雲の峰





毎日暑い日が続き、体力が落ちたような気がする。はデスクにぐったりとうつ伏せながら、かき氷やアイスなど冷たい物を色々想像した。今いる医務室にはエアコンが完備されているが、ベッドで休んでいる人がいない限り使わない事にしていた。


最近はエコだ何だでクーラーを使う際の基本の温度が高めになっている。それでも30度を越す外に比べれば随分涼しい。敢えて使用しないのは要するに電気代がもったいないから。エアコンの電気代は安いものではない。ただ仕事に支障をきたしてはいけないので、幹部の個室と隊士達が集う娯楽室、食堂ではガンガンに使っていた。医務室一室が使わなかったからといって一体どれだけの経費削減になるというのだろうか。は自問自答しながらも勘定方としての立場もあり、抑えられる所は抑えようと決めていた。


しかし先ほどからめまいに近いものを感じているのは気のせいだろうか。汗も暑いからというよりは、身体が不調を訴えるために冷や汗を流しているようにしか思えない。わきの下を嫌な汗が伝わって不快感を覚える。しみになってはいけない、と手ぬぐいで拭こうとする。


「おい、……何してんだテメー」
「土方さん!入る前にノックして下さい」
「医務室入るのにかよ……」
「いや、どこの部屋に入るにもノックはマナーですよ」


そんなもんか、と呟いてきまり悪そうに後頭部をがしがしとかきながら詫びる。そんな素直な土方に思わず目を丸くしては言う。


「何で今日は反論がないんですか」
「いや俺ァマナーだどうだ言われると自信がないんでな。反論しようがねェ」
「そんな大げさな話しでもないんですけどね」


言った自分が申し訳ない気持ちになって、それ以上話を広げなかった。


「それでどうなさったんですか」
「エアコンが壊れた」
「……は?」


用件がすぐに判明した事は良いのだが、内容が耳を疑うようなものだったので思わず聞き返す。


「壊れた……?確か土方さんの部屋のエアコンって昨年新調されたんじゃありませんでしたか?」


自分でも嫌みな言い方だとは思ったが、言わずにはいられない。どう使えば一年で壊れるというのだろうか。


「初期不良かなんかじゃねェか?」
「判りました。とにかく参りましょう」


ため息ひとつ、は首から携帯を下げて白衣を脱いだ。医務室の入り口に施錠し留守の札をかけると土方と共に副長室に向かう。





副長室に入ってまず目につくのがタバコの煙だ。それは狭くない筈の副長室全体を覆い、入って来る者に妙な圧迫感と咳を与えた。は無言で障子を全開にして換気をする。しばらくしてようやく煙がなくなった。文机を見てみると、灰皿に山盛りになった吸い殻。一体どれだけ吸ったのか、は土方に己の肺の状態を見せてやりたかった。


「土方さん、お仕事が大変なのは存じておりますが、吸いすぎには注意して下さい」
「仕方ねェだろう。総悟の始末書やら近藤さんに回す書類やらがまとめてきやがった。それも提出期限が間近だ」


には先ほどまでの土方の姿が簡単に目に浮かんだ。右手に筆を、左手にタバコを挟みながら、書類と格闘していたのだろう。時折髪の毛をかき回しながら唸り、色々考えてそれがストレスとなり、タバコの消費量が増えたに違いない。チェーンスモーカーになっているのは薄々気付いていたが、今の内に吸う量を減らさないと本当に病気になる。


「そろそろタバコの量を控えませんか」
「考えた事もねェ」
「……自慢にもなりませんよ」
「自慢のつもりはねェ」


お互い黙って顔を見合わせると、真剣な表情が一気に笑顔になった。


「本当に子供みたいですね」
「その子供が好きなのは誰だ」
「……」


そういう所が子供だと思う一番の要因なのだが、得意げに笑う土方を見ると、まぁ可愛いものだと思う。土方の問いには答えずにはクーラーの下まで行き様子を見る。


「水は漏れていないし、やっぱり内部でしょうか」
「俺が知るか」
「……男性が機械に弱いとかっこ悪いですよ」
「ぐっ」


先ほどの仕返しができては溜飲を下げた。はHDレコーダーとテレビとの接続ができる。しかし土方はできない。そこの所、本人はちょっとだけ気にしているようだ。


「じゃあテメーはクーラー直せるのかよ」
「何言ってんですか、素人が直せる訳ないでしょう。普通は勝手にいじりません」
「……」


ぐうの音も出ないとはこの事だろう。口で自分に勝てる筈ないのに何故いつも勝負をしかけてくるのかと疑問に思う。男性のプライドとは面倒で複雑で女性にとっては理解できないもの。しかしそこで叩きのめせば後々回復させるのが難しくなる。それが判っているからはそれ以上続けなかった。


「フィルターかもしれないので開けてみますね。土方さん、そこに四つん這いになって下さい」
「は?何でだ」
「いいから早く」


疑問に思いながらも言われた通りにする土方。すぐに背中に重みを感じて乗られたのだと判った。


……テメー……」
「ああ、動かないで下さい落ちちゃう!」


は土方を踏み台にエアコンの蓋を取り外していた。本当に落ちてしまうとまずいので、土方はしばらくおとなしくしていた。


「うわっ……フィルターが茶色なんですけど。目詰まりで動かなくなったんじゃないですか」
「原因が判ったんならさっさと降りろ!」
「ちょっ……!まだ動かないで下さい」


いい加減我慢できなくなったのか土方が立ち上がりかける。は突然の事にバランスを崩してしまい、土方の背中から足を踏み外した。


「土方さんのバカー!」


は一瞬の出来事に目の前が真っ暗になり、すぐ襲ってくるであろう痛みに備えて、目をつむり唇を噛みしめた。


だが想像していた痛みはなく、土方を全身で下敷きにしていた。


「土方さん!やだ、どうしよ……土方さん、目を開けて下さい!」


慌てて土方の上からどいた。の悲痛な叫びに反応はない。土方の身体に触れて揺すろうとしたが、下手な事をして悪化させても大変だと考えた。少し冷静になってまずは自分の居住まいを正す。そして土方の脈を取り、隊服の前を開けて状態を確認する。胸から腹にかけて打ち身の時につく痣がくっきりとついていた。


「うわっ……痛そう……」


とりあえず冷やして目が覚めるのを待つしかないな、と考える。冷やすものを用意してと考えていると、一番見られたくない人物がやって来た。


「おーい土方コノヤロー、仕事だ受け取りやがれ……何してんでィ」


書類を片手に沖田が副長室に入ってきた。その沖田の眼前には上半身を裸に剥かれている土方の姿。誰が見ても襲われている。





土方がだ。


「痴女〜痴女がいやがる〜。上司を押し倒す強者がここに!」


普段やる気の全く感じられない態度の沖田だが、人をからかう時は全力だった。どこから取り出したのか拡声器でそう言いながら副長室を後にする。


その様子をポカンと見ていただが慌てて沖田の後を追う。しかしバタバタと走ってきた人物に止められた。


「どこですか!痴女はどこにいるんですか!」
「退くん……」


野次馬根性で見にきたようで、忙しなく首をキョロキョロさせていた。一体何を期待していたのだろうか。は大きくため息をつく。


「沖田さんの大ぼらです!」
「なァんだ、てっきり裸の美女でも……む!」
「どうしたの」


山崎の視線を辿るとそこには裸の美女ならぬ上半身裸の美丈夫がいた。山崎は更にがっかりして、しかしこの不自然なシチュエーションに疑問を口にする。


「何で副長裸なんです?」
「そ……それは」
「……さん?」


山崎からそっと顔を逸らすに山崎は後を追う。


「まさか」
「違うの、これには理由があるの!」


真っ赤になって否定するに山崎も本気にはしていなかった。だがこう全力で否定されるとからかいたくなるのが人間の性というものだろう。


「ダメですよ、こんな真昼間から副長襲っちゃあ」
「だからちがっ」
「夜のプライベートな時なら誰も咎めませんからねー。遠慮なくどうぞ」
「退くん!」
「いやァしかしさんも積極的だな。副長は幸せものだ」
「ならテメーにもその幸せを分けてやるよ」


いつもより一段と低い声が山崎の後ろから聞こえてきた。いつの間にか起き上がっていた土方が抜刀して背後にいる。その表情はひどく不機嫌で、怒りが前面に表れていた。


「ひッ……ふ、副長……ご無事で何よりです」
「ああ、おかげさんでな……テメーのくだらねェ戯言聞いちまったぜ」
「勘弁して下さいよー!」
「なら最初っからつまんねー事言うんじゃねェ!」


一喝された山崎は挨拶もそこそこに、その場から逃げ去った。


「ったく……テメーもいいようにからかわれてるんじゃねェよ」
「はぁ、気をつけます」


真っ赤な顔のままうつむくに、土方は苦笑しながら掌で頭を撫でる。


「いい加減うまい事かわす方法見つけろや」
「……善処します」
「しかしあっちーわ痛いわでサイアクだな」
「半分はご自分のせいだと思って下さい」


土方は服を整えると、を抱き寄せ自分の腕の中に閉じ込めた。


「ひっ……ひじかたさ……」
「どうせ脱がすなら夜の寝所で……な」
「もーっ!土方さんまで!」


暑い夏は始まったばかり。




2009/07/16
thanks××× from 「 こころのままに 」 ゆうきまみす さま
ぜひぜひ まみすさんちの副長を!とおねだりして 頂いてしまいました「かえりたい」の副長×お姉さまヒロインさん夢。
誰より先に読める幸せをかみしめましたっ ありがとうございます!!