・が、・・・」 「ああ、・・・・だな。だが、・・・・・・・・」 遠かった二人の会話は、あまり滑りの良くないこの部屋の障子戸が、がたん、と閉じられた音で切れた。 部屋から人気が消えている。物音もしない。近藤さんに附いて、土方さんも出て行ったのかな。 目を閉じたは、襖にくったりと寄りかかって脱力した。身体中の酸素を吐き出してしまいそうなくらい長い溜め息をつく。 ほっとしたせいなのか、胸を突き破りそうに暴れていた心臓の動きも、少しずつ落ち着きを取り戻していった。 深く息を吸い戻すと、まともな人心地も一緒に戻ってくる。ここに押し込まれて初めての、呼吸らしい呼吸だ。 呼吸を整えながら目を開ける。うすぼんやりと周りや自分の手や脚が見えるようになっていた。 輪郭しか見えない襖に手を掛けて、揺らさないように注意深く姿勢を変えて 外の物音に耳を澄ました。もう一度、人の気配があるかどうかを確かめておきたかったのだ。 もういいよね、外に出ても。土方さんには「中で息殺してろ」って命令されたけど、もう見つかる危険もないんだし。 ここはあまり長い間籠っていたい場所じゃない。狭いし暗いし息苦しいし、なにより暑い。 背中や胸の間を汗がつうっと落ちていくし、高い室温のわりに身体がすーすーするのが妙に不安だし。 (・・・・・・ん?すーすーする、って・・・?) 不思議になったは目を丸くして首を傾げた。 なんだっけ。何か忘れているような。近藤さんに驚いてた間に何かを忘れて、とても大事なことをすっ飛ばしているような。 そうだ、きっとそうだ。大事ななにかを丸ごとすっぽり忘れてるんだ。そう、それはつまり何ていうか、 外に出ようかどうしようか、なんて考える以前に、他の何よりも真っ先に解決するべきなこと、・・・だったような。 がらっっっ。 「!!?」 とその時、寄りかかっていた襖戸が勢いよく引かれ、ぱあっ、と目の前が明るくなった。 突然支えを失くして、押し入れ上段から前のめりに転がり落ちそうになる。ひゃあっ、と小声で叫んだ瞬間に、 脇の下に腕が差し入れられた。飛び出してきたを抱き止めたのは―― 「え、あれっ。な、なんだ、いたんですかぁ土方さん」 「・・・・・・・・・・・・・・居たら悪りーのか」 「ちっ、違いますよぉ。ただ、全然気配がしなかったから、近藤さんの部屋に行ったのかと思って」 「・・・成程な。それでこのナリか」 「は?」 なに、このナリって。 口をまぬけな半開きにして、畳に降ろしてくれたひとの顔をきょとんと見つめた。 土方さんは眉を顰めて口端を思いきり下げた、酷くうんざりしたような顔をしている。 あたしの頭の先から脚の先まで、様子を確かめるようにゆっくり視線を一往復させると、がっくりと肩を落としてうなだれて、 長くてどんよりした溜め息をついた。まるで身体中に溜まった不満や鬱憤を全部排出しようとしているような、長い長い溜め息だ。 たっぷり十秒はあったその溜め息が終わると、聞いたら屯所の誰もが怯えて震え上がりそうな、怒りの籠った低音で口を切った。 「。・・・・・てっめえぇぇぇ・・・・・・」 「はっ。はいぃ!?」 「ざっけんなコラ。何をいつまでぼーっと呆けてやがったんだてめえは。ぁんだこのナリは。 顔見せに出てる吉原の女や夜鷹どもの客引きだって、こうも派手にはいかねえぞ」 「はあ?派手って?・・・何が?」 「ボケてんじゃねえ、何が「はあ?」だ。俺がここ開ける前に、その崩れきった身なりを構うくれーの時間はあっただろーが」 「・・・へ?」 あっ。そういえば。 ぽかんと口を開けて土方さんを見つめて言われたことを反芻して、それから自分の身体を見下ろした。 かろうじてスカートだけ穿いてるけど、ブラをお腹までずり下ろされていて、上半身は腕以外ほぼ裸で、・・・・・・・・ 「!!?うぁ、うわわわわあっっっっ」 ひっくりかえった奇声を発しながら、がばっ、とあわてて両腕で胸を覆い隠した。 「へ?じゃねえ。俺が今、どんだけ気まずかったと思ってんだ?人が脂汗垂らしながら体裁取り繕って、どーにかこーにか ・・・(…その、説明したかねえが、てめえの身体の不具合も含めて色々と)・・・まあその、あれだ、上手く静めてやったってぇのに」 「ひ。土方、さん?え、ちょっ、やめ、やめてその顔っ、怖あああァァ!!!ははは放して痛いぃぃ、腕痛い!」 わしっ。骨折しても何の不思議もないくらいの馬鹿力で腕を掴まれた。 さあっ。波が引いていくような、耳には聞こえるはずのない「自分の血の気が一瞬で引いていく音」が聴こえた気がした。 ヘビに睨まれて飲み込まれる寸前のカエルにでもなった気分だ。抑え込もうとする腕を撥ねつけようと、情けなくじたばたともがく。 無言で睨みつけてくるひとの目が怖い。たたでさえ鋭い眼光が一際光り具合を強めている。しかもあと少しで お互いの前髪が擦れそうな位置から睨まれているのだ、こうも近いと目の逸らしようもない。 「やややめてその目っ、怖い、怖いからァァ!完全にイッちゃってる人の目になってるから、開ききってるから瞳孔がァァ!!」 「それをお前、何だ?まさかケンカ売ってんのか?人の我慢をへし折る気かコルァ。いつまでもはしたねえナリしやがって! ここまでおおっぴらに、目の当てよーもねえ格好で堂々転がってくんじゃねえェェ!!」 「はぁああァ!!?・・・ちょっ、何それっっ、もとはといえば全部土方さんが悪いんじゃん!!誰っ、誰よ、 誰が脱がせたのコレはぁぁ!!あたしだって何も好き好んで昼間っからこんなっっ」 えっちなDVDに出演中のお姉さんみたいな恰好を!と叫ぼうとした直前に、かあっ、と見開いた目で睨まれて声が出なくなった。 眼力も凄まじく脅してくる土方さんが、顎で廊下のほうを指す。向こうに聞こえんだろ、と当然と言えば当然なお叱りを受けて、 勢いを失くしたあたしはしどろもどろに口籠る。迫ってくる土方さんが何をしようとしているのかは、もうなんとなくわかった。 さっきの続きをするつもりなんだ。たじたじになって、じりっ、じりっと引き下がる。 「え、ぇええええ!!?やだあっっ、何!何で!?わわ、わかんないっ、やっ、意味わかんないいいっっ」 「うっせえ。てめえみてーな鈍感女が判ろうが判るまいが知るか。こっちにもなあ、男にしか判らねえ事情ってもんがあんだ」 「いっっ、いやぁぁ!お願いだからこっち来ないで!たたたっ助けておまわりさんんん変質者がァァァ!!」 「安心しろ、おまわりさんなら目の前だ」 「ちちち違うぅぅ!こんなのおまわりさんじゃないィ!こんなの警察官のすることじゃないからァァ! どっちかってゆーと強姦、ま、の、っっ!・・・!ふ、ぅあ、ぃたっ、や、ふぎゃぁあァァ!!!」 がばっ、と高く持ち上げられた太腿の内側に噛みつかれた。驚いて見下ろした自分の剥き出しな格好と、土方さんが 脚の柔らかいところに歯を立てて齧りついているのを見せつけられる。目の前にあるその光景があまりに衝撃的で恥ずかしくて、 頭の中が真っ白になって、何も考えずに上げたほうの脚が動いた。ぶんっ、と大きく開いて弾みをつけた太腿を繰り出す。 反射的に出た回し蹴りが土方さんの横顔に―― 「こら、暴れんじゃねえ」 「っっ!!」 渾身の蹴りはヒットしなかった。太腿は片手で掴まれ、土方さんの顔のすぐ横で止められていた。 土方さんは眉を片方だけ吊り上げてこっちを睨んでる。掴まれた脚を上に引っ張られる。ぐらっと腰が崩れた。 「ひ、や、ちょっっ!」 「同じ手がそう何度も効くか。こっちはもう慣れてんだ。てめーのこの手の行儀の悪さと、往生際の悪さには」 どうにもならない姿勢にうろたえていると、太腿を掴んでるひとがあたしの目を見て笑う。随分と可笑しそうな意地の悪い顔だ。 駄目だ。助けておまわりさん。いや違う、今のは間違いです、お願い助けないでおまわりさん、誰もここに来ないで気づかないで!! 裸同然でこんな恥ずかしいポーズさせられてる真っ最中に、近藤さんの部屋にいる皆が気づいて、集団でドカドカ踏み込んで来たら ・・・終わりだ、あたしの人生終わりだ。恥ずかしすぎて憤死する。もう明日から生きていけない!! 顔を真っ赤にして涙目でぱくぱくと口籠っていたら、開いた押し入れに、どん、と背中を押しつけられた。 「おい。どーしても嫌なら手ェ上げろ」 「・・・ふ、ぇ?・・・・・手、って?」 「歯医者方式だ。泣くほど嫌だってえなら止めてやる」 くくっ、と喉に籠った笑いで肩を揺らしながら、土方さんはそう言って腰に腕を回してきた。 肌に当たると硬い毛先がくすぐったい頭が、あたしの首筋に顔を寄せて埋まっていく。 きつく肌に吸いつかれて早くも泣きそうになった。 ・・・・・・・・・・・・・・・嘘だ。手を上げたら止めるなんて、絶っっっっ対に、嘘っっ。 「・・・・・・上げろ。もっと」 「っ、・・・く、・・・・・・・ふ、ぁ、あっ」 「。聞いてんのか。・・・おい」 聞いてる。でも聞いてないのと同じだ。声は聞こえた。だけど何を言われたのかがわからない。 わかったのは、その低めた声が、あたしの身体の奥にある自分じゃ触れられないどこかを、また少し蕩けさせたことだけ。 「」 もう一度囁かれた低い響きは、暗く籠った笑い混じりだった。 舌がゆっくりと探っている濡れた場所から、その声は身体の中心を伝って、ぞくりと這い上がってくる。 鳥肌の立ちそうな、全身を充たすその感覚。襲われるたびに立ったままの脚が崩れそうになって、膝はそのたびにぶるっと揺れた。 止めようと思っても湧きだしてしまう声を堪えながら、両手で口を抑えていた。 指と指の隙間からは、はぁ、はぁ、とすっかりのぼせ上がった、乱れた息遣いが漏れ出てくる。 ぎゅっと閉じた目からは、きつく閉じているのにじわじわと、涙が溢れ出してくる。 身体は開けっ放しの押し入れに押しつけられたまま。ずっと立ちっ放しだ。膝に力が入らないから、今にも脚が崩れそうだ。 上段の板に当たっている腰が、木材に擦れて少し痛い。 ううん、痛かった。擦れているのがちょっと痛かった。さっきまでは痛かったけれど、今はもう感じない。 このひとがあたしの前で膝を折ってからだ。今はもう、ちょっとした痛さを感じているような余裕なんてどこにもない。 そう。余裕なんてない。何も考えられない。土方さんにされていることを感じる以外に、ほとんど何も出来なくなった。 刺激が身体を走り抜けるたびに、大きくかぶりを振って背中を捩って、気を抜くと上がりそうになる高い声を必死でこらえる。 崩れそうな脚の震えを我慢したり、声を外に漏らさないように強く口を抑えたり。それだけでもう精一杯だ。 足元に跪いているひとはずっと頭を上げようとしない。やや開かせた脚の間に割りこんで、唇で食んでから舌を這わせた。 谷間に舌先が潜り込んできて、そこに溢れた熱い雫を掬い取っていく。焦らすような遅い動きで舐めたり、 裂け目に沿って強くなぞったりする。敏感なところを撫で上げて離れるときに、くちゅっ、とキスで鳴らされる微かな音が、 恥ずかしさともどかしさを身体の芯に向けて掻き立てていく。 下着は膝のあたりまで下ろされた。今はその端が大きな手に掴まれている。 「」 「ん、・・・っ。ぁ、や、・・・・・な、・・・・・に、ぃ」 「足。もっと開け」 皺を寄せてきつく掴まれた薄布は、もう一度、ぐい、と太腿の半ばあたりまで持ち上げられた。 右の太腿を軽く持ち上げられ、上げろ、とぼそっとつぶやいた低い声を吹き込まれる。息が熱い。 背筋を通って這い上がってきた低音のせいで震えが起こって、あぁっ、と大きな喘ぎ声が部屋中に響いてしまった。 「っっ。や、ぁ、・・・おねが、・・・もう、そこ、やめ、てぇ、っ」 「開け。これじゃ脱げねえだろ。膝ぁ上げろ。ほら、」 「っ、や、やだぁ・・・・・・だって、あ、足、上げると、・・・」 「上げると、何だ」 「・・・・・っっ」 「言え。言わねえんなら千切るぞ」 「っ、やだぁ、・・・・切っちゃ、だ、めぇっ」 ぐん、と白い薄布を引いて脅される。股下で腿に絡みついているそれと、それを握っている手を上から抑えた。 「って。上げたら、・・・・・・・・・・土方さんに。いっぱい、見え、ちゃ、・・・」 「・・・ああ。」 起伏のない声でつぶやくと、脚の間にあった頭がざわりと動いて、土方さんが目線を上げる。 こっちを見てあたしの泣きべそ顔を確かめて、ふっ、と細められた目だけが笑う。 下着を押さえていた手が、ざっ、と邪魔そうに振り払われた。 「ぁん!・・・っ、ぃやぁあ。や、やめっ」 ぐちゅっ、と深く沈んだ水音が鳴った。指で突かれて掻き回された。腰が砕けそうになる。掠れた声が涙に塞がれて途切れる。 土方さんがまだこっちを見てる。恥ずかしくて死にたくなる。裸になった姿だって、こんな明るいところで 見られたことなんて、今まではほとんどなかったのに。 障子戸を照らす陽射しは少し赤みを帯びてきているけれど、まだ充分に陽が高い。 部屋の中に照明は点いていないのに隅々まで光が行き渡っている。暗闇に紛れていられる夜と違って、 昼間のこの部屋はすべてがはっきりしていて生々しい。外から差し込む光が全てを明るみへと曝け出してしまう。 涙でぼやけた土方さんの顔が、どんな表情を浮かべているのかも。長くて節くれ立った中指があたしのどこに入っていて、 どんなふうに動いているのかも。 「っ、ひ、っ、んん・・・・・・っ」 「上げろよ。いいのか。上げねえなら勝手にするぞ」 「やぁ、そこっ、っっ。めぇ、声、出ちゃ、・・・・ぁあっ、だめえぇ!」 土方さんが他の指で、ぐちゃぐちゃなところを弄っている。入り込んできた指は先が曲がっていて、何度も中を往復している。 曲げられた指先が弱いところを探して動く。内側を掻き乱されて、硬い感触に撫でられて、指が狭い奥へ進んでくるのがわかる。 ぐちゅ、ぐちゅ、と耳につく音がお腹の奥で鳴っている。土方さんの指が抜き挿しされるたびに、あたしからとろりと流れ出る粘液。 あたしの中で鳴ってるのは、あの透明な雫と空気が混ざって泡立っている音。聞いてるだけで泣きたくなる、恥ずかしい音。 もう片方の土方さんの手は下着と太腿を掴んでいて、硬い指先が肌に食い込む強さで押している。ぎゅっ、と柔らかいところを 鷲掴みにされて、それと同時に動いた指が、今までで一番激しい動きで奥を突いた。あっ、と強い悲鳴が漏れた。 強い快感に身体をねじ伏せられて、目の前が白く飛んで、ほんの一瞬だけれど何もわからなくなった。 ずるっ、と奥から引き抜かれる。こらえきれずに、ぁあぁっ、と泣き声で叫んだら、脚からがくっと力が抜けて、膝が折れた。 「、・・・・」 「・・・・・・・、はぁ・・・・っ、・・・は、ぁっ、・・・・・・・」 「おい。大丈夫か」 崩れ落ちたあたしを自分の膝の上まで引っ張って、土方さんが訊いてくる。身体のどこにも 力が入らなくて頭や背中をふらふらさせていたら、胸にもたれかからせてくれた。 身体の奥の火照りきったところが、まだずくずくと、何かの生き物みたいに疼く。頭が痺れて何も考えられない。 言葉にならない。黙って頷くだけの返事しかできなかった。 涙で滲んだ先に土方さんの顔が見える。あたしと目を合わせたひとは、お腹からこみ上げてくる何かを堪えているような顔で こっちを見つめている。何か言いたげな口は息遣いがなんとなく苦しそう。瞬きもなしでじっと見てるけど、何を考えてるんだろう。 少し下がった眉はちょっと心配そうにも見える。 本当はすごく先を急ぎたいけど、ちょっと心配だから、こうやって休ませてくれてる。 そんな風に見えるのは、あたしがそう思っててほしいなって期待してるから、・・・なのかな。 「土方、さん」 「何だ」 「・・・・・・・・・ううん。・・・・・やっぱり、いい。なんでも・・・ない」 「・・・・・・・・いつもそれだな、てめえは」 おかげでこっちはいつも訳がわからねえ。 ごつん、と真正面から頭をぶつけられた。あたしは普通の硬さだけれど、土方さんはとんでもなく石頭だからかなり痛い。 痛い、と文句をつぶやいて、おでこをくっつけ合っているひとを見上げた。 横の畳に目線を逸らしているひとは、やたらに悔しそうな、ふてくされたような顔つきになっている。 本気で拗ねてるんだ。・・・ていうことは、やっぱり心配してくれたのかもしれない。 あたしが「なんでもない」なんて言ったから、本気の心配をはぐらかされたみたいでムッとしたのかも。 なんだかすごく嬉しくなって、首に腕を回してしがみついた。 すると、むっとしたような荒い溜め息が、抱きついた人の口から吐き出された。 「・・・・・だから。何だってんだ。何をどーしてえんだ。口で言え、口で」 「・・・・・・・・土方さんに言われたくない」 「あぁ?」 「土方さんだって。言ってくれないじゃない。・・・・あの。・・・・えっと。あ・・・あたし、を・・・・どうしたいのか」 「・・・んなもん訊くまでもねえだろ。男のしてえことなんて」 一つに決まってんだ。そう言いながら、手をあたしの脚に伸ばした。 細く捩じれて膝下に引っかかっていた下着を大きな手が掴んで、右脚からすっと抜き取る。 それを見ていたら、なぜか恥ずかしさが増した。 指先が胸の先に触れて、痛いくらいに弾いた。あ、と口から声が飛び出ると、土方さんの意地悪が始まった。 胸は大きい手の中で激しく揉まれて、太腿を撫でながら這ってきてそこを探り当てた指に、くちゅ、と蜜を掻き出される。 また目の前が白くなりかけた。あたしが腕の中で跳ねるたびに、土方さんは吐息混じりにささやいた。 。押さえた声で何度か呼ばれた。寝ている間に夢で呼んだ、うわごとみたいな声だ。 手では苛めるような、少し乱暴なくらいの意地悪をしてくるのに、呼んでくれる声は穏やかで、いつもよりうんと和らいで甘い。 「ぁ、い、・・・・んん、ぁあ、・・・・んっ」 だめ。もう我慢できない。声、近藤さんたちに聞こえちゃう。 口を覆って声をこらえた。胸元に擦りつけた頬が、このひとの息遣いと脈の速さを伝えてくる。どくん。どくん。どくん。 眠る前に頭を抱かれるときに、もたれている首筋から聞こえてくるリズムよりもかなり早い。 この速さが嬉しい。頭を抱きしめてくれる腕の無造作さが嬉しい。あまり手加減をしてくれない力強さが嬉しい。 忙しい土方さんがこうやって時間をかけて抱いてくれる。ほんの一時でも忙しさを忘れて、あたしに夢中になってくれる。 こんな身体でも満足してもらえるのかな。前よりも少しは好きになってくれているのかな。そう思わせてくれるから。 無言で触れてきた指先に、くいっと顎を持ち上げられた。 背中を押されて顔を寄せられる。あ、と小さくこぼれた声ごと、土方さんに飲み込まれた。 滑り込んできた舌と煙草の香りが口内を荒らしていく。呼吸もさせてもらえないキス。眩暈がしそうなくらい、長い、長いキス。 舌を絡め取られて、深くまで押し込まれて、歯列や唇を撫でられて弄ばれる。 他のところは弄られていないのに、これだけで涙が浮いてくるほどせつない。高い声を漏らして喘いでしまうくらい乱された。 最後に軽く唇に吸いついて、あたしから離れていった。 「・・・。あの、ね」 「ああ」 「・・・・・・・・ううん。なんでもない」 目を合わせるのはちょっと恥ずかしい。ちらりと見上げながらそう返すと、離れていった唇の端が不服そうに大きく下がる。 二度目の「なんでもない」にむっとしたんだろう。こっちを睨む表情は珍しく感情が剥き出しで子供っぽい。 いつも何があっても平然と構えていられるくらいに心臓が強くて、たいていのことには動じないくせに、 こうして二人きりでいるときの鬼の副長さまは、こんな些細なことでヘソを曲げる。 たぶん、この筋金入りの負けず嫌いは今始まったものじゃないんだろうな。小さかった頃はきっと、しょっちゅうこんな顔を していたに違いない。写真の一枚も見たことなんてないけれど、なんとなく想像がついた。小さな頃の土方さんの姿が。 いかにも負けん気が強そうで目線のきつい、小さな黒髪の男の子。その姿が、目の前のこのひとを通して浮かんできて、 可笑しくなって口を抑えてくすくす笑った。うつむいて笑っているうちに、くい、と髪を引かれる。顔を上げると目が合った。 不機嫌の名残は表情の端々に残ってるけれど、あたしを見下ろしているひとの視線は、どことなく翳っていて熱っぽい。 その目に見蕩れて視線を逸らせなくなったあたしの顔まで、ぼうっと火照てらせてしまうくらいに。 肩を覆った腕にぎゅっと抱かれて、シャツの胸に顔を潜らせながら思った。 あたしはこうして抱きしめてもらうだけでも充分気持ちよくって、涙が出そうになるくらい幸せなんだけどなぁ。 そんなことを言ったら、どんな顔をするだろう。 さっき見せてくれたような、子供じみてちっともこのひとらしくない、ふてくされた顔をしてくれるんだろうか。 「・・・ほら。足、開け」 「あっ、あぁっっ、やあぁ、ん、っ」 掴まれた右の太腿が高く持ち上げられる。膝を折った脚を胸に抱く格好で押しつけられた。 立っているほうの膝ががくがくと震えてる。片脚じゃ受け止めきれない。打ち込まれる衝撃を何度も何度もぶつけられて、もう 身体が悲鳴を上げていた。奥がびくびくと疼いていて、そこからの痺れが全身に回ってる。脚には力が入らなかった。 腰を土方さんに支えてもらわなかったら立っていられない。 土方さんが動いてあたしの腰が持ち上がるたびに、押し入れの上段に押しつけられたところの肌が擦れる。 ちょっと痛い。でも、そんなことは気付いてもらわなくていい。 夢中になってくれているのが嬉しくて、抱きしめてもらえるのが嬉しくて、馬鹿みたいに素直になってしまう。 このひとと繋がっていられるのが嬉しい。身体の奥にある熱さや重みを感じているだけで、他のことなんて頭の中から遠のいていく。 「・・・・・・・っ、」 あたしの耳元で苦しそうな声を漏らした土方さんは、すごく短い、耳の中が焼けそうになる熱い溜め息をついた。 頭をぎゅっと抱いて、髪に沿って撫でた。髪を梳いてくれた手が流れを伝って身体に下りていく。 首筋を撫でて、肩から腕へと肌を撫で下ろした手のひらが、あたしの身体の輪郭をなぞりながら腰まで辿り着いた。 立っているのがやっとの左脚。その太腿を火照った手が掴み上げて、膝裏に腕を入れて―― 「っっ!・・・ゃあんっ、ああっ、ん、ゃっ」 持ち上げられた足の先が畳を離れる。ぐらっと揺れて身体が浮いた。 掴まれ、と引かれた手を汗ばんでいる土方さんの首まで導かれて、夢中でそこに縋りついた。 痛い、と感じるほんの少し手前の感覚が身体を抉る。男のひとの激しさに嬲られている。犯されてる。そう思ってしまう感覚。 無理矢理にあたしをこじ開けてくる荒々しさだ。さっきまでとは比べものにならない強い痺れに呑み込まれて、目の前が霞んだ。 ボタンの外れたシャツの衿元に、涙で濡れた頬を押しつけて目を瞑る。 もう何も見たくない。今の自分がどんなに不安定で心細い、恥ずかしい格好をさせられているのかも忘れてしまいたかった。 はしたなく開いた足の爪先が、土方さんに突かれるたびにびくん、と反って跳ね上がる。さっきまでよりも奥へ、奥へと 強引に蠢く熱いものに拡げられていくたびに、あ、あ、あ、あ、と耳を塞ぎたくなるような、高くて甘えた声が出る。 最初は我慢していられた声も、今は喘がされる苦しさで息が上がってしまって我慢がきかない。 唇を噛みしめて、このひとの胸元に押しつけて我慢しても、障子戸を簡単に通り抜けて庭まで届きそうだ。 「だ。だめぇ、もぉっ、・・・っ、ひ・・・かた、さぁ、・・・・・」 「・・・・、っ、何、だ」 「声、っっ。・・・・・き、こえ、ちゃ、・・・・・・っ」 からからに渇いた喉から声を絞り出す。頭を首筋に擦りつけて、だめぇ、と拒んでも、土方さんは止めようとしなかった。 ねえ、と呼びかけても答えてくれない。どんどん深く激しくなっていって、突かれると息が出来なくなるくらい感じやすくて 奥まったどこかに、熱い塊をぶつけられてる。ぐちゅぐちゅと音を立てながら乱暴に抉られた。 お腹の中がきゅうっと、土方さんを飲み込んで縮んでいく。びくびくと震えてる。自分じゃわからない、制御できない何処かが。 ぶつけられるたびに中が疼いて、自分が何をしているのかも、何をされているのかもわからなくなってきて。 全部放り出して泣きじゃくりたくなった。 「ひ、ぁ、あん、ぁあ、・・・・・っっ」 どうしよう。無理だよ。もう出来ない。これ以上我慢するなんて。 痛いくらいに押しつけられた背中を、開いた太腿ごと抱きしめられて揺り動かされる。 身体が少しずつずり上がっていって、浮いていた身体は柔らかい何かの上に降ろされた。 布団の上だ。いつのまにか押し入れの上段まで押し込まれている。 脚を掴まれてもっと押し込まれて、真っ暗な奥の壁に背中がぶつかる。ずるり、と引き抜かれて、弱った声が飛び出た。 引き抜かれると、あたしを奥まで一杯にしていた息苦しさまで消えた。 はぁ、はぁ、と大きく肩で息をしながら頭を垂れる。 乱れた髪に半分覆われた、狭くて滲んだ視界は、すっかり影が落ちた夕闇の頃みたいに暗い。 粘液にまみれた自分の太腿と、あのひととの間に引かれた透明な糸が途切れるのを、 泣きすぎて熱くなった目でぼんやりと見ていた。 廊下を誰かの足音が、古い床板を軋ませながら通り過ぎていった。 壁を二つ立てて離れたあの部屋では、さっきから歓声と笑い声が次々と重なって起こっている。 襖戸を隔てて聞いているその声が、海辺から届く波音のようだと思った。あの、耳に慣れた闊達で通りのいい笑い声が なぜか今は茫洋として遠い。今の自分からは掛け離れた声。聞こえているのにどこか現実感が薄い声だ。 土方の耳元ではそれらを掻き消すような、ひどく生々しい音が鳴っている。 の背中を押しつけた壁が、みしっ、みしっ、と乾いた音で軋んでいる。壁と男の身体に挟まれ、突き動かされて泣いている 柔らかな身体からは、濁った響きを奏でる水音が絶えない。時折細い腰がびくんと跳ねて、噛みしめた紅い唇から 熱にうなされたような嬌声が漏れる。その声がより甲高く、狂おしげな響きになっていくごとに、背筋をぞくっと寒気が走った。 「、」 「っ、んっ、・・・、ふ、ぇえ・・・っ、っっ」 「・・・・・・おい、、」 動きを止め、もう一度呼ぶ。それでも答えはない。 襖戸を閉め切った狭所には、嗚咽をこらえる女の声と、黙っていても汗が噴き出すような蒸し暑さが満ちている。 ここへ閉じこもってから何度も、背筋を生温い汗が粒になって伝い落ちていた。 濡れたシャツが肩や腕、背中や胸板にまで張り付いている。抱いている女は、俺以上に全てが濡れている。喘いでいる中も、 しなる背中も、大きく開かせて壁に押しつけた脚も、突くたびに揺れる淡い色をした胸も。 蕩けた視線を薄闇にぼんやりと浮遊させている大きな瞳も。意地や我慢のすべてが汗と一緒に流れ落ちてしまったような あどけなくて頼りない表情も。嗚咽が弱まってきた、痛々しいほどの涙声も。全てが彼女から溢れた甘い蜜でとろりと濡れている。 壁に抑えつけていた太腿を放して、びっしょりと汗に覆われた身体を抱き直す。 抱きしめると、身体の火照りを透かした桜色の肌や、長い髪から匂う甘ったるい匂いは、高い湿度のせいで一層強く香った。 喘いでいる唇を割って中へと入りこんだ。舌先をそっと撫でて、泣くな、と言い聞かせるつもりでゆっくりと踏み込む。 小刻みに震える柔らかな唇は、これまでにも何度か味わった、ほのかな甘みを含んだ涙の味がした。 こうしての泣き声と後ろめたさに責め立てられていると、却って止めようがなくなる。 まったく救いがねえ。救いようのねえ馬鹿だ。救いようのねえ馬鹿だと判っていても、毎回こうして溺れていくのだ。 ここから先のこたぁ知りようもねえが、このまま行きゃあどうせ一生、こいつに飽きずに終わるだろう。 ・・・ここまで飽きがこねえ理由は、もう考えるのも飽きちまったが。 単純すぎてごまかしが効かない理由だ。わざわざ口にする気も起きねえ、腑抜けた理由だ。 俺がこいつに相当参っちまってるからだ。 まったく、隙だらけのこいつもこいつだが、俺も俺だ。いい加減にどうにかならねえのか。 おかげで今日だって無駄に時間潰しちまって、机に齧りついていられる時間が大幅に減った。今は良くても後が散々じゃねえか。 「ひ・・・・か、た、・・・・さ、・・・・」 抱きしめた女のせつなげな声が口内をくすぐる。 ぐっ、と深く一衝きすると、の脚が太腿から爪先までが、快感を走らせてびくりと揺れる。 さらに何度か同じような動きを与えてやると、収縮しきった彼女の中が責めてくる。 「!ゃん、あっ、・・・だめぇえっ、・・・!ひ、ぁあっっ」 最初は小さく、びくっ、と震えるだけだったの反応は、繰り返すうちに狂ったように乱れて変わっていった。 折れそうなくらいに反り返る背筋を抱きしめる。 指先に力を籠めると、弱々しく動いた細い腕が首筋に絡みついてきた。脚も抱いて持ち上げて、細い腰を浮かせて、 壁に押しつけて、泣きじゃくる華奢な女の身体が壊れるほど責めた。最後には叩きつけるような激しさになった。 「っ、・・・・・・い、っっ」 痛いくらいだ。固く張りつめたものをよりきつく締めつけられる。 熱気と衝動で掠れた意識をどうにか奮い起こして、薄目を開けてを見つめた。 頬を赤く染めて目を閉じた女は何も言わない。緩んだ唇が半開きになっている。 もう気を失っているのか、引きつけを起こしたような喘ぎ声すら漏らさなくなっていた。 汗にまみれて光る胸が、壁に押しつけるたびに艶めかしく上下する。その膨らみの先を口に含んでも、声すら上げない。 白い脚の先は衝くたびに力無く跳ね上がる。背筋も弓なりにしなる。 まるで出来のいい人形でも抱いてるみてえだ。そう思って笑いそうになった瞬間に、さらにきつく締めつけられた。 くっ、と噛みしめた口から舌打ちが漏れた。限界を覚えた身体が血を逆流させる。どくん、と波打って頭の何処かが爆ぜた。 動かなくなったの唇を貪りながら、何かに憑りつかれたような飢えた気分で激しく衝く。 衝くたびにびくりと震える脚の爪先や淡い色の細い腕が、死人のようにぐったりと垂れていると気付く。 どうにかしている。いかれてやがる。弱った女をこうも手荒に扱って。見ろ、死にかけてるじゃねえか。 そう思って自分を諌めても止められなかった。きっとこの暗さと籠った熱気に頭をやられちまったせいだ。 二枚の壁を隔てた明るい場所から届く、さざ波のような声が耳を掠めていく。 かたん、と静かに障子戸が動く音が聞こえた気がした。 いや、襖の向こうに気配はない。熱気に浮かされて聞こえた幻聴かもしれない。 閉じ込めた薄闇にはっきりと満ちているのは、荒れた自分の息遣いと、目の前の壁が軋む音だけだ。 目を閉じた女の肩や首筋が、汗を纏って光っている。 微かに動いた半開きの唇にぼうっと見蕩れて、ごくりと喉が鳴る。 背筋を寒気に撫でられて、火照りきった身体をやるせなさに縛られる。情動の向かうままに激しく衝いた。 こいつが壊れる。そう思ってこめかみに冷汗が滲むほどの荒々しさでを責めた。 喰らうように唇を奪う。ぶるっ、と抱きしめた背中が震えて、喉の奥で消える弱い悲鳴が生まれた。 縋るようなか細い泣き声が口内を充たしていく。獣じみた征服欲まで満たされて、頭を痺れさせられた。 同じだ。 拗ねるを甘やかしながら抱いても、弱ったを抑えつけて手酷く犯しても、いつも頭を占領する思いは同じだ。 この声も、涙も、この柔らかな身体も、全部俺のものだ。 胸の奥で確かめるようにそうつぶやくと、歯止めにしている理性が消えて愛おしさが濁流に変わる。堰を切ったように溢れ出す。 「ぃ、ゃあっ、やめ、・・・・・っっ!あっ、ぁあっ、やぁあんっ」 「・・・りぃ、・・・・・・・・・・」 悪い。あと少しだから、赦してくれ。 胸の内に生まれた声がきまり悪くつぶやいている。 媚薬のように身体を昂らせる後ろめたい罪悪感に、一瞬だけ後ろ髪を引かれた気がした。 ――さて、そんなこんなでその翌日。 真昼間の勤務中から人目を忍び、二人がひみつの御遊びに耽ってしまった、その次の朝のこと。 「お早うごぜーやす土方さん。昨日はどーも、ゴチでしたァ」 「・・・・・・はぁ?」 泡の立った歯ブラシを咥えて洗面所に立つ寝間着姿の土方は、目をぽかんと見開いていた。 彼にしては珍しく、不意を突かれた顔になっている。今のは俺の聞き違いか、それともまだ寝惚けているのか、とすら思った。 起き抜けで向かった朝の洗面所で、同じく歯を磨きに現れた沖田になぜか笑顔で礼を言われたのだ。 わからねえ。一体何が「ゴチでした」なのか。このクソガキに何かを奢った覚えなんざ、どこにも無えが。 じろりと横目に、鼻唄混じりの上機嫌で歯を磨いている隣の男を睨む。 訳のわからないその言い草も、歯磨き粉を歯ブラシに塗りたくっている食えない澄まし顔も、ひたすらに不気味でしかなかった。 「あれっ。ひょっとして土方さん。から聞いてねーんですか、昨日のアレ」 「・・・・・・・?」 「へえ。その顔見る限りじゃ、どーやら伝わってねーらしいや。まあねえ、あれじゃあ姫ィさんが忘れたって仕方ねーけど」 「何だ。何かあいつに言付けたのか?・・・昨日は特に何も聞いてねえな。おい、勿体つけねえで手短に言え」 朝の忙しい時間だ、出来るだけ無駄は省いておきたい。 これから急いで部屋に戻って、布団の中で疲れきって泥のように眠っている女を起こしたり、 俺の顔を見るたびに「土方さんなんかもう知らないっ」と真っ赤になってむくれるその女をどうにか宥めすかして 機嫌を取ったりしなければいけない。あれァ相当意固地になってやがるからな、の奴。 まあ、結局あれから数時間、あの狭めぇ中で片時も離さなかったんだから仕方がねえか。どんな女でも機嫌を損ね、 ・・・・・いや。まあ、これァつまりアレだ、あくまでその、・・・兎角、朝はやるべきことが多くて忙しねえもんだ、って話だが。 「いやァ、別にそうたいしたことでもねーんです。土方さんが寝てる間に辞書を拝借したってだけなんでさァ。 そいつを夕方、あんたの部屋に返しといたんですがねェ。留守の間にそーっと入って、机に置いといたんですがねェ。 そーですかァ、気付きやせんでしたか。へ〜えぇ〜〜〜。何でも目敏い鬼の副長ともあろうお人がねェ」 たらり、と絶句した土方のこめかみを気味の悪い脂汗が伝い落ちる。 ふっ、と沖田は静かに微笑した。獲物を捕らえた喜びに満ちた、残酷なまでに美しい悪魔の笑みで。 「ああ!そーいやァあの時、妙な物音が聞こえたなァ。誰もいねーはずの押し入れからどっかで聞いたよーな女の声がするんでさァ。 あんたの名前呼んでやしたぜ、いやー、もうだめーって、色っぽい声でうわごとみてーに。あれァ幽霊か何かだったんですかねィ」 「ぶほォォっっ!!!!!」 白い泡を盛大に吹き出し、青ざめた土方が洗面台に伏せてゲホゲホと咳込む。 そんな彼を目を細めて見下ろしながら、沖田は愉快そうに鼻唄混じりでシャカシャカと歯を磨いている。 近くで歯を磨いていた隊士数人が手を止めて、そんな二人を不思議そうに眺めていた。 ――そして、それから数日後の朝。隊長格が集った会議室でのこと。 近藤を始めとする屯所の面々は、沖田が見慣れない新品の刀を帯刀していることに気がついた。 何でもそれは彼が前々から目をつけて狙っていたブランド物の一品で、格安の中古車くらいは余裕で買える、 それなりに値の張る品であるらしい。「臨時収入が入ったんでさァ、まあ、いわゆる口止め料ってやつですかねィ」と 謎の購入理由を語りながらおニューの得物を披露する一番隊隊長を囲んで、朝の会議室では人の輪が出来たのだが。 ・・・その「口止め料」というひとことに、苦々しい顔で黙々と煙草をふかしていた局内No.2が ぴきっ、とこめかみをひきつらせて反応していたことは誰も知らない。 そして、丁度数日前に、彼の預金通帳から中古車一台相当の大金が消えたという事実もまた、誰も知らなかったりする。 こうして「眠気覚ましにちょっとを構ってみるか」くらいの軽い悪戯心から始まったおふざけの顛末は、 土方の預金通帳と、人並み外れて負けず嫌いで何かと格好つけたがりなそのプライドに、思わぬ禍根を残したのだった。 また一方で、それからのがどうしていたのかといえば。 あれ以来、彼女は軽いトラウマを抱えてしまった。 とはいえ、まあ、トラウマとはいえ原因が原因である。誰が聞いても「真面目に仕事しやがれこのバカップルが」と 冷えた視線を送るだろうこと必至な、馬鹿馬鹿しくもあはんうふんな原因なのだから その症状もさほど深刻ではなかったのだが。そこにはちょっとした弊害も、あるにはあった。 その恥ずかしいトラウマのおかげで、はある種のパニック症状に陥るようになった。 部屋でなんとなく押し入れを目にすると、たまにふとしたはずみであの日のことを思い出す。 誰にも言えない赤裸々な記憶が、そのときに土方にされた一部始終の感触ごと蘇り、蘇るたびに我を忘れて硬直し、 ぼんっ、と顔を発火させては「ふぎゃぁあああぁぁぁ!土方の変態いいいっっ、バカあああああ!!!」と 屯所中に響き渡る裏返った奇声で叫ぶ、・・・という騒ぎが、その馬鹿らしいトラウマから発動されるお決まりパターンである。 (ちなみに泣き喘ぐ本人は、その記憶が蘇った際には必ず脳裏に艶めかしいピンク色で光る走馬灯が現れて パトカーの回転灯以上の目まぐるしさでぐるぐる巡る、あれが始まると恥ずかしくてとても正気じゃいられない、 どーすんのコレ、どーしてくれるのよぉコルァァァ!・・・なんてことを、至って真剣なつもりで土方に抗議するのだった) 副長室の押し入れの襖戸をベシベシ殴り。さらには、部下の奇行になど目もくれずに白煙を噴き上げながら 机上の書類に目を通している、ふてぶてしい上司の石頭もベシベシ殴り、それでも泣きじゃくる、真っ赤な顔の副長直属隊士。 そんな彼女の不審な様子を、屯所の連中は怪訝そうに首を傾げ、障子戸越しの廊下から見守っていたりする、・・・らしい。
「 おおかみさんとひみつの小部屋 」 text by riliri Caramelization 2010/09/10/ ----------------------------------------------------------------------------------- 「純愛狂騒曲!*4」にちょっとだけ出てくる「押し入れ」の話です。やっと書けたああぁ (涙