いちごぎゅうにゅう5パック。 たまご10パック。ぶたかたろーす5パック。とりももにく10パック。 ぷちとまと。たまねぎ2ふくろ。じゃがいも5ふくろ。きゅうり れたす さやえんどう。 しょうゆ一本。れんこん。かんぴょう。やきそば10ふくろ。こめ10キロ。 「えび。いくら。あさり。かにかまぼこ。とうふ5パック・・・・・・・・・・・・・・。 おい。これのどこが三人所帯の買い出しだ?子だくさん大家族の一週間分の間違いだろ」 手にした紙には、つらつらと書き綴られた沢山の食材名。 目を細め、眉間を寄せてそれを読み上げた男は、訝しげに疑問を述べた。


そして彼女は微笑んだ



夕暮れ時の真選組屯所。 羽ばたくカラスたちもしわがれた鳴き声をカァカァとあげながら、暖色に染まった上空を家路へと急いでいる。 どことなく気ままそうに見えるその一団を、どことなくうらやましげに見えなくもない表情で見上げ、 今日も変わらず仕事に追われる一方のこの男は、渡された紙へと再び視線を戻した。 縁側に胡坐で座る、やたらに鋭い顔つきの男。彼が真選組副長、土方十四郎。 屯所で事務仕事に一日を費やした彼は、部屋に積まれた大量の書類の前を離れ、一服ついでに縁側で夕空でも 眺めるはずだったのだが。つかの間の休息は、現れた突然の訪問者によって中断されていた。 「光栄に思うネ税金泥棒。これは今夜の私の誕生日パーチーの招待状アル!」 彼の目の前。屯所の庭先には、腰に手を当て背筋を逸らし、口には酢昆布を咥えた自慢げな顔の少女が立っている。 スリットが深く入った、真っ赤なチャイナ服姿のこの少女。名を神楽という。この紙を彼に持ってきた当人だ。 彼女は黒いエンジニアブーツの片足を上げ、縁側にガンッと踏み込んだ。それを見た土方の眉間が怪しく曇る。 「特別にお前ら芋侍も呼んでやるネ。神楽さまへの貢物をどどーんと用意して足元にひれ伏すがいいネ。 今日から私も大人のレディヨ。大人の女の余裕で、芋侍一人につき酢昆布五個で許してやるネ!!」 「大人の女が土足で人ん家に上がるんじゃねえ」 と、土方は醒めきった顔で縁側に土足で踏み込んだ不作法な足を払い除け、 「大人の女が酢昆布食わねーだろ」 と、半分出ていた酢昆布を口から引き抜き、ぽいっと庭に投げ捨て、 「つか、これのどこが大人の女の誕生日の招待状だ。ただの買い物メモじゃねーか」 と、手元の紙に目を落とす。 彼が眺めているのは、屯所から徒歩五分のスーパー「大江戸マート」の特売チラシ。 その白紙の裏側には、太字の黒いマーカーで伸び伸びと大きく「ぷらちなちけっと」と書き殴られている。 おそらく神楽本人が書いたのだろう。挙げられた品名の殆どが、丸くてつたない平仮名字で綴られていた。 「帰れ。買い出し中の寄り道なら他で済ませろ」 じろりと睨み、彼は犬でも追い払うような手つきでチラシを振った。 いや、冷たくあしらっているようだが、別にこの小娘を嫌っているわけではない。 ただ、この騒々しい娘の顔をこうして眺めているだけで、人を小馬鹿にしきったあの ムカつく銀髪頭の姿が、この娘の背後にありありと浮かんでくるのが嫌なのだ。しかも今は忙しい。 ここにがいたならば、わがままなガキのお守りを任せて仕事に戻れるのだが。 補佐役としては重宝していた元直属部下が身近にいない不便を感じながら、チラシを床に放った。 「ここはなあ、ガキが気安く遊びに来るような場所じゃねえんだぞ。 年中暇なてめえんとこの大将じゃあるめえし。ままごと遊びにいちいち付き合っていられるか」 「フン、成り上がり幕臣が。ちょっと稼いでるからっていい気になってんじゃねーぞ小僧。 お前みたいなド平民が、かぶき町の女王と呼ばれるこの私に大きく出ていいと思ってるアルか」 「成り上がり幕臣で結構だ。とっとと帰ってクソして寝ろ、貧乏女王」 「ダメ男。これだからいつまでたってもダメダメ男ネお前は。まったく何もわかってないネ。 いいアルかお前。私にそんなこと言っていいアルか。私が銀ちゃんにアレをバラしても、いいアルか!」 「はァ?」 「私、とは何度もお風呂に入ってるネ。だからの身体のことなら隅から隅まで知りつくしてるネ!」 神楽はチラシを引き寄せ、ポケットから取り出したペンで何かを書き足し始める。 あっという間に書き終わり、彼にチラシを突き出すと、ふふん、と鼻息も荒く腰に手を当てふんぞり返った。 土方は面倒そうにそれを覗き込み。・・・目を剥いて絶句し、手にした書類をバサバサと床に落とした。 チラシの余白に神楽が書き足したもの。それは絵だ。一分足らずで描いただけあって ぱっと見ただけでは子供の雑な落書きにしか見えないのだが、女性の裸を描いたものらしい。 絵の女性の下半身には、ひとつの特徴が――脚の付け根の内側というかなり際どい位置に、 小さな点が三つ並んでいた。大きさからして、おそらくホクロか何かだろう。 その位置には、注目しろ、といわんばかりに矢印の誘導が付いていて、丸い字で「ここ」と指されていた。 三つ並んだ点を表情を強張らせて見つめる土方が、ごくりと固唾を呑んで問いかける。 「おっっ。おい待てコラ、クソガキっっ。・・・こいつは、もしかして」 「そのまさかアル。いいアルかお前!私がコレを銀ちゃんに見せてもいいアルか! のあーんなえっちいところに、星形のホクロが三つも並んでるって銀ちゃんにバラしてもいいアルか!」 「だァァァァ!!!!!!」 血相変えた土方がチラシを奪おうと飛びつく。凄い勢いでひったくり、しかしすぐに奪い返される。 縁側に飛び上がった神楽をバタバタと走って追い回すのだが、突き当たりに追い詰めてもするりと逃げられる。 直線距離にして十数メートルの廊下を目一杯に使い、二人は全力疾走を反復横とび状態で繰り返し続けた。 が、数分後、土方がばたりと立ち止まる。日頃の喫煙量が祟ったのか、すでに呼吸が乱れ、 ゼェゼェと肩で息をしている彼は、こうしていても埒があかないことにやっと気がついたらしい。 深ーく息を吸って一呼吸置くと、刀の柄をぐっと鷲掴みにして神楽を睨んだ。 「こっのガキいぃぃぃ・・・おちょくりやがって・・・・・!!」 瞳孔がかあっと開き、殺気立ったその目は完全に「本気と書いてマジ」である。 よほど切羽詰まっているのか、彼は子供相手に本気で脅しに入ろうとしているのだ。 うらめしげに神楽を見据え、大量に流れる冷汗と焦燥が入り混じった凄まじい顔で怒鳴りつけた。 「っってっっっめえええェェ!ガキがなんてモン書きやがんだコルァァ!!?しょっ引かれてーかコルァァ!」 いや、それは無理。いくら何でも無理である。こんな落書きを理由に子供を補導できるわけがない。 世の中には「裸婦デッサン」という高尚な芸術のかたちもあるくらいだ。しかし、全身から 焦るあまりの冷汗をびっしり流している彼の頭の中からは、そんな常識はすっかり消し飛んでしまっていた。 それこそ無理なのだ。よくある子供のイタズラを、落ち着き払った大人の態度で 冷静に諌めるなど、今の彼に出来るはずもない。土方にしてみればこの落書きは、レベルEランク、 つまり、江戸の最重要警護対象以上に我が身を張って死守しなければいけない、超危険物も同然のヤバさなのであった。 神楽が描いたその落書き。誰がどう見ても雑な出来だし、絵心というものに欠けている。 だが。ところが、だ。恐るべきことに、その描写する対象・・・つまりこの場合、対象=の裸身、と いうことになるのだが、その「対象」に対する再現率だけは、実物を(それこそ神楽以上に隅々まで) 知っている土方の目から見ても異様に高い。彼女の肢体の特徴が実によく捉えられているのだ。 戦闘種族夜兎ならではのずば抜けた視力や観察力をもってしての、このリアリズムなのか。 いや、それとも、下手だからこそ妙な生々しさが滲み出た絵になっている、とでも言うべきなのか。 偶然に導かれたゆえの、ほんのたまたまの、なぜかこんなん出来ちゃいました的な産物なのかもしれないが、 素っ気ない態度の裏ではを愛してやまない彼にとっては、チラシの裏に書かれたその雑な落書きが 某時代には御禁制とされていた艶やかな春画以上の、門外不出の禁断の書にしか見えないのだった。 涼しい顔で自分を相手にもしなかった男の、一転したうろたえぶりにすっかり気を良くして 神楽は彼を指し、ゲラゲラと笑い飛ばす。その時、唇を噛みしめて怒りを食い縛る土方の目には、 彼女の背後にバタバタと羽ばたくコウモリのような、黒い悪魔の翼がたしかにくっきりと見えていた。 「どーするネお前。こんなエロい秘密知ったら、銀ちゃんきっと天井まで鼻血噴いて喜ぶネ。 それにあのマダオ、この前も飲み屋で「最近全然使ってない」って嘆いてたヨ。 あれは御無沙汰で溜め込んだ男の顔ネ。こんな美味しいネタ教えたら、この絵をオカズに毎晩はりきってソロ活動ヨ!」 「だァァァァ!!!!」 土方が手近の書類を鷲掴みにした。棒状に丸めた即席ハリセンがうなりを上げる。 殺気を振り撒き殴りかかってきた男を持前の身軽さで避けて、神楽はひらりと後ろに飛びすさった。 「っっっカヤロ、こっの耳年増がァァ!薄汚ねーセリフ叫ぶんじゃねェェェェェ!!!」 日頃の冷静さも余裕もはるか空の彼方へすっ飛ばした真選組副長が、庭中に怒声を轟かせる。 女子が下ネタを口にすることに関しては相変わらずにガチガチの保守派ぶりを貫く彼は、 怒るべきポイントに明らかなズレが生じていることには、さっぱり気づいていないようである。 「見事な形勢逆転ネ。どうネマヨラー、今頃自分の立場がわかったアルか」 「かぶき町の女王」は厭味な小マダム風に口許に手を当て、ほーほほほほ、とムカつく高飛車さで笑い飛ばした。 「そーネ、今日のお前に拒否権はいっさいないネ。完全にお前の負けネ!どうだ悔しいアルか負け犬。 がお前に激甘だからって、いい気になって旦那ヅラしてんじゃねーぞコルァァァ!! はお前のものじゃないネ!私のものアル!!のあはーんいやーんやめてェ◎☆はらめえェェ!!な ヒミツを知ってるのはお前だけじゃないアルヨ!!!」 「こんのガキいいいィ!待てやコルァァァ!!」 スイスイと逃げまくる神楽をめがけ、焦りのあまり我を忘れた土方はブンブンとハリセンで空を切って追いかける。 「今のは聞き捨てならねーぞ、何だコルァァァ!!何だよ◎☆ってよォォォ!!! ガキと思って見過ごしてりゃあ、っってっっっめえェ!人の女に何やらかしてくれてんだァァ!!?」 即席ハリセンを振り回し、周囲に散った書類を踏み荒らしながら叫ぶ土方の姿は 目も当てられないほどバカバカし・・・、いや、真剣そのものだった。 とはいえ少しでも頭を冷やして冷静に考えれば、というか、そんなことは一切考えるまでもなく、 生まれてこのかた食い気一辺倒、年相応の淡い初恋すら経験が無さそうな、色気に無縁の神楽が の甘美な「あはーんいやーんなヒミツ」とやらを体験しているはずなんて当然ない、と気付きそうなものだ。 気付きそうなものなのだが――― 恋は盲目とでも言うべきなのか。巷では真選組の頭脳に例えられ、人一倍怜悧なはずのこの男が なぜかそこにさっぱり気付かない。あの落書きのおかげで、完全に頭に血が昇ってしまっているのだ。 怒り狂う自分の初歩的な間違いにすら気が回らないほど、激しく動揺している彼だった。 元カノに対する複雑な愛情。自分をコケにしている神楽に対する怒り。不慣れな動揺、そして尋常でない焦り。 あらゆる感情をごちゃまぜに、絶え間なく流れ出る冷汗とともに顔に浮かべている 男に対し、神楽は一歩も引かなかった。 それどころかうひゃうひゃと、わざと土方の気に障るようなおかしな声で高らかに笑い出した。 「それはこっちの台詞ヨ。お前こそ私の女に何をやらかしてくれてるアルかマヨ中。お前、 いつの間に◎☆×で△凸○★凹使って△★×して、マヨを◎●○に☆★☆してから口で○●◎を☆★☆★☆★☆ させるとか、えげつない技をに覚えさせたアルか。 いつの間にあんな、あはーんいやーんな気持ちいいスーパーテク仕込んだアルか!!!」 「んなえげつねー玄人技っっ、誰が仕込むかァァ!!!!つーかおいっ、どーすんだコルァ! ここで読者がドン引きしたらてめーのせいだぞ、どーしてくれんだァァ!!?」 「私じゃないネ。読者をドン引きさせたのはお前の歪んだ性癖アル。 信じられないヨ。まさか嫌がるを毎晩押し倒して「ピーー」で「ピーーー」に「ピーーーーー」を 「ピーーーーー」させて「ピーー」したところで無理やり「ピイイイイイイイイ!!」するなんて!!」 「ピーーーーしか言ってねーだろーがああああああ!!!!」 謎の擬音連発にいったい何を想像したのか、堪忍袋破裂のカウントダウン状態に入った土方は 神楽の背後から頑強なヘッドロックをお見舞いする。 が、相手は宇宙最強戦闘種族の、しかもその一族でも最強と謳われるえいりあんハンターの愛娘だ。 首を締め上げられた神楽はそれでも平然と鼻唄なんか歌っていて、案外上機嫌だったりする。 「何を隠語みてーに語ってんだてめーは!?雰囲気だけで俺を性倒錯者に仕立てあげるんじゃねええェ!!!」 「おーーい土方ァ。このロリコン野郎。明るいうちから庭先で、いったい何をやってんでェ」 と、だるそうなやる気のない声でそこに割り込んできたのは、長すぎな昼寝から醒めたばかりの 一番隊隊長、沖田総悟だ。 アイマスクを首に提げた彼は寝惚け眼でじろりと土方を睨むと、神楽の肩を掴んで引き寄せた。 「やれやれ、あんたもとことん見境いのねー野郎だねィ。 に愛想つかされちまったからって、次は小便臭い小娘に手ぇ出す気ですかィ」 まるで神楽を庇うかのように真正面から鋭くメンチを切り、土方を牽制してくる。 寝起きで機嫌が悪いせいなのか、それとも他に何か理由があるせいなのか。 普段はあまり感情を表に出さないはずの彼なのだが、なぜか今は珍しく、真剣にムッとした顔を晒していた。 「上司がこれじゃ、俺ら下のモンは馬鹿らしくってやってらんねーぜ。 重度のニコ中で犬の餌マニアでしかもロリコンたあ、これでもうあんた、 局内の変態三冠王達成間違いなしじゃねーですかィ。いやぁスゲーや、スゴすぎて誰も敵わねーや」 などとブツブツと不服そうに言いながら、後ろから回した手で神楽の胸をわしっと掴む。 まるでそうするのが当然であるかのようにムニュムニュと動く彼の指に、土方は身体を固まらせて絶句した。 だが、ムニュムニュされる当人の神楽は、沖田のこの手にどんな意味があるのかすらもわかっていなかった。 顔に疑問を浮かべてぽかんと口を開ける。首を傾げ、振り返って率直に尋ねた。 「・・・?おいドS。何ネこの手は。何してるアルかお前」 「決まってんだろ。今年の花見ん時から少しは成長したかどーか、確かめてやってるんでィ」 「ロリコンはてめーだァァァァ!!」 例の即席ハリセンで横殴りに一発、土方が沖田の頬に強烈なヒットを食らわせる。 倒れた沖田の襟首を掴んでズルズルと引きずり、あわてて神楽から引き剥がした。 「なにやってんだてめーはあああ!?白昼堂々、屯所で淫行に走るんじゃねえええ!!」 「あ。そーネドS、お前も喜ぶアル。今日の私はマリーアントワネットより西太后より気前がいいアルヨ」 「おいィ!おめーもちったぁ自分が何されてんのか気にしろォォォ!!」 「おいチャイナ。それァ遠回しに『自分はどケチだ』って言ってるよーなもんだぜ」 「ヘリクツ言うなクソガキ。おい、お前が鼻血で景気良く噴水作るくらいいいこと教えてやる。 のあはーんいやーんなえっちい秘密教えてやるから、今から大江戸マートに行って来い。 三十分以内にこれ全部と酢昆布一年分、自腹で買って来い」 顔中に冷汗を浮かべた土方が、凄まじい焦りの形相で神楽の手からチラシをひったくる。 あからさまに取り乱しながらも携帯のボタンをピピピピと乱打、電話が繋がった瞬間に大声で怒鳴った。 「山崎ィィィィ!!!いいかお前っっ、今から俺が言うモン全部買って屯所に戻れェェ! 三十分以内に戻って来ねーと切腹だゴルァァァァァァァ!!!!!」 片手で問題のチラシを力任せに握り潰し、他の男どもには絶対に知られたくないの秘密も 金でガッチリと握り潰し。土方は、予定外の散財に業を煮やしながらイライラと叫ぶ。 仕方がないのだ。たとえ妄想の中だけとはいえ、こいつやあの野郎にを毎晩嬲りモノにされるなど我慢がならない。 夜のオカズだのソロ活動だのといった腐った欲望の捌け口に、誰がてめえの女を使わせたいものか。 だったら財布ごとどこかに失くしたつもりで、この小賢しい小娘にくれてやったほうがまだマシだ。 ギリギリと歯を食いしばる彼を眺め、口端を大きくにやりと跳ね上げて笑うと、神楽は沖田に振り向いた。 「なあ、お前はいいアルか。知りたくないアルか、のひみつ」 「あー。俺ァいーや、別に」 「なんだ、もうを諦めたアルかお前。これだから最近の若者は。どいつもこいつも根気が無いネ」 「諦めちゃいねーよ。ただ、ちっとばかりやり方を変えてみたまででェ。」 沖田は縁側に腰を下ろす。その少し間を空けた隣に、神楽もぺたんと腰を下ろした。 まだ幼い少女ゆえの、怖いもの知らずや隙の現れなのだろうか。犬猿の仲のケンカ相手であるはずの沖田に対する 彼女の警戒心は、なぜかたまにすっかり解かれる。そういう時は、いつも憎たらしいだけの沖田のことを まるで保護者の銀時や新八と同じであるかのように身近に思ってしまう。 自分でも不思議なのだが、沖田の隣でのんびりくつろぐほどに気を許してしまうのだ。 鶏肉だの卵だの、米だの焼きソバだの、およそ普段の彼が買いそうにないものばかりを電話相手に言いつけている 土方をにんまりと眺め、隣の少女は地面に届かない足を交互にプラプラと振っている。 そのどことなく楽しげな横顔をちらりと盗み見て、沖田が隊服の上着の裏にあるポケットをごそごそと探り始める。 「俺ァどーせガキだからな。ガキがいつまでも意固地んなって、野郎と同じ土俵で戦ったってしょーがねーだろィ」 と言いながら、沖田は神楽からふいっと目を逸らし、小さな赤い箱をぽいっと投げて寄越した。 「何アルかこれは」 「取っとけよ。お前、今日が誕生日なんだろ」 「・・・?もしかしてこれ、誕生日プレゼントアルか。もしかしてお前、私のこと好きだったアルか!? うぇぇーーー!キモいアル!!」 「安心しな。乳臭いガキの相手なんて金積まれたってお断りだぜ。それァ借り返しただけだ」 「借り・・・?」 不思議そうに目を丸くしてから、神楽はそれを開けはじめる。 少女らしくふっくらした指で箱と同色のリボンを解き、中に入っていたものを取り出し、目の前にかざす。 摘み上げた二本の髪ゴムの先には、花芯に透けて光るビーズが埋められた、真紅の花飾りが鮮やかに咲いていた。 「ふーん。・・・・お前。ちょっと変わったアルな」 口を尖らせ気味に言いながら、神楽はいつも付けている髪飾りを外した。 指で梳かし、解いた髪をもう一度左右に分けてから、すらすらと三つ編みを結う。それぞれの先で花飾りを結わえる。 片側の花を沖田に向かってヒラヒラと振ってみせてから、手のひらで包むようにして花飾りを両手で覆った。 真っ白な手に収まった紅い花をじっと見つめて首を傾げ、嬉しそうに顔をほころばせる。 食欲第一の彼女は髪飾りなど買うことは滅多にないし、周囲の大人達もそういったものよりも、彼女が好きな食べ物を 与えることが多い。こういった可愛らしい贈り物を受け取ることが、神楽にとっては単純に新鮮で、嬉しかったのだ。 だから隣の沖田が、自分の笑顔を目にして満足気に表情を緩めていることにはちっとも気付いていなかった。 が、ある疑問を唐突に思い出し、くるりと彼に振り向く。 「そうだ、おいドS。お前、男の夜のソロ活動って知ってるアルか?」 「何でェチャイナ。おめー、んなことも知らねーのかィ」 「知らないから聞いてるネ。それって何のことネ。一人で夜中に何をするアルか? 銀ちゃんに聞いても、ぜんぜん教えてくれないヨ」 それを聞いて沖田はぴたりと黙り込んだ。顔色ひとつ変えてはいないが、ちょっと驚いてはいた。 そんな沖田を眺める神楽はくりっとしたその目を丸く見開き、きょとんとしている。 さっきは土方を相手に、口では知ったようなそぶりで言ってやがったが、 旦那の隠す「ソロ活動」の意味が、この生意気な小娘はどうやら本気でわかっていないらしい。 そうかこいつ、んなことも知らねえのか。 そいつはいいや、と沖田は内心でせせら笑う。湧き上がる笑みを顔には出さず、すっとぼけた口調で続けた。 「じゃあ今晩、屯所に来なせェ。あんたに俺のを手伝わせてやりまさァ」 「?二人でも出来るアルか?でも二人でやったらソロ活動じゃないネ。コンビ活動ネ」 「コンビで出来る方法もあるんでさァ。つーかそっちの方が男は気持ちいいんでェ」 「気持ちいいアルか?・・・よくわからないアル。いったい何が気持ちいいネ?」 「いいから来てみろよ。百聞は一見になんとかって言うだろーが。見りゃあどんなもんだかすぐわかるぜ。 ああ、見せるだけじゃつまんねーから、ついでにお前も気持ち良くしてやらァ」 「・・・?ますますわからないヨ。どうしてお前のソロ活動で、私まで気持ちよくなるアルか?」 「ダメええええええええええェェェェェ!!」 すぐ近くで上がった悲鳴じみた大声に、三人は同時に振り向いた。 そこに立っていたのは神楽の保護者、万事屋主人の坂田銀時だ。 ショックのあまり開けっ放しの口をわなわなと、いや、全身をわなわなと震えさせた銀時は、ケーキの箱を持っている。 その大きさと形からして、神楽の誕生日用に買ったものだろう。 「ダメなのはお前ネ、金欠天パ」と冷たく断言した神楽は彼に近づき、貢物のケーキの箱を素早く取り上げた。 「何言ってんの神楽ちゃーーん!!??いけませんんんん!!ダメだからね許さないからね銀さんはァァァ!!! こんなケダモノドS野郎とコンビ結成しちゃいけませんんん!!絶対許さないからねお父さんはァァァ!!」 「銀ちゃんいつから私のパピーだったアルか。いつのまにリーヴ21してたアルか。 こんなやっすいモジャモジャに金使うくらいなら私に毎日卵かけご飯百杯食べさせろやこの甲斐性無しが」 頭上でフワフワ揺れている銀髪をグイグイと引っ張り、冷えた目で罵倒する神楽の言葉などものともせず、 銀時は彼女の肩をガバッと両手で鷲掴みにしてブンブンと揺する。 「いいか神楽!男なんてもんはなあっどいつもこいつも飢えたオオカミなんだよ!羊のツラしたオオカミなの!! この坊ちゃんだってよー、何にも知りませんってツラしてっけどぉ、こーいう小奇麗なツラした野郎に限って、 裏じゃ女はべらせてとんでもねープレイやりまくってんだぞ!!しかもこいつ、ドSだよドS!?」 だらけきった普段とはまるで別人、◎ルゴ13張りに険しい顔の銀時は、ほぼ息継ぎ無しで一気にまくしたてる。 劇画調に血相を変えてもっともらしい説教を垂れる男を、土方と沖田は軽蔑しきった半目顔で眺めていた。 「おーい。何を自分のこたァすっかり棚に上げてんだァ?てめーもこいつのご同類じゃねーか」 「旦那ァ。俺も土方さんならともかく、あんたにドSとは言われたかねーんですが」 「うっせーよてめえらは黙ってろ。俺の趣味はいーんだよ、これとそれとは別の話だろーが!これはなあ、 こいつを預かってる保護者として、こいつのためを思って言ってんのォォ!!いいか、絶対ダメだからな神楽! 冗談じゃねーよォお前が沖田くんとコンビ結成しちまったら俺があのハゲに殺されんだろーがァァ!!」 「つまりは自分のためネ」 「フン。こいつァ結局そういう奴だ」 「さすが旦那。わかりやすいお方だぜ」 「考え直せ神楽、こいつとコンビ結成なんかしちゃったら、何させられるかわかったもんじゃねーんだぞ! あはーんいやーんやめてェ◎☆はらめえェェ!!とか言わされて、毎晩◎☆×で△凸○★凹使って△★×して 生クリームを◎●○に☆★☆してから口で○●◎を☆★☆★☆★☆させるとか、えげつない技仕込まれんだぞ!? あはーんいやーんな気持ちいいスーパーテク覚えさせられちまうんだぞ!!」 「出所はテメーかあああああああ!!!!!!」 スパアァァァァン!と、土方が鳴りの良い音を響かせ、銀時の頭を張り倒す。 しかし銀時の方も、決して黙って殴られているような男ではない。口と腕の両方ですぐさま反撃に出た。 「るっせーんだよこの!硬派ぶったツラしやがって、どーせてめーだって押し倒して 「ピーー」で「ピーーー」に「ピーーーーー」させて「ピイイイイイ!!」したところで無理やり――」 と、これまた彼直伝だったらしい、とてもこの場では披露出来ない謎の擬音を連発しながら土方に殴りかかる。 そこへ「何でェあんたら楽しそうじゃねーですかィ。俺も混ぜてくだせェ」と、 邪魔なライバルのおっさん二人を抹殺すべく、不気味に目を光らせた笑顔の沖田が刀を抜いて乱入。 団子状態で固まって暴れ、叫び、喚き、揉みくちゃになっている三人を尻目に、神楽はひょいっと縁側に腰を下ろす。 銀時が買ってきたケーキの箱を開け、「ハッピーバースデー神楽ちゃん」と描かれたチョコプレートを手に取った。 パリポリと大口にそれを頬張りながら、満足そうにニコニコと笑う。 ところで。 「◎☆×で△凸○★凹使って△★×して」とは、いったい何のことだろう。と、神楽は一人首を傾げる。 こいつら三人ともその意味を知っているみたいだし、聞いてみたいところだが・・・ やっぱりいいや。後でに聞いてみよう。 アホな男どもなんてまったくアテにならないし、適当なことを言われて騙されるかもしれない。 だけど、どうなんだろう。に訊いても教えてくれるだろうか。 彼女は時々、酒の入った銀時がやけに緩んだ顔で口にする意味不明な言葉を不思議に思い、 にその意味を尋ねているのだが、その度には顔を赤らめ 「いや、あはは、あの、そ、それはねっ、神楽ちゃんがもっと大人になったらねっっ!あはっ、あははははっっ」と やたらに引きつった大笑いをしてごまかすのだ。 とはいえ私も、今日で晴れて大人のレディになったのだ。誕生日でもあることだし、 今日ならきっとも大人になった記念として、快く話してくれるだろう。大人の女なら知っているはずの 「△凸○★凹の使い方」や「マヨや生クリームを上手に◎●○に☆★☆する方法」に ついて、懇切丁寧に身振り手振りつきで教えてくれるに違いない。 「とっても楽しみアル!!早く帰って来るネ、」 唇に残ったチョコレートを舌でぺろりと舐めて、大好きなを待ち侘びる少女は 上機嫌でにこにこと、庭先で繰り広げられる男どものくだらない喧嘩を暇潰しに眺めるのであった。 それからしばらくして。 バイトを終えたは神楽の期待など一向に知らず、いつものように呑気な笑顔で土方の顔を見にやって来た。 そこへ「会いたかったネーー!!」と待ち構えていた神楽に抱きつかれ、無邪気にスリスリされて、 その屈託のない甘えように、立ち仕事のバイト疲れもすっかり癒されかけたのだが。 可愛らしい少女のまだあどけなさの残る口許から連射される言葉で、冷汗が止まらなくなってしまった。 あまりにあからさまに卑猥でドス黒いのだ。 聞いているうちに、朗らかだった彼女の気配はみるみる凍りついていった。 それでもが来ていることにすら気付かず、彼女たちの横で性懲りもなく取っ組み合い、争っていた男三人は 激怒したに問答無用のビンタをビシバシと喰らい、さらには年端のいかない純な少女の前で 何の配慮もなく猥褻な話をした罰として、屯所の縁側に一時間、みっちりきっちり正座させられる破目になった。 中には若干一名、俺は無実だ、とばっちりだ、こいつらと一緒にするな、と焦ってわめく男もいたのだが。 ……彼のに対する日頃の行いが案外と悪かったせいなのか、その主張はあっさりと無視された。 「とにかく少しは反省してください!思春期の女の子の感性はねえ、そういう言葉の暴力にすごく敏感なんですよ!? 男のひとが考えるよりもずーっとずーーーーっと、脆くて傷つきやすいんだからあぁっっっ」 「だから違うっつってんだろーがァ!ぁにをくっだらねー誤解してんやがんだてめえは!! 俺ァ万事屋のただれたスケベ目線からお前の裸を護ろ・・・・・・・や、っっそのっ、つーかあ、あれだっ、 ドSのロリコン野郎がこれ以上ガキの前でたわけた隠語を口走らねーよーに注意をだな!?」 「何言ってんのォ土方くーん。クソ真面目なフリして自分だけ助かろーったってそーはいかねんだよ。 イヤイヤ違うからね、俺はこのむっつりスケベとは違うからね。やらしーことなんて言ってないからね! に生クリームを◎●○に☆★☆してもらって口で○●◎を☆★☆★☆★☆してほしーなーとかァ、 一度でいーからあはーんいやーんやめてェ◎☆はらめえェェ!!とか言ってくんねーかなーとかァ、 んなこたァひとっっことも言ってないからね!?」 「旦那も土方さんもやめなせェ、みっともねー足の引っ張り合いは。 あんたらも侍の端くれなら、自分の非はいさぎよく認めたらどーですかィ。 何も知らねえチャイナに「ピー」を「ピーー」させて「ピーーーーー」で「ピイイイイイ!!」しろなんてよー。 セクハラどころか淫行、いや鬼畜もいいとこじゃねーですか。あーやだやだ、これだから腐ったオッサンは」 「だぁぁあかぁらぁぁあァ!反省しろって言ってんでしょーがァァ!っこっっっのセクハラ侍どもがあああァァ!!!」 仁王立ちで声を震わせ叫ぶと、縁側に正座で並ばされ、叱り飛ばされる男三人の情けない後ろ姿を眺めながら。 神楽はすでに貪りつくしたケーキの残骸を、手足を伸ばして寝転がっている副長室の畳にぽいと放り出す。 眠そうな、とろんとした目をしている。畳に頬を擦りつけ、ふあぁぁ、と小さな欠伸をついた。 庭を挟んで隣にある棟からは、おそらく近藤のものだろう、よく通る太い声が指示を出しているのが響いてくる。 屯所の中はさっきからバタバタとあわただしく人が行き交い、なにやら急に活気づいていた。 ちなみに、土方の命で決死のおつかいに走らされた山崎はといえば……屯所から遠く離れた場所にいた彼は 期限の三十分にはもちろん間に合わず、それでも大量の買い出し物資を肩にも背中にも担ぎ、顔面蒼白で帰ってきた。 ところがなぜか今は、屯所の厨房に籠らされている。使い勝手の良い器用貧乏者の宿命なのか、帰ってくるなり 今度は近藤に頼みこまれ、厨房のおばちゃん達に混ざって、買ってきた食材を片っ端から調理させられていた。 新八とお妙にもここに来るように招いてある、と神楽がいい加減なウソをついたために、俄然張り切り始めた近藤が 自ら仕切り役として乗り出し、屯所で神楽の誕生会を開こうということになったのだ。 「・・・来年もこのバカどもに、このテで奢らせてやるネ。」 もう何十枚食べたのかわからない堅焼き煎餅(屯所厨房のおばちゃん達からの差し入れ)にまた手を伸ばし、 三つ編みに結った髪に咲いた真紅の花飾りを悪戯っぽい目で眺めながら。 ひとつ大人になり、上手い男の扱い方もひとつ学んだ少女は、にんまりと企み顔でつぶやいたのであった。

「 そして彼女は微笑んだ 」text by riliri Caramelization 2009/11/03/ ----------------------------------------------------------------------------------- ほのぼの沖神風にするはずが 銀さんが喋り始めた瞬間に話が崩壊しました さすが主役の底力(←違う  グラさんお誕生日おめでとー !!