用意された広い部屋に入った途端、耳上に留めていた髪飾りを取り上げられた。 誕生日祝いに総悟がくれた髪飾りは、それを外したひとに険しい目つきで眺め回されたあとで、 三人は余裕で眠れそうな大きいベッドの横に――凝った装飾のサイドテーブルに、ぽいと放り投げられてしまった。 「・・・どーして投げちゃうんですかぁ」 乱暴な扱いに文句をつけたら、土方さんはむっとしたみたいだ。 あたしの手首を強く掴んで、そのまま腕を引っ張られて。半ば倒れ込むようにしてベッドに横座りしたら、 目の前に影を作ったひとが腰を屈めた。あたしの腰の両脇に手を突いて、左右を塞ぎながら顔を寄せてくる。 マットの弾力のせいでうまく身動きのとれないベッドの上。沈んだ腰がゆらゆら上下するせいで ちょっと押されたら倒れちゃいそうな心許ない姿勢だったから、さっきのエレベーターで閉じ込められた時の、 どこにも逃げ場がないかんじを思い出して。 ――ざわ、とお互いの着物が擦れ合う音に身じろぎする。きゅうっと縮んだ胸の奥で、心臓がとくとくと高鳴り始めて。 「普通気に食わねえだろ。他の男が寄越したもんで着飾った女眺めて、何が楽しい」 「・・・ほ。他の男って・・・・・・、っ」 反論しかけたらそれを遮るみたいに瞼に唇を落とされて、あたしはぎゅっと目を瞑った。 煙草の匂いと柔らかい熱を押しつけられた目元が、勝手にじんわり赤らんでくる。おそるおそる薄目を開けたら、 当然、そこには焦れて苛立ってるような目をした土方さんがいて。もう少しで鼻先が擦れ合いそうな近さから、 瞬きもなく見つめられていて、 ――とくん、と大きく心臓が跳ねる。あたしはあわてて深く目を伏せて、顔も逸らした。 張りのあるピンクベージュのベッドカバーを落ち着きなく弄りながら、袷が乱れて膝やふくらはぎを覗かせている 自分の脚に視線をふらふら彷徨わせる。 ・・・何それ。・・・・・・わかってないなぁ、土方さんて。全然、ちっともわかってない。 そんな言い方されたら、あたしは自分のいいように言葉の意味を曲げてしまうのに。どうしてそういう 紛らわしい言い方しちゃうんだろう。 罪作りなひとだなぁ、って口を尖らせながら恨めしく思う。 ――だって。・・・おかしいよ、その言い方。・・・それじゃまるで、土方さんが嫉妬してるみたいに聞こえるのに。 「・・・、ぃ、いいじゃないですかぁ、総悟なら。土方さんも見てたでしょ? 他の男の人から貰ったならともかく、弟みたいな子から貰ったんですよー?あたし、すっごく嬉しかったのにぃ・・・」 「お前ん中じゃ弟扱いでも男は男だ。気に食わねえもんは気に食わねえ」 「・・・・・・?総悟のどこがそんなに気に食わないんですかぁ?ていうか時々、びっくりするくらい心が狭いですよねぇ土方さんて」 「フン、そーかよ。そういうお前はびっくりどころか、こっちの度胆抜くくれえの鈍さだがな」 「ちょ、何それ。今のは聞き捨てならないんですけど。あたしそこまで鈍くな―― っっ」 ぐいと肩を掴まれて押されて、視界がくらりと反転する。間接照明に薄明るく照らされた天井が、真上に映った。 ベッドの弾む感触に背中を埋もれさせてゆらゆらと身体を揺らしているうちに、まだ不満そうな顔つきをした土方さんが 真上を塞いだ。 普段はほとんど感情の色を浮かべようとしない冷淡な目が、今は自分の内にあるものを包み隠さず見せてくれる。 瞳の奥で燻ってる苛立ちと熱に、あたしはぼんやり見惚れてしまった。 ――そんなはずない。嫉妬だなんて、そんなはずないのに。 きっとあたしの勘違い。・・・ううん、思い上がりだ。 でも、それでも嬉しかったから―― 「んっ。・・・・・ふ、・・・ぅ、」 心臓が破裂しそうな恥ずかしさを我慢しながら、あたしをベッドに沈めようと倒れ込んでくるひとに腕を伸ばした。 煙草の匂いがする唇が開いて、伸びてきた舌でこじ開けられる。躊躇いもなく侵入してきた濡れた熱に、 エレベーターでしたような、頭の中が蕩けてしまいそうな激しいキスで求められる。 一度離れて頬や額に触れた唇が、顔から首へ、首から胸へと這い降りていくころには、 貰った髪飾りのことなんて忘れてしまっていた。肌に吸いつかれるたびに出てしまいそうになる 鼻にかかった声をこらえているうちに、背中を探っていた力強い腕に、邪魔だ、とばかりに帯を引き解かれる。 緩んだ衿元を掴まれて、ぐいと広げられて。感じやすい鎖骨のくぼみに喰らいつくようなキスをされる。 ちゅ、ときつめに肌を吸われて、かりっ、と甘噛みされる。小刻みに震えた唇から、あぁ、と 殺しきれなかった声が飛び出る。 すこしきつめに吸いついては噛み痕を残す唇の感触は、肌蹴た胸の膨らみへ流れていった。
蜜 月 *5
どうして。 どうしてこんなことするんだろう―― 「っ・・・、ぁあっ。やぁ、ん、ふぁ、やぁ、も・・・・っ」 大きく開かされて下着を剥ぎ取られた足の間で、くちゅりと蕩けた水音が鳴る。 ごく、と喉の渇きを潤すように何かを飲み干した音が鳴る。我慢しきれなくなった声をはしたなく上げて、 脚の間に埋められた頭に手を伸ばした。はぁ、はぁ、と乱れた呼吸を繰り返しながら、土方さん、と何度も呼んだ。 汗で湿り始めて艶めいている黒髪を、やだぁ、と泣きながら握り締めたけど―― 「ぁ、めぇ、だめ、だめぇぇっ・・・、も、あ、あ、あぁっ・・・・!」 あたしの中に入り込んだ熱いものが、蕩けきった粘膜を尖らせた舌先で撫でている。 内腿を掴んで固定していた手が、薄く汗ばんだ肌を膝裏までゆっくりと撫で上げてくる。 身体の外側と内側、両方から責めてくる二つの感触にぞくぞくしてしまって脚の力がふうっと抜けた。 くったりと垂れた太腿を掴み上げられて、もう少し我慢しろ、って宥めるような優しい手つきに撫でられる。 やぁ、と涙で濡れた顔でかぶりを振っても、脚を放してはもらえなかった。 身体中を撫で回す手と一緒にゆっくり這い降りていった土方さんの舌は、あたしの身体の中心を埋めて蠢いてる。 熱くてぐにゃりと形を変えるものに入口を舐められ、弄られて透明な雫をこぼす狭いところを広げられる。 ・・・土方さん、どうしていつもこんなこと、するんだろう。・・・どうして。どうして。 こうして脚を開かされて火照ったそこを舐められていると、いつも泣きじゃくりたくなってしまう。 どうしてこんなこと、しなくちゃいけないんだろう。こんなあたし、土方さんに見られたくないのに。 自分でも目にしたことのないところを男のひとに見られて、キスされて、舐められて、びくびくと身体を震わせて。 死んじゃいたいくらい恥ずかしい格好をさせられているのに、感じすぎて泣き喘いで。そのうちに頭の中がぼうっと霞んで わけがわからなくなってしまう、我を忘れて身体を震わせてしまうあの瞬間がやって来る。 自分がどうなるのか判らなくて、いつも怖くなってしまうあの瞬間が。 それでもこの先に待ってる快感を知ってしまった身体は、このひとを欲しがってしまう。 だから、抑えつけてくる土方さんの手を振り払えない。そんなふうになってしまった厭らしい自分が、たまらなく恥ずかしくて―― 「やぁ、ゃめ・・・も、やらぁぁ・・・」 「駄目だ」 「な、なん、でぇ・・・っ」 「何でも何も、・・・こっちはてめえのせいで収まりがつかなくなってんだ。責任取れ」 「ふぇえ・・・」 「馬鹿。泣くな」 顔を覆って啜り泣いていたら、ようやく土方さんは舌の動きを止めてくれた。 顔を上げて近づいてきて、乱れきったあたしの髪を梳いて直しながら頭を撫でる。 屯所の皆の前で見せる副長の顔とは違う色を浮かべた目を、ふっと細めた。照明を背にして影になった額に、 こめかみに、汗が細く伝っている。苦笑混じりに投げられた慰めの声は、息遣いがわずかに弾んでいた。 はぁ、とせつなげに呻いたひとは、帯を解かれて露わになったあたしの身体を撫で下ろす。 もう片方の腕で自分の着物を捲り上げながら、腰を進めてきた。立っていたベッドの端からマットに膝を突いて 迫ってきて、ぐ、とあたしに熱の塊を押しつけてくる。 「っっ・・・!」 くちゅ、と音を立てて滑ったそれの熱さと硬さのせいで、背中が浮き上がるくらい感じてしまう。 両手で覆った唇から、ふぁあ、と掠れた泣き声が漏れる。瞼の端で膨らんでいた涙の粒が、 ぽろぽろと転がってこめかみを濡らす。全身を竦ませて土方さんが入ってくる瞬間を待っていたら、 真上から見下ろしてるひとは、困ったような目で笑う。溢れた蜜と汗が滴る太腿の内側を 何度か柔らかく啄まれた。安心させようとするみたいに優しく口づけられる心地良さに、脚の力が抜けていって―― 「ぁあ・・・」 「・・・そう力むな。・・・・・力抜け、――」 「〜〜あ、ぁあっ」 ぬるりとした感触を纏った先端を押し込まれて、背が仰け反る。 燃え滾るような熱を感じてきゅんと疼いた腰の奥が、土方さんに開かれていく―― 「・・・閉じるな。もっと開け」 「っあ、ゃ、んんっ、くるし・・・ああぁ・・・っ!」 入ってきた、と感じた瞬間、びくびく震える太腿を掴まれ広げられる。押し込まれた先端で、奥まで一息に貫かれる。 ぐちゅっ、と粘った大きな音が広い部屋に響く。ずっ、とシーツを擦ってしなった背中が高く浮き上がる。 足袋だけ履いたままにされた足の先も、土方さんの腕に縋りついた手の震えも止まらなかった。 はぁはぁと息が上がるばかりで、上手く呼吸が出来ない。 触れたこともない自分の中を、熱く脈打つものに埋められる感覚で全身が息詰まってる。 ――苦しい。お腹の奥まで土方さんで一杯で、息がつけない。 わからない。くるしい。どうして、こんな。違う。いつもと違う。・・・いつもはもっとゆっくり、馴らしながら挿れてくれるのに―― 「っ、はぁ、・・・っ、ゃら、これ、くる、し・・・・・・っ、」 「今はな。楽に息がつけるようになるまで慣らしてやる」 「・・・っ。んな、の、むりぃ・・・っ。も、こんな、あ、ぁ、あ・・・・・・・〜〜っ」 「暴れんな。・・・腰揺らすと却って辛れぇだろうが。ゆっくり息吐け」 「・・・・・・・・・・っ、も、・・・・んぶ、はいっ・・・・っ?」 「まだだ」 「ひ、ぅ・・・・・っっ!!」 ずん、とお腹の底にぶつけられたら、ぱあっと白く目の前が染まって。全身が強い痺れに 呑まれてしまって、声すら出ない。潤んだ視界の向こうでぼやけている姿が、はぁっ、と荒い息を吐く。 ふ、と掠れた声で低く笑うと、煙草の香りが染みついた手で優しく頬を撫でてくれた。ちいさく震える唇を指でなぞって、 「・・・ったく。つくづく性質の悪りぃ奴だな。おい、何でこうなったと思ってる。 あのまま大人しく抱かれてりゃあ見逃してやるもんを、わざわざ煽りやがったのは誰だ」 「ふぇぇ・・・、っく、・・・んな、ゎ、わかんな、ぁあっ」 「・・・お前だ。違うか、」 「〜〜ぁあんっ!」 挿れられただけで達してしまったあたしの両脚を割って、まだ衝撃で疼いてる奥へ突き入れ始めて―― 「ふ、ぁあっ、ひ、かた、さぁ・・・!」 「ああ。・・・何だ」 「こんな、やらぁ、めぇえ・・・!ひっ、っく、・・・やだぁ、ああっ、ぉかし・・・く、なっちゃ・・・!」 「あぁ。もっと啼け。頭が空になっちまうほど感じさせられたお前がどうなるのか、見せてみろ」 「っっ、ひぁあん、あっ、あぁ!ぉ、おくっ、だめえぇっっ。め、なのっ、だめえぇ・・・!」 ぐちゅ、ぐちゅ、と濁った音を立ててぶつけるように抜き挿しされて、もう自分が何を口走っているのかもわからなくなった。 何かの感情が燻っているような暗く熱い色が映る瞳に見つめられながら、激しく身体を揺さぶられる。 いつもより激しい土方さんの動きで、ゆらゆらとベッド全体が撓んで揺れる。ぎっ、ぎっ、とマットが軋む。 布団を敷いて寝ている屯所では鳴らない音に身体が震えて、いつもとは違う場所でしてるんだって 意識してしまって、泣きたいような恥ずかしさで全身が火照る。震える唇を噛みしめた顔を手で隠そうとしたら、 見透かしたような顔つきで微笑するひとに見下ろされていて。 「隠すな。見せろ」 「ゃ、やだぁっ。・・・〜〜っあ、ぁあんっ、あ、ゃあ、ああっ、」 両手を纏めて掴み上げられて、絶え間なくこみ上げてくる大きな声を抑えられない。このまま消えてしまいたくなった。 ずっ、ずっ、と後ろ頭や背中がベッドに擦れて、肌蹴ていた着物がだらしなく乱れて。 ブラをたくし上げられた胸がすっかり露わになってしまうと、土方さんは上下に揺れていた膨らみを荒く掴んだ。 「もっと啼けよ。・・・」 「や、あぁん!そこ、だめぇ、あ、ふぁあん・・・!」 感じすぎて赤く尖った先を、固い指先で潰すように捏ねられた。 ふっと笑った唇に悪戯に吸いつかれた胸の先が、じぃんと痺れる。手足の先までこらえきれない快感が走る。 ますます反り返った背中を宥めるように抱きながら、土方さんはあたしの上に覆い被さってくる。 ぎゅうっと強く、背筋が軋むくらいに抱きしめられる。ぁあ…、と弱りきった声が口をついた。 ――こうして身体が折れそうなくらい強く抱きしめられると、それだけで気持ちよくて、嬉しくて。 全身の力が抜けてしまう。このひとになら何をされてもいいような、全部委ねてしまいそうな、そんな甘い気分になって―― 「あっ、ああんっ。・・・・・・ひ、ひじか・・・さぁ・・・!」 「・・・あぁ。そうだ。もっと。もっと啼け。隠すな。全部見せろ」 「あ、ぁあっ、〜〜ああぁ!」 一際強く打ちこまれた。硬く張りつめた土方さんの先端に、気持ちよさでとろとろに蕩けて 潤みきったそこを抉られる。お腹の底に湧いた強い痺れが頭の天辺までを貫いて、ぶるり、と震えが走った瞬間―― 「・・・っ!」 「っぁあ!・・・ぁぁあああ・・・〜〜〜っ!」 あたしの一番奥で、濡れた中を焼いてしまいそうな高い熱がどぷりと弾ける。 自分ではどうにもならない甘い快感に追い詰められて、痺れた背筋が跳ねて全身が仰け反る。 仰け反ったせいでずり上がった腰を鷲掴みで引き下ろされて、逃げるな、と言い聞かせるみたいにきつく抱きしめられた。 ぐっっ、と奥まで、お腹が破れそうなくらい強く捻じ込まれて、 「っっ、・・・ひ、ぅ・・・・・・〜〜〜〜〜っ!」 びくびくと疼いている深いところにどっとぶつけられて、土方さんが溢れさせた欲情を擦りつけるようにして注がれた。 あまりの強さに息が詰まる。きつく閉じた瞼から涙を溢れさせたあたしは、 淡い光に照らされた天井へ狂ったような声を放った。ぴんとしなって宙を掻いた足が震える。 お腹に流れ込んでくる熱のせいで、腰の疼きが納まらない。突っ張った爪先の痙攣も納まらない。 それは、あたしの頭や背中を労わるように撫でていた土方さんの胸が、くつくつと籠った笑い声で揺れ始めるまで続いた。 「・・・・・はっ、えれぇ違いだな。屯所じゃどれだけ揺さぶったって、蚊みてぇな声しか出さねえ奴が・・・」 やりゃあ出来るじゃねえか。 気だるげだけれど芯の通った低い声に囁かれて、髪をぐちゃぐちゃに掻き回された。 ――土方さん、喜んでる。きっとこの「ぐちゃぐちゃ」はご褒美だ。屯所ではどんなに突き動かされても 歯を食い縛って声を殺そうとするあたしのことが、このひとはいつも気に食わないみたいだったから。 滲んだ汗で手のひらを滑らせながらあたしの背中を撫で下ろすと、土方さんが何かを囁くようなひそめた動きで 頬や唇を啄んできた。上半身を起こして身体を離したひとの唇から漏らされた吐息は、ひどく満足そうだった。 薄目を開ければ、ほんのり明るい部屋の天井と、どことなく嬉しそうな表情が霞んだ視界に映ってる。 息が上がってぐったりしているあたしを揺らさないようにしているのか、土方さんはゆっくり引き抜いてくれた。 脚の間で何か変な感じがして、注がれた白濁がとろりと零れる。シーツに伝い流れていくそれを、 涙に濡れたうつろな目でぼんやり追った。 伸びてきた手が、濡れて額に貼りついた髪を撫で上げてくれる。長い指の背が掠めるようにして肌を辿って、 頬やこめかみをそっと撫でてくる。火照った肌に与えられたその感触は、蕩けるような心地良さだ。 あともう少しで目を閉じて、長い指に頬を摺り寄せてしまいそうになったけど―― 赤らめた頬を膨れさせて、あたしはふいと顔を逸らした。 追いかけてくる土方さんの手も振り払って、身体ごと背けてうつぶせになる。汗に濡れた肩を掴まれても、 いや、と身体を揺すって振り払った。 「ひじかたさんの、ばかぁ・・・」 「・・・?おい。どうし」 「やだっ。・・・見ないで」 「あぁ?」 「〜〜どーしてあんなことするの・・・?もぅ、ゃだぁっ」 撫でられても、髪を引っ張られても、いやいや、とかぶりを振ってかたくなに拒んだ。 途方に暮れたような、響きの長い溜め息が背後で上がる。 静まった部屋にその余韻が広まりきった頃に、あたしはしどろもどろに理由を漏らした。 「・・・やだぁ。あんなの、ゃだ。はずかしい・・・っ。あんな顔、見られたく、なぃ、のにい・・・っ」 まだ息が整わない声ではぁはぁと喘ぎながら言い終えて、震えが止まらない唇をきゅっと噛む。 ・・・土方さんがあんなことするから。無理やり手を掴んでくるから、顔すら隠せなかった。 嫌だ。あんな――あんなはしたないあたし、見られたくなかった。 土方さんの目にはどんな女に見えたんだろう。きっとだらしなく蕩けきった、物欲しそうな顔だったはずだ―― 「――。俺が見なけりゃいいのか」 ――苦しかった呼吸がようやく落ち着いて、疲れきったあたしが重くなった瞼を閉じようとしていた頃。 二人で泊まるには広すぎるくらいの薄暗い部屋に、土方さんの声が響く。 どことなく機嫌が良さそうな、甘い含みを持たせた声だ。あたしの髪に指を入れてぐしゃぐしゃと乱しながら、 「シカトぶっこいてねえで答えろ。いいか駄目か、どっちだ」 「・・・・・・・ぇ、・・・・・・・・・・・」 「顔が見えてねえなら、いいんだな」 「・・・ぅ。ん・・・・・?」 「なら、これで文句はねえな」 「え――、あ、ゃん、そんな、だめ・・・・・・っ!」 ベッドを降りた土方さんに、後ろから腰を引っ張られる。 露わになった胸やお腹を乱れたシーツにずるりと擦られて、下半身だけがベッドから落ちる。 履いたままになっていた足袋の裏が絨毯敷きの床に着いて、剥き出しにされたお尻を両手で開くように掴まれて―― 「〜〜〜っは、あぁ・・・!」 濡れた熱いものを押しつけられた、と感じた瞬間、まだ疼きが納まっていないところをぐぶりと割られる。 浅く入ってきた土方さんに、どこよりも感じてしまうところを繰り返し擦られた。 ゆっくりと、あたしの反応を確かめるように擦られるだけ。 それだけなのに怖いくらい感じてしまって、床に着いた脚に力が入らなくなる。シーツにしがみついた手がぶるぶると震える。 伏せた顔を乱れたシーツの波間に擦りつけて、息苦しさに耐えながら声をこらえた。 「〜〜っっ。っ、っぅ、ふ、ぅ、」 「これでいいのか。・・・どうだ、」 「あ、〜〜〜っ!」 ぎっ…、ぎっ…、ぎっ…、とベッドがゆったりした音を刻みながら揺らめいてる。 その乾いた音が鳴るたびに、あたしの中から濡れた音が漏れる。ぐちゅ…、ぐちゅ…、ぐちゅ…、と耳にこびりつくような、 蕩けきった音が鳴る。土方さんはあたしを焦らそうとするみたいにゆっくり挿れて、挿れるときと同じような速度で引き抜く。 ゆっくりと擦りながら引き抜かれるたびに、つうっと肌を伝う粘液が内腿に流れる。 透明と白が混ざり合ったそれでどろどろに濡れた内腿を、土方さんは何度も繰り返し撫で上げた。 繋がっているところに近いそこを撫でられるだけで身体の芯が熱くなる。声をこらえて強張った背中がぞくぞくしてしまって、 身体も頭もおかしくなっちゃいそうだ。 ――土方さんの腰の動きはゆるやかなのに。 なのに甲高い声を我慢できなくなりそうなくらいに、重くて全身に響く快感が波のように繰り返し襲ってくる。 ・・・だけどさみしい。さみしかった。さみしく感じてしまう理由は判っていたから、 あたしの身体はどうしてこんなふうになっちゃったんだろう、って泣きたくなった。 まだ奥まで挿れられていないのに。 喪失感でせつなく疼くお腹の奥は土方さんを欲しがっていて、夢中で締めつけようとしてる。 そこがきゅうっと縮むのが自分でも判って、――きっと土方さんにも伝わってる。そう思ったら涙が出るほど恥ずかしい。でも――。 「・・・・・やぁ。やだ。これ、やっ・・・・・・」 「――ああ。どうして欲しい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って・・・・て・・・・・」 「んな掠れ声じゃ聞こえねぇよ。・・・もっとはっきり言わねぇか」 「・・・・・・・・・・・・・・・っと。・・・・・ぎゅっ、て、・・・・・・して・・・・・・っ」 力が入らない身体をやっとの思いで捩って、後ろを見返す。 大きな声で喘がされたせいで、喉がすっかり嗄れてしまってる。掠れた泣き声で、切れ切れに頼んだ。 「もっと。もっと。ぎゅって、してぇ・・・・・・はな、れちゃ、やだ、・・・さみし・・・・・・っ」 「――・・・・・・、」 涙で曇った視線の向こうで、眉を顰め気味にした土方さんが息を呑んでいるのが見えた。 潤んだ瞳にぼうっと映ったのは、あたしの腰を高く上げるようにして抱いている土方さんの姿だけ。 ぎこちなく唇を歪めて笑ったその顔は、嬉しそうで。なのに、苦しさに耐えているみたいにきつく眉を寄せている。 汗を滲ませたその表情が、男のひとなのに艶めかしくて。ぞくぞくと背中に震えが生まれて、 「――あぁっ。ぃ、あ、っぁあ・・・!」 「っとに、・・・てめえときたら。性質の悪りぃ女だな・・・!」 「ひ、ぅ、んん・・・〜〜〜〜っ!」 繋がったところに伸びてきた手で、奥に隠れた小さな膨らみを弄られる。 とろとろと溢れた蜜を纏ったそこを撫でられて、痛みに近いくらいの痺れが全身に広がる。 抑えつけられた腰がびくんと跳ねる。抑えつけられたまま、奥を突かれる。ずん、と押し込まれた鈍い痺れに全身を縛られて、 「っあ・・・・!〜〜〜あぁっ、やぁ、そこ、やぁぁ、 ――ぁあん!」 いきなりの衝撃に襲われてきゅうっと土方さんを締めつけた中を、一番弱いところを強く擦りながらずるりと抜かれる。 甲高い声をシーツに押しつけて乱れるあたしに、土方さんは何度も、何度もそれを繰り返した。 すこしずつ早く激しくなっていくその動きを意識が遠のくくらい繰り返されて、耳を塞ぎたくなるような 高い水音がじゅぶじゅぶと鳴る。甘えて縋りつく子供みたいな泣き声が止まらなくなった。 「〜〜っ、っっ、ぅ、っ、ふぁ、あぁんっっ。ひじか、さ、ひ・・・かた、さぁぁ・・・っ。ぁ、あぁ、ああぁ・・・っ!」 「・・・あぁ。もっと啼け。・・・っ」 切羽詰まった声に名前を呼ばれて、手を掴まれる。 重なってきた力強さに指を絡め取られて、大きな手のひらの中にぎゅっと閉じ込められた。 どっと倒れ込んできた逞しい胸が、男のひとの骨ばった腰が熱く重く圧し掛かってくる。 うつぶせに組み敷かれたあたしを隙間なく覆い尽くして、ベッドへ深く埋もれさせた。 お腹に回された腕できつく抱きしめられる。汗に濡れた髪に、耳やうなじに、 ぐい、と襦袢を剥がれた背中に――見えない後ろから至るところにキスを落とされる。 こんな時のキスはいつも、喰らいつくような荒々しさで。なのにあたしは、 こんな時の、ちっとも手加減をしてくれないこのひとの荒々しさがすごく嬉しい。 ――土方さんに我を忘れて求められてるみたいで、いつも胸がきゅんとしてしまう。 これでいいか、と吐息を弾ませた笑い声に尋ねられた。 けれど、終わりなく繰り返される熱い抜き挿しに感じすぎてしまって、もう声は出ない。 もっと欲しい。 もっと深く。 もっと、もっと。 繋がったところから肌が蕩けて、お互いの感覚まで融け合ってしまうくらい。このひとと深く繋がっていたい―― * * * 「――で。・・・・・・・・結局、違うって言えなかったじゃないですかぁぁ・・・!」 今出てきたばかりの旅籠をびっと指して、あたしは通りの端まで届きそうな大きな声で訴えた。 時間は早朝の六時すぎ。夜の営業がメインの歓楽街ではどのお店もシャッターが閉まっていて、 道にはゴミがそこら中に落ちていて、まるで賑やかな繁華街が急に寂れて廃墟になってしまったみたいに見えなくもない。 すっかり寂れたようにも見える通りに人の姿はほとんどなくて、最寄駅へ向かう人たちがぽつぽつとまばらに通るだけ。 きらきらとあでやかな「夜の街」が、ぐっすり寝静まってる時間帯だ。回収のトラックが来るにはまだ間がありそうな ごみ置場では、カラスが山盛りになったポリ袋をつついている。少し眠たげな夜の蝶のお姉さんたちが颯爽と通り過ぎていく。 たまに、昨夜酔いつぶれたらしいサラリーマン風のおじさんが路地の隅で寝転んでいたりもするけれど、 ――今のこの街はどこを見ても、光の洪水みたいだった夜の喧騒なんてすべて忘れてしまったような静けさだった。 白々とした朝日を浴びた人気のない街を、淡々と人が通り過ぎていく。 朝っぱらからこんなに興奮して声を張り上げてる子なんて、勿論この街にはあたしだけ。そんなあたしを無視するつもり だったのか脇目もふらずに直進していた土方さんが、煩そうに耳に指を突っ込んで立ち止まる。 面倒がっているのが丸判りな、厭そうな仏頂面を向けてきた。 「だからどーした、んなもんは勝手に誤解させときゃいいじゃねえか。誤解があったところで 誰が困る訳でもねえ。お前がどこかであそこの連中とばったり鉢合わせたとしても、適当に相槌打っときゃ済むこった」 「よくないぃ!よくないですよ困りますよあたしが!あそこの人全員に「土方さま」って呼ばれちゃったんですよ!? 奥様なんて呼ばれちゃったんですよ!?これって立派な身分詐称ですよっっ」 「どこが身分詐称だ、大袈裟言いやがって。単に向こうの勘違いがこじれてるってだけじゃねーか」 馬鹿馬鹿しい、って唸った土方さんが心底呆れきったような目でじとーっと眺めてくる。 素っ気ない反応にむっとして、あたしは拳を握り締めてうぅぅぅ〜〜っ、と唸る。 攘夷浪士まで震え上がらせる鬼の副長にはどう頑張っても勝てそうにない、迫力のない目で睨み返した。 ――土方さんてばわかってない。ちっとも、全然わかってない。 こういうところが大雑把っていうか、このひとの困っちゃうところだ。自分にとってどーでもいいことに関しては まったくお構いなしなんだから・・・! 「それにだな。・・・・・・あー、何だ、その。・・・今だってあれだろーが、お前」 隊服から出した煙草を咥えながら歯切れ悪く前置きすると、土方さんは妙に気まずそうな表情になった。 ふいっ、とカラスが集まってきた道端のごみ置場へ顔を逸らして。カチカチカチカチカチカチカチカチカチ、と 焦ってるような手つきで取り出したライターを高速連打しながら、 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ いや。だからあれだ。あれったらあれじゃねーか。・・・四六時中俺とこーしてんだ。・・・と。とっくに嫁みてえなもんだろーが・・・!」 「え?聞こえなぁい。何ですかぁ?何て言ったの、土方さぁん」 「・・・・・・・・・・・・」 「えぇ〜〜、無視?ここで無視ですかぁ?黙ってないで教えてくださいよー。 あんまりボソボソ喋るから、ひとっっっことも聞こえなかったですよぉー」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 土方さんはなぜかライターを持つ手をわなわな震えさせて、ぎりぎりと歯を噛みしめながら凄い形相になっていった。 しかも、ちっ、と荒く舌打ちまでする。・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっっ、何で!? ぷーっと頬を膨らませて拗ねる。焦れた足でじたばたじたばた、地団駄を踏んだ。 ええそうでしょーとも、そりゃあそうでしょーよ。常に女の人にモテまくりな、「数々の浮名を流してきました」ってかんじの 土方さんには、馬鹿パシリって呼んでるあたしとの仲を周囲がどう受け取るかなんて心の底からどうでもいいことかもしれないけど! フン、って鼻先で軽く笑い飛ばしちゃうくらいの、取るに足らないくだらなさかもしれないけど! ・・・あたしにとっては違うのに。こういう事態に慣れてないあたしにとっては、こーやって意味なく ジタバタしたくなっちゃうくらいの大・大・大・大・大問題なのに・・・! 「・・・。おい、」 「はい?」 「・・・・・・一つあるぞ。誤解が解けねえまんまでも、身分詐称にならずに済む方法が」 「えっ、あるんですか!?そーいうことは早く教えてくださいよっ。それで、どーしたらいいんですかっ」 「〜〜どこまで言わせりゃ気が済むんだてめえは・・・!んなもん造作もねぇだろうが・・・!」 「歯痒くて仕様がねえ・・・!」って顔で眼光鋭く目を剥いた土方さんが、口端の煙草をぎりりと強く噛みしめる。 かくんと90度に折れ曲がった煙草をべちっっっ、と地面に投げつけて、 「〜〜ここへ泊る次までに嘘を真に変えちまえばいい、ただそれだけの話だろーが!」 「・・・・・・・・・? はぁ?・・・まことって?変えるって、何を?」 どーいうこと?何を変えればいいの?ていうか、・・・・・・・・それだけの話ってどれだけの話? 頭の中には疑問符ばかりが飛び交ってたから、目をぱちくりさせながら尋ねてみた。 すると土方さんの怒りの表情がすーっと引いていって、怒りで力んでた肩ががくりと落ちて、 何かに絶望したみたいな、落胆しきった顔になって。どうしたのかと驚いていたら、 なぜか深くうつむいたひとは真っ黒な頭をわしわしがしがし、がむしゃらなまでに掻き回し始めた。 「どーしたんですかぁ土方さぁん、そんなに頭痒いんですかぁ? ていうか今の話をもっときちんと、具体的に教えてくださいよー。どーいう意味だったんですかぁ?」 「・・・・・・おいそれ、本気で言ってんのか?それとも上手くとぼけたつもりか?まさか寝言たぁ言わせねえぞ・・・!」 「はぁ?何それ。寝てなんていませんよ失礼なっっっ」 「・・・もういい。もういい黙れ。つーか一生黙りやがれ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ。手古摺らせやがって・・・こっっのアマ・・・!」 「あぁっ!ねえ今悪口言ったでしょ、あたしの!声小さすぎて聞こえなかったけどわかりますよっ雰囲気でっっ」 「はぁあ!!?〜〜〜〜っだこの、ざっっっけんな!んなどーでもいいことばっか察しやがって・・・!」 だんっっっっ。 ゴミ置場のカラスがびっくりして逃げちゃう力強さで、思いっきり地面を踏み鳴らす。 全身から噴き出た怒りのオーラがごおっと燃え滾っているひとの殺気立った目は、瞳孔がこれでもかってくらいに開ききっていた。 「知りてぇんなら教えてやる。今のはあれだ、お前が馬鹿で鈍感で空気が読めねぇガキだって話だ!」 「〜〜ちょっ、ひどぉぉい!またガキって言った、馬鹿にしたぁぁ! あたしはもう立派な大人ですっ、これでも今日でまたひとつ大人になったのっっ」 「フン、ぬかしやがる。お前のどこが大人だ、どこもかしこもガキじゃねえか。大体だ、てめえからびーびー喚いて 主張してるうちはまだまだだ。大人だ大人だ喚かねぇでも周囲が暗黙のうちに認めてんのが本当の大人の女ってぇやつ――」 早口にまくし立てていた土方さんは、なぜか急に黙りこくった。 うっすらと悲壮感さえ漂う恨めしげな目つきであたしを睨んでから、なぜかがくりとうなだれる。 どうしたんだろうと思って下から顔を覗き込むと、――指で押さえた眉間にたっぷり皺を寄せて、 深々と長い溜め息をついていた。早朝の街でぎゃーぎゃー口論するのが、急に馬鹿らしくなったみたい。 かと思ったら、いきなりあたしの顔を片手で鷲掴みに。むぎゅーっ、と頬を潰された顔で見上げたら、 「・・・空気が読めねぇガキくせぇ女には、このくれぇが似合いだ」 「へ?」 「へ、じゃねえ。・・・とにかくだ。黙って取っとけ」 「っっふ、ぅぎゅ!?」 上着の内側で何かを探っていたもう片方の手が、目の前に飛び出してくる。鼻がヘコむくらいぎゅーっと強く、 何かを押しつけられた。 ・・・なんだろ、これ。 肌をふわふわくすぐってる柔らかいもの。――びっくりしてきつく瞑っていた目を、こわごわと開けたら―― 「・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ・・・・、 こ、これ。・・・あたしに・・・?」 「他に誰がいる」 「・・・・・・・でも。だって、・・・・・」 押しつけられたものを見つめるうちに、声が詰まった。 頭の中ではいろんなことが、ぐるぐると目まぐるしく巡ってる。 鼻の奥がつんとする。胸の中で、熱い何かが溢れ出す。 手の中のものと土方さんを交互に見ていた目の奥が、ぶわりと湧いた涙で潤む。 喉からこみあげてきた嗚咽と震えをこらえきれなくて、ぐしゃりと顔が歪んで。ぶれた輪郭で映ったひとの 怪訝そうな顔は、水の中にいるみたいに揺らいで見えた。 これが――・・・・・・これって。 ・・・そうなのかな。 馬鹿パシリって呼んでるあたしの、本人ですら忘れかけてた誕生日を、――土方さんはちゃんと覚えててくれたのかな。 これなのかな。 ――総悟から髪飾りを貰ったときに、やけに機嫌が悪かった理由は。 忙しい合間を縫って、女の人ばかりのお店に行って。・・・あたしのために選んでくれたのかな。 機を見計らって渡そうと、昨日から持ち歩いてくれてたのかな。 「・・・・・・・・ぃいの・・・?」 「あぁ?」 「ぁ。あたし。あたし・・・っ。・・・こんなに色々してもらって。こんなにしあわせで。・・・いいのかなぁ・・・っ」 「・・・・・・。泣くほどのことか、これが」 頭の上から落ちてきた土方さんの声は苦笑混じりで、周囲の人目を気にしていそうな、低く抑えた声だった。 上から落ちてきた大きな手に、うなだれた頭を包まれた。・・・すごく、すごくあったかい。 そのあったかさのせいでさらに気が緩んでしまって、涙はさらにぽろぽろと頬を伝った。 「おい。ここまでさせておいて礼のひとつも無しか」 「〜〜〜っ。あはは、やだなぁ、もう。・・・・・・ほんっと土方さんて、たまにすっごく無神経ですよねぇ。 女の子が感動して泣いてるのに、どーしてそこでお礼を要求してくるんですかぁぁ・・・?」 「うっせえ、人を朝っぱらから絶句させるほど無神経な女がほざいてんじゃねえ。つーかコラ、喧嘩売ってんのか」 「違いますよぅ、・・・・・・照れ隠しですよぅぅ。・・・ぁ、ありがとう、ございますっっ。・・・ちょっとだけ、待ってくださいっ」 ふにゃあっと崩れた情けない涙顔でとりあえず笑って、くるりと回って背を向けた。 濡れた顔をあたふたと拭う。ぼさぼさに乱れて頬を隠していた髪も、どうにか手櫛で撫でつける。 出来るだけ丁寧に梳いて流れを作った耳の上に、貰ったものをぱちんと留めた。 ――白い花とベージュのレースと淡い黄色のリボンで出来た、ビーズを散らした髪飾り。 ふんわり咲いた花の部分は、白い花ばかりを何種類も混ぜた花嫁さんのブーケみたい。 淡くて可愛い色合いは、総悟がくれたものによく似ている。そこもなぜか嬉しくって、あたしは満面の笑顔になった。 くるん、と短いスカートをひらめかせて、女を見る目が厳しい土方さんをがっかりさせそうなお馬鹿っぽいポーズもキメて、 「じゃーん!どっ、どうですかぁ?・・・・・・・・・可愛い?・・・似合って、る・・・?」 泣いてしまった気恥ずかしさをごまかすために、わざとへらへら笑ってみせた。 腕を組んで待ち構えていた土方さんは、案の定、睫毛一本動かさない仏頂面だ。 あたしの頭で揺れているものと、呑気に笑うあたしの顔。その両方を、細めた目がすっと眺めて―― 「ガキ臭せぇ」 「あははっ、やっぱりぃ?そう来ると思いましたよぉ」 「ガキ臭せえが、――悪かねぇ」 「・・・ぇ、 ・・・・・・・・・・〜〜〜〜っ!?」 ふぁああ・・・!と感嘆の声が漏れる。 あたしは嬉しさに頬を染めて、ぽーっとその場に立ち尽くした。 「おいその馬鹿面ぁやめとけ。見れたもんじゃねえ」と人の頬をぎゅーぎゅー引っ張るひとの仏頂面に、ぽーっと見惚れた。 ・・・・・・これって。・・・・・・・・・・・・・夢? ・・・違う。違うよね。夢じゃないよね?目が覚めてるんだよね、あたし。 耳に届いた声は、聴き慣れた愛想のない声。目の前に立ってるひとの声。「おい、またか。また頭ん中が どこぞの花畑に行ってんのか、どこの花畑だ、おい」ってあたしの顔をぺちぺち叩きながら睨んでる、 不愛想が板についた顔してるひとの口から出た言葉だ。 ――決してあたしの聞き間違いなんかじゃないはず。なのに、そんな言葉がこのひとの口から出たことがまだ信じられない。 ああどうしよう、静まれ、って胸をぎゅっと抑えても抑えても心臓がばくばくする。つい顔が緩んでしまう。 嬉しくって嬉しすぎて、なんだかじっとしていられないよ・・・・・・! 「〜〜〜そ、そそそそそっっ、それって!ほ、誉めてくれたの?そそっそうですよねっ、ねぇ!?」 「・・・。誉めてねえ」 「誉めた!褒めましたよっ、可愛いって認めてくれたじゃないですかぁぁ!」 「馬鹿言え、図々しい。つーかあんま引っ張んな、殴られてぇのか馬鹿パシリ」 隊服の裾をぐいぐい引っ張るあたしを軽く小突いてあしらうと、土方さんは歩き出す。あたしもつられて歩き出す。 人通りが増えてようやく息を吹き返し始めた朝の街を、「誉めた」「誉めてねぇ」の押し問答を繰り返しながら 進むうちに、隣り合って歩くひとに何気なく指を絡め取られる。 ぽうっと赤らめた顔でおずおずと見上げたら、――前を見据えた隙の無い横顔は、唇だけをふっと緩めた。 しっかり絡め合った指の高い体温が、じわじわと肌に染みてくる。 沸騰しそうなくらいに上がりきったあたしの体温は、それから屯所に着くまでずっと上がりっ放しだった。
「 蜜月 」 text by riliri Caramelization 2013/03/30/ ----------------------------------------------------------------------------------- 赤ジャージ少女/黒スーツ美女は「花と方舟」より。