「は・・・・・ぁあん、っ、ひじか・・・さぁ、ん」 さっきまでは彼を拒んでいた声は、すでに妖しい艶色を帯び始めている。 ああ、と普段通りに素っ気なく答えた土方は、声音に反して和らいだ目つきでを見下ろす。 を犯している律動を緩め、彼女の首筋や胸に唇を落とす。薄く汗ばんだ膨らみをゆっくりと揉みしだいて喘がせながら、 手にした柔らかな丸みに強めに吸いつき、次々と赤いしるしを刻み付ける。もう片方の胸にも同じ愛撫を施すと、 薄い腹から柔らかな下腹へとその手を下ろしながら撫でていく。ぐい、と右の太腿を掴み上げると、膝の裏側へもキスを浴びせる。 ちゅ、と音を立てながら肌を吸い、感じやすい太腿の裏を唇でなぞりながら小さな痕を幾つも残した。 淡い色をした肌に吸いついてかすかな痛みを与えるたびに、の身体から少しずつ力が抜けていく。 夢中で土方の首に縋りついていた女の腕が、くったりとシーツの波間に沈む。ちゅ、と音を立てて唇が離れるたびに、 は甘い声を上げていた。汗に濡れた肌のやわらかいところばかりを狙って、土方はに痕を刻む。 深く受け入れた男の感触に腰の奥を疼かせながら、は恍惚とした表情で彼に見蕩れる。全身の感覚がキスの雨に 酔いしれていた。ちくりと噛まれるような痛みを肌に残され、そのかすかな痛みを宥めるように熱い唇でちゅっと啄まれる。 身体中で繰り返される二つの感触が、すごく、すごく、気持ちがいい。それに―― ・・・・・・・・・・・・・・これはきっと、あたしの自惚れた思い上がりなんだろうけど。 口づけをひとつ落とされるたびに、まるで土方さんに「好きだ」と言われているような気がしてしまう。 このひとが決して口にしようとしない言葉を肌に囁かれているような気分になる。そんなことにどきどきしながら 土方の唇の感触に溺れていると、胸がきゅうっと締めつけられる。心臓がとくとくと嬉しさに弾んだ。 「・・・んっ。ぁあ。き・・・もち、い・・・っ」 震える唇を両手で塞ぎながら喘ぐうちに、勝手に声がこぼれていた。 鼻にかかった甘えた声だ。こんな声が出てしまうなんて、恥ずかしい。 はきまりが悪そうに身体を縮めて身悶える。けれど土方にとっては、そんな彼女の聞きなれない言葉が たまらなく可愛い。やや顰めた目元に羞恥を滲ませつつも、頬を桃色に染めて蕩けきっている表情がひどくまぶしい。 滅多に聞けない一言を日に二度も聞き出せた満足さに、口端を歪めて微笑する。ああ、と毒気の抜けた声で答え、 汗に濡れた女の身体を両腕に閉じ込めた。口には出さない彼女への感情――可愛い、大切にしたい、と思う気持ちや、 その穏やかな感情とは全く別種で荒々しい思いを――今にも身体の奥から迸りそうな激しい欲情を籠め、強く抱く。 ちいさな頭に腕を回して髪を撫で、火照った頬に流れた涙を吸ってやる。 無言のうちにも語りかけてくるような、いつになく優しい愛撫を繰り返され、は泣きたいくらいに嬉しくなった。 自分を抱きしめた男に顔を摺り寄せる。何度も言おうとしたけれど言い出せなかった言葉を、やっとの思いで口にした。 「ごめん、なさ・・・ぃ」 「・・・、あぁ?」 「あた・・・し。ひ・・かた、さ、の、じゃま、ばっかり・・・して・・・っ。いそがし・・・ぃ、のに・・・。ごめ・・・なさ・・・・」 「・・・・・・・。またそれか」 抱きしめた女から顔を離し、土方が呆れ気味な溜め息を吐く。 突然にぽろぽろと涙をこぼし始めたの頬を、むにっと摘まむ。薄く汗の滲んだこめかみを引きつらせ、はっ、と笑った。 「さっきも言っただろうが。俺のこたぁいい。気にすんな」 「・・・・・っ。でも・・・」 「いいんだよ。今から帰ったところでどうせ何も手につかねえし、頭がちっとも働かねぇ。 ・・・何してたってお前のことが気になっちまって、どうせ仕事にならねえよ」 自嘲気味に答えながら、の肩口をぽつりと染めている赤い跡をそっと撫でた。 目に映る素肌のあらゆる場所に散らされた、ほのかに血を透かす赤のしるし。この小さなひとつひとつのしるしからも、 何だかんだと文句をいいつつもすっかりに骨抜きにされてしまっている、馬鹿げた男の執着心が透けて見える。 ――何をやってんだ、俺は。 女の異変に泡を食って屯所を飛び出し、はしゃぐ女に振り回され、かと思えばその女の身体にすっかり溺れ。 狂ったようにこいつを抱いてこの細い身体に無理をさせ、今も声が嗄れるほど啼かせている。 ・・・・・・・・・・・・・・馬鹿じゃねえのか。いや、馬鹿だ。しかも、付ける薬がねえ、ってぇ類のあれだ。 我ながら可笑しくなってきて、ふっ、と土方は口端を歪めた。喉の奥でわずかに笑う。 するとは何を思ったのか、彼の態度を誤解したらしい。ふにゃりと表情が崩れ、再び湧いた涙がぽろぽろと頬を転がる。 「馬鹿。泣くな」 「・・・っ。だって、・・・」 「・・・。あのな。俺ぁ別に、お前のためだけにここに残った、ってぇんじゃねえぞ。 残った理由は他にもあんだ。しかも、相当に手前勝手なやつがな」 え、ときょとんとしたの瞳が丸くなる。しかし次の瞬間には、ゃあんっ、と叫んできつく目を瞑った。 身体を起こした土方が、急に腰の動きを大きくして彼女の中を乱し始めたせいだ。ずぶ、じゅぶ、と籠った水音が部屋中に響く。 あ、ぁあ、あ、あっ、と短くて甲高い嬌声が上がる。長い睫毛に縁どられたの瞼の端には、じわりと涙が滲んできた。 その上々な反応を眺め、薄く笑いながら、土方は張った先端を引っ掛けるようにして彼女の敏感なところを刺激する。 深く抉るようにしてそこを擦り、強く打ち付け、熱くうねる女の中を何度も往復させた。 「お前だってうすうす判ってんだろ。 今のお前の身体は男なら誰でも良くなってんだ。いくら頭じゃ嫌がったって、身体は男の言うなりだ」 「――っぁ・・・!あぁ、あ、やぁっっ」 奥に激しく打ちつけられ、は首筋を仰け反らせて涙ぐむ。 きゅううっ、と土方を締めつけて、彼女の中がさらに狭まる。 「っ――・・・、だから、さっきも言っただろうが。もし俺が帰って。ここに、何かの間違いで、他の男が来やがったら、・・・っ、」 濡れた音を上げながらを責めていた土方が眉間をきつく顰める。 苦しげな息遣いを漏らしながらも、腰の動きをぐんと早めた。 「っ、はぁっ、ひじかた、さ、ひじか、ぁ、あぁ、ぁっ」 「お前はそいつに逆らえねえ。・・・ここに、俺以外を咥え込んだって、 今のお前は俺が抱いた時と同じようによがって啼く。他の男に犯されたって、お前は・・・」 「あ、あっ、あっ、そんな、しちゃ、・・・ぁあ・・・っ!」 ――我ながらくだらねぇ絵空事だ。見知った誰かにこいつを抱かれる心配をするなら いざ知らず、現れるかどうかも判らない架空の男に妬くなんざ――。 涙声を掠れさせて喘ぐを抱きしめる。 (もし、この淫らに濡れた身体が自分以外の男の目に晒されたら。) そう思うと、たったそれだけで怒りが滾る。普段は隠しているへの強い独占欲が沸騰して、 かあっと頭の芯が燃え上がりそうだ。彼女を荒らしている張りつめた熱が、痛いくらいに硬さを増して膨張する。 ちっ、と唸るような舌打ちをして、土方はさらに腰を揺らす動きを強くした。 「はあっ、んっ、やぁ、あっ、いっ、ひ、・・・かた、さぁっ・・・、ひじか・・・さ・・・っ!」 「・・・はっ。畜生。冗談じゃねえ。やめだ、やめ」 「っぁ、あんっ、ゃ、ああっ、きちゃ・・・っ」 「んなこたぁ考えたくもねぇ。・・・他の男になんざ指一本触れさせたくねえってのに・・・っ」 「あ、あぁ、ぁっ、っっ、ひ、ぁ、〜〜・・・っ!」 狂ったようにかぶりを振って、は啜り泣いていた。ぐしゃぐしゃに乱れたシーツの波に埋もれながら、 止まらない土方の動きに穿たれ、揺られ続ける。 涙で塞がれた目の前が白く淡く霞んでいる。何も見えなくなっていく。そのうちに頭の中まで白く霞んで、 何もわからなくなりそうだ。腹の底から絞り出しているような、苦しげで低い土方さんの息遣いは耳に届く。 蜜を溢れさせて律動を受け止めている自分の身体の感覚や、ぽた、ぽた、と首筋や顔に垂れてくる熱い汗は感じている。 けれど土方さんの顔が見えない。顔だけじゃなくて、何も見えない。目の前が白っぽい光の色一色に染まりかけている。 「あっっ、っ、んぁ、・・・ゃ、・・・っ、ひじ、か・・・さぁ・・・っ」 「――っ。・・・・・・・・・・・・っ」 頭上でせつなげな息遣いを響かせている男のほうへ、夢中では手を伸ばす。 震える指先は彼女を待っていた大きな手に受け止められて、その熱くて少し乱暴な感触を感じた途端に 何も見えていないの目からはぽろぽろと涙が溢れ出した。言いようのない安堵感やせつない気持ちが ぶわっと膨らみ、一気に胸に溢れ出す。 好き。土方さん、すき。 そう言いたかった。このひとにしがみついて、何度も声を振り絞って伝えたい。けれどそれを口にしたなら、 我を忘れて子供みたいに泣きじゃくってしまいそうだ。そんな自分でも制御がつかない熱い感情の波が 身体中に広まっていくうちに、まるでその感情とどこかの感覚で繋がっていたかのように、 腰の奥に溜まっていた甘い痺れも全身に広がる。その瞬間、熱く滾った杭の先がの柔らかく蠢く内側を抉るようにして奥を打つ。 ぞくぞくと背筋を震わす強い快感が、頭の芯を突き抜けていって―― 「・・・・・・・〜〜〜ぁああ――っ・・・!」 目の前が一瞬で白く発光する。 一番深くに押し付けられたのは、蕩けた彼女の中を焼くような熱の塊と、一瞬で彼女の内側に広がる 熱い欲情。放ったすべてを彼女の奥深くまで呑み込ませたいのか、土方の腰がにぐっと密着してくる。 っっ、と低く呻いて何度も押し込んでくる。 ――熱い。土方さんの、すごく熱い。いっぱい、いっぱい、入ってくる。 長い絶頂に全身を仰け反らせているは、自分を埋め尽くしてなおどくどくと注がれ続ける感覚に身悶え、 土方の腕の中で息も絶え絶えに啜り泣いた。 「っ、はぁ、あ、や、らぁ、ぁ、あつ・・・いぃ、あつ・・・・のぉ・・・っ」 「っ・・・。。・・・っ」 「ぁ、ああっ・・・ま・・・だ、はいっ・・て、く・・・ぅ・・・っ!」 きつく繋がれていた手がを抱きしめ、力を失くした細い肩が壊れそうなくらいに強い力を籠められる。 そのままふつりと意識を失くしてしまい、うっすらと見えていたはずの土方の姿も、唇を重ねられる感触も、 まどろむ意識の彼方に白く融けて掻き消えた。 * * * * * ――そこはやけにフカフカして寝心地が良い、けれど知らない感触の寝床だった。 ぱち、と目を覚ましたは、ゆらゆらと首をふらつかせながら頭を起こす。 ふにゃふにゃとあくびを噛み殺しながら妙に腫れぼったい目をこすり、顔を傾げてぽつりと漏らした。 「・・・・・ここ、どこぉ・・・・・・・?」 ぼさぼさに乱れて顔に張り付いていた髪を撫でつけながら、暗い部屋の中に視線を何度も往復させる。 ふと目を留めた場所では、星のようにきらめく光をちりばめた夜景が大きな窓一面に広がっていた。 夜景との間にある窓ガラスには、よく見れば自分の姿も映っている。黒みがかった藍色の夜景の中に、 半分透けたようにしてぼんやり映る全裸の女が―― 「・・・・・・・・・・っっっ!!」 (ここはどこ!? 今は何時!? あたし、こんなところで何してるの!!!?) そんな疑問符の嵐に見舞われ、がばっ、と被っていた毛布ごと飛び起きる。 広々としたセミスイートの薄暗い景色をおろおろと見回し、何度も瞬きを繰り返すうちにはっとする。 そのうちに顔色がさーっと青ざめ、かぱーっと開いた彼女の口はわなわなと大きく震え出した。 「ひぃいいやぁああああ!!っっどどど、どーしてなんでぇええ、〜〜〜っ、ふぇええええぇえ!」 頭を抱えてぶんぶんと髪を振り乱し、涙目になったはがばっと伏せる。もぞもぞと毛布を被り直して 「〜〜〜っ、ゆっ、夢!これは夢!そーだよ目瞑って十数えたらきっと朝になってるんだからぁああああっ」などと 裏返った声で口走り、あまり意味のない現実逃避へ一秒でも早く突入しようと躍起になる。 ・・・ああどうしよう。やってしまった。これでどーして素面でいられるだろうか。 いや勿論、自分が裸だったことにも驚いた。よく見ると身体中に点々と赤い染みを刻まれて いたことにも驚いた。ついでに言えば、さっきからじわじわと感じている尋常じゃない足腰のだるさにも 驚いているし、眉間の皺がびしっと固定されていてどう見ても安眠しているようには見えない男の寝顔が すぐ傍にあったことにも、その男が彼にしては珍しく爆睡しているらしいことにも驚いた。けれどもっと驚いたのは、 ――なぜ自分が、こんな見たこともない豪華な部屋の巨大なベッドに寝かされていたのか。 その理由へ繋がる記憶の一部始終を、ようやく正常に動き出した彼女の頭がノーカット版で一挙再生してくれたからだ。 「・・・・・・・。ひ。土方さぁん。・・・寝てる?寝てますよねぇ?ねねね寝てるって言ってくださいぃぃ」 おずおずと毛布から顔を出し、隣で爆睡中の男の気配をこっそりと窺う。 幸いなことに土方は睫毛一本動かさず、「うっせえ、起こすな」などという不機嫌そうな返事もなかった。 ・・・・・・・・が、恥ずかしさのあまりドカドカとベッドを殴って身悶える。 どうしようどうしようどうしようどうしよう。そうだ、今のうちに土方さんの頭を十発くらい殴ってみたらどうだろう。 殴られた衝撃で今日の記憶が全部消えたりしないかなぁ…!?なんて身勝手かつとち狂ったことを考えながら 毛布をぎゅーぎゅー抱きしめるうちに、涙が勝手に溢れてくる。 死んじゃいたい。 そんな一言が頭の中をよぎっていく。 薬のせいとはいえ、あれはない。自分がどんなに大胆になっていたのかとか、全身が火を噴くほどあられもない言葉を 何度口にしたのかとか、何度土方さんを誘ってしまったのかとか、・・・自分から身体を開いて男のひとを欲しがるあたしは、 このやたらに女を見る目が厳しいひとにはどんな淫乱女に映ったのかとか。 そんなあれやこれやを思っただけで泣けてきて、手足を意味なく振り回してのた打ち回る。いてもたってもいられない。 「・・・ぁあ・・・?・・・・・・っだコラ。もう目ぇ覚ましやがったのか」 「ひぅぅぅ!!!」 その時、ドスが効いて嗄れた声が彼女の背後でぼそりと唸った。土方が目を覚ましたのだ。 怯えきって青ざめ、ブルブルと震えながらも、は勇気を振り絞って振り向いたのだが、 ・・・・・・・・・・・・・・だめっっ、無理ぃぃぃ!とてもあの顔を正視なんて出来ないぃぃぃ! 久しぶりの熟睡を邪魔されていかにも機嫌の悪そうな、荒みきった目つきが怖すぎる。 あわてふためいたはあたふたと太腿を揃えて正座する。ベッドにひれ伏す勢いでがばあっと土下座し、 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいい!!!」 「・・・、ぁんだ。いきなり謝り倒してくるってぇてこたぁ、あれか。ヤクは抜けたか中毒患者」 「〜〜〜〜・・・・・っ。ぬ。抜け、まし、たぁぁっ」 「フン、そーかよ。まぁ元気そうで結構なこった」 「ふぇえ・・・?」 はこわごわと頭を上げた。「土方さんが目覚めた途端に鉄拳を一発喰らわされる」もしくは 「小一時間延々と説教される」そのくらいのお仕置きはされるものと、おでこをシーツに擦り付けて 土下座する陰で涙目になりながら覚悟していたのだ。 ところが土方の態度は意外なまでに淡々としていた。表情の薄い涼しげな顔つきに、怒りの気配は殆ど感じられない。 (・・・土方さん、怒ってないのかな。それともあたし、怒る気にもなれないほど呆れられてるの・・・?) 困りきったは眉をへなぁっと下げ、不安げに毛布を握りしめる。 そんなをちらりと見上げた土方が、何か厭味でも言いたげな表情でわずかに眉を吊り上げる。 寝返りを打って枕元に腕を組み、ヘッドボードに投げ出していた煙草の箱をぐしゃりと掴んで、 「・・・で、どーしてくれんだ?」 「えっ。ど、どーしてって・・・、な、何が・・・・・・?」 「俺ぁお前のとんでもねえ酒癖のせいで半日時間潰してんだぞ。例の薬をお前がガブ飲みしちまったせいで、 事件の物証も消えちまったしな。・・・おい、どーしてくれんだ。この落とし前、どうつける気だ」 「〜〜〜っ。・・・・・っく、・・・ぅ、ふぇっ、・・・、ぅぐっ、うっく、っっ、ふえええ〜〜〜・・・・!」 皮肉ったらしく言いながら土方が煙草を咥えた途端、は顔を覆って泣きじゃくり始めた。 薬が入ってトランス状態、激しい行為に浮かされて泣いていた時とほとんど同じ勢いだ。 驚いた土方は、ライターを掴みかけていた手をぴたりと止めた。 顔を覆ってびいびいとむせび泣く女を怪訝そうに眉を寄せて眺めたのだが。 「・・・ぁ、あきれて・・・・・る?はしたないって、思った・・・?」 「・・・、あぁ?」 「〜〜〜〜っ。やだぁ。どうしよ・・・も、やだぁ。ぜんぶやだぁっ。しんじゃいたいぃぃ・・・!」 「はぁ!?」 咥えた煙草がぽろりと落ちる。予想外な女の反応に動揺してしまい、 土方はぴくぴくとこめかみを引きつらせた。落ち着きのない仕草でがさごそと上体を起こして、 「いやおい待て死ぬって何だ、いくら何でもそーいうこたぁ軽々しく口に・・・ いやだからそのあれだお前落ち着け、これがそこまでのことか?何もそこまでヘコむこたぁねーだろ!?」 「いいから聞け、つーか泣きやめ!」と彼女の腕を引いてみたが、は一向に泣きやまないし 彼の言葉にも耳を貸さない。げんなりしてきた土方はむくりと起き上がって胡坐を掻き、寝癖がついてしまった黒髪の頭を 歯痒そうにがしがしと掻いた。 ――こんなつもりではなかったのだ。いや、ここまで泣かせるつもりなど毛頭なかった。 は酒に弱いくせに何かにつけては呑みたがる。しかも、へべれけに酔っぱらっては何かと悶着を引き起こすという 人騒がせな特技も持っている。あの酒癖の悪さを戒めるついでに、ここでちょっと脅しをかけてやるか。 …と、ほんのちょっとした灸を据えてやる程度のつもりで「落とし前をつけろ」と口にしてみたのだ。土方にしてみれば ただそれだけの意図しかなかった。そもそも、あの媚薬をうっかり部屋に放置していた自分にも非はあるのだ。一人を 責める気はない。ここまで泣きじゃくるほどの猛省なんざ、最初から求めていやしないというのに。 ――どうやら叱る加減を間違ったらしい。薬を効かせすぎたか。 などと思ってきまりが悪そうに眉を顰めた彼が、を宥めようと口を開きかけた矢先だった。 急に彼女は顔を上げた。涙に濡れた目元や頬をぐしゃぐしゃに歪めて、 「・・・・・・・・・っ。ごめんなさいぃ・・・」 「お、おぉ・・・?」 「もうあんなことしないから。・・・じ。自分からキスしたり、抱きついたりなんて、絶対、絶対しないから。 ひじかたさんに、・・・・・・し、してほしい、なんて・・・・・・・・・あんなはしたないこと、もう二度と言わないぃっっ」 「そ、そーか。まあそのあれだ、てめえが反省するってぇなら俺ぁ別に――」 ・・・ん? 頭を掻いていた手を止め、土方がつぶやく。 ぐすぐすと啜り泣きながら濡れた目元を拭っていると目を見合わせ、 「・・・おい、今何て」 「っっ、ひ、土方さんが言うとおりに反省するからっ。これから一週間、自宅謹慎するからあぁぁっ。 お酒も飲まないし遊びにも行かない。バイト以外はどこにもいかないし、屯所にも絶対行かないからっっっ」 「はぁ!?」 「土方さんに一週間も会えないのはさみしいけど・・・、・・・・・っ。が、我慢、するからぁ。電話もメールもしないからっっ」 「おいィィィィ!!!」 ざっけんな、屯所に来ねぇだと!?俺ぁそんな的外れな反省しろたぁ言ってねえぞ!! …と怒鳴りつけたい気持ちを口から飛び出るギリギリで噛み殺し、ぼすっっっっ、と土方は手近の枕を殴りつけた。 凄まじい剣幕でに迫る。ところがこんな至近距離で怒鳴られたというのに、は彼の声すら耳に入っていないらしい。 思い込みの激しい彼女は土方が目の前に迫っていることすら気づいていない様子で 深くうなだれてしおれきっていた。 ひっくひっくと嗚咽を漏らしては肩を揺らし、「ごめんなさぁああいいぃぃ」と何度も何度も謝ってくる。 駄目だ、話にならねえ。たまりかねた土方がわしっと彼女の肩を掴む。前後に激しくぶんぶんと揺すって、 「ちょっっっっと待て話を聞け!っっっ俺はだな、何もそこまで、」 「ふぇえええんごめんなさぁいぃぃぃ!二度とこんな迷惑かけないように反省するからぁぁ! 毎日座禅して写経して断食して滝行して清く正しい一週間送るからぁああああ!」 「誰がんな修行僧みてーな生活しろっつった!?」 ――何てこった。ちょっと効かせるだけのつもりだった薬の効果は、ちょっとどころか大幅に出た。 しかも出なくていい方向に出てしまった。愕然としてホテルの高い天井を見上げる土方の頭の中で グルグルとエンドレスに響き渡っているのは、聞いた瞬間に我が耳を疑いたくなったさっきのの宣言だ。 (一週間の自宅謹慎。バイト以外はどこにも行かず、屯所にも顔を出さない。) ・・・・・・・それぁあれか。 要はこいつ、この先一週間は俺と会わないつもりだってえことか。 ・・・いや、てえこたぁだ、俺はこれから自動的に一週間のお預けを喰らい、しかも、積極的に男を求めてくる あの可愛くて仕方がなかったこいつの姿を自らの迂闊な発言で完全な禁じ手にしちまった、と。 とどのつまりがそーいうことか!!? 「・・・ちっっっっ。〜〜〜ぁあぁああ畜生、しくじった・・・!!」 ぎりぎりと歯噛みして土方が唸り、枕をみしみしっと握り潰す。ぶちっ、と縫い目が弾けたピローケースから 中の羽毛がぶわぁああっっと飛び出て、ぶわぁああああぁっと彼らの頭上を舞う。 ばしいぃぃっっ。遣り場のない怒りを籠め、まばゆい夜景を映す窓に全力投球で枕をぶつけた。 純白のかけらが暗い部屋中に舞い散って広がっていく。暗闇にふわりふわりと躍りながら羽毛が落ちてくる光景は なかなか幻想的で美しいのだが、――そんなことに目をくれている余裕など、この二人にはどこにもないのだった。 「・・・・・・っく、ひぅ、っ、・・・・・・・・・・っ。ひ。ひじかた、さあぁ・・・」 「あぁ!?ぁんだコルぁああ、まだ何かあんのか!?言えるもんなら言ってみろゴルぁああああ!!」 「・・・ごめんなさぁいいぃ・・・・っ。いっぱい反省するから。もうあんなことしないから。だから。だから・・・」 今にも泣きじゃくりそうな顔をしたが、潤んだ瞳で彼を見上げる。 喉の奥で我慢している嗚咽に唇を震わせながら、きゅうっ、と土方の腕に抱きついてきて―― 「・・・・・・・・・・・・・・やだぁぁ。きらいに、ならないで・・・っ」 涙に濡れた悩ましげな表情で懇願されてしまい、うっ、と土方が絶句する。抱きつかれた拍子に体勢が崩れ、 ぐらりとベッドに倒れ込んだ。倒れ込む瞬間、やばい、と思わず心中で呻いた。 室内の淡い光を集めてぼうっと輝くの素肌が、彼の腰から胸までにかけてしっとりとなめらかに密着してくる。 突然に飛びついてきた熱い柔らかさと、彼の心臓をびしりと射抜いた可愛いらしくもいじらしい一言のせいで 頭がかあっと焼け焦げそうだ。触れれば弾む豊かな胸をむにっと押し付けるようにして、一糸纏わぬ細い腰をくねらせながら、 ひしっとは抱きついてくる。夢中で縋ってくる女の肌からは、鼻腔に甘く絡みつくようなあの香りが漂ってくる。 まぶしいまでのしどけない姿と押し付けられた感触が気になって、 ――あれほど深く身体を重ねた後だというのに、全身がむずむず疼いて仕方がない。 土方はひどく複雑そうな顔つきになった。やけに長い溜め息を吐き、端を大きく下げた唇を噛みしめて黙り込む。 ごくり、と我知らず喉が鳴った。 「・・・・・〜〜〜〜〜っ。もう知るか。もうどうなったって知らねえぞ・・・!」 思い返せば数時間前。 人の服をひん剥いてはしゃいでいた厄介な酔っ払いに迫られた時も、確かこれと似たような文句を口走ったような気がするが―― ・・・んなこたぁもうどうだっていい。ここまで来たら何がどーだろうと構うものか。 あの時と同じようにこいつに煽られ、理性が吹き飛ぶ寸前までに追い詰められた今となっては。 フン、と口端を歪めて笑い飛ばす。それはどことなく引きつり気味な、しかし不敵な笑みだった。 筋金入りの負けず嫌いな彼が仕方なく負けを認めた時にだけ浮かべる、屈辱感だの無言の怒りだのが ぎっしりと詰まった悔し紛れな笑みだ。むくり、と唐突に起き上がり、腹に乗っていた女の身体をころんとベッドに転がした。 きゃあ、と叫んで仰向けに落っこちたの腕を纏めて掴み、彼女の頭上に ――くしゃくしゃと皺が寄って乱れきった、白いシーツに据え付ける。ぎっ、とベッドのスプリングが弾んで身体が揺れる。 頭上からはひらひらとふわふわと、土方が握り潰した枕の羽毛がまるで軽い淡雪のように舞い落ちてくる。 見るからに不機嫌そうな男の顔や引き締まった胸板であっという間に視界を塞がれたは、きょとんと彼を見上げていた。 ざわり、と乾いた衣擦れの音が耳元で騒いで、 「っ!?ひ。ひじかた、さぁ・・・?ひ、やぁ、う、ぅそっ、え、ちょっっ、待って、待っ・・・!」 腫れぼったい涙目を丸くして慄いている女の顎を、くい、と指先で持ち上げた。 「やぁあもう無理ぃぃっ」と情けない泣き声を上げた唇を、否応なしに塞いでやる。 しばらくはじたばたと暴れていたが、媚薬の効果はまだ彼女の身の内でじわじわと燻っているらしい。 じきには逆らわなくなった。華奢な腕が甘えた仕草で彼の首にしがみついてきて、頬をぼうっと薄桃色に染めた 蕩けた表情を見せ始める。たまにか細い嬌声をこぼす唇を角度を変えて幾度も啄み、ひどく困ったような、 なのに笑い出したくてたまらないような、どこか滑稽で愉快な気分に表情を緩めながら土方は思う。 ――ああ畜生。こいつときたら、まったく、どうにも困った女だ。
「おおかみさんとこまったくすり」 text by riliri Caramelization 2012/09/20/ ----------------------------------------------------------------------------------- 「銀さん「ぜんぶ…」のNo.5土方さん版 大人向けの夢」のリクエストを元に書かせていただきました 無記名リク主さま 大変遅くなりましたがありがとうございました!!