「いい眺めだねェ」 妙に明るく聞こえる声で、飄々と一言。 感心しているともバカにしているともつかない口調で、沖田はさらりとつぶやいた。


ご主人さまと受難の日々

*1 当店自慢の新作メニューでございます、ご主人さま

「そう思いやせんか、土方さん。どこからどこまで見渡しても、目出てェバカ面揃いときてやがる」 注文した飲み物のストローを咥えた沖田は、その先で店内にいる客の姿をぐるりと指してみせる。 向い合せの席に座る土方も、ストローに指された先を追うようにして店内をさっと見回した。 ここは屯所からも程近いカフェ。 窓辺を彩るカフェカーテンは白のレース。あちらこちらに飾られたテディベアやうさぎのぬいぐるみ。 可愛いモノが大好きな幼い女の子の夢にでも出てきそうな、メルヘン趣味な雰囲気の店内。 黙っていても全身からふてぶてしさが滲み出してくるこの二人には、激しく不似合いな場所である。 しかし店内を埋めている客は、なぜかその殆どが男性ばかり。 ほぼ全員が注文した飲み物などそっちのけで、幸せそうに顔を緩ませ、 トレイ片手に店内を行き交うウエイトレスたちの姿を見つめている。 メニューにある飲み物やスイーツの値段は、どれもこれも微妙に高かった。 この近辺のカフェに比べても三割増には高く、なのにどのメニューも味はそこそこでしかないのだ。 それでもこの店から客足が絶えることはなく、足繁く通うリピーターの数も多いのは ここが普通のカフェではなく、ウエイトレスの日替わり制服を楽しむ「コスプレカフェ」であるからだ。 「どいつもこいつもデレデレと、揃って鼻の下伸ばしやがって。 ねェ土方さん。あいつら全員適当な罪名でしょっ引いて、身ぐるみ剥がしてやりやしょーぜ」 「やめねえか」 くだらねえ、とでも言いたげな表情で煙を吐くと、沖田の目の前に座る土方は吸い殻を灰皿に押し潰す。 客で埋まった店内を顎で指し、さして興味もなさそうな口調で諭してみせた。 「俺達ゃあくまで公僕だ。追い剥ぎでもヤクザでもねえんだぞ」 「何でェ、土方さんらしくもねーや。ヤクザな真似ァ、本来あんたのお箱じゃありやせんか」 咥えたストローの先をひょいひょいと跳ねさせながら、沖田がにんまりと見上げてくる。 そんな沖田の挑発は無言で受け流し、土方は腕を組んで目の前の灰皿を見据えていた。 見ようによっては、真選組鬼の副長が捜査の行き詰まりでも思案しているかのように見えなくもないその姿。 しかし、この必要以上を語りたがらない男の、人並みに他愛なく人並みに益体もない本音はといえば 実は沖田の暴言とそう大差がなかった。 土方が時折、何気ないふりを装って垣間見ている一人のウエイトレス。 それは黒地のメイド服と白いエプロンに身を包んで、笑顔で立ち働く彼の「元」彼女。の姿だ。 今も店の出入り口前に立ったメイド服のが「おかえりなさいませご主人様」とにっこり微笑み、 どこの馬の骨とも知れない奴等の目を楽しませてやっている。 こうして遠目にその姿を眺める間にも、組んだ腕に隠された彼の右手は正直に疼くのだ。 デレデレとを眺める奴等全員を、片っ端から刀で脅して追い出してやりたいくらいの衝動に。 要するに彼も沖田と同じく、がここで働くことを決して良いとは思っていないのである。 がここで働き始めて、彼等や屯所の連中も時々立ち寄るようになって数か月。 以来、何度あのの姿を眺めても面白くない。 常時数人は揃っているウエイトレスの中で、なぜか彼女だけが他に比べてスカート丈がやや短く、 他に比べて大きく開いた胸元が強調された、男目線を刺激するような服ばかり着させられているのだ。 そのぶん時給は他の子よりもいいの、と客の目線など気にしてもいない本人は呑気に喜んでいるのだが。 彼女を見ていた沖田に気づいて、は小さく手を振り返す。 こちらに気づいて振り向いた時に、その胸元で何かが輝いた。 沖田はその輝きがさらっと揺れるたびに、さっきから満足そうに目を細めている。 珍しく嬉しげな沖田とは逆に、向かいの土方は不愉快そうに目を細めた。 の胸元を飾るそれは「誕生日のプレゼント」という当たり障りのない理由をつけて、沖田が彼女に贈ったものだ。 贈られたが彼に抱きつき「やーん可愛いっ、総悟ありがとう!だいすきっっ」と 隣にいた土方の目も忘れて大はしゃぎするほどに気に入られている、星のチャーム付きネックレス。 金色の華奢な鎖が動くたびにチラチラと光り、土方を嘲笑うかのように目を惹いては ただでさえそのコスプレ制服姿にムッとしている彼の眉間を、一層険しくさせていた。 ・・・と、内心では二重三重にジリジリしている土方と、どこ吹く風の涼しい顔で店内を眺める沖田の前に 接客スマイル全開のが現れた。 手にしたトレイに載っているのはアイスコーヒーのグラス。土方がオーダーした品だった。 「お待たせいたしました。アイスコーヒーでございます」 と、にこやかに言ったのとほぼ同時。は何を思ったのか、 ためらいも戸惑いもへったくれも無い勢いでグラスをテーブルに叩きつけた。 当然、ガシャン、と音を響かせたグラスから琥珀色の飛沫が派手に飛び散る。 避ける間もなくコーヒーを被ってしまった土方と沖田は、互いに無言で汚れた顔を見合わせたのだが。 一瞬早く、怒りに顔を強張らせた土方のほうが口を開いた。 「おい。どういうサービスだ、こりゃあ」 「アイスコーヒーでございます」 何度訊いてもはただひたすらに、わざとらしい笑顔で同じセリフを繰り返す。 アイスコーヒーでございます。それ以外は一切口にしなかった。 沖田が平然と顔を(土方の袖で)拭きながら「姫ィさんどうしたんでェ」と問いかけても。 こめかみに青筋を浮かせた土方がバンバンとテーブルを叩いて問い詰めても、一語一句同じセリフしか返ってこない。 しかも、ペットショップの店先を賑わせるオウムのような単調さで繰り返してくるのが、土方の神経を逆撫でする。 結局、沖田が何を言おうと、土方が店内すべての客を怯えさせる大声で怒鳴ろうと、 彼女はただひたすらに「アイスコーヒーでございます」を繰り返すばかり。 しかも沖田に対しては無言でおしぼりを差し出したのだが、土方に対しては何のフォローも謝りもない始末だ。 「ェェェ!!てっっめえええ、俺にケンカ売ってんのかァァァ!」 と、土足でテーブルを打ち鳴らして刀の鍔に手を掛け激昂する、ヤクザのごとき真選組副長を完全に無視。 は何も見えず何も耳に入っていないかのような、不自然な接客スマイル全開のままで店の奥へと戻って行った。 「まァまァ、みっともねえから落ち着いて下せェ。さあ、落ち着きついでにこれでも飲みなせェ」 何食わぬ口調で、沖田がアイスコーヒーのグラスを差し出してくる。 中身の殆ど残っていないそれを奪い取り、険しい顔の土方はぐっと飲み干した。 が、次の瞬間に「うっっ」と呻いて激しく吹き出し、さらにゲホゲホと盛大に咳き込み始めてしまった。 彼を眺めて愉快そうにククッと笑いながら、沖田は自分の頬に残っていた飛沫を指に取り、ペロリと舐める。 「醤油とコーヒーが二対一、ってとこですかね。斬新な味のコラボレーション、ってヤツでさァ」 その斬新なコラボに喘ぎ苦しんでいた土方が、喉を抑えながら立ち上がる。 納得いかねえ。とにかくこの悪ふざけの理由を問い詰めてやる。 許してやるも手加減なく殴るもその後だ、と、苦々しい顔で舌打ちして、彼は席から一歩踏み出した。 しかしそんな彼を引き止めて、沖田はいつになく楽しそうな、敵対心の薄い打ち解けた笑顔を浮かべた。 「土方さん、あんたァいったい何をしでかしたんでィ。あれァ姫ィさん、相当に頭にきてるみてーだぜ」

「 ご主人さまと受難の日々 *1 」text by riliri Caramelization 2009/05/28/ -----------------------------------------------------------------------------------       next