微熱日和
ピピッ、と体温計が素早く鳴った。 「・・・・・ええと。・・・37.8度？」 小さな液晶が示した自分の体温を、渋々で読み上げる。 顔の前でかざした体温計の向こうには、紙を持った手が見える。 部屋の明りで半分透けた白い紙と、それを持っている大きな手。 人差し指と中指の間に挟まれた、短くなった煙草。 紙が動いて、ほら見ろ、とでもいいたげに口を引き結んだひとがそこから顔を出す。 あたしから体温計を取り上げると、液晶をじっと睨む。片眉を大きく吊り上げた。 「風邪だな」 「違いますよォ。風邪じゃありませんよォ。 ただちょっと頭が痛くてダルくてぼーっとしてゾクゾク寒気がするだけですよ」 「それが風邪だ」 素っ気なく断言した土方さんに、がっとおでこを掴まれた。 本人的には手で熱を測ってるつもり、・・・なんだろうけど。孫悟空の輪ってこんなカンジだろうか。 痛い。力が強すぎて頭痛が痛い。熱と痛みのせいで日本語までおかしくなってる。 ガッチリおでこを掴んできた手は、いつもと同じぞんざいさ。 泣けてくるほど容赦がない。それでもあたしは寝転んだままで、抵抗しないし暴れたりもしない。 ここから動きたくないからだ。 冷汗混じりの顔を引きつらせ、頭の痛みをひしひし噛みしめながら耐えている理由。 それはこのひとが、珍しく膝枕をしてくれているから。 「寒いよー頭痛いよー、ここで凍え死んじゃったら土方さんのせいですよォ」と、仕事してるひとに縋りついて三十分。 延々泣きごとを言い続けていたら、奇跡が起きた。鬼は面倒そうな舌打ちひとつで折れたのだ。 身体がダルくて動く気になれない、っていうのもあるけど、それ以上に、勿体なくてここから動く気になれない。 いつもなら「ウゼえ」って頭殴って終わりなひとが、自分からあたしの頭を乗せて座ってくれるなんて。 胡坐を組んだ温かい膝の上で、炬燵に潜った猫みたいに背中を丸めてみる。 借りた羽根布団を顔に寄せて、あたしはさっきからこっそりニヤついていた。 こうしているだけで、正直すぎる顔が勝手にニヤニヤと緩んでしまう。 気持ちいいんだよね、土方さんの膝枕。滅多にしてくれないから余計に気持ちよく感じちゃう。 広めに組んだ脚の中に身体を預けているのは、抱きしめてもらうのと同じくらいほっとする。 見上げると目の前に手があって、紙の向こうでは白い煙草の煙がゆらゆらと、途切れながら昇ってく。 これで具合が悪くなかったら、もっと幸せなのに。 ・・・いや、その前に。風邪の具合よりもっと重要な問題があるんだけど。 まず先にこの「孫悟空の輪」が外れてくれないと、幸せも意識も思いっきり遠くなりそうなんですけど。 「あのー。痛いんだけど。言ったよねあたし。頭痛い、って言ったよね？」 「だからどうした。文句垂れる気力があるなら起きて家帰れ。風邪なんてなあ、病のうちにゃ入らねえんだ」 頭をパシッと叩かれて、仕方なく布団を被る。 そりゃあ怒られたってぜんぜん文句は言えないんだけどさ。怒られたって仕方ないんだけどさ。 携帯も家に置いたままで、小菊姐さんや置屋のお姐さんたちと半日遊び歩いてたんだから。 みんなで買い物してご飯食べて「菱屋」に寄ったときは、すぐに屯所へ戻るつもりだったのに 薦め上手で百戦錬磨なお姐さんたちにそそのかされて、美味しい日本酒を一気にグッと呑み干して。 気づいたら見覚えのある部屋に寝ていて、目の前で煙草の煙がフワフワ泳いでいて。 煙草を咥えた土方さんが、報告書片手に呆れた顔で見下ろしていた。 「・・・あーあ、遊びに行かなきゃよかった。せっかく土方さんのお誕生日なのに。 バイトも休んじゃったし、お給料も減っちゃうし」 「んなこと気にするくれえなら、ちったあ反省しねえか。 夜中にフラフラ出歩いたくれえで屯所に風邪持ち込むんじゃねえ」 「大丈夫ですよどーせ土方さんにはうつりませんよ。バケモノ並みに丈夫なんだから」 「うっせえ。こっちはてめえと違って寝込む暇なんざどこにもねえんだ。 風邪だの腹が痛てぇだのと気楽に寝込める奴等が羨ましいくれえだぜ、まったく」 「そんな言い方しなくたっていいじゃない。あたしだって好きで寝込んでるんじゃないのにぃ」 「好きで寝込んだようなもんじゃねえか。 てめえが一晩で風邪にやられたのァ、普段がたるみきってる証拠だ。日頃の気構えが足りねえから・・・ おい。聞いてんのか。聞いてねえだろ、お前」 聞いてますぅー、と生返事しながら寝返りをうつ。 あーあ。膝枕は幸せなんだけど、なんだか淋しいなあ。 今日くらいは土方さんに豪華なご飯奢ろうと思って、少ないバイト代を二か月計画でコツコツ溜めてたのに。 こんな日にわざわざ風邪をひいた自分を恨めしく思いながら、壁際の隅にある傾きかけた書棚に目を向けた。 ただでさえ崩れそうな棚の上には、今にも崩れそうな無造作さで箱や包みが積み重ねられている。 煙草に煙草に煙草に、・・・とにかく山のような煙草の箱や、一体誰がどこで買ってくるのかが不思議なマヨグッズ。 さっき近藤さんが持ってきた「寺門通写真集」に さっき総悟が土方さんの顔に無言で投げつけていった五寸釘刺し藁人形。 半ば隠すようにして煙草の山の中に埋もれている、抑え目でセンスのいいラッピングの 見るからに高価そうな小箱が数個。 「誰に貰ったの」って訊いても、答えてくれなかったけど。さっき総悟から聞いてしまった。 あれは昨日松平のとっつあんに強制連行された、高級クラブのお姉様たちからの貢物らしい。 それに混ざって視界でちらつくのは、可愛めなピンクのリボンで結ばれている ちょっとはしゃいでみました感がたっぷりの、女の子らしいラッピング。 あれは誰からなんだろう。通いの若い女中さんかな。 気になる。すごーく気になる。けど、訊いてもどうせ答えてくれないんだろうし。 何よ。あたしが「何か欲しい物ありませんか」って聞いた時には「返しが面倒だ」って拒んだくせに。 他の女のひとからだったら、いくらでも喜んで受け取るってこと？ ・・・何よ。何なの。何なのさそれ。どーいうこと！？ 「・・・・・バカ」 「んァ？」 「バカバカバカぁ。土方のバカあああ。サイテー。女ったらしいぃぃぃ」 「布団で窒息させられてーのか」 「違いますー。・・・・熱で気が弱ってるだけですぅ」 「熱で弱ってんのはてめーの頭だ。おら、いいからもう寝ろ、つかもう黙れ」 体温計で眉間を突かれ、モゴモゴと不服をつぶやきながら目を閉じる。 身体が弱ってるときって、自然と気分も弱るんだよね。 ちょっとしたことで意味無く淋しくなっちゃったり、普段食べない桃缶が食べたくなったり。 あたしに構う暇なんてないのは判ってるけど。 せめて弱ってるときくらい優しくしてほしいと思うのは、我侭なのかな。 たとえば、先週見た映画。 あたしだけが号泣した(総悟は寝てたし神楽ちゃんは鼻ほじってた)恋愛映画のラストシーンみたいに。 「大丈夫か」とか「しっかりしろ」とか。肩とか抱いて優しく言っ・・・・・・・・・ 「・・・怖あああぁあァァ！！！！」 思わず大声で叫ぶと、布団の外からは「俺ァおめーが怖え」とげんなりした声が返ってきた。 怖すぎてしがみついていた布団からこわごわと顔を出すと、土方さんは畳に置いた書類をパラパラと捲ってる。 こっちなんて見向きもしない。切り替えが早いというか冷たいというか、とっくに仕事に集中してる。 でも良かった、いつもと同じ素っ気なさだ。 だって怖い。そんなこと言う土方さんは怖い。全身鳥肌立っちゃうくらい怖い。 「熱だぁ？んなもん、汗掻きゃ勝手に下がんだろ」とか言って仏頂面で煙草ふかしながら 病人を道場まで無理矢理引きずって行こうとするのが土方さんだもん。 違う。「大丈夫か」とか猫撫で声で言う土方さんなんて、土方さんじゃない。 そんな土方さん、想像しただけで身体が冷える。頭痛もぶっ飛ぶ勢いだ。 いや、でも、寒い想像は別として。 さっきからずっと身体の震えが止まらない。凍えそうに寒いんですけど。 今の悪寒も手伝って、まるで冷凍庫に入れられた魚みたいな気分だよ。 どうなっちゃうのあたし。どうなっちゃうのあたしの命。もしこのまま凍って死んじゃったらどうしよう。 ・・・・・・ああ、そうか。そうだよね当然だよね。 前からそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりそういう運命なんだ。 やっぱり長生き出来ないんだ、あたし。だって昔からよく言うもんね、美人薄命、って。 きっと絶対間違いなく確実に完全に長生き出来ない、 花のよーに脆く儚く美しい、華麗な運命なんだろーなとは思ってたけど。 「あああ、やだなあ。こーんなに可愛く生まれてきたのにい。こーんな煙草臭い布団の中で死にたくなぁいぃ」 「堂々と真顔でほざくな真顔で。 つか、悪かったなヤニ臭せえ布団で。布団剥がされてえか。外まで放り出されてえのか、テメ」 「ああぁあァ。やだなあ。 せめて満開のお花畑の中とか優しい王子様の腕の中とか、昔の少女マンガちっくに素敵な場所で死にたかったなあ。 このままヤニ臭い布団の中で、冷凍マグロみたいにカチカチに凍って死んじゃうんだあ・・・・・」 はああぁ、と悲しい溜息をついていたら、がっと着物の襟首を掴まれた。 くるまっていた布団ごと、土方さんがあたしを外へ引きずっていこうとする。・・・く、首。首が！ 「ひひ土方さっ、苦しいぃぃ、首！首締まるううう！」 イヤあああ、こんなヤニ臭い中で死にたくなあいぃィ！！」 煙草を咥えた口端の片方だけが引きつって、フン、と煙を吐きながらせせら笑う。 土方さんに襟首をぱっと離され、あたしは布団の中から寝巻き一枚で畳に転がり落ちてしまった。 すると途端に背筋はぞぞーっと悪寒に固まり、手足が氷結。体感温度が南極レベルにクールダウンした。 「ウソっ、今のウソォ、ウソですううう、煙草臭くない、ヤニ臭くないですううぅ！ お願いです副長さまっ、貸してくださいフワフワぬくぬく高級羽毛布団っっっ」 ドカドカと畳を鳴らして歩く土方さんに、ズルズル引きずられるフワフワ高級羽毛布団。 必死でそれににしがみつき、ズルズル敷布団まで引き戻される。 無言の副長さまはあたしを布団に押し籠めて、おまけに一発、トドメにガツンと蹴りまで入れた。 「・・・・・あのぅ。ごめんね？じゃなくてすいませんでした反省してますもう我侭言いません」 書類が分厚く溜まった文机に向かう土方さんを、布団から首だけ出して目で追った。 ああ怒ってる、隊服の肩が強張ってるし横顔が怖い。 不機嫌通り越して、ただでさえ鋭い目は硬く凍りついてる。 「オイコラ聞けや土方。・・・・じゃなくて。あのー、もしかしたらー、ひょっとしてー、 ほんっと申し訳ないんですけどォ、あたしの話なんかお聞きになってますかーー？副長さまー？」 あまりの寒さに声まで強張らせて謝ってみる。 けれどやっぱりというか当然というか、 書類片手にうつむいた土方さんには何の反応もない。パラッと紙を捲る音しかしない。 寒い。 無視されてると心も寒い。だけど身体はもっと寒い。 一度布団を剥がされただけで、本格的に身体が冷えてしまった。 さっきまでとは比べモノにならない寒さだ。布団が足りない。面白いくらい歯がガチガチ鳴ってる。 もう一枚、じゃなくて、いっそ布団で平安時代のお姫様の十二単が出来るくらい欲しい。切実に欲しい。 しかも誰かさんの全身から滲み出る冷気のせいで、部屋の空気まで凍てついてきた。 きっと今、屯所でこの部屋だけが、局地的にピンポイントで氷河期突入してるに違いない。 手足と背中をぎゅっと縮めて肩を抱いて、布団の中で丸くなった。 それでも寒気がおさまらないのに、頭の中だけがぼうっと熱い。 真っ暗な中で目を閉じた。すうっと眠気に包まれる。 背中が寒いし、呼吸も少し苦しいけれど 被った布団の中にいるだけで、意識はほんわりした温かさにまどろんでくる。 これも熱が出たせいのなのかな。 気が弱ってるから、なんだろうか。 暗闇の中で、あたしはなぜか子供の頃を思い出していた。 剣術バカの頑固親父が一日も欠かさなかった厳しい稽古のおかげで、あたしはすっかり丈夫に育った。 だけど、稽古を始める前。 竹刀も持てないくらい小さかった頃は、よく熱を出して家に籠りがちだった。 外で遊べないのはつまらなかったし、部屋で一人寝ているのも心細かった けれど、風邪をひくのは嫌いじゃなかった。普段は滅多にないような、嬉しいこともあったから。 昼間は道場に籠りっきりの義父さんが、寝込むたびに何度も様子を見に来てくれたり。 普段は家に置いてないアイスを買ってきてくれて、スプーンで口に運んで食べさせてくれるのが嬉しかった。 濡れたタオルをおでこに置いて、ずっと隣に付き添ってくれた。いつも熱くなる前に、こまめに取り換えてくれた。 ・・・・そうだ、あの手。懐かしいあの手。 風邪をひいたあたしのおでこに置かれた手。そっと、心配そうに置かれた柔らかい手。 竹刀を持つのは嫌なんだ。 そう言って、いつも本ばかり持っていた手。 男の子の手とは思えないくらいに線が細くて、たおやかで。触れると身体が竦むほどに冷たかった、あの手。 落ちついた声。透き通った声だった。 「大丈夫？」って、優しく訊いてくれた。 「大丈夫。すぐに治るよ。治らなくても、にはいつでも僕がついてるからね」 そう言って励ましてくれた。 なのに、いつも悲しそうで、泣きそうだった。泣きそうに目を細めて笑ってた。 兄さん。 ・・・ううん、あの頃はまだ「お兄ちゃん」って呼んでいた。 そうだ。あれは義父さんじゃない。家政婦のお駒さんでも、道場の門下生の人達でもない。 いつも慰めてくれた小さな手。冷たい手。あの手は――――― 「――――――！」 「・・・・・ふぁあ・・・・・・ァい・・・・？」 背中の下で何かが動いた。 振動に驚いて、ビクッ、と背中が大きく跳ねる。 大声で呼ばれて、自分が眠っていたことに気がついた。 目を開けると、真上に土方さんの顔がある。 さっき背中の下で動いたのは、土方さんの脚だ。いつのまにか、また膝枕されている。 どうしたんだろう。目が怖い。すごく驚いてるみたいに見えるし、瞬きもしない。 地顔がすでに怖いから、いつも通りといえばいつも通りなんだけど。いつもの怖さと何かが違う。 ああ、でも。あたしもどうしちゃったんだろう。 あんなに寒かったのに、気持ち悪いくらい身体が熱い。口の中が乾いて、喉がかあっと火照ってる。 着物の背中はぐっしょり濡れて、汗だくになっていた。 「土方さぁん・・・」 「。お前、・・・今・・・・・・」 「・・・・暑いぃ・・・・」 「あ？」 「暑いよう〜〜、喉渇いたぁ。アイス食べたぁい」 「・・・いや。その前に、お前」 「何でもいいです、アイスなら何でもいいですからぁ。ハー☆ンダッツじゃなきゃイヤとか言いませんから。 Ｍ◎Ｗのチーズ味かＰ×ＬＭのホワイトチョコで我慢しますからぁ」 返ってきたのはアイスでも優しい言葉でもない。こん、と頭を小突かれた。 土方さんは無言で深い溜息をつくと、眉間を抑えた。 顰めた顔は口が不満気に曲がって、手の影から覗いた片目が憮然とあたしを睨んでいる。 「その様子じゃ、憶えちゃいねえな」 「憶えてって。何が？」 「・・・寝言だ」 書類を一枚、目の前にひらりと突きつけられた。 「お前の寝言のデカさで手がビクついて、落としちまったじゃねえか」 うんざりしたような口調で土方さんがつぶやく。 書類の真ん中には、丸く黒い焦げ跡と穴が出来ていた。 穴はちょうど煙草の太さくらいだから、吸い差しをここに落したんだろう。 ちょっと意外に思って、瞬きしながら土方さんを見上げた。 そんなに驚いたんだ、土方さん。 この動じないひとが煙草を落としちゃうくらい大きかったのか、あたしの寝言。 いったい何を言ったんだろう。 「あたし、何て言ってたの？」 訊いてみたけれど答えてくれない。 眩しそうに伏せられた眼が、黙ってこっちを見下ろしている。 おでこに流れた汗を拭ってくれたけれど、その仕草も表情もどこか上の空でぎこちない。 不思議になって、土方さんの袖を引いてみる。 さっきも書棚に積まれた高価そうなプレゼントの小箱を「誰に貰ったの」と訊いて、あっさり無視された。 あの時のこのひとは、こんな顔をしてただろうか。 「どうして黙っちゃうんですか。そこで黙られると何か隠されてるみたいで、余計に気になるんですけど。 土方さんが驚くような寝言って、何だったのかなって」 「・・・寝言は寝言だ。意味なんてねえよ。いいからもう寝ろ」 パン、とあたしの顔に自分の手を押しつけて、土方さんが視界を遮ってくる。 何だろう、やっぱり気になる。 どこがどうおかしいのかはわからないけど。でも、どこか土方さんらしくない。 「ちょっ、ごまかさないで下さいよォ。あたしは―――」 土方さんの手を外そうとして掴んだら、その手をまた違う手に抑えられた。 薄暗い視界の向こうで、影がこっちへ近づいてくる。気配と一緒に、ゆっくり近づいてきた。 目元に押しつけられた手が、こめかみのあたりを指先で撫でている。 唇が重なって、すっと離れて。それからもう一度。今度は深く重なった。 肌をそっと撫でている指先がなんだかくすぐったくて、ふぁ、と変な声が漏れてしまった。 しっかりごまかされてしまったのを恨めしく思いながら、顔に置かれた手をちょっとだけ抓ってみる。 いつもなら熱く感じるはずの大きな手は、今はひんやりして気持ちがいい。 軽く舌先を吸ってから、土方さんの唇は離れていった。 息を吸った途端に手足が重苦しさを増して、そういえば熱が出ていたんだと思い出す。 やたらと熱くなった吐息が、身体だけじゃなくて頭の中にまで巡って、中を焼いているみたいだ。 とくとくと高鳴っている胸から溜息を漏らすと、なんだか可笑しくなってきた。 今のキスでもっと熱が上がった、って言ったら。このひとはどんな顔をするんだろう。 「誕生日に風邪なんて貰って、どうするんですか」 「俺にどうこう言う前に、てめえの身体をなんとかしろ。どのみちバケモンにはうつらねえんだろ」 素っ気ない命令に素直に従って、もぞもぞと布団の中に潜る。 飼い慣らされた猫みたいに背中を丸めて、土方さんの脚の上に機嫌良く身体を預ける。 身体だけじゃなくて頭の中まで熱い。唇に残った感触が、ぼうっと熱い。 薄暗い手の影で目を閉じたら、すうっと眠気に誘いこまれる。 少し息苦しいし、熱もたぶん上がっているのに このひとが触れているだけで、そこから苦しさが和らいでいくみたいだ。 意識がほんわりした温かさにまどろんで、呼吸が深くなってくる。 まどろむ意識に紛れてふわふわと、いつもなら恥ずかしくて口にしないような言葉が浮かんでくる。 これも熱が出たせいのなのかな。 気が弱ってるから、なんだろうか。 「土方さん。・・・やっぱりこれ、風邪じゃないと思うんですけど」 「ああ？」 「だって。なんか、あたし・・・おかしいんですよ。 ・・・ずっとこうしていられたら、このまま熱が下がらなくても平気かもしれない、とか。 お酒も薬も飲んでないのに、素面でフツーに思ってるし。てゆーか口に出しちゃってるし」 隊服の袖を引っ張って問いかけてみた。 ふっと低く笑って、あたしの前髪をくしゃくしゃと弄りながら。 土方さんは耳元に顔を寄せて、苦笑混じりにつぶやいた。 「馬鹿。それこそ風邪じゃねえか」
「 微熱日和 」text by riliri Caramelization 2009/05/06/ -----------------------------------------------------------------------------------