「――大江戸アクアパラダイス男女二名様特別ご招待券・・・、 ぁんだこりゃ。どこのサービス券だ?近場に新手のキャバクラでも出来たか?それともこの店の2号店か」 手渡されたチケットを眺めつつそんなことを尋ねた男の奇行に、周囲の常連客たちはごくりと固唾を呑んでいた。 ぐにゅぐにゅぐにゅぐにゅ。むにゅむにゅむにゅむにゅ。 男が上着の懐から出した「マイマヨネーズ」のボトル。彼の手元からグルグルとドロドロと、 注文したホットコーヒーの湯気立ち昇る琥珀色に大量の黄色いアレが渦巻きながら沈んでいく。 味覚への冒涜としか言いようのない悪魔の所業を行っているのは、幕臣の目印となる黒の隊服を身に纏う、 冷然とした表情のこの男。 ――今日も今日とてマヨネーズをこよなく愛する真選組副長、土方十四郎である。 そんな彼が市中見廻りの途上で頻繁に立ち寄るこの店は、屯所の鬼と呼ばれる厳格な男の印象からは 激しくかけ離れた場所だった。 窓辺には白いレースのカフェカーテン。パステルピンクに白のドットを基調とした可愛らしい内装。 至るところに飾られたパステルカラーの花々に、テディベアやうさぎのぬいぐるみ。店内を行き交う ウエイトレスたちはビクトリアンメイド的な正統派メイドの衣装に身を包み、控えめながらも淑やかな華を場に 添えている。ところがこの店内を賑わす客はといえば、ウエイトレスたちが立ち働く姿を 愛でたいがために通い詰める、可愛さだの華だのとはおよそ縁遠い見た目の男だらけ。 そんな一種異様な雰囲気漂う亜空間に、土方は今日も、たった一人のウエイトレスの顔を見たいがためだけにやって来た。 そのウエイトレスこそが彼の元カノ、かつ元真選組隊士でもある。 店員の女性たちの日替わりコスプレが売りのこのカフェで、彼女は今もバイト中で―― 「えー知らないんですか土方さん。アクアパラダイスっていったら最近出来た大型レジャー施設じゃないですか。 おっきなプールがいっぱいあって、遊園地みたいなアトラクションも水着で遊べて大人気なんですよー?」 「知らねぇ。つーか知るか。チャラついた遊技施設なんざ興味ねえよ」 「CMもいっぱい流れてるじゃないですかぁ。知りませんか、すっごくちっちゃいビキニ着た 女の子たちがきゃっきゃしながらジャングル風のウォータースライダーで遊んでるあれ。よく流れてるでしょ?」 ああ、と土方は鋭い目元をわずかに顰める。職務の多忙さゆえにあまりテレビを見ない彼も、 そのCMなら知っていた。――いや、もっと正確に述べるなら、そのCMを眺める屯所の野郎どもの姿と セットで認知している、とでも言うべきか。 やけに可愛らしい花模様のコーヒーカップを口許へ運び、琥珀色と黄色のコントラストが不気味な コーヒーを平然と口にすると、土方は嘆かわしげな溜め息を吐く。「真選組の頭脳」と称される怜悧な彼の脳裏には、 そのCMを目にした時の屯所の奴等の様子が浮かんでいた。 ――いや、まったく嘆かわしい。情けねぇ限りだ。あれが始まると隊士の8割がテレビ画面に釘付けになり、 7割強が水着の女にでれーんと鼻の下を伸ばす、…という、目も当てられない腑抜けた現象が起きるのだ。 「あれか。うちの奴等がよだれ垂らして見てやがったな」 「そうそうあれですよあれ、つい見ちゃいますよねあれ!どの子もすっごく大胆な、セクシーな水着着てるんだもん」 「・・・フン、何がすっごく大胆だ。そう言うお前も今日は相当なもんじゃねえか」 「へ?あたしが?えーっあたしはそんなことないですよー、普通に服着てるじゃないですかぁ」 「だからその「服」が問題だっつってんだ」 えぇーっ、そうかなぁ、と目を丸くしてメイド服のスカートを撫でるを、土方は不服そうな目つきでじろりと睨む。 ちなみに今日のの衣装はというと、他のウエイトレスたちが揃いの正統派メイド服着用な中、 一人だけミニ丈の「非・正統派メイド」の出で立ちに身を包んでいた。淡い色のしなやかな太腿を露わにする、 膝上30センチ以上のミニスカート。ちょっと屈んだだけで形の良い膨らみのやわらかさを客にアピールしてしまう、 大きく開いた胸元。典型的なフレンチメイドのコスチュームは、他に比べて明らかにサービス過剰、露出過剰な姿である。 とはいえこの過剰な露出具合、決して着ている本人の趣味ではない。 これは単なる経済的な理由によるもの。真選組を辞めて以来貧乏生活が板についてしまった彼女の、 いじましいまでのお金への執着が原因だった。 「ちゃん、どーよこの服。これ着てくれたら今日から時給10円アップしてあげるよ?」 商魂逞しい店長の誘惑にコロリと騙され、男の目線に無頓着なは喜び勇んでこれを着ている。 そのスカート丈の際どさとサービス過剰な胸元は、彼女のそんな姿を他の男に見せたくはない土方を 瞬時に絶句させていたのだが――時給10円アップにはしゃぐは彼の反応になどまったく気付かず、 土方を余計にやきもきさせるばかりだった。 「――で、これがどうした」 「え、ええとー、それがね、・・・・あの〜〜〜・・・・」 手渡された招待券をひらひらと振れば、は困ったような笑みを浮かべる。 ちらりと土方を見遣り、すぐにうつむき、また土方を…、といった具合に 同じ仕草を繰り返した彼女は、少し動いただけでひらひらと揺れるスカートの裾をもじもじと弄る。 彼の機嫌を窺うような上目遣いを向けながら、ほんのわずかに唇を開いた。 「土方さぁん。ここに一緒に行ってくれたり、・・・・・・しないですよねぇ?」 「行くと思うか」 「あはは、そうですよねぇ、・・・・・・・行かないですよねぇ土方さんは。騒がしい場所、嫌いだし」 素っ気なく突き返されたチケットを受け取り、は苦笑いで肩を竦めた。 短いスカートをひらりと揺らして背後を向くと、 「あのね、これ、最近入った新人バイトさんに貰ったの。あそこの彼女なんだけど――」 が指してみせたのは、土方の席から三つほど離れたテーブルで客からの注文を受けている女だ。 こちらに背を向けているために顔は見えない。体つきはどちらかといえば細身で、女としては長身な部類か。 肩にかかる長さのふんわりした髪は、沖田のそれと似た明るい栗色だ。その姿に何気なく目を留めていた 土方だったが、女が振り向き、その顔立ちを認めた瞬間、 ――彼の顔色が怪訝そうに変わる。 初めて見たはずの女に瞠目すると、カップを持つ手が次第にゆっくりと下がっていって―― 「・・・・・あの茶髪か?」 「そう、あの人です。山田幸子さんっていうんですよー。お店に入ってまだ半月なのにてきぱきしてて接客も上手で、 すごーく出来る新人さんなの」 「あの女がお前に、こいつを?」 「うん、ええとね、・・・彼女に相談されたんです。気になる人がいてデートに誘いたいんだけど、 いきなり二人で会うのはちょっとハードル高くって…、って。それでね、頼まれたの。誰かが一緒にいてくれたら心強いから、 よかったらこれで男の人を誘って二人で来てほしい、って」 「・・・・・・・・・」 「・・・?どうしたんですかぁ土方さん、びっくりした顔しちゃって。え、もしかして」 山田さんのこと知ってるんですか、とが尋ねてくる。不思議そうな彼女には応えることなく、 土方は山田と名乗るそのウエイトレスに目を見張った。 ――呆れたもんだ。何のつもりだ?どうしてあれがここにいる。 俺が知る素の姿とは、印象も違えば雰囲気も違う。ご丁寧にも髪色まで変えていやがるが、だがしかし、あれは―― 「このチケットね、男女ペアじゃないと入れないんだって。それでね、断られるとは思ったけど まずは土方さんに頼んでみよーかなぁって・・・。あ、あの、でもね、いいの! 大丈夫、たぶんダメだろうなって思ってたから。そうなったら総悟か山崎くんに頼もうって決めてたし」 「――いや。俺が行く」 「そーですよねぇダメですよねぇ・・・・・・・・・・・・・っ、ぇえ?土方さん、今なんて・・・?」 「行きたかねぇが仕方が無ぇ。・・・あれ絡みなら話は別だ」 「ぇええ!!?〜〜ほっ、ほんとに?ほんとに土方さん、来てくれ――」 思わず声を張り上げてしまい、はぱっと口を覆う。こちらに注目していた周囲の客には 「お騒がせして申し訳ございません、ご主人様」と顔を赤くして頭を下げた。それから胸に抱いたトレイを ひしっと抱きしめ、絶対に断られると諦めていた「チャラついた遊技施設」行きを 意外にもすんなりと承諾してくれた男をまじまじと見つめる。店の一点を凝視しながらコーヒーを啜り、 何かを思案しているような土方の様子に大きな瞳を丸くした。 (どーしちゃったんだろ土方さん。何だか驚いてるみたいだったし、 よくわかんないこと言ってたし。・・・山田さんにどこか不審なところでもあるのかなぁ・・・?) は不思議そうに土方を見つめる。ついさっき紹介したばかりのウエイトレス仲間に、土方はなぜか 屯所での取り調べ中に見せるような険しい疑いの目を向けているのだ。 「・・・どーなってんだあの女」 「え?あの女って?」 「今更お前に近づこうたぁ――」 ――どういうつもりだ? 隙だらけのを尾け狙う機会など、裏稼業の道を歩んできたあの女にすればそれこそ星の数だったはず。 だというのに、これまでこいつの近辺であの姿を目にした覚えは皆無。が行方をくらまして あの野郎の根城に厄介になった時でさえ、あれは姿を現さなかった。 ――それがなぜ、今頃になって。なぜこんな店に潜り込んでまで、急に距離を詰めてきた・・・? あの胡散臭い髭面の差し金か?・・・いや、その線はねぇだろう。だったらこちらに何某かの断りがあるはずだ―― 「――てぇこたぁ、だ。とっつあんか、いや、・・・・・・・・・・・・」 とある男の存在に巡りつき、最初から狭かった土方の眉間はさらに不快そうに寄せられた。 あらゆる方向から思索を繰り広げ始めた彼の頭に、疑問は沸々と湧き上がる。 しかも最悪なことに、あの女についてを考察しようとすればするほど 思い出したくもないムカつくにやけ面がちらついてきて、思考の邪魔をしてくるのだ。あのどこにも締まりの無い うすら笑いを浮かべた馬鹿面が、わざと人の神経を逆撫でするようなふざけた態度でのうのうとへらへらと迫ってきやがる。 何も判っていない様子のをちらりと眺め、土方は諦めの溜め息を吐く。 ・・・仕方ねぇ。このムカっ腹具合を沈めるためにも、俺は行かざるを得ねぇだろう。 姿を変え偽名まで使い、素性も明かさずこいつに近づこうってんだ。 あの女に――もしくはあれを影から操る奴に、何かしらの魂胆があるこたぁ間違いねぇ。 ならばここは黙って目論みに乗ってやり、向こうの腹を探るとするか―― 「おい。日取りはもう決まってんのか」 「えっ。ううん、まだだけど・・・?」 「なら次の金曜にしとけ。今月はそこしか非番がねえ」 「は、はいっ。ええと、じゃあ、ちょっと待ってて!山田さんに金曜日でいいか訊いてくるから――」 「今はいい。後で充分だ。・・・こっちが目ぇ瞑ってやろうってんだ。あの女に否はねぇだろう」 「・・・・・・?」 まるでそうなるのが当然だと確信しているかのように土方は言い切る。 それ以上のことは黙して語らず、取り出した煙草に火を点けようとしている男の意図が掴めない。 (やっぱり知り合いなのかなぁ・・・?その割には表情が険しいっていうか、なんだか嫌そうなんだけど・・・?) きょとんと土方に見入るは、純白のヘッドドレスを付けた頭をちょこんと傾げたのだった。

似 て る 二 人 の 楽 園 協 定  *1

初めて入ったアクアパラダイスは、平日だっていうのにすごい混みようだった。 「うわぁ、列の先頭が見えなーい。さすが人気スポットですねぇ」 土方さんとあたしは貰ったチケットのおかげですぐに中へ入れたんだけど、入場ゲート前のチケット売り場には 当日券を買いたい人たちの長蛇の列が出来ていた。その行列を眉を潜め気味にして眺める土方さんの顔が、 すでにげんなりしてたくらいだ。中に入っても人混みがすごくて、入場の時に貰ったパンフレットを手に きれいで新しい施設の中をわくわく気分でチェックしてたら、土方さんが隣からパンフレットを覗き込んできた。 その横顔が普段とは違う意味で怖い。館内のアトラクション見取り図を見る目が完全に死んでる。 「速攻帰りてぇ…」って思ってそうなかんじが、いつも無表情なあの顔にうっすら滲み出てるくらいだし。 「土方さぁん、やめてくださいよ怖いですよその顔。ほらぁ、あそこの子供が土方さん見て 怯えてるじゃないですかぁ」 「・・・おいマジか。これが全員泳ぎに来てんのか?いくら箱がデカかろうがこれじゃ芋洗い状態じゃねえか」 「大丈夫ですよー、ここってね、大きいプールが十か所もあるんですよー。プールの他にも温泉とか 遊園地みたいなアトラクションとかいろいろ充実してるみたいだし、泳がなくても楽しそうじゃないですかぁ」 「ああそーかよ。まぁ折角来たんだ、お前は好きなだけはしゃいどけ。――っておい待てここ、 レストラン以外禁煙じゃねえか・・・!」 「あれっ、気づいちゃいましたかぁ?黙ってたらごまかせるかなぁって思ったんだけどなー」 「・・・・・・・。帰りてぇ・・・」 がっくりと肩を落とした土方さんと別れて女子更衣室に入れば、ロッカーの数がざっと見ても 300は下らなさそうな広い室内が、夏場によくニュースで見る人気の海水浴場みたいになっていた。 どこを見ても混雑していて、カラフルな水着姿の女の人だらけだ。 あたしの後ろで着替え中だった女の子のグループは、 「ちょっとーマジ勘弁してー」「何でこんな混んでんのー」なんてうんざりした顔してたけど、 ・・・あたしは意外と嫌いじゃないなぁ、こーいうの。人が多いとそれだけでお祭り気分になれちゃうし、なんだか楽しい。 それに、小さいころから稽古稽古の毎日を送ってきたあたしは、実は本物の海なんて一度しか行ったことがない。 だからちょっと腕を伸ばせば隣のひとにぶつかっちゃう更衣室の混雑だって、夏の海水浴場に行けたみたいで わくわくするんだよね。それに、…今日は何がいちばん嬉しいかって、忙しい土方さんが貴重なお休みを潰して付き合って くれてるから。遊ぶ前から人混みに疲れてた土方さんには悪いけど、ほんと、山田さんに感謝だよ。 もし山田さんが誘ってくれなかったら、あのひととこんな場所には来れなかった。土方さんと山田さんの間に 何があるのかは、結局教えてもらえなかったけど・・・、もしあたしがあのひとを誘ったとしても、 こんな賑やかなところには来てくれないはずで。 どう頼んでも「行かねぇ」のひとことですっぱり断られるのがオチなはずで。 ――うん、そうだよね。 こんな楽しい気分になれたのって、山田さんのおかげなんだよね。 「・・・よーし。今日は頑張ろうっと・・・!」 山田さんが意中の人と上手くいくように、、微力ながら全力で応援させていただきます! 小声の独り言で決意を固めながらいそいそと着替えて、水着姿の女の人でひしめいてる更衣室を脱出。 昨日山田さんと打ち合わせした待ち合わせ場所へ、鼻唄を歌いながらうきうきと向かう。 手持ちの荷物はおさいふやタオルを入れたビニールバッグと、水着の上に羽織るためのパーカー。 ここって屋内型の施設だからどこもあったかいし、羽織りものなんて持ってくるつもりはなかったんだけど、 ・・・なぜか土方さんがこだわるから。妙に気迫が籠った顔で詰め寄られて「当日は必ず何か羽織っとけ。間違っても 俺の許可なしに脱ぐんじゃねえぞ、いいな!」なんて意味のわかんない厳命されてるから、仕方ないよね。 ――ああ、顔が自然に緩んでくるよ。嬉しいなぁ。 土方さんてば最近は普段に輪をかけて忙しくって、一日中一緒にいられることなんて殆どなかったんだもん。 だけどこんな顔で行ったら、さすがに浮かれすぎだろって言われるかなぁ。また呆れられちゃうかなぁ・・・? ふにゃふにゃと浮かれた笑いで崩れた頬を両手で隠しながら、人の間を縫って歩く。 極彩色の花や亜熱帯の植物で飾られた南国リゾート風の通路には、ここのマスコットキャラクターを使ったグッズや お土産品の売店、南国風のメニューが並ぶレストラン、ファーストフードのお店、アイスクリームのお店なんかが 左右に並んで賑やかだ。おいしそうな匂いがするなぁ、なんて左右をきょろきょろ眺めながら待ち合わせ場所へ向かってたら、 「・・・・・あ。あれって・・・・・・・」 売店の一角で目が止まる。 魚やイルカやペンギンなんかのぬいぐるみが並ぶ売り場の横に大量に飾られてる小さなものに、 あたしは自然と引き寄せられていった。 * * * ドーム型の大きな体育館みたいなそこの天井はガラス張りで、朝から天気がいい今日は 頭上一面から光が降り注いですごく明るい。 急いで向かった待ち合わせ場所は、この施設内で一番人気の流れるプールだ。 ドーナツ状のプールの中央には、競技用の飛び込み台くらいの高さがある滑り台が。 コイルみたいにぐるぐると渦巻いてる長い滑走路には水が流れていて、滑り終えた人たちが プールに落ちるたびに光る水飛沫がきらきらと上がる。楽しそうな歓声も上がる。 売店に寄り道したせいでちょっと遅刻してしまったから、あたしは人混みを避けながらぱたぱた走った。 待ち合わせ場所を目前にしたその時、背後から―― 「!!!」 「え?」 男の人の大声に呼ばれた。しかも、聞き覚えがある声に。 えっ、と後ろをきょろきょろ見回す。だけど知ってる顔は見当たらない。 「おいおいどこ見てんのぉぉ、こっちこっち、―――!!」 やけにテンションが高いっていうか、なんだか浮かれた調子の二度目の声がした時だ。 滑り台の順番待ちの列に並んでる大勢の人達がざわざわっとどよめいて、列が二つに割れていって―― 「〜〜〜〜〜っ!!?」 どどどどど、と猛スピードでそこから飛び出してきた声の主は、とびきり嬉しそうな満面の笑顔だ。 ーーー!とあたしを呼んで、こっちにぶんぶん手を振ってる。どこにいても目立つ銀髪天パ頭の男の人、 ――間違いない、あれはどう見ても万事屋の旦那だ。だけどその姿の全貌を認めた瞬間、かぱーっと口が縦に開く。 全身から血の気が引いていく。さ―――っと、音がしそうな勢いで。 まず最初に目に入ったのは、割れた人混みの中から一直線、怒涛の速さで疾走してくる真っ赤な海パン姿。 次に目に入ったのは、猛然とダッシュしてくる旦那の脚にひしっと縋って、ずるずる引きずられてる白いビキニ姿の女の人。 どどどどど、とこっち目指して全力で接近してくる二人に気圧されて、ひいぃぃっっ、とあたしは後ずさった。 「〜〜〜〜なっっ、なななななっ、な!!?」 なななななななななななななっっ、何なの、あれ!! 驚きすぎて言葉が出ない。旦那のほうは至って普通の海パン姿、だけど満面笑顔なその顔の鼻から下には、 だーっと滝みたいに流れる鼻血の川が。それだけでも周囲の人が目を奪われちゃうインパクトは充分なのに、 ――ドン引きだ。女の人の格好ときたら、言葉を失う凄まじさだ。 「鼻血の滝」のインパクトなんて一瞬で消し飛ぶ生々しさだよ。何ていうかええと、・・・すごく説明に困る格好っていうか、 とりあえず、こんな時間にこんな場所にいていい格好の人じゃないってことだけは断言出来る。 そのひとの水着自体は、まあ普通だ。 白い無地のビキニで、形も普通。白いブラの中に収まった真っ白な胸がちょっと泳いだらカップから零れそうな 豊満さだってこと以外は、特に変わったこともなくて普通。・・・なんだけど、 ――ああ、めまいがしてきたよ。問題はその水着の上に掛けられたアレだ。 何なのあれ。白い水着の上からきっちりと、艶めかしいナイスバディを亀甲縛りで拘束してるあのロープは・・・!! 「・・・・・・やややややや、山田さん?・・・はは、あははははは。ど、どーいうこと・・・!?」 旦那の脚にひしっと縋ってる「腕以外が亀甲縛りのSM嬢」は、どういうわけかバイト仲間の山田さんで。 赤いフレームのメガネなんか掛けてるけど、泣きぼくろがある色っぽい美人は間違いなく彼女で・・・! ははははは、と顔面蒼白で笑う。全身の力ががっくり抜けて、持ってきたバッグとパーカーがぱさりと落ちる。 ――実はあたし、以前にもあんな「歩くR18指定」的な生々しい人を見たことがある。 まだ真選組の隊士だった頃、攘夷浪士が潜伏してるって理由で手入れに入ったSMクラブでだけど! 「いやぁ待たせて悪りぃな!更衣室で面倒な奴に絡まれちまってよー」 ふわふわ跳ねまくってる白っぽい銀髪をがしがし掻いて、嬉しそうに目尻を緩めた顔が笑う。 周りの人を蹴散らす勢いで目の前に駆けつけたその人は、特徴的な頭といい気だるそうな顔つきといい、 どこからどう見ても万事屋の旦那だ。もっとも鼻血は今も放出中だし、普段の着物姿じゃなくて 水着姿だから、ちょっと目のやり場に困るけど。・・・いやでもそんなことはこの際どーでもよくって、 「・・・まっ。待って。何これ。どーいうこと?・・・・・・どーして山田さんが、旦那と・・・?」 混乱しまくった頭を抱えて、しどろもどろに旦那に尋ねた。ちなみに山田さんは旦那以外は目に入っていないようで、 あたしがいくら視線を送ってもちっとも反応してくれない。今も旦那の太腿に頬寄せて幸せそーにすりすりしてるし。 ていうかもしかして――もしかしなくても、「山田さんの好きな人=万事屋の旦那」なの・・・? ・・・・・・・ええっっっ。そっっ、そうなの!? それに、山田さんに誘われてここに来たってことは、――旦那も山田さんのことをいいなって思ってたから お誘いを受けたってことだよね?だけどその山田さんが、あ、あんな・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!! 信じられない結論に達したショックで思考停止しそーになった頭の中に、がらがらぴっしゃーーーんんっ、と雷鳴が轟く。 膝がかくかく震えてきた。いくら何でもこれはないよ、ドン引きだよ。 い、いくら旦那がいわゆる「ドS」でそういう変わった嗜好があったとしても、 こんな大勢の人に見られちゃう場所で女の子にあんな格好を強要するなんて!あんまりだよ・・・!! しかも旦那って、その、・・・・・・・・・・・これってあたしの自惚れかもしれないんだけど、 ――ついこの前まで、あたしのこと、好きって言ってくれてたよね・・・?・・・・・・・・えぇっ。どっ、どういうこと・・・? 「ええとあの・・・あたしも一応元おまわりさんですから、旦那の個人的な趣味嗜好っていうかプライバシーを 尊重するためにも一番気になることについては敢えて尋ねませんけど!〜〜〜ど、どうしたんですかぁそれ、その鼻血!」 「いやぁ水着の見つけたら途端に出ちまってよー、一瞬で、だーっと!」 「はぁ!?〜〜〜だ、だめですよ旦那それはさすがにまずいですってば、今すぐ医務室に行かないとっっ」 「ああ、このくれーどうってこたーねーから気にしねーでくれる。ほらぁ銀さん丈夫だからー、全然平気だって」 「いや無理ですよ気になりますよそんなにいっぱい流れてたら!放っといたら一時間以内に失血死しますよっ」 「んだよ心配してくれてんの?やぁっぱ優しーよなぁぁはよ〜〜」 細めた目尻が今にも溶けそうにでれーっとしてる旦那にがしっと両手を握られて、あたしは呆然とその顔を見上げた。 だめだ、話が通じない。ていうか・・・どこ?土方さんはまだ来ないの!!? 何にでもすぐ動揺しちゃうあたしと違って、心臓に毛が生えてる土方さんならこんな時でも容赦なくツッコミまくって 場の混乱を正してくれるのに!どどど、どうしよう。どうしたらいーの。 ビジュアル的な破壊力だけでも使徒襲来=セカンドインパクトクラスなこの二人を、あたし一人でどう相手しろと・・・・・・!? 「あとあれな、最初に断っとくけどー、この目障りなメス豚のこたぁ一切気にするこたーねーからな」 「めっっっ、メス豚!!?〜〜〜〜っっていうかあの、だ、旦那?山田さんとは一体どういう・・・?」 「山田ぁ?あー、の店じゃそんな名前になってんだっけ。あのよー、山田ってのは偽名なんだわ」 「偽名!?ど、どういうこと山田さんっっ、どーして偽名なんて」 「まぁこっちの事情っつーか色々あってよー、偽名で入ることになったんだわ。本名はさっちゃんな。猿飛さっちゃん」 「違うわ銀さん。私、あやめよ。猿飛あやめ。まだ覚えてくれてなかったの?」 そこで初めて口を開いた山田さんが、悲しそうに眉を曇らせる。 赤フレームのメガネを通してせつなげに旦那を見上げたんだけど、・・・・・・どーいうこと? 旦那ってば、山田さんが話しかけても知らん顔だ。ガン無視してる。けれど山田さんは冷たい態度にもめげることなく、 抱きついた脚にむにむにっとビキニの胸を摺り寄せながら、 「酷いわ、いつもこんなに傍にいるのに。本当に冷たい人ね。でもそんなつれないところも好き・・・」 「あーそうそう、あやめなあやめ。下の名前で呼んだことねーから間違ったわ。「猿飛・メス豚・あやめ」な」 「そんなミドルネーム入ってないけど。でもいいわ、銀さんが付けてくれた名前だもの、嬉しい・・・! そうだわ、私今日から改名するわ。銀さんが付けてくれた新しい名前に!」 うっとりと旦那を見つめる山田さんが、すっ、と白いビキニの胸元に指を差し込む。 そこから出されたのは、折り畳まれた白い紙。笑顔の山田さんはすべすべで色白なナイスバディを くつくつ揺らしながら、「ふふふ、うふふふふふ…!」って妙に不気味な笑い声をこぼす。 手早く広げられた紙は、何かの書類みたいで―― 「後で役所に行って改名の手続きしてくるから、ついでにこれも提出してくるわね! さぁ銀さん、今日こそこの婚姻届にサインして!ほらここの、夫の署名欄に――っっっぐふぉっっ」 目を輝かせて婚姻届を差し出したのとほぼ同時で、山田さんがしがみついてた旦那の脚が 回し蹴りの要領で空を切る。ええっ、とあたしは目を剥いた。 次の瞬間にはもう、白ビキニに亀甲縛りのSM嬢がまぶしい青空が映るドーム型天井めがけて高ーーーく放り出されていて、 「山田さんんんんんんん!!!?」 ぼっちゃあああああああんっっっ。 何事だ、ってこっちに注目してた人たちの背後で、大きな水の柱と派手な水飛沫が高々と上がる。 巨大滑り台の順番待ちをしている人たちの頭上を遥かに飛び越えて、山田さんが流れるプールに落下。 プールで泳いでた人たちから驚きの叫び声が上がって、監視員のお兄さんが数人、わらわらと走ってきて、 「ゃやっ山田さんんんん!!ちょっっっ旦那っ何てことするんですかぁっ、だ、大丈夫っ?山田さんっ!」 あわててプールサイドに駆け寄ろうとしたら、後ろから肩を掴んで止められた。 振り向けば旦那がすっとぼけた顔で鼻をほじってる。こんな時なのに! 「いや違げーって。山田じゃねーって、さっちゃんだって」 「そんなのどっちでもいいぃぃ!!ていうかそれどころじゃないですっっ」 「いやいやいーって、あのドMなら放っといても大丈夫だからね。放っとくと却って喜ぶくれーだからね。 それよりおいおいどーするよぉぉ。早くもやっべえよ、早くもアドレナリン爆発しそーだよ・・・!」 あたしを上から下まで何度も何度も眺めながら、顔が蕩けそうに緩んだ旦那は「でへへへへ〜〜」って笑ってる。 すぐそこの流れるプールには「ふごぼぼたた助けて銀さ、ふむごぼぼぼ」と水を飲みながら訴える山田さんの 水面から突き出た震える腕が見えてるのに!近くにいた全くの赤の他人な人から有無を言わせずにもぎ取ったタオルで ごしごしっと鼻血を拭いてしまうと、旦那はぽいっとそれを投げ捨てる。 口は悪くても根は優しい旦那のことだから、これはいよいよ山田さんを助けに行くんだなって期待してたら ――なぜかわしっとあたしの肩を掴んで迫ってくる。どっっ、どうして!? 「え、ええっちょっと待ってっっ、だ、旦那!?山田さんは!!?」 「っだよもぉぉ、い〜〜〜よなぁぁビキニ!は何着たって可愛いけどよー、コレすっっっげーいい、マジ最高!」 「・・・っ!」 可愛い、なんて言われ慣れない誉め言葉にどきっとした。 ・・・・・・だ、だって。何着ても可愛いって・・・そんなこと、土方さんは絶対に言ってくれないし・・・!! もじもじしながら固まっていたら、旦那は肩を掴んでた手を滑らせてあたしの背中を撫でた。選んだ水着は首の後ろで リボン風の紐を結ぶ花柄のビキニだったから、旦那の手が触れたところは当然素肌で。 びっくりして背中が震えたことに気付いたのか、旦那は少し屈むみたいにしてあたしの顔を覗き込んできた。 「なに、どーしたよ。もしかしてよー、どきっとしちゃった?」 口の端を上げて愉快そうににいっと笑う。見れば見るほど何を考えているのかわからないとぼけた表情に 視界をいっぱいにされて、あわてて目線を下げれば引き締まった裸の胸が飛び込んできて。 〜〜〜〜〜〜これじゃどこにも目の遣り場がないよ。こんな時ってどこを見たらいいの・・・!? 「ちちち違いますよっ、これはほらっ、・・・旦那が近すぎるからっっ。〜〜〜じゃなくて、や、山田さんを・・・!」 「あーこれこれ。ここがリボンってのもいーよなぁぁ」 「!ひゃあっ」 首の後ろで結んでるリボンの端をくいくい引かれて肩を飛び上がらせたら、旦那はさらに顔を寄せてきた。 耳元に唇を寄せられて、ふんわり肌に触れてきた吐息にびくっと震える。背中に触れてた指の感触が、 背筋に沿ってつうっと昇ってきて―― 「〜〜〜っ!ゃ、ちょ、それ、旦那っ、くすぐった・・・!」 「触っただけでほろっと解けそーな危ういかんじ?やっぱい〜〜〜よなぁ水着、い〜〜よなぁあプール!」 「ふぇえ!?〜〜〜そ、そんなに引っ張らなぃでくださ、〜〜〜っっっ」 くすぐったさはぞくぞくした感じに変わって身体を巡って、ぎゅっと目を閉じて我慢するうちに頭の中までぽーっと熱くなった。 ・・・・・・やだ。どうしよう。心臓がばくばくしてる。身体が動かない。おかしいよ、あたし。 土方さん以外の男のひとにこんなに接近されちゃったら、頭よりも先に身体が動いて得意技の回し蹴りが出るはず。 なのに相手が旦那だとなぜかどきどきしちゃって、条件反射でお見舞いしてしまう得意技も封じられちゃう・・・! 「まっさかなぁぁ。まさかビキニだとは思わねーもんなああああ。 あーあーもぉどーすんの、こんなもんで挑発されたら銀さんの眠れる獅子がむっくり起きちまうじゃねーかよー」 「――何が眠れる獅子だ、ただの卑猥な汚物だろぉが!んなもんは一生寝かせときやがれ!!」 聞き慣れた怒鳴り声がしたと思ったら、ごおっっっ、と周囲に突風が巻き起こる。 旦那の後ろにひゅんっと現れた黒い影が、へらへら笑ってた旦那の脇腹めがけて足を振り上げて―― どごっっっっ。 強烈な蹴りを食らった旦那の身体は、まるでゴールに吸い込まれるサッカーボールみたいに一直線に吹っ飛ぶ。 空を裂いて飛んでいく旦那を目で追うあたしの視線の先には、あの流れるプールが。そこには見覚えのある姿が ぷかぷか浮いていて、よく見ればそれは溺れたままプール一周してきた山田さんで、 「〜〜〜あっっ、あぶないぃ・・・!!」 ああっっ、もう見ていられない!二人の頭が激突する寸前に目を覆って顔を逸らしたら、 ぼちゃぁああああんんんっっ。 流れるプールから派手な水音が上がる。水の流れに乗ってのんびり遊んでいた人たちから再びの悲鳴が轟いて、 「・・・てっめえええええ・・・!だから絶対に着とけっつっただろーが・・・!!」 「・・・・・・、へ?」 ばさっ、と頭から布みたいな何かを掛けられた。呆然と見上げると、それは持ってきたパーカーで。 嫌な予感がしておそるおそる隣に目を向けると、 そこには顔面がすっかり硬直してこめかみをひくひくさせてる黒い海パン姿の土方さんが。瞳孔が開ききった目が すっかりイってしまってる表情は、どう見ても怒りがピークに達してブチ切れる寸前なときのあの顔だ。 でも、なぜか息を切らしてぜーはーいってるし、もっと不思議なことに、片足には底が破れたバケツが刺さってるんだけど・・・? 「あの〜〜〜・・・ひ、土方さぁん?どーしたんですかぁそのバケ」 「うっせえ黙ってろ、てめえは後だ。まずはあの馬鹿侍の始末が先だ・・・!」 完全に臨戦態勢に入って全身から炎みたいな殺気を振り撒きはじめた土方さんが、 怒りでわなわな震えながらパーカーを掴む。広げたそれで上半身をグルグル巻きに包まれて、腕をがっと掴まれて。 どかどかどかどか、物騒な気配を無言で撒き散らすひとは人混みを押し分けて突進した。問答無用な勢いで あたしをプールサイドまで連れて行くと、脚からバケツを外す。それをプールに全力投球で投げつける。 ガンっっ、と旦那の頭ににブチ当たったバケツが跳ねて飛んで、 「おいィィ万事屋、てっめええよくも人を掃除用具入れなんぞに閉じ込めやがったなぁぁああああ。 しかも俺がいねぇスキに何やってんだこの間男が!こいつに汚物擦りつけやがって、腐ったらどーしてくれんだ!!!」 「〜〜〜あぁ?んだよ腐るってよー、俺のハイパーバズーカを病原菌扱いすんじゃねーよ」 ざぱあっ、と水面を割って出てきた旦那がずぶ濡れの頭を痛そうに押さえて顔を顰める。 頭が割れてもおかしくない大激突だったのに、水が入った耳をほじってる以外は案外けろっとしてるんだからすごい。 ――ちなみにその後方には、髪を海藻みたいに水面に浮かせた山田さんが水死体的にぷかーーーっと 浮かんでるからすごく怖い・・・・・・! 「何がバズーカだ大見栄切ってんじゃねえ、てめーはいいとこ水鉄砲だろぉが!おい水鉄砲野郎、正直に吐きやがれ。 お前アレか、何のこたぁねえ、要はの水着姿が見たかっただけか!?これが見てーってだけで ドM女まで使って仕組んだってか!!?」 「はぁ?何言ってんの、ここをどこだと思ってんの土方くーん。プールに女誘う目的ったら他に何があんだよ」 顔に雫をぼたぼた垂らしながらせせら笑う旦那は、にたーっと目を細めてあたしを眺める。 視線が刺さってくるのは主に下半身、パーカーじゃ隠しきれない素足のほうだ。 ううっ、と顔を赤らめて身体を竦ませていたら、ぐぐぐぐぐ、って歯をぎりぎり噛みしめて唸った土方さんが あたしの前に立ちはだかって、 「っっっだコルぁあ喧嘩売ってんのか、見るなっつっただろーが!ぁんだその緩みきった面は、 こいつのどこ見て何考えやがった、あぁ!?」 「んだよ聞きてーの?じゃあ言うけどよー、水着ってやっぱ裸同然だよなーいやこれやべーわえっろいわー、と思っ」 「コンクリ抱かせて沈めんぞゴルぁああああ!!!」 「そっ、そんなことより土方さんっっ、山田さんが!山田さんを助けないと!!」 「あぁ!?俺が知るか!あんな変態ストーカー女、勝手に溺れさせときゃいーだろぉが!」 「ぇえええ!!?ちょっっっ、何てこと言うんですかおまわりさんっっ」 「あぁいーって、アレのこたー心配いらねーって。どーせ溺れたふりして水遁の術でも使ってんだからよー」 「ひどいわ本当に溺れかけてたのに・・・。でもいいわ、このプールより・・・いいえ、海より深い愛で許してあげるわ。 だけど銀さん、一つだけ条件があるの!お詫びにこの婚姻届にサインし・・・〜〜〜っっぶぶごふぉごぼぼぼっっっ」 「山田さんんんんんん!!!」 あたしは土方さんの肩に飛びついて絶叫、水着から出した婚姻届といっしょに水中に沈められた山田さんは ばちゃばちゃ水を掻きながらもがいてて、そんな山田さんの頭を片腕でがっちり抑え込んでる旦那は 「あーいーからいーから、こいつのこたー気にしねーでいーから」なんて、容赦がない行動とは真逆な態度で へらへら呑気に笑ってる。 ど、どーして?何で?変態呼ばわりされたり水に沈められたり、どーしてここまで酷い扱い受けてるの、山田さんて・・・!!? 「ちっっっ。このド腐れ野郎の思考を深読みした俺が馬鹿だった・・・!」 頭を抱えて悩んでたあたしの前で、がくりとうなだれた土方さんが苦々しい顔で眉間を抑える。 はーーーーーーーーっ、と身体中の空気を出してしまいそうな、長い長い溜め息を吐いた。

「 似てる二人の楽園協定 *1 」 text by riliri Caramelization 2013/04/27/ -----------------------------------------------------------------------------------      next