「No.1」から「No.5」まで。 あたしの携帯のアドレス帳には、数少ない友達や数少ない身内の名前に混じって、謎の番号が並んでる。 ナンバー1からナンバー5まで。 何かを基準にした順位じゃない。 名前の代わりにあだ名で登録してあるわけでもない。 芸名でも源氏名でもない。HNでも偽名でもない。嫌いなヤツへの密かでささやかな嫌がらせでもない。 ただ単に、今までに付き合ってきた人に、付き合った順番でつけた「通し番号」。 付き合っていた人と別れたとき、あたしには必ず行う「儀式」がある。 さよならを言われて、その人が離れていく背中を見送りながら、あたしは携帯を取り出す。 呼び出したアドレス帳の画面から、たった今別れたばかりの人の「名前」だけを消去。 消したところに「ナンバー○」と番号を入力。携帯を閉じる。 別れたからって、その人のデータごと消したりしない。 だけどアドレス帳を開くたびに、その名前を目にするのはつらい。 そんなことを云っているからフラれてばかりなのかもしれない、と思う。 女としてはかなり女々しいほうなのだ、あたしは。 別れた彼氏の、一番最後。 1から5までの数字の羅列の最後にいるのが、半年前に別れた最後の彼氏。 No.5。 真選組、泣く子も震えて縮み上がる鬼の副長 土方十四郎。 このひとがあたしの 「最後の彼」。



No.5



「・・・はァ〜〜〜・・・・・・・・」 ファミレスの裏口から出てくるなり、泣きそうな顔で溜息をつく女が一人。 しょんぼりとうなだれて、着物の衿元から携帯を取り出す。 これがあたし、。 元は江戸の治安を守る機動警察、真選組の隊士だったんだけど。 たった今バイト先をクビになってしまい、失業中に逆戻り。 半年前に真選組を除隊してから、あたしは十を超える数の仕事についた。 そのたびにいろんなトラブルに巻き込まれ続け、いまだに定職にも安定した生活にもありつけない。 しがなく不安定なフリーター。そしてついさっき、また職を失った。 「さあん、アナタ明日からもう来なくていーからね?つーかもう出てけ?」と店長に冷たくあしらわれ、 今月分のお給料を押し付けられて放り出されたところ。 「・・・・は〜〜あァあ〜〜〜・・・・」 ヘタなヨーデルみたいな調子の外れた溜息を吐きながら、アドレス帳を呼び出す。 まさかあんなことでクビになるなんて。 やりきれない。浮世の無常が身にしみる。とにかく誰かに愚痴りたい。 選んで電話を掛けたのは「No.5」。 発信を押して、コール音が数回続く。 五回目で、なぜか音が途切れた。 つまり、こっちから掛けた電話を向こうから切られたということ。 「・・・・・・・・」 リダイヤルを押し、もう一度電話する。 数回、同じようにコール音が鳴り・・・やっぱり切れた。 「・・・・あのマヨラー・・・切りやがった」 ひどい。酷すぎる。なんてヤツ。 あたしが、可愛い元カノちゃんがこんなに、今にも泣きそうに落ち込んでるのに。 膨れっ面で、しつこく何度も何度もリダイヤルを繰り返す。 繰り返すたびに「ブツッ」と澄ました機械音をたてて、コール音が何度も切れる。 ホントに気に食わない。もし目の前にいたら、火のついた煙草を鼻に突っ込んでやりたいくらいに気に食わない。 しかもここまでくると、こっちだって意地になってくる。 気分はすでに悪質ストーカー。近藤さんがお手本だ。 マヨラー対ストーカー。電波上の、まったく実の無い戦いだ。 根気比べのように携帯のボタンを押し続け、十数回目のリダイヤルの途中でコール音が途切れた。 ついに電話が繋がった。 「・・・てっめえ、しつけえんだよ!」 「なんで切る!!?なんですぐ出ないの!」 「うるせえ、取り込み中だ。切るぞ」 取り込み中? こんな真昼間からの取り込み中といえば、・・・・アレですか? 「へえ〜〜。はあ〜〜。昼間っからお取り込み中ですかぁ。 さ〜すが隊でも指折りの色男。明るいうちからヤボ用で、ってヤツですかあ?」 鼻で笑いながらバカにした口調で言い返すと、電話の向こうがムッとした気配で黙り込む。 素っ気無く声を押さえて返してきた。 「馬鹿野郎。捕物中だ」 「ちょっとおぉ。落ち込んでる元カノに向かってバカヤローとか言う!? これだから土方さんにはいつまでたっても次の女が出来ないんですよ。 微妙な人間関係の機微ってものを少しは考えてから口に出してよ!」 「んなモンいちいち考えるほどヒマじゃねえ。浪士どものアジトが割れて張り込み中だ。 出入り前の緊張感ブチ壊しでしつこく電話してくる女が人間関係の機微まで説くな。 普通元カノってのはなぁ、仕事で取り込み中つったらそれだけで遠慮して切るもんだ。それをお前は」 「ああそーですかあっ。わかったよ、お望みどおり切ってあげますよっ」 言いながらボタンを押して通話を切る。 数秒後。 マナーモードのあたしの携帯がブルブルと震えだした。 「勝手に切んじゃねえェェェ!!!ムカつくじゃねえか!!」 いったいどこまで負けず嫌いなんだろう、このひとは。 普段は何事にも動じないって顔で、肩で風を切る勢いなくせに。実は妙なところで大人気がない。 かかってきた電話の声は、さっきまでと違ってあからさまに怒っている。 怒声に混じって「副長ォォォ!声!声ェェ!」とうろたえまくりの山崎くんの声がした。 「なによ!せっかく元カノらしく振舞ってあげたのに何が不満?誰が捕物中よ! 全然ヒマじゃん真選組!こんの税金ドロボーがぁぁぁ!!」 大人気のないマヨラー対、失業したばかりのストーカー。 どこを探してもまったく実の無い電波上バトルは、 電話の向こうに現れた総悟の「土方さぁん、何を騒いでるんでさァ」というニヤけた声と バズーカの爆音とともに、唐突に途切れた。 ツー ツー ツー ツー ・・・・・・ 携帯から虚しく響く機械音を聞きながら、あたしは晴天の江戸の空を見上げる。 青く輝く空にまたひとつ、調子外れの溜息と罵声が吸い込まれた。 「土方の、馬鹿ああぁぁああああ!!!」

「No.5」text by riliri Caramelization 2008/07/18/ -----------------------------------------------------------------------------------        next