情け深さにもほどがある

* 「無礼講にもほどがある」 のつづき。

あーあァ。ぽかぁんと口なんか開けちゃって。 ほんと、可愛い寝顔だなぁ。 目の前で眠る女の寝顔に、枕元で頬杖をついて座る山崎はしげしげと見入っていた。 布団で熟睡しているの頬はほんのり染まっていて、気持ちよさそうな寝息を開いた唇から漏らしている。 たまに唇をきゅっと閉じて眉を潜め、「んん・・・」と苦しそうに表情を変えるのもいい。 なんとなく色っぽくてどきっとさせられる。あーあァ、ともう一度、可笑しそうに目を細めながら嘆息した。 「あーあァ。・・・・いーなぁ」 うらやましいなぁ。やっぱりいーよなぁ、さん。 …いや、たまにテンション上がりすぎてわけわかんないけど。…ちょっと、いや、かなり酒癖悪いけど。 見た目も性格も可愛いし、何より笑顔がいいんだよな。 酒癖くらい目を瞑るって思っちゃうくらい、い――んだよなあぁ。 俺の部屋でもこんな寝顔の女の子が待っててくれたらなぁ。 帰ってくるとにっこり笑って「おかえりなさい、退くん」とか言ってくれたらなぁ。 そんな子がいたら俺、もっと張り切って仕事するんだけどなぁ。あいつらに飲みに誘われたって絶対行かないね、うん。 …ああ、そういえば原田の奴、最近付き合い悪いよなぁ。 聞いても言わねーけどどーせアレだろ、久々に出来たあの彼女と会ってんだよな、アレは。 あーあァ。いーよなぁ、俺もほしいなぁ彼女。 それにしても不思議だよなぁ、あんな美人とどこでどーやって知り合ったんだ?あいつ。 仕事出来そうな知的美人っつーか、眼鏡が似合いそうなお姉さまタイプっつーかさあ。 あいつと並んだら並んだらまんま美女と野獣だったもんなぁ。 あれやこれやと思い返してから見下ろすと、眠るの唇は、 何か言いたげな雰囲気でほんわり開かれている。 うん、やっぱり可愛いや。もう少しここで眺めていたいけど。――いや、やめとこう。 どう考えても邪魔者だよな、俺。そろそろ退散しようかな。 横に座る男をちろりと眺めて、山崎は腰を上げる。部屋を出ようと立ち上がったところで ぽつり、と女の声が暗い部屋に響いた。 「・・・・・ひ・・・かた・・・・さぁ・・・ん。・・・・・」 横向きになって布団の端を掴み、眉をひそめて眠る彼女の唇から、ふぇえ、と泣きそうな声が。 かわいそうに。悲しい夢でも見てるのかな。それとも、何か悲しいことを思い出してるのかな。 夢の中までは覗けない。だけど、夢の中を彷徨っているがどんな思いで名前を呼んでいるのかは その悲しそうな表情を見ているだけで、山崎にもなんとなく判る気がした。 「副長。さんが呼んでますよ副長。ほらあ、泣きそうですよ、返事してあげてくださいよ。 ・・・・・って、こっちも寝てるんだもんな。聞こえるわけないか」 もう一度枕元にしゃがむと、隣の男の肩を軽く叩く。 しかし何も反応はなかった。胡坐で座り、腕組みしている土方は、やや前のめりな姿勢でがくりと首を垂れ、 そのまま石のようにまんじりともせず、寝息もたてずに居眠りしているのだ。 あーあァ、と苦笑いで山崎は土方の気難しそうに眉を寄せた寝顔を見つめる。 …いや、さんと違ってこっちは一切可愛くないんだけど。これはこれで見物だよな。 鬼の副長の隙だらけな寝顔なんて、見ようったって滅多に見れるもんじゃないんだし。 そんなことを思いながら、眠る男が起きないようにそーっと腰から刀を外し、 「寝てますよねー副長、起きてませんよねー?」と何度か声を掛けて 何かと怒りっぽい上司の熟睡度を確かめてから、その身体を押してぱたりと横に倒す。 背中や頭を押したりしながら少しずつ慎重に動かし、どうにか上手い具合に布団に入れ、 と間近で向き合う体勢まで引っ張っていった。 それから小声で「グッジョブ俺!」と親指たてて自分をねぎらってみたり、 いざという時に役に立つかもしれない、と思いついてケータイで二人の寝姿を撮ってみたり、 本人たちは何も知らないうちに同衾させられている二人の寝顔を、可笑しそうににまにまと眺めたり・・・ とにかく色々と、彼が思いつく限りの面白そうなことを試してみるのだった。 山崎が周りをガサゴソ動きまわったというのに、それでも二人は目を覚まさない。 よく眠ってるなあ、と呑気に眺めていると、んん、と眉を深く顰めて土方が唸る。 その身体が布団の中でごそっと動き、腕が伸ばされ。偶然にもの肩へぱたり、と落ちた。 手がちょうど女の後ろ頭を抱える位置に添えられている。の髪の感触を感じとったのか、 ぴくり、と土方の指が動く。触れたものを確かめるように髪を握ると、その手が唐突に彼女の頭を抱き寄せ ――そこに山崎が意図した以上の、いや、山崎の想像以上にラブラブで刺激的な二人の姿が出来上がった。 まったくの無意識ではあるものの、女の頭を手ですっぽり包み、大切そうに抱えた土方と。そして こちらもまったくの無意識ではあるが、ほんのりと色づいた頬を彼の胸に寄せて心地良さそうに眠る。 山崎が思わず「うおおっ」と叫び、ぽっと頬を染める。あわててケータイを取り出しにかかった。 これは絶対に撮っとくべきだよな!?きっとさんも喜ぶぞ!! と、ウキウキしながら画面を構えたのだが。どうも二人の表情の雲行きが怪しくなってきた。 どちらもなぜか不愉快そうに眉を顰め、口端をきつく結び。ムニャムニャと口の中で寝言をつぶやき始めたのだ。 何だ、どーしたんだろこの人たち。 折角抱き合ってんだからもう少し幸せそーな顔になってよさそうなもんだけど。 どう見てもこれは苦悶の表情だよ。え。何で?何が苦しいの? 二人揃って悪い夢でも見てんのか? 不思議に思った山崎は、抱きあう二人を覗き込む。すると二人が二人とも、ほぼ同時に息苦しそうな寝言を漏らした。 「・・・。お前なぁああ。呑みすぎだ。ったくよぉ・・・、酒臭せーったら。ありゃ、しねェ、・・・・・」 「・・・ひじかた、さあぁぁ。・・・煙草ぉ。すっごい。匂いぃ、れすよおぉ。もおぉ、禁煙して、くらさぁ、・・・・」 目を点にして頬を膨らませ、爆発寸前ギリギリまで笑いをこらえ、 ついに耐えられなくなった山崎は、ぶ――っ、と激しく吹き出した。 無音でむせび笑いながら畳に突っ伏し、バシバシと叩いて転げ回る。涙目になるまで笑い転げた。 しかし笑いに気を取られているようでいて、そこは監察一使える男。 呑気そうな見た目の奴ではあるが、その行動は案外とちゃっかりしている。 笑いが収まるとすぐにケータイを取り出した。 新たな「副長の人に見られたくない姿」を撮る、という大事な使命だけは抜かりなく果たす。 「・・・最近お疲れだよなぁ、この人も」 ケータイをしまうとふたたび立ち上がり、山崎は独り言をつぶやく。 まあ、仕事も通常通りにこなしながら、あれだけ毎日のように酒席に顔出してるんだもんな。 居眠りするほど疲れたって無理はないんだけどさ。 いやあ。それにしても、今日はさんのおかげでヒヤヒヤさせられたよ。 それにしたっておかしいよなぁ。だいたい俺の計画じゃあ、あんな大騒ぎになるはずじゃなかったのに。 おかしいよな。何でこんなことになったんだろ。 だってさあ、俺がさんに言ったのはこうだよ? 「今日の夜、部屋で酔って寝たふりして待っててよ。布団も敷かないで、昨日と同じにね。 夜中に何かいいことが起きるかもしれないよ」ってさあ。そう言ったはずなんだよ。 …誰も浴びるほど呑んで待っててくれなんて言ってないのに。 「・・・まあでも、これだってそう悪かないさ。終わりよければすべてよし、って言うもんな」 こうして二人仲良く眠ってることだし。 なんやかんやで結局成功したってことだよな、俺の計画。 グッジョブ、俺。 控えめな自画自賛をささやかなご褒美として心につぶやき、山崎は廊下に出る。 障子戸を閉める前にもう一度、眠る二人へと目を向けた。 黙って何か考えながらその一方の顔を見つめ、少し不満そうな嘆息をこぼした。 に、ではない。土方のほうにである。 「それにしてもさぁ。わかってないよなァ、副長も・・・・・・」 眠っててもそんなに大事そうに抱きしめてるくらいに、好きなくせに。 なら、どうしてあんな態度取るんだよ。そんなに大事なら、さんを泣かせたりしなきゃいいのにさ。 本当にわかってんのかなあ。この人は。 俺らが束になって望んだってどうにもならないもんは、そっくりそのままこの人の手の中にあるのになぁ。 いや。どうだろーな。それとも、判ってるのかもしれないな。 判っているからこそ無理にでも踏み止まろうとでもしているのかねえ、この人は。 ・・・・・あーあァ。妙なとこだけ律儀っつーか、真面目っつーか。純なままっつーか。 つくづく面倒臭い、手の掛かるお方だよ。 だったらだったで、そーだって言ってやりゃあいいのになぁ。 俺もお前が好きだ、でも手は出さない、だけど、それでも傍にいてほしい、ってさ。 そんなことを言われたら、さんは戸惑うかもしれない。 だけど。だけどさぁ。たったそれだけでも、この子には充分なんじゃないのかなぁ。 それだけでこの子は、あのとびきり子供っぽい、何とも言えずに可愛い笑顔を浮かべるはずなのに。 あーあァ。いーなぁ。うらやましいなぁ。 ブツブツとつまらなさそうに口を尖らせながらうらやんで、そっと静かに戸を閉める。 閉まる間際の隙間から、負け惜しみ気味な独り言を部屋に残した。 「本当はもっと邪魔してやりたいところだけど、もう退散します。 ああ、今日のことは一切黙っててあげますから。 これも武士の情けってやつですかね。まあ、起きたら少しは感謝してくださいよ」 グッジョブ俺。 ・・・と、ふたたび心の声でつぶやき、 なんとなくいい気分になって廊下を去った山崎だったのだが。 翌朝出た彼の苦心の成果はグッジョブどころではなかった。 残念ながら彼の好意と武士の情けは、土方にとってまるっきり裏目に出たのである。 疲れきっていた土方は目が覚めることもなく、の布団の中で翌朝まで爆睡。 その朝、ようやくお目覚めになった鬼の副長が最初に目にしたものは、 目の前3センチの至近距離に、ボスッ、と枕をぶち抜き突き立てられた銀色の刃だった。 昨晩の昏倒からようやく復活した沖田は、その一種動物的なまでの勘の良さで 彼にとって面白くない何かの気配を嗅ぎつけたのだろう。早々にの部屋に乗りこんできて、 「俺の姫ィさんの布団に潜り込みやがった油断も隙もねェ間男」をさっそく制裁にかかったのである。 こうして土方は、お目覚めわずか0.5秒後から目を光らせてせせら笑う沖田の全力攻撃を 命懸けで受け止めざるを得なくなり。山崎はそんな彼に「山崎てっめえええ!!」と八つ当たりされ、 問答無用でボコボコにされる、…という、有難くもなんともない恩返しを受けたのであった。

「 情け深さにもほどがある 」 text by riliri Caramelization 2010/05/13/ ----------------------------------------------------------------------------------- 「無礼講にも…」のつづきというか裏話というか 拍手に上げた小噺です ・・・いやあの ごめん、ザキ。 ※このつづき「片恋方程式。*12」は → *こちら*