いつもあくびがとまらなくなる退屈な全校集会は その日に限って苦じゃなかった。 壇上にいる校長先生の話はいつも長いから じっと聞いていると催眠術にかけられたみたいに眠くなってしまう。 ただでさえ眠い登校直後の時間だし 真面目に聞いている子はめったにいない。全校生徒が集まってる朝の講堂には  遠くで鳴ってる風の音みたいな 耳をかすかにくすぐる弱いざわめきが溢れてる。同じクラスの子たちは こっそり携帯を開いて 画像の送りっこをして遊んでいた。斜め前に並んでる隣のクラスの男子は 二年女子の列を指差して 顔を寄せてひそひそお喋りしてる。壁際に並ぶ先生たちや 暗幕が寄せられた舞台の 端に立つ生徒会役員まで そろそろ話を切り上げてくれないかなあって思っていそうな 瞼が重そうなぼんやり顔だ。 講堂に整列しているどのクラスも ほとんどの人がこんなかんじ。先週までのあたしも どちらかといえば そういう人たちの仲間だった。穏やかでまったりした校長先生の話のリズムにうとうとしたり 窓から射してくる陽射しの温かさを見上げてぼうっとしたり 眠気覚ましに友達と喋ったり メールをチェックしてみたり。 でも今は違う。 マイクを手にした校長先生の後ろから ほとんど目を逸らさない。目を逸らすのは さっきから頻繁に届いている 携帯の着信を見る時だけ。それ以外は周ちゃんばかり見てた。校長先生と同じ壇上に立ってる 周ちゃんを。 「・・・ええ、というわけで、男子テニス部の合同合宿を兼ねた親善試合はあさって日曜日から、 三日間の日程で行われます。残念ながら開催地が関西であるため、 一部の生徒と父兄の方以外が応援に駆けつけることはかないませんが・・・・」 校長先生のゆったりした口調が 閉め切った広い空間のあちこちにに跳ね返って響く。 今朝の集会は あさってから遠征に出る男子テニス部の壮行会を兼ねている。地方の強豪校との練習試合を 控えている壇上の先輩たちは 今朝 十日間の強化合宿から戻ってきたばかり。十日ぶりに目にする 壇上の周ちゃんは すぐにあたしを見つけたみたいだ。 たまにこっちへ視線を送ってくる。目が合うとふっと目尻を下げる。 あまり男の子っぽくない優しげな顔つきは たしかにいつもの周ちゃんだ。なのに 久しぶりに顔を見たからなのか あたしがしってる周ちゃんとはどこか違う人みたいにも見えた。 『周ちゃん また背伸びた?』 送ろうとしていたメールの最後に ひとことだけ付け足す。 送信して携帯をスカートにしまったら すぐに携帯が震えはじめた。 『どうかな 計ってないからわからないけど』 『そう見える?』 ぴぴぴ、と押してスクロールしていく。 一番下にまだ何か書いてあるみたいだ。 『その髪型初めて見た』 『可愛いね によく似合ってる』 そう書かれた画面を見つめているうちに 頬がほんのり火照ってくる。 (今日は周ちゃんが帰ってくる。十日ぶりに周ちゃんに会える。) いつもより15分早起きして やっと会える嬉しさでどきどきしながら 鏡の前で丁寧に巻いてきた毛先を あわてて引っ張って意味なく崩した。 赤くなりかけた顔を上げて周ちゃんを睨む。薄く瞳を覗かせてこっちを見ていた目が何度か瞬いて 眉の端がふっと下がって。小さく肩を竦めた周ちゃんは ちょっと困ってるみたいな表情で微笑んだ。 中央でマイクを握ってる校長先生を挟んで 壇上に並んでる先輩たち。 前後二列に並んだその列の 二列目の真ん中。 あたしと一緒にいるときの男の子よりも あそこにいる周ちゃんはもっと大人みたい。 顔つきがなんとなく違ってみえる。学ランの衿元からちょっとだけ覗いてる白い首筋や 他の先輩たちに比べると華奢だなあって思ってしまう細い顎の線まで 会えなかった十日間で 急に大人びてしまったみたい。男子部の他の先輩たちに比べればあいかわらずな細身だけど 身長は高校に入ってからも伸びている。肩や腕の細さはあいかわらずのように見えて 中学の頃の周ちゃんとは ぜんぜん力強さが違ってる。ああ見えて人をからかうのが好きな周ちゃんは たまに悪ふざけを交えて その成長をしっかりあたしに教えようとする。 そういう時は恥ずかしいからちょっと困る。でも 少なくとも 中学の頃のあたしみたいに あの腕に触れられることに戸惑ったりはしなくなった。 「やぁっと先輩のお帰りじゃん。よかったね」 集会に入ってから何度も着信してる携帯がまた震え出したとき つん、と指先で肩をつつかれた。 斜め後ろからミカが覗き込んでくる。さっきは居なかったのに いつのまに来たんだろう。 何か言いたそうににやにや笑ってるミカは ちょこんとあたしの肩に顎を置く。携帯の画面を見ようとした。 「見てたよー、あんたの携帯さっきから震えっぱなしじゃん。ねえそれ先輩からでしょ、ねぇ、何て?」 「もうミカ黙って。声大きい。うるさい」 「ねぇ、先輩何て?」 「うるさい子には教えてあげない」 「あー可愛くなぁい。いいの、そういう態度の子には英二先輩からの周ちゃん情報、教えてあげないよ」 ストラップを摘んで出した携帯を ミカはあたしの前で ほらほら どーするの と自慢げにひけらかした。 あたしがふざけてちょっとだけ口を尖らせたら ミカはますます楽しそうになる。でも 英二先輩からのメールに 添付された画像はちゃんと開いて見せてくれた。 合宿帰りの車内の写真 ・・・なのかな。 窓際で陽射しを浴びて 頬杖ついて目を閉じてる周ちゃんは 少し疲れていそうな顔。 「意外ー。不二先輩でも居眠りとかするんだ。 先輩って絶対人前で弱味晒さなさそうっていうか、人前では絶対寝たりしない人だと思ってたー」 よく聞くとなんだか失礼なことを 目を丸くしてミカが言う。 好きなだけ見ていいよ、と渡された携帯の画面を間近で見つめる。それから 校長先生の話がまだ続いている スポットライトに照らされた壇上を見上げた。 見る人にあまり男の子っぽさを感じさせない 華奢な輪郭。落ち着いた雰囲気。さりげなくて柔らかい仕草。 壇上の周ちゃんも この写真の周ちゃんも どっちも印象は変わらない。どっちの周ちゃんも 周ちゃんらしい 不思議に澄んだ空気を漂わせている。なのに そんな周ちゃんの印象は 小さな頃から変わらない透明さを残したまま 少しずつ 少しずつ 逞しくて 男の子っぽいものに 変わってきている。 毎日ほんの少しずつ 少しずつ。 いつも一緒にいるあたしにはその違いが気付けないくらいに 少しずつ。 たぶん 周ちゃん本人も意識出来ていないくらいの違いなんだろうけど それでも今の周ちゃんは 一歩ずつ 大人の男の人になろうとしてる。周ちゃんがなりたいと願ってる周ちゃんの姿に ちょっとずつだけれど近づこうとしてる。 ――そういう周ちゃんが。 これからもどんどん変わっていこうとしている周ちゃんが なんだかまぶしい。 それはたぶん 周ちゃんがライトに照らされる壇上の人になっていて あたしがその姿を 下から見上げてるから、だけじゃないんだろう。十日ぶりに見る周ちゃんの姿が新鮮だから、 ・・・もちろんそれもあるだろうけど。でも たぶん それだけじゃない。 ――なんだか不思議。 小さい頃から見慣れてきた男の子を見慣れないと感じてどきどきするなんて。 男の子としての周ちゃんを知る前のあたしは そんなこと 夢にも思わなかったのに。 なんだかくすぐったい気分になりながら後ろを振り返る。携帯をミカの手に返した。 「ありがと」 「え、もういいの」 「うん。後でまた見せて」 「そっか、やっぱり見るなら写真より本物だよね。久しぶりの先輩だもん、一秒でも長く見蕩れたいよね」 「・・・・・。見蕩れてないし」 「あー怒った。照れてるー」 ぷいっと顔を逸らしたあたしの背中を指で突きながら けらけらとミカが笑う。こういうミカを見ていると この子も高等部に入ってからちょっと変わったかなって思う。 周ちゃんを目の前にしたときのミカの表情が微妙だったり やりづらそうな態度になるのはあいかわらず。 心の中でひそかに周ちゃんを苦手なタイプの筆頭にしてるのも 口にはしないけどあいかわらずみたい。 でも「何考えてるのかわからなくて苦手」と困りきった顔で打ち明けてくれた二年前に比べたら 少しは周ちゃん慣れしてくれたみたいだ。最近は周ちゃんをネタに使って あたしをからかうようにまでなった。 十日前 男子部が強化合宿を兼ねた遠征に出てからは 英二先輩から送られてくるその日の周ちゃん画像を あたしに見せてくれたりする。もっとも にやにや笑いながら「見たい?えーっ、どーしよーかなぁ」なんて 言って携帯を隠して 面白がって写真を出し惜しみするときのほうが圧倒的に多いけど。 「言われなくたって転送してあげるからさ、そんな顔しないでよ」 「うん。ありがと。・・・・・・・でもさ。ミカもだけど、英二先輩もちょっと意地悪だよね。」 添付された写真のすぐ上に表示された 英二先輩からのメッセージは 「今朝の周助くん撮り立て生画像だよーん ちゃんに見せつけてやれー」だ。 読んだだけでそのままに浮かんでくる英二先輩独特の口調と いたずらっ子で無邪気な笑顔を思い出す。 でも 気分はちょっと複雑 ・・・かな。 「どうしていつもミカなのかなぁ。先輩、どうしてあたしには写真送ってくれないんだろ」 「えー。なんだ知らないの。英二先輩に聞いてない?」 「・・・?知らない。あたし何も聞いてないんだけど」 「先輩がに直接メールすると、不二先輩の態度が微妙なんだって」 「・・・・・・・・・・・・、ふぅん。・・・・・そう、なんだ」 一瞬答えに詰まったけど すぐに携帯の画面に目を落とした。 メール画面にはまた新しい返信が届いてる。早押しでメッセージを開いていく。 あたしの態度を面白がったミカの肘が何度も後ろからつついてくるから 二の腕がそこだけ痛くなった。 ・・・ふぅん。そうなんだ。かならずミカの携帯に送ってくるあたり 合宿中の周ちゃんに 励ましメールを送ったりしないあたしを 先輩が面白がってやってるんだと思ってた。 「・・・ね、今度返信するとき、英二先輩にありがとうって伝えてくれる?」 目を見て言うのは恥ずかしい。 だからそそっと後ろに下がって ミカの肩に背中をくっつけて 携帯を見ながらぽつりと言った。 それを聞いたミカはなんとなく嬉しそうになって あたしの肩に顎を置いて ふふっ、と笑った。 「さ。最近ちょっと変わったよね」 「・・・・・・・・・・・・?そうかなぁ」 「うん。そうだよ」 変わったよ。 言い聞かせるみたいに繰り返したミカは 前を向いて壇上を見上げる。まぶしそうに目を細めた。 「大変だよねー男子部。ハードだよねー、あのメンバー引き連れて合宿行って帰ってきたと思ったら 今度は遠征って。あたしが大石先輩だったら今ごろ倒れてるよ。ねえ、あさっての出発も早いんでしょ」 「朝の新幹線だって。八時集合で――、・・・・・・」 ぴぴぴ、と早押しでスクロールしていったメールの続きを見つめて口籠る。 「ん、どしたの」 画面を覗きこもうとするミカから携帯を遠ざけて もう一度そこに書かれたメッセージを確かめた。 『今日はミーティング終わったら解散  四時には帰ってるから 部活が終わったら家に来て』 それを見て小さく息を呑んで そのあとにも文面が続いていることに気づいて。 もっと画面を下げていくと ぽつんと ひとことだけ 最後のメッセージが目に飛び込んできた。 『早くに会いたい』 それを見たら とくん と心臓が小さく弾んだ。 胸の奥がきゅうっと縮んでいく。なんだか息遣いが苦しくなる。 あたしは何秒か 瞬きもしないで携帯を見つめていた。見つめているうちに いつのまにか溜め息が漏れてくる。 勝手に熱くなってきた頬を気にしながら返信を打った。 『うん』 たったこれだけ。二文字だけ。 ミカや英二先輩が見たらお腹を抱えて笑うこと間違いなしな ちっとも可愛くない返事。 自分でもどうかと思う すごく短くって素っ気ない返信。でも これだけでいい。これだけでも 今の周ちゃんなら判ってくれる。うん、と答えただけのちいさな画面から いろんなことを読みとってくれる。 二文字に籠めたあたしの気持ちを判ってくれる。 たった十日間で苦しいくらいに膨らんでる 周ちゃんに会いたくてたまらなかった気持ちを。 「あたしも早く会いたい」って素直に書けない あんまり成長しきれていない供っぽさも。 あたしのことを誰よりもしっている今の周ちゃんなら ちゃんと気づいてくれる。気づいてまっすぐに 受け止めてくれるんだって 今のあたしは知っている。 だから これ以上言葉を重ねなくても大丈夫。ぴ、と押して送信画面に切り替える。 二文字だけの文面をもう一度見直したら可笑しくなって ちょっと笑いながら軽く押した。 自然と竦んでいた肩の力を抜いて それから 男子部の先輩たちが前後二列にずらりと並ぶ壇上にぼうっと見蕩れた。 深くうつむいた周ちゃんは 大石先輩の斜め後ろに身体を半分隠すようにして立ってる。 きっとここからは見えない左手には あたしと同じように携帯が握られているんだろう。 そこにはあたしがたった今送った 短い返信が映るはずだ。そんなことを思いながらどきどきしていたら 数秒もたたないうちに周ちゃんがぱっと顔を上げる。 明るい色の瞳を見開いた視線は 迷うことなくあたしを目指していた。見事にぱちんと目が合って驚いていたら めずらしく目を見張っていた顔が 薄い唇の端を柔らかく上げる。 口許を手で隠してくすくす笑った。 肩が小さく揺れていて 長めの前髪がかかった涼しげな目元はおかしそうに細められてる。 やっぱり周ちゃんて性格が悪い。あれって 困ってるあたしを面白がってるときの目だ。 あわててセーラー服の衿元を見下ろす。あまり乱れてもいない髪をもじもじと弄って 毛先を直すふりをした。 「ねえ。先輩、何て?早く二人きりになりたいね、とかー?」 「・・・・・、違うよ。やめてよもう、声大きいよ」 「ほんとにー?あんた今、目で会話してたじゃん。なぁんか熱ーく見つめあってたしー」 「してないって、――っ、」 毛先ごとぎゅっと握りしめていた手の中で 携帯がぶるぶる震えはじめる。 その震えにびっくりした肩がびくっと揺れて ぽうっと火照って熱を持った心臓が とく、とく、とくん、と 早くて乱れた拍子を打って跳ね始める。 「――私からは以上です。どうぞみなさんも彼等に負けない、有意義な週末を過ごしてください」 ずらりと並ぶ先輩たちとたまに視線を合わせながら ひとしきりエールを送ると 壇上の校長先生は最後に言った。 がらっ、と後ろで音がして 講堂の扉が開かれる。 周りの気配が一斉に動き出して 講堂中の空気がざわりと揺れる。風音みたいにかすかだったざわめきが 耳を一杯にするほど大きく広がる。先生や生徒会の人たちが舞台袖に消えて スポットライトの灯りが落ちる。 壇上から速足に降りてきた 先輩たちよりも一回り細身な男の子は にぎやかな人の波間を器用に縫って まっすぐにあたしのほうへ向かってきた。 「ただいま、」 目の前で立ち止まった周ちゃんは少し背中を屈めて 顔を寄せて囁いた。 二年前よりも少し低くなった声は 二年前よりも少し高さが上がった口許から 昔から変わらない綺麗な響きで流れ出てきてあたしを呼ぶ。近づけられた顔に目を奪われたまま、 「うん」と消えそうな声で返した。 それから「おかえりなさい」と もっと小さな声で付け足した。 陽射しに透ける色の前髪の奥で 緩んだ目元がふっと笑う。周ちゃんの腕があたしの背中に回ってきて 「行こうか」とさりげなく押して 入口のほうへ向かせる。手を取って歩き出した。 十日ぶりに触れた ちょっと冷えた手。いつも通りに細い手なのに 感じ慣れない力強さがある。 長い指がその力強さを籠めてあたしの感触を確かめてくるから それだけで胸がきゅうっと詰まった。 「周ちゃんの手。・・・・・なんか。違うよ」 「そう?どこが?」 「それは。・・・わかんないけど。違うよ。いつもとかんじが違う」 ちらりと視線を上げて 入口のほうを見渡してる横顔に話しかけた。 周ちゃんはあたしを見下ろして 何か思いついたような表情になる。すっと顔を近づけてきた。 「の手は、いつもと同じで柔らかいね」 耳元でそう言われて 吐息が髪や肌を掠めて。また心臓がとくんと弾んだ。 ・・・そんなこと言われたら 何も言い返せなくなるって判ってるくせに。やっぱり周ちゃんて性格悪い。 恥ずかしいからあんまり目が合わないようにと思って 前を行く子たちの背中を見つめて歩いた。 合宿中のことを話してくれる周ちゃんの横顔をたまにちらりと眺めたりしながら 講堂に居残って お喋りしてる人たちの間を縫って行く。長い集会のせいで冷えかけていた手が 自然と じんわり温まってくる。  こうして手を繋いでいるとそのうちに身体中が温まってくるから いつも不思議になってしまう。 周ちゃんと触れ合っているときは いつもそう。触れ合っているところから肌と肌がゆっくり溶けていって そのうちに混ざり合ってしまいそうなかんじまでする。周ちゃんの手の あたしにはない硬くて男の子っぽい感触や 少し低めの体温には慣れてきても そんなふうに感じる自分には今でも慣れない。だから 触れているときは なんだか時々くすぐったくなるし 二人きりになったときの周ちゃんがこの手でどんなふうに あたしに触れてくるのかを なんとなく連想してしまうこともある。 そんなことを 隣から流れてくる声を聞きながら考えていたら 身体の奥が もっと もっとくすぐったくなる。頬がぼうっと熱くなる。 繋いだ手にほんの少しだけ力を籠めて うつむいたまま口を開いた。 「・・・周ちゃん。今日、一緒に帰ってもいい?」 「帰るって。、部活は?」 「行かない。・・・一緒に、周ちゃんちに行ってもいい?」 「・・・それは、僕は勿論、そうしてくれたら嬉しいけど」 「だめ?」 「うーん。だめじゃないけど。・・・・・・・・、困ったな」 少し眉を寄せた周ちゃんが天井を見上げて どうしようかなって顔をする。 意外そうに見開かれた瞳がこっちを見下ろして 何か確かめようとしているみたいにあたしを眺めた。 周ちゃんの足が止まる。いろんな音が混ざり合ってざわざわと漂う入口の端まで 手を引いて歩いていくと 人の流れに逆らって立ち止まった。 じっとこっちを見てる。かすかに寄っていた眉がさらに寄ってる。あたしに困ってるときの顔だ。 見ていたらなんだか不安になって あたしまで困った顔になった。 講堂から急いで出ようとする男子たちと ばたばたと荒いその足音が 周ちゃんの後ろを通り過ぎていく。 ・・・サボったらだめだって言われたらどうしよう。恥ずかしくってヘコむかも。 でも。今日は一秒でも長く一緒にいたい。 だめだって言われても。駄々をこねて周ちゃんを困らせても 一緒にいたい。 「少し会わなかった間にずいぶん悪い子になったんだね、は」 「・・・いいの。悪い子は今日だけだから」 「・・・・・・・・・・・、そう」 眉を寄せたままでうっすらと微笑んだ周ちゃんが シャツの白が少しだけ覗く学ランの首元を軽く竦める。 まだちょっと困っているような顔してる。 でも なんとなく嬉しそうにも聞こえる声が 笑った口の奥で静かにつぶやいた。 「――じゃあ、僕もしてみようかな。よりもうんと、悪いこと」 「・・・・・悪い、こと?」 「うん。誘拐しようかなあって」 「誘拐・・・?」 「そうだよ。真面目に授業を受けようとしてる女の子を学校から浚って、どこかで美味しいご飯を食べさせて お腹を一杯にして。その子を上機嫌にさせてから、誰もいない僕の家まで連れて行く」 何かを伝えようとしているようなやわらかい仕草で 長い指が肌を撫でる。 ゆっくりと 力を籠めて手を握り返された。 「午前の授業が終わったら教室まで迎えに行くよ。帰る支度して待ってて」 心臓をどきどきと高鳴らせながら 長い睫毛をかすかに瞬かせて笑う周ちゃんを見つめる。 まだ何か言いたげな すこし火照った眼差しと見つめ合う。見つめあっているうちに  今 周ちゃんが今感じていることは あたしが感じてることとあまり変わらないんじゃないかって気がしてきて。 そう思ったら 胸の中がじんわり熱くなってくる。 あたしがどれだけ周ちゃんに会いたかったのかが。周ちゃんがどれだけあたしに会いたいと思ってくれていたのかが。 ――それだけですごく よく判った気がした。

いつか王子さまが text by riliri Caramelization 2012/02/29/ ----------------------------------------------------------------------------------- 「きみがぼくを…」の二年後。 Happy Birthday !!!!!