暦で見ればとっくに夏も終りだってえのに。まだまだしつこく蒸しやがる。 八月の終わりになっても、いまだに寝苦しい熱帯夜が続いている。 入居した時にはすでに老朽化が進んでいた、古めかしい建屋だ。 夏場の屯所内は、どこにいても決して過ごしやすいとはいえなかった。 そんな屯所の中でどこが一番冷えているかといえば。間違いなく、今、彼が開けているこの中だろう。 その夜土方は、明かりの消えた暗い厨房に立っていた。 ボタンが外され、すでに深く肌蹴た白いシャツの襟元を掴んで、団扇代わりにばたばたと煽っている。 その表情はどことなく疲れ気味で、暑さに根負けしているかのような気だるさが漂っていた。 湿った冷気がふんだんに漂う大きな業務用冷蔵庫のドアを押し、バタンと閉める。 すると背後から、ぬうっ、と白い手が音もなく伸びてきて。気配に気づき、はっとして彼は振り向いた。 肩を掴んだその手の主は、長い髪を振り乱した顔の見えない女。 白地の浴衣の腕で、彼の首をきつく絞めつける。悲しそうな声で恨めしげにつぶやいた。 「び〜〜〜るううぅぅ。び〜〜るくらさいようぅぅ。あたしのぉ、ビールはあぁあああ?」


ひかりの散華が彩る夜を


真選組屯所内では、幹部用の個室以外にほとんど空調は効いていない。お世辞にも夏場の住環境が良くはない。 その上、もう九月も目前というのに、残暑の厳しい今年は涼しさを運ぶ初秋の夜風が外を凪ぐこともなかった。 屋内をただ歩いているだけで、こめかみや首筋にぬるい汗が滲んでくる。 暑苦しい隊服の上着やベストはとうに脱いでいるのに。 「・・・ったく、江戸の夏ってえのは。長くてかなわねえ」 投げやり気味につぶやきながら、土方は誰もいない屯所の厨房を後にした。 シャツを二の腕まで捲り上げた腕が手にしているのは、冷蔵庫から出したばかりの冷えた缶ビールだ。 そして、その背中に背負っているのは、この時季にはつきものの怪談話の登場人物、妖怪ビール女。…ではない。 白地に藍色の紫陽花を散らした、すっきりと古風な浴衣を着た女。 二本目の缶ビールを空ける前にすっかり酔い潰れてしまった、である。 彼の背中にくったりと身体を預けて、むにゃむにゃと幸せそうに寝言を漏らしている彼女の髪は、 屯所へ来た時には綺麗に結い上げられていたのだが。今やすっかり解けている。 横目に寝顔を眺めると、うなじのあたりに留められた大きな花の髪飾りがふらふらと揺れていた。 薄地の浴衣に包まれた身体は華奢で軽い。女を一人背負っているのだから、それなりの重さは感じていても 自分の背中を覆っているのが柔らかい人肌の暖かさだけのようで、なんだかその軽さが頼りない。 物足りなく思えてしまう。 毎日のように甘味屋だケーキ屋だと通い詰め、傍から見れば吐き気がこみ上げるほどの糖分を摂っているというのに。 少しは重くなったってよさそうなもんだ。手応えが足りねえ、と案じていると、シャツの袖をくいくいと引かれた。 「土方さぁあん。ビールうぅ」 「ねえよ」 「あるじゃないですかぁ。そこに持ってるじゃないれすかぁあ。くらさいようぅ」 「これァ俺のビールだ」 歩きながら片手で器用にプルタブを開け、手にしたビールを口にする。 こめかみに響くほどにきつく冷えた一口目の発泡感を、喉の奥まで流し込む。染みる冷たさに軽く眉を顰めた。 あたしのビール、と背中で暴れると言い合いながら、誰もいない屯所の廊下をまっすぐに歩いていく。 普段のこの時間なら、ここで食事を終えた隊士や、遅い夕飯に駆け込んでくる隊士たちと 必ずといっていいほど擦れ違うのだが。今日は地元の花火大会だ。 留守居役を買って出た土方を除いて、夕方までに任務を終えた全員が会場の河原へと出払っていた。 床板を軋ませながら角を曲がり、縁側沿いを進んで部屋へと向かう。 外には暗闇に沈んだ庭の樹木の黒い影と、薄明るい江戸の夜空が広がっている。 つい数分前までは、河原から響く打ち上げの音が屯所内にも鳴り響き、 目映い光の花が続々と夜空に描かれていたのだが。ちょうど打ち上げ準備の時間に当たるらしい。 身体に響くあの打ち上げ時の重低音も、今はぴたりと止んでいた。 塀越しにある隣家からだろうか。遠くでちりん、と涼しげで軽やかな音が鳴った。 風鈴か、と思ったのと同時に、開いていた首筋のあたりを冷えてすっきりと乾いた夜風が撫でていく。 うだるような暑さだった昼間に浴びた温い風とは、湿度も風向きも違っている。 秋の気配はいつのまにか江戸の街にも忍び寄り、間近まで来ていたようだ。 部屋に着く手前で、頭上にぱあっと明るい光が差すのを感じた。 見上げた彼が目にしたのは、隣家の瓦屋根で半分遮られた特大の光の花。次の打ち上げが始まったのだ。 光に少し遅れて、ドォン、と派手に打ち鳴らされた一発目の砲音が耳に届く。 土方はなんとなくその場に立ち止まった。 円を成して夜空に広がった閃光が色を変えていくさまを、切れ長の目をわずかに細めて見上げる。 しかし、あまり興味のなさそうな様子で顔を逸らした。 「」 「・・・ふぁああいぃ」 「始まったぞ。起きろ」 「・・・・に、見るぅ・・・・」 寝顔を横目に眺めていると、は眠たげに細く目を開けた。 顔を上げずに、彼の肩越しから空に輝く花火をじっと見つめている。 「・・・・ねー。ねぇねぇ。ひーじかーたさあぁん」 呼びかけてくる酔った女の声は、幼い子供が友達の家の玄関先で「あーそびーましょー」と掛ける 楽しげな声とまるで同じ調子だった。失笑しながら、彼は返した。 「何だ。言っとくがビールはやらねえぞ」 「今年の花火ぃ。すごーくきれいですねえぇぇ」 「そうか?」 「えー。そうですよぉ。去年のより、すごくすごーーく、きれいじゃないれすかぁ」 「さあな。あれが去年とどう違ってんのか、俺にはわからねえよ」 「そうですかあぁ・・・?・・・もぉ。・・・・のにぃ・・・」 言いかけたの唇が動かなくなり、背負う男も黙って歩き出す。 薄明るい夜空をさらに照らし、煌々と輝く華。眩しく広がる光の花。 今頃はうちの奴等だけでなく、あれを見物しに大勢が河原まで詰めかけているはずだ。 ぽかんと口を開けて花火に目を奪われている奴等が、河原沿いに立ち並ぶ夜店の間を埋めている。 その暑苦しさを思うと、たとえ部屋の文机に積まれた書類がすべて片付いたとしても、出掛けたいとは思わなかった。 自分から留守番を買って出たのは仕事が溜まっているからだが、特に急ぎの仕事があるわけではなかった。 花火自体がそう好きではない、という理由が大きいのかもしれない。元から興味が持てないのだ。 いわゆる江戸っ子好みで風流な遊びにはどうも縁遠いし、自分のような田舎出には向かない、と じっくり眺める前から無意識に敬遠している節もあった。 それに加えて超現実主義者といっていい、その気性だ。花火見物の醍醐味というものがわからない。 生まれも育ちも江戸っ子で、賑やかな祭りが好きなに熱の籠った説明をされても、やはりピンと来ない。 彼女がなぜ、花火の夜を毎年指折り数えて楽しみにしているのかも、さっぱり理解出来なかった。 あれを眺めにいそいそと、毎年出掛けるうちの奴等の気が知れねえ。 いや、それ以前に、あんなもんのどこがどう有難いというのか。 空に咲く光の花など、真選組に隊士として属する奴であればほぼ全員、嫌というほど見飽きているはずだ。 ・・・まあ、その花火は同じ光の花とはいっても、今日の花火大会のメインに据えられる大尺玉以上に 危険な代物ではあるし、咲いた瞬間の美しさはあれよりも確実に見劣りするのだが。 頭上で次々と打ち上げられるあの光の花。あれのどこにも意味がない、とまではさすがに言わない。 俺が興味を持てないだけで、美しくぱあっと咲いては闇に散る、あの浮世離れした華やかさに 心躍らせ、日々の無聊を慰められる人間も多いだろう。 たしかもそんな意味のことを言って「近くで見るともっと綺麗なのに」と拗ねていた。 だからといって、今日の花火を一緒に見に行く約束をしていたわけではなかった。 それは別に、今日の花火の話に限ってのことではない。とどこかへ出掛ける約束を前もってすることは 滅多にない。休日だろうと深夜だろうと関係なく出動がかかる、不規則な仕事だ。 元隊士のもその事情は身をもって知っているし、そこに特別不満を抱いているようすも無さそうだ。 ところが今日だけはなぜか、珍しくしつこいくらいに隊服の裾を引っ張って「たまには一緒に行こうよ」と 最後まで食い下がった。結局迎えに来た沖田の誘いを断って、なぜか自分も屯所に居残ったのだが やっぱり諦めきれなかったのか、花火が始まるまでは唇を尖らせ、口も訊かずに縁側でビールを煽っていたのだ。 ・・・いや。そうでもねえか。あれはまた違う話だろう。 あれは総悟が出てった後で、あいつが髪に挿したデカい花飾りを「今頃になって七五三か」とからかったせいか。 花飾りを気にしてしきりに指でいじりながら、つまらなさそうに拗ねていた。 その表情を思い浮かべて苦笑しながら、背負った女を縁側に下ろす。 首に巻きついていた浴衣の腕を外し、床にを横たえた。おい、と何度か呼びかけてみても返事がない。 あんなに楽しみに待っていた花火が、頭上で盛大に鳴っているというのに 長い睫毛で縁取られた瞼は動かず、伏せられたままだ。 背中に抱きついてきた時に着崩れたのか、浴衣の衿が開いている。薄く色づいた胸元がこぼれて、覗いて見えた。 「ったく、だらしのねえ・・・・・・おい。いい加減に起きねえか」 いくら俺しかいねえからって、隙がありすぎやしねえか。 酒気を帯びて赤く染まった頬をパチパチと叩きながら、呆れ半分に眺めていると。その手を掴まれた。 彼の手を両手で包むように握り、は自分の頬に擦り寄せる。 目はしっかりと閉じている。眠っているはずだ。なのに、その表情はひどく嬉しそうで。 大事なものをやっと捕まえたかのように、大切そうにきゅっと握りしめていた。 ふっ、と短い笑いに表情を和らげた土方は、長い髪が広がって流れている床に手を突いた。 真下に見下ろす女の寝顔にも、乱れて波打つ長い髪にも、縁側の床板にも。 夜空で咲いた花火の色が、映っては消える。赤から白へ。緑から青へ。 眠る女の素肌の色は、頭上で響く打ち上げの音が鳴り響くたびに変わり続けている。 その変化を目で追いながら、肌蹴て覗いた鎖骨に沿って、そっと唇を落としてみた。 触れた瞬間、わずかに彼女の肩が揺れる。が、反応はそれだけだった。 「・・・おい。」 手を軽く握り返してみたり、衿元から覗いている肌に触れるほど近くから呼んでみたりする。 それでも、やはり返事はない。 ほんのりと汗ばんだ肌からは、もう嗅覚に染みついてしまったかすかな甘い香りがしている。 まっすぐ歩けないほど酔っ払っているせいなのか。それとも、このしつこい残暑のせいなのか。 今日のの肌は、やたらに熱い。 眠る肢体に覆い被さって、身体を深く伏せていく。 寝息の漏れる紅い唇に近づいていくと。びくっ、とが大きく身体を揺らした。 「んん・・・っ・・・・あたしのぉ、ビールぅぅ・・・・・かむばーーーっくうぅぅ・・・」 いったい何の夢を見ているのか。いや、夢にまで見るほどビールが恋しかったのか。 唇を噛みしめ、今にも歯ぎしりを始めそうな苦しそうな顔で、は色気のかけらもない寝言を発した。 土方は思わず目を見開き、ぴたりと止まる。 さらには、寸前で焦らされる羽目になった彼の気も知らずに、素っ気なく横を向いてしまった。 起き上がり、眠る女の顔を見下ろす。その顔は眉間が深く寄っていて、明らかにムッとしていた。 誰の目もない場でのことだが、どう見ても恰好はつかない。しかもつまらない。 眠っている女の笑顔でその気にさせられ、間抜けな寝言で肩透かしを食らっておあずけされたのだ。 なのには土方が何をしようとしていたのかも知らず、目の前であけっぴろげに無防備な寝姿を晒している。 開けたことすら忘れかけていた缶ビールを乱暴に掴んだ。苦い顔で一口、ごくりと呑み込む。 土方はしばらくそのままを睨んでいたのだが。 睨んでいるうちに違う不満が募ってきて、その鬱憤を紛らわそうとビールをごくごくと煽り出す。 口端に残った泡を手の甲で無造作に拭き取り、仕方なく彼女に背を向けた。 さっきまでは「いつまでたってもガキくせえ」と呆れて眺めていたはずの、子供染みた隙だらけの寝姿。 それが、今は妙に気になる。一度こうして肩透かしを食らうと、今触れたばかりの彼女の肌の熱さが気になる。 色づいた鎖骨あたりの艶めかしさが急に目について、また触れたくなってしまう。 浴衣の薄地にぴったりと覆われた、腰から脚にかけてのしなやかな曲線も、半開きの唇から漏れる吐息も。 さっきまでは何とも思っていなかったのに、急に目の毒に見えてくるのだからやりきれない。 報告書でも眺めて頭を冷やすか。 半分自棄になりながら頭を掻いて、火照った頭の中をやりかけの仕事の続きに切り替えようとする。 飲みかけの缶ビールを彼女の横に置くと、すぐさま立ち上がりかけた、…のだが。 後ろからシャツの裾を思いきり掴まれ、床に引きずり戻された。酔っ払いが目を覚ましたのだ。 潤んだ目でぼうっと彼を眺めたは、いきなり白いシャツの背中に飛びついてきた。 まだ寝惚けているのか、それともまだ酔いが醒めていないのか。 柔らかい二の腕を無邪気にぎゅっと巻きつけて、首元に顔を寄せてにこにこと、はしゃいだ様子でじゃれついてくる。 首を絞められても仏頂面で黙りこくっている土方が、内心では困惑していることには気づいてもいなかった。 「おいコラ待てや土方ぁあぁ」 「・・・・今頃目ぇ醒ますんじゃねえ・・・・・」 「へ?なんでですかぁ。ほらぁ、ここ座ってくらさいよぅ。やっと花火始まったのにどこ行くんですかぁ」 「うっせえ。てめえなんか知るか。一生寝てやがれ」 「いーやあぁああ。行っちゃいやですぅ。一緒にみるんれすうぅぅ、花火ぃ」 「あのなぁ。お前はあれが見えねえのか、あれが」 振り向いた部屋の障子戸は大きく開けられていて、中の明りは消えている。 暗い畳に置かれているのは、処理の済んでいない書類の束だ。 の腕を振り解いて外した土方は、背後のそれを顎で指し、立ち上がった。 「これ以上てめえの世話焼いてられるか。いいから黙ってそこに転がってろ。花火が終わっちまうぞ」 「いやれすう。一緒に見るの。一緒に見ないとだめなんですぅう」 はいっ、とが両腕を彼に向け、ぱっと高く上げてみせる。 何がしてえんだ、と眉をひそめた土方に、ふにゃあっと緩んだ顔で笑ってみせた。 「抱っこ。抱っこがいいれすぅ。抱っこして。一緒に花火、見よ?」 それはどこにも下心など無さそうな、子供のように無垢な「おねだり」だった。彼は思わず声を詰まらせた。 いくら酒が多めに入っていても、が彼に向ってこんなことを言い出したことはない。 たとえ二人きりになっても、いや、たとえ彼が「言ってみろ」と無理に脅して強要したとしても 素面の時には間違ってもこんな真似はしないだろう。 普段は結構意地っ張りだし、自分から抱きつくことすら恥ずかしがるような女なのだから。 驚く彼の目には、この見慣れなくてあどけない素直さが、やたらに眩しく映った。 狐にでもつままれたような気になって、手を引かれるままに腰を下ろす。 酔いの回っているはふらふらと、四つ這いで彼に寄って来た。胡坐を組んだ脚の上に倒れ込んで身体を預け ふふっ、と笑う。抱き止めた土方がやや呆然と見つめているのに気づくと、嬉しそうにまた笑った。 「土方さんが花火好きじゃないのは、知ってるけどぉ。・・・忙しいのも、わかってるけど。 でも。ほんの十分くらいでいいの。ほんのちょっとでいいから。一緒にね、見たかったの」 首を傾げてぼんやりと、は輝く夜空を仰いだ。 高く、ひたすらに高く。 天を目指して昇りつめた上空で華やかに弾けては、色とりどりに咲き誇り。 無数の蛍のような儚い残光を暗闇に残して、散って消える光の花。 残された暖色の残光のひとつひとつが、緩やかに霞みを増して。ひとつ残らず、あっけなく消えていく。 まるで、あの小さな光のいのちが燃え尽きて、暗闇に溶けていくかのようだ。 あのひとつひとつが暗闇に呑まれる、その瞬間まで目に焼き付けておきたい。瞬きする間も惜しんで、じっと見つめた。 「・・・・・・あーあ。河原で見たかったなぁ。河原で見ると迫力がぜんぜん違うんですよー。 空がうんと遠くまで、一瞬で染まるの。河原中が赤い光で染まって、青い光で染まって。すごくきれいなの」 「そんなに見てえなら、行きゃあ良かったじゃねえか」 ううん、と大きくかぶりを振る。 続けざまに、地を鳴らすほど大きな打ち上げの音が鳴り渡っていく。 土方のシャツの胸元に手を伸ばすと、外されたボタンのあたりをそっと握って。 夜空を見上げたまま、彼女は独り言のように返した。 「だって。今年は一緒に見たかったの。土方さんと。一緒に見たかったから」 今、頭上に広がっているのは、隣家の屋根や近所のビルに囲まれてこぢんまりとした、そう広くはない夜空。 けれど、この空を眺めてが思い出したのは、去年の夏に見上げた広々とした夜空だ。 一年前、去年の花火大会の日。その夜、は河原にいた。 花火に興味のない土方は、今日と同じように仕事を理由に屯所に残り。 彼女は近藤や沖田や、仕事を済ませた他の隊士たちに囲まれて花火を見上げていたのだ。 「去年もね、変なんです。あんなに・・・あの花火は、夢みたいにきれいなのに。 きれいだなって思うほど、物足りなくて。なんだかさみしくなってくるんです」 すっと指を指して、真上の空を見上げる。 そこにはちょうど、満開の枝垂れ桜の大樹のような、大輪の光が咲いていた。 温かい色味を帯びた流れ星のような光の尾が、数多に引かれていく。今にも隣家の屋根にまで降り注いできそうだ。 「目の前で、花火がどんどん打ち上がっていくでしょう。あれを見てるうちに、…見れば見るほど、さみしくなっちゃって。 近藤さんも総悟も、みんなもいるのに。あんなにたくさん人がいるのに。なんだか急に一人ぼっちになったみたいで。 どうしてここに土方さんがいないんだろうって。どうして一緒じゃないんだろう、って。」 今、屯所の縁側から見上げる花火の光。 隣家の屋根に阻まれて半分欠けてはいるけれど、美しく咲いては散る光の花。 それは一年前に河原で見上げた光の美しさと、実際はそう変わらないはずだ。 なのに彼女の目には、まったくの別物に映る。 去年河原で見上げた光と、今目の前で上がり続ける光とが、まったく違う感覚で捉えられていた。 隣に林檎飴を咥えた総悟がいて、大きな声で笑う近藤さんがいて。 みんなに囲まれて見上げた花火を思い出す。 見蕩れてしまうほど綺麗なのに。泣きたくなるほどさみしかった。 光輝く夢のような景色が、どうしてなのか。ひどく遠いものに見えたのだ。 あれ以来、綺麗なはずの光の中で立ち竦んでいた自分を思い出すと、なぜかさみしくなってくる。 その理由は今でもよくわからない。さみしさの理由は、その感覚に見合うような言葉にはなってくれなかった。 今もまた、意味もないさみしさで泣きたくなっている自分に戸惑いながら、は空を見上げていた。 そこへ、土方の手が頭に伸びてきた。 結っていたのが崩れて、天辺でぼさぼさになっていた髪を、くしゃくしゃと掴まれる。 無言で頭を引き寄せられ、抱き直された。は目の前の胸元から、斜めに視線を上げる。 すこし視線を上げただけで、同じように眩しさに目を細めている男の顔が目に入ってきた。 黙って夜空を見上げている。このひとが今、何を考えているのか。 表情の薄いその顔からは読み取れそうにないし、きっとこの先も、わかることはないのかもしれない。 けれど。今年は一人じゃない。二人で同じ空を見上げている。 去年のあの夜とは違う。花火を眺める自分の傍には、このひとがいなかった。 誰よりも一緒にいたいひと。このひとが許してくれるのなら、いつまでも、どこまでも。ずっと隣を歩きたいひと。 空に散っていく花の見事さは、一年前に河原で見上げたものと変わらないはず。 なのに、どうしてなのか、こうして土方の腕の中から見上げるだけで、 にはあれが一年前とは違った輝きを放つものに見えるのだ。 無数に輝くあのひとつひとつの輝きが、きらきらと呼びかけてくる。 せつなくなるくらいにきらめいて見える。なのに、ちっともさみしくならなかった。 もたれかかった身体から伝わってくる体温は、思わず目を閉じてしまいたくなるほど心地良い。 でも、花火が屯所から見える空に躍るのは今日だけ。今だけだ。 一年間、ずっと楽しみに待っていた。この大切な時間は、たぶん、そう長くは続かない。 伏せていた目を夜空へと向ける。じっと見据えた。 これからも、何度でも。いつでも思い出せるように。くっきりと焼きつけておこうと瞳を凝らす。 目の前に広がっている夜空は、今だけのもの。 このひとの腕の中にいる、今でないと。この瞬間でないと見れない世界。 嬉しくて泣きたくなるようなこの目映さは、今、この瞬間しか、目に焼きつけておけないものだから。 は、あ、と小さな声を漏らした。 見上げていた頭上が何かで遮られて、暗くなったのだ。 土方の顔が近づいてくるのを感じて、わずかに身体を引く。 近づいてくる彼の体温がくすぐったくて、思わずぎゅっと目を閉じた。 すると、おでこに熱い感触が落とされた。それまでは緩く回されていた腕が、強く身体を抱きしめてくる。 息苦しくなって目を開けると、こっちを見下ろしている顔と目が合った。 花火の光を背に受けていて、影になったその表情ははっきりしない。 けれど、向けられた視線の気配からはいつもの厳しさが抜けている。口許も薄く笑っていた。 「だから、・・・・あの。よくわかったの。あたしが見たかった花火は、あの河原にはないんです。 あれが見たかったの。ここからなら、・・・よく見えるの。あたしが見たかった、花火」 時々口籠りながら、たどたどしく話しているうちに。肌には唇が落とされていく。 赤くなった頬に、目元に。耳たぶにも熱い感触が落とされた。 肌に吸いつく唇が、耳から下へとゆっくり這っていく。 うなじのあたりで留めた花飾りの傍にも。浴衣の衿をぐいっと引かれて、肌蹴られた首筋にも。 「っっ。やめてってば」 開いた衿をあわてて掴み、は土方の手をやんわりと押し返した。 「・・・もうっ、ちゃんと聞いてくださいよぉっ」 くすぐったい、と笑ってごまかしながら、うつむいて彼の目を避ける。なんとなく目が合わせにくかったのだ。 一年間、ずっと言わずにいたこと。お酒の力を借りてはいるけれど、素直な思いをありのまま話してしまった。 言うつもりなんてなかったのに。いつになくありのままを語ってしまった自分が、なんだか照れくさくなってくる。 「いいのか」 「え?」 「屋台もねえし、あいつらもいねえ。ここから眺められるもんなんて、半分欠けた花火だけだろうが」 「・・・うん。いいの、充分だよ。だって」 開いた唇はそこで突然に塞がれて、言いかけた言葉と一緒に呑まれた。 滑りこんできた土方の舌が、歯列を割ってに触れた。ざらりと熱い感触に震えて、 逃げようとした彼女を追いかけてくる。呼吸する隙さえない、長い唇吻けに閉じ込められる。 苦しい、とシャツを引いて訴えてみても、駄目だった。止めてくれない。 深く重なって、喉の奥まで埋められて。唇が離れたと思うと、またすぐに呑み込まれる。 舌先からするりと絡め取られて、弄られて。 繰り返されるうちに、喉の奥まで煙草の香りに包まれていく。 煙草の香りに混ざって、何か苦い味がする。 さっき呑んだビールの味だ。それに気づいた時には、自分から腕を回して首に縋りついていた。 今夜の花火はが一年も待っていた、彼女にとっては特別な花火だ。 それに、こんなふうに二人きりで夜空をゆっくり眺められる機会なんて、 この先にまたあるかどうかもわからない、とも思う。なのに、それでも逆らえないのだ。いやだなんて言えなかった。 自分でも「どうかしている」と恥ずかしくなるけれど。触れられると、つい流されてしまう。 浴衣の衿を割った大きな手が、素肌を撫でていく。 肌蹴て広げられた胸元から、着けているブラの上へ。 下着ごと胸を撫で回されているうちにブラの隙間から指が入って、尖った先へ触れてくる。 硬い指先にそっと撫でられて、爪先に掠められる。 広げた手のひらに、やんわりと胸のふくらみを揉まれた。 浅くてからかうような刺激を感じるたびに、あっ、と声が出たが。 外には漏れなかった。唇ごと、土方に呑み込まれている。 こうして抱きしめられて、一方的に掻き乱されて。 息をする自由まで奪われていると、まるでこのひとに自分の身体が食べられているような気がする。 なのに、どうしてこんなに幸せな、甘い気持ちになって。すべて許したくなってしまうんだろう。 そんなことを頭の隅で不思議がりながら、意識は次第に蕩けて、ぼんやりと薄れていく。 「ふ・・・・ぁ、んっ」 身を捩ると、片腕で腰を抑え込まれる。 暴れるな、と命令するかのように、口内を貪っている舌がもっと深くまで求めてくる。 さらに息苦しさが増していくのに、その息苦しさまで身体を痺れさせた。 帯は無理に下げられ、浴衣の両肩がずり落とされて。ブラまで一緒にずれて落ちる。 背中でガサッ、と音がした。帯の結び目を解こうとしている。衣擦れの音だ。 露わになった肩や胸が夜気に晒されて、寒気が走った。 ここは部屋の中ではなくて、縁側だ。今は誰もいないはず。だけど。でも――。 酒気で気だるくなった身体には力が入らない。口はとっくに封じられている。 上がり続けている花火の爆音が耳にも身体にも響き渡っているけれど、なぜかぼんやりとしか聞こえない。 胸を揉みしだかれる感触に、しだいに頭を埋められていった。 硬い指先の動きが強くなって、ふくらみや先端を乱暴に捏ねる。その硬さが蠢く気持ちよさに溺れていく。 少しずつ激しくなっていく愛撫を受け止めているうちに、はここがどこなのかも忘れかけていた。 尖った胸の先を指で転がされるたびに、口の中で喘ぎ声が跳ねる。 腰から太腿へと、手がゆっくりと伝って這っていく。 その指先がどこへ向かっていくのかも、何をされているのかもわからなくなってきて。 熱い何かに、固くなった胸の先を覆われる。すっと撫で上げられた。 「っっ!」 いつのまにか土方が、揉みしだいているふくらみの先端を口に含んでいる。舌で舐められていた。 火照り始めた身体の芯が疼いて、身体がびくんと跳ねる。 床へ伸びた脚の爪先まで震えが走った。 「ぁ・・・んっ」 高く喘いで、腰を大きくくねらせる。 いつのまにそんなところまで這ってきたのか、浴衣の裾が大きく割られていた。 きつく閉じようとした太腿の間に、指が無理矢理滑り込む。 感じやすくなってしまう柔らかく湿った隆起を探り当て、捉えられた。 土方が下着の上から意地の悪い、焦らすような撫で方をする。 長い指先が動くたびに、の奥は蕩けていく。薄い布地は湿った熱さを染み込ませていった。 布をずらして、潤みきったところに届いた指先が強く掻き乱す。 抉るようにして、そこばかりを行き来していく。 そのたびに、びくん、と細い腰が刺激に耐えきれず跳ね上がる。 「ぁっ、ぁん、・・・ひじか・・たさぁん、・・・ゃあっ」 弄られているうちに、自分でも驚いてしまうくらいに甘えた声で呼んでいた。 隊服のシャツにしがみつく手も、彼の肩口に擦り寄せた首筋も。 波打って繰り返し押し寄せてくるに快感を受け止めるのに、精一杯で。力無く震えている。 「・・・声」 「ぇ、・・・・・っ」 「お前、ここがどこだか忘れてねえか」 笑い混じりの声は、どこか皮肉っぽくて、冷えていて。 我を忘れて溺れているとは違って、醒めていた。 「それとも。いっそ全部、忘れてみるか」 「・・・・や・・・ぁっっ」 鳴り響く花火の音に紛れて、甲高い声が口から漏れる。 なあ。どうする。 わざと吐息を吹き込んで耳打ちしてくる声の冷ややかさにまで、背筋をくすぐられる。 ひとりで乱れて、喘いでいる自分が恥ずかしい。 けれど、何も言えない。 やめて、とは言えないし、やめてほしいなんて思っていない。 だけど、してほしい、なんて。絶対無理だ。 口にした自分を考えると、恥ずかしすぎて死にたくなる。 口籠って何も言えないままでいると、ずっと蠢いていた指が止まって。離れていった。 火照った頬を手のひらに包まれる。その指先が、わざと顎の下をそっと撫で上げた。 感触がくすぐったくて、ひゃっ、とはあわてた声をあげた。身体をぎゅっと竦める。 半分開いていた唇を撫でられると、今度は急に身体から力が抜けて、瞼がふうっと重くなる。 撫で続けられると、眠くなるくらいに心地良かった。 喉を撫でられた猫のように、とろんと目を閉じ。が気持ちよさそうにくったりと、身体を預けてくる。 閉じた目元には、わずかに涙が滲んで光っていた。 そんなを見下ろす土方の表情は、厳しさに張っている普段に比べてどこか柔らかい。嬉しそうにさえ見える。 可笑しそうに、くくっ、と喉の奥で笑った。 「たまには行ってみるか」 「・・・え?」 「今年じゃねえぞ。来年の話だ、来年の。河原で見てえんだろ。あれが」 顎で指したのは、隣家の屋根の上。 打ち上げの音が続けざまに鳴り渡り、鳴る毎に色を変えている夜空だった。 派手な音はするが、花火は昇ってこない。会場だけで眺める、低い花火を打ち上げているのだろう。 河原からは遠い屯所の空には、空を彩る残光だけが届いている。 「来年は、河原まで行ってやる。 ・・・まあ、デカいヤマだの、急な捕り物だのがなけりゃあ、の話だが」 「・・・・ほんとに?いいの?」 「ああ。」 そう言うと、の表情が固まって。それから一転して、嬉しそうにふわっとほころんだ。 土方がそんなことを言い出すなんて、意外すぎて思ってもみなかったのだ。 その意外さは言った当人にしても同じことで、まさか自分から行くと言い出すとは思ってもみなかったのだが。 ふと口をついたというか、いつのまにか口にしてしまっていた。 さっきのの話を聞いて、こうして花火を眺めながら思い浮かべているうちに、気が変わってきたのだ。 来年の夏も、俺の隣で。 こいつはさっきのように、瞳を輝かせて夜空を見上げるんだろうか。 見てみたい。そう強く思った。 夜空を彩る夏の華でもなく。放たれる閃光に染まる河原の景色でもなく。 来年の夏。河原にひしめく人混の中に混ざって、隣を歩く浴衣姿を、見てみたい。 「ねえ、綺麗でしょ」と、頭上高くに咲いた光の華を指して嬉しそうに笑う。そんなを、眺めてみたくなったのだ。 「あんなもん、ただ煩せぇだけだと思ってたが。こうして眺めてみりゃあ、そう悪くもねえからな」 「うんっ。・・・あ。でも、・・・」 「?何だ。まだ不服でもあんのか」 言い辛そうに黙り込んだの頬をぴたぴたと叩いているうちに、その手がぴたりと止まった。 鳴り続けていた音が、止んでいる。空がすっかり暗くなっていた。 屯所の庭は、急にしんと静まり返った。 隣家から届く風鈴の音が、冷気の混ざった夜風と一緒に流れて過ぎる。 首に腕を回してきたは、土方さん、と遠慮がちな声で耳元にささやいた。 「・・・・と」 「あァ?」 「・・・・・・・・・。・・・もっと」 それだけ言って、ぎゅっと抱きつく。彼の胸に擦りつけるようにして顔を埋めてきた。 少しだけ覗いている頬も耳たぶも、火が出そうなほど真っ赤に染まっている。 赤面したきり動きもしないを抱えた男は、一瞬黙り込んだ。 それから表情一つ変えずに、澄ました口調で言ってのけた。 「お前。花火が見てえんじゃなかったのか」 それを聞いたの、くすくすと可笑しそうに忍び笑う唇を再び塞いで。 啄むような柔らかい唇吻けを続けながら、その背中へ腕を回した。 すでに解けていた帯の結び目は、触れるとほろりと落ちて。藍色の帯が、はらはらと緩んでいった。 すっと顔から離れていった唇が、首筋にきつく吸いついてくる。 「あっ」 軽く肌を噛まれ、は身体を震わせた。 浴衣が開かれて、紫陽花の描かれた薄い白地は腕からするりと滑り落ちる。 ブラのホックが指先で弾かれ、同じように彼女の身体から流れ落ちた。 その間にも、首筋には小さな紅い印が刻まれていく。 「ぁ、・・・ぁっ」 線を描いて胸元へと近づきながら、紅い噛み痕が点々と落とされていく。 強く吸われて噛まれるたびに、細い声が口から漏れ出てしまう。 その声を抑えようと、は自分の手で口を覆った。おろおろと、辺りを見回す。 「ひ、土方さんっ」 「あァ?」 「や、やだ、・・・ここじゃ、だって、もし誰か帰って来たら・・・・・」 背中を大きく捩って、腰を抑えた腕を振り払おうと必死にもがく。 けれど土方には、頬を上気させたが涙目になって、恥じらって拒む姿を眺めるのが楽しかった。 何も言わずに腰から下着を引き下ろすと、の身体を持ち上げる。自分に向き合わせ、膝の上に跨らせた。 「やだ、ねえ。ねえ、土方さ・・・、っ」 答えの代わりに背中を抱かれ、固く尖った胸の先を口に含まれる。 舌で軽く弾かれただけで、潤んだ身体の奥が反応して。せつないくらい痺れが走る。 大きく背筋を仰け反らせて、は舌先から逃れようとした。 「ぁっ、っ、・・・やめ、・・・おねが・・・っ」 「部屋じゃ・・・、あれが、見れねえだろ」 「っ、ぇ、・・・な・・・・」 「一年一度だ。見せてやるよ・・・」 「ゃあ、・・・でも、・・・・だめ、ぇっ・・・・・」 熱く汗ばんできた肌に、甘い刺激が重ねられていく。 腰を捩って逃れようにも、力強い腕が許してくれなかった。 胸を離れた唇が、撫でるようにして肌の上を伝って。乱れてもがく肢体の、あちこちへと這い回る。 歯や舌先が触れるたびに、淡い色をした身体が背をしならせて身悶える。 隣家の外灯の光を受けて、なめらかな肩の曲線が薄く光っている。 羞恥に染まった顔を今にも泣きそうに歪め、 ほんのわずかな、些細な悪戯にも敏感になって乱れている女が、柔らかく弾む胸を押しつけてくる。 いくら口ではやめてと拒まれても、駄目だと泣かれても これでは逆に、大胆で甘い誘いを仕掛けられているのと同じだった。 わかっちゃいねえな、と苦笑して肌に紅い印を強く刻みながら、土方はの太腿を上げて掴む。 大きく脚を広げさせると、細い腰を抱き上げた。 「っ!!ぁ・・・あっ、あぁ・・・・っ」 蜜を溢れさせていた熱い入口が、下から充てられたものの硬い感触に震える。 ぐちゅっ、と籠った淫らな水音を響かせながら、土方がの中へと沈めていく。 締めつける中を途中まで圧し開いて、衝撃に背筋を仰け反らせた身体を持ち上げる。一気に引き抜いた。 「ひ、ぁん!・・・・・あぁっ」 狭まった中をもう一度、掻き乱すようにして埋めていく。 同じ深さでまた引き抜いて、さらに掻き乱す。 同じ動きが繰り返されるたびに、の身体がびくんと大きく跳ねる。 だめ、と繰り返し懇願する声は、身体が揺り動かされるたびにか細く、甲高くなっていった。 「ゃん、やあっ。・・・ゃめ・・・てぇっ」 「なんだ、お前。やめたくねえんじゃなかったのか」 いやぁ、と何度もかぶりを振って。赤く染まった涙目で訴える。 見透かしたような顔で笑う男は、楽しげに彼女を抱きしめた。 腰や背中に回した腕で、折れそうなくらいに強い力を籠める。 抜き差しされる動きが、少しずつ深く、大きくなっていく。 なのにその動きは緩慢なほどにゆっくりで、意地が悪かった。 欲しいところは知っているはずなのに、決してそこには触れてくれない。 「ゃ、ぁ、ぁあっ。もぅ・・・・・だめぇっ」 もどかしい。 自分の中で蠢いている土方が、際どいところばかりに擦りつける。 もどかしくて、頭も身体もおかしくなってしまいそうなくらいに繰り返す。 身体を持ち上げられ、揺さぶられ、突き上げれるたびに、ぐちゅっ、と、水音をたてて溢れ出す透明な粘液で の太腿の内側の柔らかな肌は、すっかり濡れてしまっていた。 強弱をつけながら、何度も焦らされる。刺激が強まり、極まりかければ、必ずそこで止められる。 彼が中で滑り蠢くたびに、焦らされた身体の奥が欲しがって喘ぐ。 土方の吐息が肌を掠めるだけで、せつなくなって疼く。腰が勝手に動いてしまう。 もっと深く繋がれたいのに。いつまでこうして意地悪く焦らされるんだろう。 半分しか満たされなくては、生殺しにされているのと同じだった。 「もぅ、ゃあ・・・・焦らしちゃ・・・・ゃぁ・・・っ」 自分から言い出すなんて、死にそうに恥ずかしい。けれど、火照る身体はもう我慢が効かなくなっている。 死にそうに恥ずかしいのに、満たされたくてたまらないのだ。 昂ぶっている感情とは関係なく、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。 「ったく。・・・・・すぐ泣きやがる」 嗚咽をこらえる子供のような表情が可笑しかったのか、土方が声を上げて笑った。 肌蹴た白いシャツに顔を埋め、混乱したは泣き出してしまった。その顎が、指先で上向きに持ち上げられる。 近づいてきた唇に塞がれて、泣きじゃくる声は喉奥に呑み込まれる。 深く絡まりつく舌にゆっくりと口内を撫でられているうちに、嗚咽は少しずつ静まっていった。 土方は縋りついてくる女を支えながら、床へ降ろして身体を重ねる。 わずかに唇を離すと、不敵そうな笑みを浮かべてささやいた。 「・・・お前が先に焦らしたんだろうが」 「―――っっ、あぁんっ!」 はそのまま奥まで、一息に貫かれた。 衝撃に大きく反った身体が、頭を抑えられてきつく抱きしめられる。 一番感じやすい敏感なところを責められて、何度も深く突き上げられて。 蜜を滴らせて震える中を、すべて埋め尽くされる。目の前が涙で覆われて、霞んでいった。 突き上げられる動きに激しく揺られ、が苦しげに喘いでいる。 彼の肩越しに少しだけ見える夜空には、ふたたび花火が上がり始めていた。 目を焼くような閃光が暗闇に生まれては消えてゆくのに、溢れる涙で蕩けてしまった大きな瞳は まぶしさすら感じていないかのようなうつろな視線を、宙に漂わせている。 震える手で口を覆った。せめて大きな声が漏れないように、必死で耐えてみるのだが。 どうしても泣き声が止まらない。 繋がれたまま、動きが止まった。 が顔に振り乱した髪を梳くようにして流し、土方は桜色に染まったうなじのあたりの髪を掻き分けた。 舌先で触れて、吸いついて。紅い小さな印を刻む。 軽く歯を立ててやると、泣き声は一際乱れて、甲高くなった。 「ふぇ・・・っ、・・・っく、ゃっ、んんっ」 「馬鹿。泣くな」 太腿を掴んで脚を大きく開かせ、奥深くまで腰を進める。 七五三、とからかったあの髪飾りが、波打つ髪と一緒に上下して揺れていた。 芍薬か何かを模した、大輪の花。 幾重にも重ねられた、薄い水色の花びらに触れて、髪と一緒に握りしめる。 潤んで恍惚としている瞳も。 我を忘れて桜色に染まる、汗ばんだ肌も。熱く漏れる吐息も。 少女のように頼りなげな、どこかいたいけな泣き顔も。こうして繋がっている今は、全てが自分の手の中だ。 涙混じりの喘ぎ声を漏らしながら震える女の唇を、じゃれつくように軽く啄みながら。 彼は打ちつけられる衝動に溺れていくを、伏せた眼でじっと見下ろしてみた。 すべてを知り尽くすまで何度でも確かめたかった。 熱い肌の奥に満ちている柔らかさを、何度でも、何度でも確かめて、自分で埋め尽くしてしまいたくなる。 この華奢な身体を何度乱しても、壊してしまいそうなくらいに抱きしめても、穢しても。 何度見下ろしても、癪にさわるくらい愛しくなるのはなぜなのか。 の全てが、自分一人のためにつくられたものだとしか思えないのは。なぜなのか。 来年の夏に、一緒に花火を眺める。 たったそれだけのちっぽけな約束に、心からの嬉しそうな笑顔を浮かべる女。そんな女が愛おしい。 素っ気ない口にすっかり染みついてしまった、皮肉混じりの斜に構えた言葉では 到底言い表せないほどに、愛おしくて。こうして抱きしめるほどに、手離したくなくなる。 光を受けて輝く瞳で、夜空を仰いで。「一緒に見たかったの」とつぶやいた。 たったそれだけの言葉に揺り動かされて、抱きしめたくなるほどいじらしく思えてしまうのは。なぜなのか。 「っっ、・・・ぁ、あぁ、ぁんっ」 涙混じりのかすれた吐息が、耳元で弾んでいる。 その苦しげな泣き声で、いつのまにか夢中で彼女を責め立てている自分に気づいて、我に返った。 強く頭を抱いた腕から力を抜くと、乱れていた女の身体が、ふうっ、と力を失っていく。 短く震えた声が、花火の騒音を縫って庭に響く。 動きを緩めずに掻き乱すと、がくがくと細い腰が震える。 シャツに縋ってくる手を握った。細い指の間に自分の指を絡ませて、強く握り直す。 小刻みに揺れ続けているの唇が、甲高い嬌声を震わせた。 「ぁあっ―――!」 「――」 深く落ちていくような低い声で、名前を呼んだ。 身体に奔った甘い痺れに溺れて、沈んでいく彼女の奥を貫いて。締めつける中に呑み込ませる。 背中をしならせて身震いしている女の身体を、ぎゅっと抱き竦めて。ひとつに融けて、沈んでいった。 夜風が庭を吹き抜けていった。 汗に濡れた背中や首筋を冷やして、熱い頬に零れたの涙を冷やして。縁側を抜けて、過ぎていく。 生温く凪いでいた夏の夜風が、静かで乾いた、秋めいた風に変わっていく。 花火の音がいつしか途絶えている。屯所の庭まで流れてくる風鈴の音が、耳に高く響いた。 闇に向かって細々と、白い煙が立ち昇っていく。 自室の畳に寝転んだ土方は、煙草を咥えている。明りが消えたままの暗い天井を見据えていた。 頭から爪先まですっぽりと、紫陽花柄の浴衣にくるまったは、彼の腕枕に頭を預けて横にいる。 掴んだ浴衣の端で、眠たげに眼を擦ってみたり。たまに彼と目を合わせて、恥ずかしそうに笑ってみせた。 紫陽花柄の、白地の浴衣。 この浴衣を目にすると、彼女がまだ隊士になりたてだった最初の夏を思い出す。 彼が最初に目にしたの浴衣姿も、この紫陽花柄だった。 あの時も、見慣れないの大人びて艶やかな姿に、柄にもなく動揺したのだが どうやら自分は、こいつのこの姿に弱いらしい。 どういうわけか毎年毎年、性懲りもなく、眺めるたびにどきりとさせられるのだ。 夕方に、浴衣をきちんと着付けたが部屋に現れたときもそうだった。 後れ毛がちらちらとこぼれている、芍薬の花が飾られた淡い色のうなじから目が逸らせなくなっていた。 そこで感じたままに「綺麗だ」などと、面と向かって誉めることが出来ればいいのだろうが。そうも出来ない。 いつもとは印象ががらりと違うの姿に、火の点いた煙草を取り落としそうになるほど見蕩れてしまい、 そのいつにない動揺の裏返しで、つい「七五三か」とからかってしまった。 「・・・土方さん」 「何だ。ビールならもうねえぞ。つか、お前はもう飲むな」 「そうじゃなくて、さっきの・・・・・・あの。花火大会のことなんだけど。 本当に、一緒に行ってくれる?本当に?後でやっぱりやめた、とか、言わない・・・?」 「ああ。言っちまったもんはしょうがねえ」 赤く灯った煙草の先を揺らしながら素っ気なく答えると、は彼が本心では「行きたくない」と思っていると 感じたらしい。「でも、そんなに嫌なら行かなくてもいいんだけど」とあわてて付け足した。 答えずに放っておくと、今度は何を思ったのか「ねえ、本当に行ってくれる?約束してくれる?」と やたらに切羽詰まった真剣な顔でシャツの袖を引き、念を押してくる。 その真剣さが可笑しくて、可愛かった。わざとイラついたふりで、眉を吊り上げてみせた。 「そこまで信用がねえのか、俺は」 「だって。そんな約束、今までしてくれたこと、ないじゃないですか」 そう、確かになかった、今までは。 そもそも女とこういった約束をするのが、彼にしてはひどく珍しい。 今までの女とは違う付き合いをして、一度手放してからもずっと大事にしてきたに対してでも 約束らしい約束は、ほとんどしたことがなかったのだ。 しかも一年も先の、絵空事のようにぼんやりと遠い約束を。 自分や仲間が日々潜り抜けているのは、わずか一年先の約束を、たった一年先、とは思えない日常。 明日の無事すら女に誓ってやれない。何の保証も持てない暮らしだ。 それに、たかが一年先じゃねえか、と気楽に誓うような曖昧で口先だけの約束は このどこか生真面目な、なにかにつけては諸々を背負いこんでしまう性分にはとうてい合わなかった。 出来もしない不確かな約束など、するもんじゃない。 果たせないのなら、いっそ最初から拒んでやったほうがましだ。 ずっとそう思って生きてきた。死に際に後ろ髪を引かれるような気がかりは、どこにも残したくなかったのだ。 だが。もしも、さっきの迂闊に交わした口約束が、来年のこの日に果たせるのなら。 いや。こうして慣れないことを口にしたからには、遂げてみせるしかないだろう。 来年のこいつが、幸せそうに笑う姿を。花火の眩しさに瞳を輝かせている顔を、次の夏にも眺めてみたい。 それだけを理由に生き延びようと決めるのは、自分でも笑いたくなるほどに、なんとも腑抜けた話ではあるのだが。 女の浴衣姿を理由に夏を待ち侘びながら、一年を送る。 それはこいつに会うまでの自分に比べてみても、そう悪い生き方ではない気がしていた。 「出来もしねえ約束なんて、するもんじゃねえからな」 「うん。じゃあ、約束ね。指切りしてね。でも、もし破ったら、・・・・・」 「破ったら、何だ。どうなる」 ろくに口もつけなかったビールの缶を手に取り、中に煙草を落として訊き返す。 はどこかせつなげな、何か言いたげな目で見つめてくる。 薄く唇を開いて、ふわりと首を傾げる。髪に留めた花飾りも、同じようにふわりと揺れた。 「もし、来年が駄目だったら。その次の夏でも、いいよ」 それを聞き、土方は、くっ、と吹き出した。「気の長げえ話だな」と、独り言のように言って笑い飛ばす。 笑われてムッとしたを、くるまった浴衣ごと抱き寄せて。うなじの大きな花飾りを、からかうように押してみる。 目を合わせて、二人は急に黙り込んだ。 特別言葉にしなくても、聞こえる気がしたのだ。 黙っていてもなぜかお互いに思いが響き合うような、緩やかで温かな空気がここにある。暗い部屋を満たしていく。 さっきまで二人が繋がれていた余韻のように。天井から広がる煙草の香りのように、二人の間に満ちていった。 花火の音が止んでから、もう長い。河原で遊んでいる奴等も、もうじき戻ってくるだろう。 閉じた障子の向こうでそよぐかすかな風鈴の音に、耳を澄まし。気だるい眠気に襲われながら、土方はふと思った。 もし、俺が。何事もなく無事に、来年の夏を迎えられたとして。 来年の夏にも、こいつは俺の隣にいるだろうか。 来年の夏に見るこいつも、浴衣姿で。 人混のひしめくあの河原で、夜空で瞬く色鮮やかな光に照らされて。この花を髪に飾って、笑っているだろうか。 「おい」 「はい・・・?」 「てめえこそ、逃げんじゃねえぞ」 「え?」 「・・・・・いや。なんでもねえ」 なんでもねえさ。 眠たげな声でもう一度つぶやいて、不思議そうに見上げてくる女の瞼に唇で触れる。 もし、次の夏に目にするが、またこの見慣れた浴衣で。この花飾りを髪に留めて現れたら。 気恥ずかしくて誤魔化したあの本音を、こいつに聞かせてやってもいい。 来年の夏に見上げるはずの、花火が彩る夜空の鮮やかさを。瞼の裏に思い浮かべながら、目を閉じた。

「 ひかりの散華が彩る夜を 」 text by riliri Caramelization 2009/08/25/ ----------------------------------------------------------------------------------- 77,777打キリリクで時雨さま。 「花火」で「副長が主人公にメロっとしてて 出来れば裏」の美景甘リクをいただきました ありがとうございました!!