Tiny Tiny Tiny


合点がいかねえ。 ぽつりとひとこと。 背中を伝って届いた、不満気な口調。 不思議に思って、あたしは黙って手を止めた。そのまま後ろを振り返る。 目に入るのは、ずっと背もたれ扱いして寄りかかっていた着物姿の背中。 その背中越しに少しだけ覗く、書類から目を逸らそうとしない横顔も。 なぜか、口調と同じくらい不満気に見えた。 「え?」 「・・・前から思っちゃいたがよ。一体どういうことだ、そいつは」 「どーしたんですか。合点がって。・・・何が? あ、もしかして。山崎くんの報告書?また平仮名ばっかりだったとか?」 「いや」 「違うの?・・・あっ、わかったぁ。さっきのアレ?アレでしょ。 さっき総悟が持ってきた、あの始末書?」 「違げーよ」 そう言うと、土方さんは手にしていた紙をひらりと上げた。無言でこっちに押し付けてくる。 何も言わないんだから「これを見ろ」ということだろう。たぶん。 いつものように勝手に解釈して、こっちも無言で受け取った。 見ると始末書の紙には、はみ出しそうなくらいの大きさで「打倒土方」と達筆な太字のお習字が。 左隅には「一番隊 沖田総悟」堂々の署名入りだ。 「無駄に字が巧いよね、総悟って。ね、これ。せっかくだから局長室に貼ってきていい?」 「やめろ」 「えぇ〜〜。」 「え〜〜、じゃねェよ。つーかテメ、何だよ『せっかく』ってよ。 何に対しての『せっかく』だ。ワケわかんねんだよ」 「だってこんなに達筆なんだもん。捨てるの勿体ないじゃん。じゃ、コレが今月の局内目標ってことで」 気楽にケラケラ笑っていたら、もたれていた土方さんの背中はやっと動いた。 だるそうな溜息が、背中を通して伝わってきた。 「あれっ。もう終わったんですか。さすが副長」 「もういい。もう止めだ。どーせ、てめえがいたら終わらねえ」 「なにソレぇ。ひどくないですかソレ。あたしのせいにしないでくださいよォ」 あたしがこのひとの部屋に来てから、もう二時間は経っている。 その間ずっと、土方さんはこの姿勢。 お茶を出しても、後ろからつついてみても、何を話しかけても同じ姿勢。 あんまり構ってもらえないから、なんだかさみしくなってきて。 あたしは、いつもはしないことを試してみることにした。無言で背中にもたれてみたのだ。 なのに、嫌がらせも兼ねてうんと体重をかけて、背もたれ扱いしたって同じ。 このひとはずっと机の前から離れようとしない。よっぽど仕事が溜まっているらしい。 非番の日くらい仕事は忘れて、しっかり休んでください。 あたしが膨れて口煩く言っても、仕事バカはちっとも耳を貸してくれない。 ただ「邪魔すんな」って、こっちをじろっと睨むだけ。後はひたすら書類を睨んでる。 「・・・ったく。先に浪士どもを打倒してこいってんだ」 ブツブツとぼやきながらこっちに振り返った土方さんに、手にしていたものを取り上げられた。 高く持ち上げられたそれを追って、畳に置いた毛糸玉が、コロコロと転がってついていく。 あたしは口を尖らせた。 「ちょっ、何するんですかあ。返してよっ」 「これァ、一体どーいうこった」 取り上げられたのは編みかけのミトン。ベビーブルーの小さなミトン。 引っ掻き防止用に、生まれたばかりの赤ちゃんの手に被せる手袋。 出産した友達へのプレゼント、つまり出産祝。 てのひらに収まってしまう、小さな小さなミトンにくっついているのは細い編み針。 それと、細くてふわふわ、柔らかコットンの毛糸玉。 あたしは朝からずっと、これにかかりきり。脇目もふらず、一心不乱に編んでいる。 模様も凝ったし編み目もキレイ。かなりの自信作なのに。 上に掲げたミトンを物珍しそうに見上げているうちに、土方さんは訝しげな表情になってきた。 「ァんだよこの、キッチリした出来はよ。・・・どう見たっておかしいじゃねえか」 「はァ?ちょっと。何なんですか、あたしの自信作にケチつける気?」 「こっちが訊いてんだ。お前の普段を知ってりゃあ、誰だって疑問にもなる」 「コレの何が?どこが不満なんですか?苦情は編み上がってからにしてくださいよォ。 ここがいちばん、模様が難しいところなのにぃ。何目編んだのか忘れちゃう!」 「コレが納得いくか?炊事だ何だとそれなりにこなすような、マトモな女ならともかく。 味噌汁ひとつ炊けねェ奴が。んなちまちましたモンだけは、どーしてこうもスラスラと・・・」 「どーしてって。そんなこと訊かれても。編物だけは得意なんだもん」 「コレが出来て、他がからきし駄目ってよ。どーいうつもりだ?つか、どーなってんだてめえの頭は」 「いいじゃないですかァ、もうっ。誰だってひとつくらい取り得があるんですっ。 返してくださいっ、早くぅ」 「取り得っつーか」 編みかけのミトンをこっちに放って、土方さんがニヤリと笑う。 「こいつァ、馬鹿のひとつ覚えってヤツだろ」 その笑顔は意地悪そうだし、人相も悪い。 なのに、あたしはこの意地悪な笑顔に弱い。 でも、数少ない特技のことにまでかこつけて、馬鹿扱いされるのはちょっと悔しい。 だから怒ったふりをして、何も言わずに編み針を動かした。 滅多に出ない、このひとの笑顔。 いつも短い。いつ出るかわからない。気をつけていないと見逃してしまう。 土方さんのことなら何でも知りたいあたしにとって、それは夜空を走る流星を見つけたのに匹敵する瞬間。 とっても貴重な、大事な瞬間。流星を見つけたよりも嬉しくなる。 ・・・・なんて、こんなこと言わないけど。 言ったってどうせ、くだらねェ、ってハナで笑われて終わりだろうし。 これでも一応、自覚くらいはあるんだから。 自分でも「馬っっ鹿じゃないの」って呆れるくらいの自覚は。 この仕事バカのなんてことない笑顔を、ここまで楽しみにしているだなんて。 そんなの馬鹿にされるに決まってるから、絶対このひとには言わない。意地でも言ってやらない。 「おい」 「なんですか。もう邪魔しないでください」 「どこのガキのだ」 「だからあ。写メ見せたじゃないですかァ。 友達の赤ちゃんだってば。先週産まれたんですって、さっきも言ったのに」 「見てねえ」 「見せたじゃないですか。すごく可愛いから見てって、言ったじゃん。 二回も見せてあげたのに。二回とも『邪魔すんな』って、・・・・えっ?」 はっとして手元の編み目を抑えた。なぜか突然、編み目がスルスルと解け出したのだ。 編み目を握って抑えながら毛糸の先を目で追う。すると、すぐ隣で胡坐をかいているひとの手に辿り着いた。 毛糸玉を手にした土方さんは、つまらなさそうにミトンに繋がった毛糸をグイグイ引っ張っていた。 「ちょっ!何するんですかあっ!」 「んなモン後にしろ。何しに来たんだお前」 「はァ!?こっちが訊きたいですよ!『どうせ暇だろ、来い』って脅されたから来たのに!」 「あァ?こっちはなあ、てめーと違ってストレス溜まってんだ。たまの休みくれえ好きにさせろ」 涼しい顔で毛糸を引きながら、当然とばかりに我を通そうとする。 暴言を吐かれたあたしのストレスなんて、このひとの頭にはない。あるはずがない。そこはもう諦めてる。けど。 まさかとは思う。思うけど。まさかこのひと、本気で「たまの休み」だけだとでも思ってるんだろうか。 出会って以来、あたしは常にこのひとに好きにされっ放しなんだけど。 言いたいことは一杯ある。でもこれを口にしたら、また言い合いになってしまう。 だから、あたしは黙って携帯を取り出した。黙って赤ちゃんの写真を突き付ける。 これでも一応気は遣っているつもり。少なくともあたしはそのつもり。 滅多に無い休みの日にまで、ストレス与えて邪魔しようなんて。そんなことは思っていない。誓ってもいい。 なのに仕事バカから出たのは、あたしの気遣いをスパッと斬り落とすような暴言だった。 「ただのサルじゃねーか。」 たったこれだけ。 ちらっと見ただけで、即答で携帯を閉じた。 「見分けがつかねえ。赤ん坊なんて全部サル顔だしよ」 呆れたあたしが絶句するのも構わずに、土方さんはさらなる暴言を吐いた。 取り出した煙草に火を点けると、また携帯を開いて、納得いかなさそうに写真を眺める。 しかも心底不思議そうな口調で「こいつよ。何か別のモンにも似てねェか。…ガッツ○松?」と、首まで捻り出した。 頭にきたあたしは、携帯をひったくった。 「サルぅ!?しかもガッツって言ったよねガッツって!!?ヒドいですよ、こんなに可愛いのにィ!!」 「・・・これだから」 女の言い分ってのはわからねェ。 深く煙を吐き出すと、馬鹿馬鹿しいとばかりに眉をひそめる。 「何から何まで分別なく『可愛い』で括りやがって。んなモン判るか。 ちったァこっちに判るように説明しろ。この真っ赤なサルの、どこを指しての『可愛い』だ?」 「サルサル言うのやめてくださいってば。土方さんは実物を見てないから、そう思うのっ」 「サル見て何が嬉しい。そんなに見たけりゃサル山にでも登りゃいいじゃねえか」 「だからあァァ!!サルサル言うなァァ!!」 「はっ。てめえもサルサル言ってんだろォが」 「アンタが言うからでしょォ!!!?」 「煩せェよ。・・・っとによォ」 「っ、ひゃぁっっっ」 腕をグイッと引っ張られて。そこから何がどうなってしまったのか、わからない。 後ろから抱かれるような格好で、あたしの身体は土方さんの膝の上に収まっていた。 「っなあァっ、ななんですか急にっっ」 変に裏返った声が出てしまったのが恥ずかしい。 土方さんが、後ろからククッと籠った笑いを響かせる。 「たまの休みくれえ、してえようにさせろ。好きにさせろってんだ」 「・・・充分好きにしてるじゃないですか・・・いつも。」 煙草の匂いと温かさに、背中からすっぽり覆われる。 腰のあたりに回された腕はちょっと乱暴だし。加減ってものをしてくれないから、時々息苦しくなるくらいだ。 なのにこうしている時間が、あたしにはどこにいるよりも、何をしているよりも幸せで。 毛布でくるまれたみたいに眠くなる。 でも。ちょっとつまらない。 どんな顔をして笑ったんだろう。見たかったのに。 そんなことを本気で思ってしまうのは、やっぱりあたしが馬鹿だからなんだろうか。 気恥ずかしさに頬を膨れさせていたら、携帯を取り上げられた。 写真を開いて、指を差してくる。 「見当がつかねんだよ。このサルのどのへんが」 「ホントに本気でマジでわかんないんですか」 「わかんねえから訊いてんだ」 「だからあ。・・・実際に目の前で見たら、土方さんだってそう思いますよ。 実物は写真よりずっと可愛いんだから。触るとふわふわだし、あったかくて。 すごく小さくって柔らかくって。いい匂いがして」 抱いたらほんとにふわふわで。肌からミルクの匂いがした。 ほんのちょっと力を入れただけで、壊れちゃいそうなくらい軽くて、ちいさくて。 昨日お見舞いに行った病院で見た、どの赤ちゃんも。どの子もみんな天使に見えた。 普段はつい忘れてしまいそうになる、とても小さくてやさしい感情。 だけどとても満ち足りた、大切な気持ちを、友達と赤ちゃんから分けてもらった。そんな気分に浸ってしまった。 やっぱりあの子たちは、みんな天使に違いない。 ただ見ているだけで自然と笑顔になってしまう。やさしい気持が沸いてくる。 このひとと一緒にいるときにもちょっと似た、幸せな気分で満たしてくれるんだもの。 「見てるだけで、幸せな気持ちになれるってゆーか。癒されるってゆーか。 あの。だから。・・・とにかく可愛いんですってば!これが出来たら一緒に病院に、・・・見に」 最後まで言い終わらないうちに、土方さんは声も出さずに笑い始めた。 小さく肩を揺らしながら、喉の奥で籠った笑いを響かせている。 何だか判らないけれど、よっぽど可笑しかったんだろう。笑いがなかなか治まらないらしい。 これじゃこっちが言葉を失くしてしまう。 年中険しい顔ばかりしているひとが、ここまで笑うなんて。 しかも首筋に、顔を押しつけるように埋めてくるから。髪が当たって、くすぐったくてしょうがない。 「ひゃ、ちょっ、そこっ、くすぐったいんですけど・・・って、ねえ、聞いてる?」 「ったくよォ。癒されるだ?同じじゃねえか」 土方さんの唇が、うなじに押しつけられる。 軽く舐めた舌先の、ざらついた感触。びくっと背筋が跳ねてしまった。 しかも変な悲鳴まで飛び出した。 「ぅひぁっっ!!」 「・・・勘弁しろよ」 「ははは、はいィ!?」 「こっちが犯罪者みてえな気になんだよ」 そんな呆れた声で、不服そうに言われても。勝手に出てしまうんだからしょうがない。 誰だって突然、後ろから舐められたら驚くに決まってるのに。 しかも首筋とか、うなじとか。 自分でもあまり触れないような、無防備なところを。・・・声が出たって仕方ないのに。 「だ、だって。土方さんが急に、するから・・・っ、ひゃっ、や、やだっ!」 「んだよ。好きにさせてくれんじゃねえのか」 「なっ。そんなこと、誰も・・・やっ」 最初はうなじだけだったのが、着物の衿元を広げられて。 身体を捩って振り返ろうとすると、顎を抑えられた。 「っ、ひゃっ・・・」 唇が、首筋から肩へ這っていく。 舌先に撫でられるうちに身体が熱くなってきて、力が抜けて。抵抗する気なんて、すぐになくなってしまった。 胸の辺りに回された、土方さんの腕にもたれる。うつむいたら自分の膝が見えた。 さっきまで握っていた編み針と、ちいさなミトンが載っている。 今日中に編み終わろうと思ってたのに。明日の休憩時間に編めるかな。 ぼうっとしながら考えていたら、土方さんがまた、思い出したように笑いだした。 「わざわざ見に行くこともねえな」 「・・・・・え?」 「行かねえよ。必要ねえ」 「・・・何が?赤ちゃんが?」 笑いを堪えたような声で、言い切ったきりで。 それ以上を、土方さんは答えてくれなかった。答える代りに、また無言の思い出し笑いが始まった。 今は間に合ってんだ。 ひとりごとのようにつぶやく、可笑しそうな低い声。 楽しそうにすら聞こえる声に、耳を塞がれる。 答えてくれなかったから、よくわからない。 わからないけど。答えないんだから、たぶんあれは無言の肯定だったんだろう。 それって子供は好きじゃない、とか。子供なんて欲しくない、とか。 暗にそういうことを言ってるんだろうか。 ・・・やっぱりそうなのかな。 普段のこのひとを見ているうちに「もしかしたら」って感じてはいたけれど。 子供なんて要らない。土方さんは、そう思ってるんだろうか。 結婚して、子供がいて。そんなごく普通の、当たり前の生活。 そんな未来、このひとに望んじゃいけないのかもしれない。望むほうが間違ってるのかもしれない。 いつでも命を投げ出す覚悟で毎日を過ごしてる、仕事漬けなひと。 そういうひとだって解ってて。それでもあたしは、このひとを好きになったんだから。 だから、初めから期待はしないでおこう。訊かずにいようって決めていた。 これまでずっと触れずにきた。訊くのはタブーだと決めていた。 だけど、こういう反応を見てしまうと。やっぱり揺らぐ。小さな棘がささったみたいに、胸が痛む。 やっぱりあたしだけなのかな。 いつになるのかわからない。この先あるかどうかも解らない、幻みたいな未来を。 遠くて淡い「いつか」を、勝手に夢見てしまうのは。 「・・・ふわふわと浮わついて。」 振り返ろうとしたら、無言で頭を抑えつけられる。 こっちを見るなということらしい。渋々であたしは前を向いた。 「小せえんだろ。で、やたらと柔らけぇ」 土方さんの顎が、あたしの肩にトン、と乗せられる。 「うっかり掴むと折れそうでよ。いまだにどこ掴みゃいいんだか、判りゃしねえし。 目ェ離したスキに、何しでかすんだか。それこそちっとも判りゃしねえ」 大げさで長い溜息をつく。その間も笑いは止まらなくて。 低い声と、笑い混じりの息遣い。両方に耳を撫でられる。 くすぐったくてたまらない。また悲鳴を上げそうになってしまう。 我慢できなくてぎゅっと肩を竦めたら、身体に回された腕も、ぎゅっとあたしを抱きしめてきた。 「甘ったるくて面倒くせえ。 ・・・けど、いなけりゃいねえで物足りねェしよ」 なあ、と問いかけてから、土方さんはつぶやいた。 「ここにもいるじゃねーか。似たような、手間のかかるヤツが」 「・・・え・・・」 膝に落ちていた編みかけのミトンを、大きな手がさらっていく。 ぽいっと畳に投げ出すと、ベビーブルーの毛糸玉がその後を追って、コロコロと転がった。 「俺ァ、てめえ一人で手一杯だ」 サル山なんざ、わざわざ眺めに行くこたァねえだろう。 からかうような口調で言い切るから。返す言葉も無くなってしまった。 似たような、からかい半分な小言は毎日のように言われてる。 でも。いつものそれとは違う。 「・・・何それ。サルって。・・・もォ。もういいです。 土方さんにフツーの感覚を求めたって。どーせ無駄だもん」 「たいして違わねーだろ」 軽々と持ち上げられて、ゆっくり畳に下ろされる。 開きかけた衿元から、冷えた空気が入ってくる。 居心地の悪さと寒さに身じろぎしていたら、土方さんは寒がっていると思ったらしい。 被さってきた温かい身体に覆われて。煙草の匂いと、ひとの身体の重みに呑みこまれる。 あたしのかたちを確かめるみたいに、指先が頬を撫でる。温かさが気持いい。 なのに目を閉じそうになったら、乱暴に捩じられた。 痛っ、と悲鳴をあげると、また笑われた。いったい何がそこまでおかしいんだろう。 「やたらと泣くし、煩せえしよ。ツラ見てるだけで和むんだろ。 笑わせるとこまでそっくりじゃねえか」 「・・・なによ。もォ・・・っ」 「ほら見ろ。そうやってすぐ拗ねるもんだ、ガキってのはよ」 長い指が、あたしの髪を掻き回す。 グシャグシャと、まるで子供の頭でも撫でるみたいに。 悔し紛れに頭を振って嫌がると、また笑われた。 赤ん坊と同じだなんて。 土方さんにはあたしが、そんなふうに見えてるんだ。 ほんと、馬鹿にしてる。あたしだってもう大人なのに。 いつまでたっても子供扱いなんだから。 そう思うとなんだか悔しい。拗ねたくもなる。でも。 滅多に見れない笑顔以上に。・・・ううん、流星以上の珍しさだ。 だって、何でも必要以上を口にしない、このひとが。 あたしのことをどう思っているのかなんて、これまで絶対口にしなかった土方さんが。 それどころか、新しい着物が似合うかどうかを聞いたって、面倒そうに無視するだけのひとが。 どうしよう。 拗ねたふりなんてしているけれど。実は嬉しくって仕方がない。 子供扱いの悔しさなんて、本当はもうどうだっていい。そんなこと、この嬉しさとは比べようもない。 あたしはどうしてこう単純なんだろう。ブルーになりかけたさっきまでの憂鬱さも、全部吹き飛んでしまいそう。 じわじわと膨れ上がってくる嬉しさに、拗ねたふりも忘れそうだ。飛びついて、抱きつきたくなってしまう。 「土方さん」 「・・・あ?」 「・・・あの。さっきの。だから」 あたしはしどろもどろで尋ねた。 土方さんは顔を上げると、じっとあたしを見下ろした。 「・・・土方さんは。欲しくない、ですか。・・・子供」 尋ねたのはこっちなのに。ただでさえ目線が鋭いから、見られたほうは落ち着かない。 つい目を逸らしたくなる。 「さあな。判るかよ。んなモン出来てみねえことには、・・・」 頬を撫でていた手の動きが、ぴたりと止まった。 ぱちんと軽く、叩かれる。 「人にばっか答えさせてんじゃねーぞ。お前はどうなんだ」 「・・・あたしは。・・・」 あたしは、欲しいよ。 ・・・もしあなたが望んでくれるなら、だけど。 訊かれる前から、とっくに決まっている答え。 心の奥にしまっておいた、大切な気持ちだ。 なのにいざとなると、恥ずかしくなってしまう。わけもなく不安になる。言葉がうまく出てこない。 そんな自分がもどかしくて、ぎゅっと土方さんの手を掴んだ。 土方さんの表情が、ちょっとだけ怪訝そうに変わる。 目を見て言うのは恥ずかしい気がして、つい顔を逸らしてしまった。 「・・・言って」 「あァ?」 「・・・土方さんが、先に。・・・言ってよ」 答えたわけでもないのに。頬が、耳が、じわじわ火照ってくる。 この頬の赤みだけで「欲しい」と言ったのと同じかもしれない。 口調もぎこちなかったし。 どうしよう。これだけで、このひとにはばれてしまったような気がする。 「・・・おい。何がしてえんだ?」 とにかく見られたくなくて、焦ったあたしは咄嗟にバカなことをした。 掴んでいた土方さんの手を引っ張って、自分の顔を隠してしまった。 「っ、な、なななんでもないですっ。これはあのっ、ただちょっと、その、 ひ、日除けってゆーか魔除けってゆーか悪魔祓いってゆーかァっっ」 「誰が悪魔だ。何言ってんだ。意味わかんねェ。つーか邪魔すんな」 どうやって逃げよう。どうやって誤魔化そう。 迷っているうちに、掴んでいた手が逃げていく。顎に指をかけられた。 目が合うと、土方さんがふっと笑う。 近づいてくるのは、意地の悪そうなあの笑顔。 吸い込まれるみたいに、目が離せなくなって。ぼうっと見蕩れていたら、すぐに唇を塞がれた。 「・・・出来たらな」 「え・・・?」 「出来たら答えてやるよ」 唇が離れてすぐに、素っ気ない返事が返ってきた。 また啄むような、短いキスに塞がれて。大きな手が、あたしの髪を梳くようにして撫でていく。 何度も繰り返しているうちに、キスはだんだん深くなっていく。 身体と一緒に、意識まで柔らかくなって。熱くなって溶け始める。 キスとキスの合間に、くぐもった、甘えた声が漏れてくる。 それを聞いた土方さんが、また声も無く笑う。 そんなに笑わなくてもいいじゃない。 心の中で拗ねながら。あたしはさっき言われたことを、ぼんやりと考えていた。 これって。思い違いなのかな。あたしの勘違いなんだろうか。 出来たら答えてやる。それって、もしかしたら。 「子供が出来ても構わない」そういう意味にも聞こえるんだけど。 「・・・土方さん」 「あァ?」 「出来たら、って。あの。 ・・・手間のかかるのが、もう一人くらいいてもいい・・・ってこと?」 訊き返しても応えてくれない。 このひとにしては珍しく穏やかな、優しい表情で笑うだけ。 その表情にまた見蕩れてしまって、あたしはそれ以上を訊けなくなった。 答えてくれないまま、キスが落とされていく。 甘く噛まれた首筋の、唇が触れたところから熱くなって。熱が身体に広がっていく。 いいのかな。期待しても。 いつになるのかなんてわからない。想像もつかない。 でも、誰かに贈るプレゼントじゃなくて。いつかあたしのところに来る天使のために。 ふわふわした小さな手を包む、可愛いミトンを編む日が来るんだろうか。 「」 「・・・はい?」 「今、答えろ」 「え。・・・」 「イヤ。だからよ。・・・」 いきなり急かされる理由が判らない。 不思議に思って見上げると、言葉に詰まったような顔をして、土方さんが口籠る。 なんだか云いたくなさそうに、憮然として目を逸らした。 「・・・お前がはっきりしねえと、俺が好きに出来ねェだろーが」 どうして。 あたしがそう問いかけるよりも早く。 答えも待たずに、いつのまにか開かれた胸へと、唇が這っていく。手が伸びてくる。 その感触を受け止めるだけで精一杯で。いつものように土方さんの頭をぎゅっと抱いて、目を閉じる。 身体が熱くなって、蕩けていく。何か、別のものに変わってしまったみたい。 まるでクリームにでもなったみたいだ。 溶けていく身体を追って、意識までゆるゆると溶け出していく。 答えろよ。。 耳元で名前を呼ばれる。 囁くような低い声に、溶けた意識が流されていく。 いつのまにか、自分でも驚いてしまうくらいに甘えた声で土方さんを呼んでいた。 名前を呼ぶひとに心も身体も預けきって、望まれるままに溶け合って。 流されたところを漂っている頃には、もう。 さっきの問いかけに答えることも、編みかけのミトンのことも、すっかり忘れて。 あたしは自分が何をしているのかも、どこにいるのかも。何ひとつわからなくなってしまった。 「 Tiny Tiny Tiny 」text by riliri Caramelization 2008/10/29/ -----------------------------------------------------------------------------------